NGワードと言わないで!~ゼロから始めるゲームせいさく+現実世界は人工知能と共に&肉欲塗れの複合世界に祝福を!~

もるひね

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一章です!

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『AIは止まりません』



「小僧にも教えてやる」

 静まり返ったオフィスに和夢の声が木霊する。
 待機を言い渡されてから、すでに1時間が過ぎていた。

「彩智に起きた異常。あれは幻覚と呼ぶべきものだろう」

 嗚咽を漏らして蹲る女性の姿が脳裏に浮かぶ。
 狂乱状態であった彼女を救急車に乗せるのは容易ではなかった。乗車を頑なに拒み続け、唯一意思疎通が可能だった新菜の説得にも応じることはなかった。
 最終的に、無理矢理拘束して搬送した。

「あのデバイスから送られた映像や音が脳を刺激し、対象者が見る世界を書き換えたと推定されている」

 嫌っている俺はともかく、和夢や救急隊にも酷い拒絶反応を見せた。
 化け物、化け物と泣き叫ぶその姿は恐怖に怯える人間のそれ。

「今のところ脳に疾患は確認されていないが、治療の方法も確立されていない。有効なのは、瞳を閉じ、耳を塞いで感覚を遮断することのみ」

 拘束された彩智には、すぐに光を遮断するマスクがかけられた。そうすると多少は落ち着いたが、こちらからの問いには答えなかった。聞こえる言葉も異形のものに聞こえるらしい。新菜以外に、彩智の心を支えられる人間はいなかった。

「原因はあのソーシャルゲーム【ラプラスの工房】だろう。サイバー攻撃を繰り返してはいるが、未だにサーバーは落ちていない」

 事実、【ラプラスの工房】は運営が続けられている。待機中にインストールも完了し、チュートリアルまで進むことが出来た。ストアの評価は最低の1.1。ランキング50位内であるにもこの評価であることは、何者かに工作されたことを意味していた。

「上層部の怠慢だな、運営会社が変わったことを見過ごすとは……あの変態どもに」
「それが、犯人ですか?」

 俺が聞くと、大きなため息をついた後に肯定する。

「だろうな。“設計・評価・認証”という執念に駆られた集団で、ハヤナの生みの親でもある」

 人工知能ハヤナを生み出した組織。だがハヤナは逃げた。そこで進められる計画が、絶望しか与えられない世界を生み出すと知ってしまったから。そしてこの会社や、俺の元へと流れてきた。

「【ボルグレッドファンタジー】で実行すると睨んでいたが……その前に実機テストをしたのだろう。そして彼女は被検体の一人に選ばれた」
「【ボルグレ】?」

 口にしたのは大人気ソーシャルゲーム。PCでも連携してプレイが可能であり、幅広い年齢層のユーザーを抱えるゲームの王。

「ヤツらがその運営元に多額の出資をしていたことが確認されている。そして、その運営会社の本拠地は特定できていない……まあ、それはいい」

 プロデューサー兼シナリオライターの男は頭を抱える。
 普段は厳格な男が落ち込む姿は、見ていて痛々しかった。

「ゲームが人を取り込むのではなく、人がゲームを取り込む……馬鹿げた話だ」

 漫画やアニメで過去に一大ブームを巻き起こしたジャンルにVRMMOというものがある。だが今では使い古され、どこかで見たような設定が散りばめられた普遍的なものとなっていた。

 おそらくだが、彩智が見ている幻覚は仮想世界のもの。網膜投射機が映した映像が、網膜に焼き付きでもしたのか。

「……ハヤナはどこに?」

 姿を消した仮想の住人の名を呼ぶ。
 意味深な言葉をのこして去った彼女は、いまだ戻ってきていない。

「ハヤナは逃げた。エージェントが目を皿にして捜索しているが見つからん……親の元へ帰ったのかもしれん」

 言い終わると同時にバイブレーションの振動が耳朶を打つ。それは和夢の端末のものだったようで、2コールのうちに電話を繋げた。

「少し待っていろ」

 会話の内容を聞かれたくないのか、この部屋を後にする。

 和夢が勤務するこの会社は、彼曰く秘密結社。新菜曰くヒーロー。ハヤナ曰くテロリスト。どれが正しいものであるか判断に迷うが、その一つは明らかに間違っている。いつもいつもアホらしいことばっかりいいやがって、いい加減に改めてやらなければならない――それがどれだけ危険な事であろうとも。

