恋心ゼロのはずが、幼馴染が本気で溺愛してくる

水守真子

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第五章 幼馴染じゃない 恋人になりたい

 気づいていないのか井上は匠海の顔を凝視していた。

「あ、彼氏さんと待ち合わせだったんですね。……あ、いいかも」

 そして、まるで頭の中で何か計算をしているかのように顎に手をやり、にこりと笑む。

「うちのキッチンカー、SNSやってるんですけど、お姉さんを投稿させてもらいたくて声をかけたんです。――良かったら彼氏さんも、だめですか? うちのドリンク無料でサービスします」
「ああ、なるほど」

 匠海は宣伝のためだとわかると、殺気にも似た雰囲気を一気に和らげ頷いた。

「顔出しです?」
「できれば……。お願いできますか」

 慣れた様子で話を進めていく匠海を見ながら、紬はソーダを飲み少し溶けてきた果物を食べる。

 ――セーフ……。

 フルーツの甘酸っぱさと炭酸のしゅわりとしたのど越し。やっと味がすると思いながら二人の会話を見守る。
 匠海の嫉妬というか、独占欲というか。そういうのが日々強くなっている気がする。
 だが、匠海の方が人の視線を集めているのは確かで、ちらちらと広場の人が彼を見ていた。
 自分の方が女子にモテる癖に。
 どうにかして欲しい、と紬は唇を尖らせた。

 井上は自分のキッチンカーの宣伝でSNSを利用していて、時々お客さんに声を掛けていると言っていた。なかなか了承はいただけないんですが、と苦笑している。

 そんな話を、匠海はお店のSNSをスマホで確認しながら聞いていた。

「俺は顔出しでいいですよ。その代わりにこっちのURLも付けてもらう感じで」
「あ、全然オッケーです」

 むしろ大歓迎、とばかりに井上は匠海の動画チャンネルをみていた。
 なんか、仕事の話になってるじゃん。
 まぁいいかとソーダを飲んでいると、匠海から「ちょっとちょうだい」とソーダを手から奪われる。

「あ、私の」
「お兄さん、俺、新しいのを作ってくるんで。えっと、彼女さん、その間に考えていてもらってもいいですか」

 匠海がソーダに口をつける前に、井上は「待っててくださいね」と念押しして、自分のキッチンカーへと戻っていった。
 匠海は隣に座りぼそり、と言う。

「……紬がナンパされてるかと思った」
「されてないし」

 呆れた感じでつい答えた。横に座られると、彼の体温が伝わってきてもじもじしてしまう。

「同じようなもんでしょ。きれいなお姉さんだから、ぜひうちのSNSにってさ」
「きれいとか、そんなこと言われてないって」

 そういうと匠海はソーダを飲みながら、剣呑な視線を投げてくる。

「だいたい、こういうのは宣伝になりそうな人に声を掛けるんだよ。――ま、俺はずっと、紬がきれいなことを知ってるけどね」

 歯の浮くようなことを言って、と唇を突き出して匠海を見ると、優しい笑顔だった。
 嘘をついているようには見えないし、そもそも匠海は嘘をつかない。

「紬はかわいいって、前から言っていると思うけど」
「わかった、わかったから」

 人がいるところでそういうこと言わないで、と顔を半分手で覆いながらお願いする。
 自分の顔立ちが嫌だ、なんて思ったことはない。
 けれど、きれいっていうのは、自分を磨いている人のことを言うのではないか。自分は、できるだけ自分を隠してきた。目立っていいことはないのだ。
 そんな迷いを感じ取ったのか、匠海が言った。

「紬は、これからどんどんきれいになるよ」

 何を慰めてきてるのだ。またじっとりと匠海を見てしまう。

「きれいにならない、理由がないからね。もう、自分を雑に扱わなくていいように、俺がずっと大事にするし」
「……雑」

 自分の触られたくない部分を見透かれたようで恥ずかしい。しかも人が周りにいるのだ。すごく、恥ずかしくてたまらない。
 匠海は背広のポケットから、四角いベロアの箱を取り出した。
 いくら疎い自分でそれが何かがわかって、一気に心臓が跳ね上がった。