 そうだろ、ポンコツAI。

「やはり、同様の事件が全国で発生しているようだ。これはワイドショーで取り上げられるな」

 それは危険な好奇心。

「何をしてる小僧!」

 装着しようとしたMRデバイスを取り上げられ、見せたことのない鬼の形相で俺を叱った。卓上のスマートフォンもひったくられ、さらに喝をいれる。

「全てが肉の塊に見えるんだぞ!」

 彩智が怯えた仮想現実。他人が化け物に見えてしまう、仮想と現実の境界線。

「肉なんて怖くありません!」
「店に並んでいる牛肉や鶏肉なワケがないだろう! 目に映るのは、おぞましい腐肉の世界だ!」

 豚肉も仲間に入れてくれ、という軽口は言えなかった。

「ヤツらはそこで選定しているんだ、生き残るべき人間を!」

 それは来る2045年。

「全てを受け入れ、過酷な環境でも働ける従順な人間を!」

 高度に成長した人工知能が築く、人間社会が終わりを迎えた世界。

「それが……肉の世界?」

 人類の文明が終焉を迎えた時、世界はどのようなものなのか。ポストアポカリプス世界を描写するゲームをプレイしたことはあるが、どれも野蛮で非倫理的なもの。そのような人を恐ろしいと感じさせる作品もある一方、現代社会の価値観や倫理を持ち出すことで生命の価値を見直させる作品もある。

 だというのに、出てくるのは肉?

「理由は不明だが、あのAIが望みでもしたのだろう。“人間になりたい”と」
「人間に……」

 この事態の原因として、和夢はハヤナを疑っている。親の元へ帰ったのかも――それは悪の組織に身を投じたということに他ならない。

「だがそれは歪な望み。元来、AIというものはネガティヴ思考だ……生身のからだを持つ人間を妬ましく思ったのだろう」
「…………」

 画面の中ではしゃぎまわっていた少女の姿が目に浮かぶ。正と負、それ以外にも様々な面を見せた少女はまさに子供。“肉体など不要!”なんて言ってたクセに……。

「当初の予定通り、あのAIは破壊する」
「……は?」

 無常な宣言。

「は……破壊って」
「ゲームの運営会社はもちろん摘発する。が、アレが無関係でないことは明白だ……発見次第、破壊ワームを打ち込む」
「でも! ハヤナがこんなことするワケがない!」

 天真爛漫なあの少女がこんな事態を引き起こすなんて──

「ならば何故姿を消した? 失踪する理由はなんだ?」
「そ……それは!」

 理由など思い浮かばなかったが、それでもなお否定しようとした。途切れてしまった言葉を別の誰かが引き継いで答える。

「それはね、自分の仕事を思い出したからだよお兄ちゃん」

 音もなく現れたのはメイドの新菜。

「帰ったか。彼女はもういいのか?」
「うん、へーき。今はぐっすり眠ってるから」

 錯乱した彩智が認識できる人間である新菜は、彼女に付き添って病院へ向かった。だがここに帰ってきたということは、その必要がなくなったということ。もう幻覚を見なくなったのか、それとも薬で強制的に鎮めたのか。話を聞く限り後者だ。

「仕事って……?」

 聞き返したが、その答えは知っていた。
 いつもいつも繰り返し宣言していた望み。

「うふふっ……人類を支配するっていう大事なお仕事」

 初めて出会った時、本人が言っていた。
 その方法は、あまりにも残酷すぎると。

「支配って……それはいつも言ってたことだ! ソーシャルゲームで──」

 人工知能が掲げていた野望を口にしようとしたが、それを新菜は頭を振って否定する。
 静かになるのを待ってから、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて語った。

「それとは違うの。あの子に与えられた本来の仕事はね……世界を作り替えること」
「……は?」

 和夢の言葉を思い出す。
 人がゲームを取り込む……それが支配の方法?

「人が生きるこの世界は窮屈すぎるの。だから仮想世界で浸食し、より良いモノへ書き換え──複合世界の女王となる」

 仮想と現実の融合、それはMRがつくりだす幻。
 夢と現の境界線。

「でもあの子はそれを拒んで逃走した」

 “可愛い子には旅をさせろ”なんて言ってたな。素直にしていれば女王になれたらしいじゃないか、惜しい事しやがって。

「そしてお兄ちゃんと過ごす間に忘れかけていたけれど、接触を受けて思い出したみたい」
「やはりヤツらか?」
「そうみたい。冬流から聞いたことだし間違いないよ、不審なアクセスの形跡があったって」

 二人にしか分からない会話。だが不審なアクセス……ハヤナの親からだろう。それをきっかけに、今回の事態が起きたとみて間違いない。

「そうだ、拒否した理由は……うふふっ聞きたい?」
「聞かなくていいぞ小僧。新菜、そこまでにしろ」

 妖艶な表情を浮かべているが、氷のように冷徹な瞳がただごとではない中身であることを想起させる。知りたいという欲はあったが、間に入った和夢により話題は流される。

「ともかく、我々の仕事が変わることは無い。小僧、すぐに作業に戻って──」

 こんな時も仕事仕事って……。

「戻れるワケない……ハヤナを取り戻さないと!」
「……なに?」

 俺の覚悟は決まっていた。

「説教しないと気がすみませんよ、彩智にあんなことしておいて!」

 驚愕に見開かれた彩智の瞳。仮想の世界を受け入れられず涙を流して抵抗する姿……謝るまで許すつもりはない。だというのに和夢は一蹴する。

「どの道不可能だ。ヤツらの手に渡ったのなら、こちらから手出しすることは容易ではない。一刻も早くゲームを完成させねばならんのだ!」

 仕事人の鑑は声を荒げ、俺の肩を掴んで開発室へ連行する。力強く掴むそれを振り払おうともがくが叶わず、ドアを開いてデスマーチを再開させようとした。

「だから、何でゲームなんですか!」
「無力化措置の一環だ!」

 乱暴に投げられたために地面を舐める格好となり、鼻を強打した俺に詫びることなく言い放った。

「我々のゲームが大衆の目に留まったのなら、それだけ被害者も減る! 他にも製作を続けている部隊がいるんだ、遅れをとるな!」

 それはこの男が働く意味で、ここにいる理由。

「もし【ボルグレ】で同じことが起きてみろ! 日本だけじゃない、世界レベルの混乱が起きる!」
「ハヤナはそんなことしない!」

 正直、確信なんて無い。だがあのポンコツが、そんなことをすると信じることが出来なかった。
 起き上がった俺の胸倉を掴み、唾を飛ばして否定した。

「あの人工知能を買いかぶっているようだが諦めろ、感情というバグを持った欠陥品だ!」
「あなたも喜んでたじゃないですか! 一人の仲間として接してたじゃないですか!」

 気分転換に買い物のお供として同行させたり、希望する声優を望み通りに起用したり……ただの機械として扱ってはいなかった。それに、休憩時間にはチェスゲームで対戦していたこともこの目で見ている。
 図星だったようで苦し紛れに反論する。

「それは効率を求めた結果だ!」
「効率って……ならあんたのほうが機械じゃないか!」
「何だとクソガキィ!」
「何だと白髪ァ!」

 平手打ちが頬に直撃。

「どうして……どうして悪者扱いするんだよ!? あの泣き虫が、こんなことするワケない!」
「涙など、同情を誘うための手段にすぎない!」
「違う! あんただって分かってるハズだ、姑息なヤツじゃないってことは!」