「た、匠海。ここ、人、人がたくさん」
「ここさ、昔、お互いの家族で遊びに行った広場に似てると思ったんだ」

 そう言われて、紬は周りを見渡した。
 記憶を刺激された、よく二家族で遊びに行った長い滑り台や、小さな動物園がある公園を思い出した。
 そこにはキッチンカーが集まるところがあって、二人でお金を握りしめて何にしようかと話し合ったことを思い出す。

「あ、あったねぇ」

 懐かしくて笑うと、匠海がソーダを返してくれた。そのストローには彼が口をつけたと思うと、意識してしまう。
 もっと誰にも見せられない親密なことをしているのに、こんな些細なことのほうが余計に恥ずかしく感じられるから不思議だ。

「あの頃には、もう紬が好きだったと思う。なんていうかな、俺は紬が食べたいものなら何でも良かったんだ」

 確かに、匠海は自分があれが食べたいこれが食べたいとキッチンカーの間を走り回るのを付き合ってくれていた。

「あの頃は、猿に近かったもんなぁ、私」

 ははは、と笑うと、匠海は真顔で顔を覗き込んできた。

「そんなことない。あの頃から、紬はずっとかわいかった」

 あまりに真剣な言い方に、紬は慌てて周りを見渡す。

 視線を逸らしてやめてほしいと訴えたつもりでも、匠海はわかってくれない。

「かわいい、ってずっと思ってた」
「わかった、わかったから、もうやめて……」

 頬は熱くなるばかりで、匠海には敵わないと悟ってしまう。

「俺と、結婚してくれませんか。一緒にいて欲しいんだ」
「うん、……え?」
「紬が、誰よりもかわいくなるような、そんな夫になるよ」

 匠海が四角いケースを開いた。
 広場の柔らかな灯りを受けて、中の指輪が意思を持っているかのようにきらめきを放つ。
 結婚なんて興味がなかったはずなのに、胸の奥が光に満たされていくような喜びが溢れ出した。
 ざわめきが紬の耳から遠のき、静かな世界が広がる。
 そうか、知らない誰かの視線を逸らせるために、自分を隠さないでいいのか。
 紬は指輪を見つめる。

「……ありがとう。私も、匠海を支えられるように、強くなる」

 まるで二人を祝福する合図のように、夜空に花火がひらき、光と音が重なった。
 井上が一番高そうな、果物がたくさん入ったソーダを持ってきた。

「あ、始まりましたね。今日は近くでお祭りがあって花火が……」

 匠海が持った指輪ケースと、指輪を見て二人の手前で立ち止まる。

「あ……俺、邪魔……」

 やばい、といった表情で出直そうとする井上を、紬は呼び止めた。

「彼と一緒ならいいですよ」

 ていうか、みんな匠海しか見ないはずだから、いいですよ、別に。
 そんな気持ちだ。

「なんかさ、紬、よくわかんない方向で考えてない?」

 心の中を読んだのか、匠海が苦笑しながら、自然な仕草で紬の左手を取った。抵抗する間もなく、その薬指に指輪がすっと嵌められる。
 驚くほどぴたりと合っていて、どうしてと問うのもばかばかしいくらいだ。
 匠海は満足げに笑み、井上からソーダを受け取りながら尋ねた。

「どんな感じで撮ります?」

 匠海の腕が肩に回って、紬は抱き寄せられる。
 その大げさではない動きは、まったく不自然じゃなかった。
 幼い日に積み重ねた時間が、そのまま温もりへと変わっていた。
 甘いけれど、甘すぎない安心感が胸に広がる。
 かしこまったプロポーズより、こっちの方がいい。
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