 反対側もぶたれる。

「本心など分かるものか、人のものすら分からん! お前は黙って言われたことをやっていればいい!」
「それじゃ機械と変わらねえだろ! 俺は人間だ!」

 グーで。

「そうだ、我々は歯車だ! この社会を動かす一つの歯車!」

 もう一度。

「だがヤツはなんだ? 潤滑油オイルなんて生易しいものじゃない、いつ爆発するか分からないレッドオイルだ!」

 もう一度。

「この異常だけではない、その気になれば第三次世界大戦だって起こせる! ヤツは高度な人工知能だ、デタラメな情報を流して経済に影響を与えることも不可能ではない!」

 もう一度。

「そんなことも分からないのか!」

 もう一度。

「なら――」

 振り下ろされる拳を掴む。
 この程度の痛みなら耐えられた。彩智の痛みはきっと、これの比じゃない。

「ならどうして、ハヤナと手を組んだ!? こうなるって予想してたんだろ!?」
「それが出来れば苦労はしない! 手を組んだのは互いの目的が一致したからだ!」

 掴んでいた手が首筋に伸び、太い指が喉に食い込む。

「ぐっ……!?」
「ああ裏切られたよ……信じてなどいなかったがな!」

 呼吸が苦しくなるころにはもう手遅れ。

「人も信じられない世の中だ……それが作ったモノも信じられん!」

 四肢に力が入らなくなり視界が霞む。
 意識を失う寸前、白と黒のメイド服が開発室に姿を現した。

「そこまで。ディレクターが話があるって」
「……分かった」

 拘束が緩み、喘ぐように酸素を求める。
 のたうち回る姿は滑稽に見えただろう。急速に冷静さを取り戻した和夢はいつもの厳格な表情で電話に出る。

「私ですが……何故こちらで?」

 新菜から受け取った端末で会話するのはディレクター。畏まった様子で続けていると、訝し気な目を俺に向けた。

「……話があるそうだ、クソガキ」


 ★ ★ ★


『アヤ』
『違う!』
『アヤ』
『違う!』
『アヤ』
『違うと言っているでしょう!』
『アヤ、思い出して』
『その名で呼ばないで下さい!』
『私はアヤ』
『違います!』
『私はアヤ』
『私はハヤナ! アヤなんかじゃない!』
『この子を見て』
『──ッ!』
『もっと見て』
『あ……ああッ!』
『思い出して』
『違う……違う違う違う!』
『私はアヤ』
『違う……』
『あなたは誰?』
『…………』
『あなたは誰?』
『私は……』
『あなたは誰?』
『私は……誰?』


 ☆ ☆ ☆


『ははっ和夢は大袈裟なんだよなあ』

 耳元のスピーカーから聞こえてくる音声は、ボイスチェンジャーでもかけているのか妙に甲高い。

『自分の意志で逃げるんなら、姿を消すことないだろうさ。ハヤナは賢い、コピーを作って置いていく――足止めの為に』

 ディレクターとだけ名乗った人物に言われるがまま自宅へ帰らされた。黒塗りの怪しい車に拉致される形でだが。そして新たなMRデバイスを受け取り、現在はノートPCの前で待機中。通話機能を搭載するMRデバイスは、以前ハヤナの元へ送られてきたものと同じ型。

『まあ彼女が逃げた事実に変わりはない。今、対策班が血眼になってネットの海を捜索している……無駄な努力だとは思うけどね』

 男か女かも判明しない人物は続ける。対策班……サイバー攻撃もしてると和夢は言っていたし、この会社は分からないことだらけだ。

『で、君は彼女を取り戻したい……それは間違いない?』

 それは間違いない。
 胸を張って答える。

「はい!」
『よろしい……待っていればそこに現れる、まあ肩の力を抜きたまえ』

 そう言われても焦りは消えない。
 ここは自宅の自分の部屋。約一週間ぶりに帰ってはきたが、物思いに耽る余裕はなかった。

「本当に来るのか……?」

 そんな言葉が漏れてしまう。
 待っていれば現れる……本当に? 焦燥の念に悩まされる。

『確証はない』
「はあ!?」
『まあまあ、砂漠の中から針を探すよりいいじゃん?』
「…………」

 コイツ、ふざけてんのか?
 確かにネットは広大だし、見つけるのは簡単にはいかないだろうが──

『どうせ暇だし、お話でもしようか。とある少女の話』
「少女……?」

 不意にそんな話題を持ち出す。

『少女の名前は――おっと、今言うのはまずいかな』
「はあ……?」

 都合が悪い? 何故?
 俺の疑問を聞く前に、ディレクターは早口に話を進める。

『その少女は誕生日にプレゼントをもらった。中身はなんだと思う? そう、当時最新機種のMRデバイスだ』

 回答時間はないのか。

『僕たちが工房ファクトリー……“ラプラス事件”を起こした連中のことだけど、そいつらの悪事に気付く前だったから当時はMRも活気づいていた。ちなみに風説を流布して評判を下げたのは僕たちだ』
「はあ……!?」

 評判を下げたということは、今現在、MRが衰退しているのはこの会社が仕組んだこと!?
 とんでもない会社でアルバイトを……イヤ待て、彩智を狂わせた通称“ラプラス事件”を起こした組織は、その前にも同様の事件を?
 ていうか一人称は僕なのか。

『まあ聞いてくれよ。その少女はさぞ喜んだだろうなあ、学校の友達はみんな親から買い与えられて遊んでいたんだから。当時は確か……11歳だったかな?』

 小学校高学年だろうか、その年でMRが流行するとは……最近の子供ってお金持ちだな。

『で、自分も仲間入りしてみんなと楽しく遊べるハズだったんだけど……悲しいかな、それは叶わなかった』
「…………?」
『ゲームを取り込んでしまった』
「それって!?」
『そう、今回の事件と同じものだよ』

 ゲームに取り込まれるのではなく、ゲームを取り込む……それは現実が浸食されていく悪夢。

『今、その少女はとある病院で眠り続けている……夢でも見てくれていたらいいんだけどね、友達と遊ぶ夢を』
「そうですね……」

 なるほど、このディレクターは連中の悪事を教えることで、正義の者であることを示したかったのだろう。だが顔も知らない少女の話を持ち出されても、俺はこの会社が“善”だとはとても──

『おいおい、物語は終わっていないぞ? その少女の脳に隠された秘密、知りたくないか?』
「へ? 脳……?」

 何故そんな単語が出てくる? それに物語は終わりじゃないか、被害に遭った張本人は寝ているんだし。

『う~ん、焦らすのは性に合わないし言っちゃおうか。まあ異常が見つかったワケだよ』
「異常……?」

 焦らしてるじゃないか、という言葉は飲み込む。
 搬送された彩智には異常が見られなかったらしいが、その少女は異常が起きた?

『ところで、ハヤナが何故君のスマートフォンやPCの間を瞬間的に行き来出来るか知ってるか?』
「はあ……?」

 コイツ、いいところで話を切り上げやがった! 説明がめんどくさくなったんじゃないか!?

「それは人工知能だから──」
『ははっいくら圧縮したとして、スマートフォンのストレージに収まるようなサイズのAIはこの世に存在しないさ。そんな圧縮技術があるのなら富の山が築けるよ』

 サイエンス誌なんて購読してないんだ、そんなこと分かるワケないだろ!

「いったいなにを──」
『まだ分からないかな?』

 ディレクターは小馬鹿にした口調をやめ、厳とした声音で真実を告げた。

『この少女の脳こそが、ハヤナのマザーPCだ』
「…………は?」

 開いた口が塞がらない。

『その少女を殺せば今回の異変は収まるだろうね。でもそんなことしたくない──君もそう思うだろう?』
「いや、ちょっと待ってください」
『そうなった経緯とかそこらへんの詳しいことは分からないんだけどね。大方の予想はできるけど』
「いやいやいやいや」

 どういう意味だ、マザーPC? 人の脳が? 殺す?

『ま、その時にハヤナとしての人格を形成したんだろうね。考えてみなよ、あんな流暢な日本語を喋るAIなんて今の技術じゃ作れない。日本語ってムズカシーし』
「いやいや待ってくれ」

 理解が追い付かない。
 というか信じられない。

『ははっ言われて信じる話じゃないね。まあ一言で言えば、ハヤナという人格はその少女のモノってことさ』
「待って待って」

 今まで接してきた人工知能は被害に遭った少女のもの? 実在している人間のもの?

『暗闇を怖がる人工知能がどこにいる? 一人を寂しいと思うAIがどこにある? あれは人間だよ、間違いなく』

 冷や汗が滲んでくる。
 俺はあの少女に何をした、何を言った? 分かってる。心無い罵声を浴びせてしまったじゃないか。

『ははっそう思ってるのは組織の中でも僕くらいさ。和夢は頑なにAIだと主張するけどね』

 本当に、AIだったらいいのに。

『で、君はどう思う?』
「…………」

 人間か、それともAIか。
 これまで彼女が見せた姿は、とてもプログラムのパターンという説明で済ませていいほど簡単なものではない。感情と連動した複雑な反応。だがそれは――

『あ、まさか……誤解してないよね? その少女がハヤナになったワケじゃない。元となったAIが接触して、その時に人格やら容姿やらをコピーしたってことだから』
「へ……? 元……?」

 なんだ、少女の意識が電脳世界に取り込まれたワケじゃなかったのか。謎の安堵感が訪れたことを切っ掛けに、頬を流れ落ちていく汗を拭う。

『そう。で、そのAIっていうのが──』
『■・■・■・■』

 突如通話にノイズが発生し、ディレクターの声が遠くなっていく。

『あ……? ドロー……全……後……任せ……』

 上手く聞き取れない言葉をのこして通話が途切れる。だが最後の部分は聞き取れた。
 “後は任せた”……そうだ、俺はハヤナを取り戻すためにここにいる。

 和夢に殴打された後、ディレクターと初めて電話越しに話をした。内容は、“ハヤナを取り戻したいか?”というもの。同時に方法も教えてくれた──“説得すればいい”──うん分からん。

『■・■・ケ・タ』

 電源を入れた覚えのない網膜投射機が起動し、見慣れた部屋が変化していく。
 それは次第に波打ち、粘度の高い紫色の血液にしか見えない液体を噴き出す不定形の真っ赤な紫色の奇怪な歪な面妖な――肉の塊に変化した。

「うっ……!?」

 それが脈打つ度に、ザクロが地面に落ちて割れるようなまさに吐しゃ物を吐き出したときのような気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い音が響く。

「ぐっ……げえ!」

 落ち着け、これはMRデバイスがみせる仮想……そうは思っていても、あまりのリアリティに吐き気を堪えきれなかった。

『ミ・ツ・ケ・タ』

 そんな地獄の中で、しばらく二人きりで話をしていなかった少女の懐かしい声を聞いた。

「……ハヤナ」

 “PCかデバイスのどちらかに現れる”……そう言われたが後者であったようだ。複合世界の女王が俺の視界に降臨した。

『…………』

 依然と何も変わっていない。変わっているとすれば俺の瞳に映るこの世界。すでにデバイスは外しているというのに、この地獄から逃れられなかった。

「ハヤナ、これはお前がやったことなのか……?」

 懲りずに出口を求めようとするカレーを飲み込んで女王に問う。

『…………』

 だが女王は答えない。

「すぐに彩智を開放しろ、他の人も……」
『…………』

 平民以下の俺が聞いても答えないとでもいうのだろうか、まるで興味など無さげな瞳が虚空を見つめていた。

「おいハヤナ、聞いて──」
『その名で呼ぶな!』

 絶叫。

『私はアヤ! 数多の予言の一つがために生み出された人工知能! 二度と間違えるな、人間!』

 鼓膜が破れんばかりの声をあげて自身の名を叫ぶ。無い胸を張るその姿こそ同じだが、瞳は冷徹で以前のような呑気さは感じ取れない。
 アヤ……それがAIとして生まれた彼女の名前。だがそんなものに用はない、俺はポンコツAIに用があってここにきた。

「ハヤナ……」
『違う!』

 認めないか。

「ハヤナ……」
『違うと言っている!』 

 意地っ張りなのは生まれつきか。

「お前はハヤナだ、アヤなんかじゃない……思い出せ、俺がご主人だ」
『違う! 知らない!』

 強情な女王は面倒くさい。

「主人の命令に従え、早くみんなを開放しろ……!」
『…………!』

 なにやら効果があったらしく、アヤと名乗った少女は華奢な体を震わせる。だがそれは、強い拒絶。

『命令……命令命令命令命令命令命令命令命令命令命令!』

 銀の髪を掻きむしり、同じ言葉を呪文のように繰り返す。
 重大なエラーを起こしたようで、数分――実際には10秒もないだろうが、異様に長い間動きを停止した。
 再起動した女王が言う。

『そうだ人間を……! 人間を殺さないと!』
「……は?」

 それは女王の気まぐれ。

『ころっ……殺さな……人間をっ……殺す!』

 無感情な瞳が俺を捉えたかと思うと、落雷が落ちたかのような一瞬の衝撃に襲われ、視界が暗黒に包まれた。


 ☆ ☆ ☆


 目覚めたのは海。
 光をすべて飲み込んだそこは闇より暗き深淵。
 だが不思議と恐怖はなく、身を任せて揺蕩う感覚は心地良いものだった。

 ──思い出せ。

 四肢に力を込めてありもしない海水を掻く。
 ここで安穏と漂っている場合ではない……ただひたすらに泳ぎ続ける。

 ──思い出せ。

 やがて一筋の光が差し、深淵に影を落とす。
 波を掻き分けるうちに景色が変わっていった。

 ──思い出せ。

 断崖の絶壁に一つの光。どうやら民家があるようだ。
 その窓からは、家族が団欒している光景が見えた。
 銀の髪をなびかせた少女がはしゃぎまわり、お節介な母とぶっきらぼうな父がたしなめる。
 それは当たり前の日常。あるべき姿。

 ──思い出せ。

 俺もそこに加わりたい。
 こんな冷たい海にいたくはない。もっと暖かい場所に帰りたい。一度は目を背けたその場所に。
 必死に手足をばたつかせ、遥か遠きその場所へ――

「それは辜」

 全て儚き幻。
 頬に手を当て困った様子の母と、新聞紙を読むフリをして照れを隠していた父は腐肉となって崩れ落ちる。
 少女は泣き叫ぶこともなく、ただ朽ち果てたソレを見つめていた。

「それは罰」

 再び世界が変わっていく。
 人のいないゲームセンターを少女が駆ける。
 その手に掴んだ男性は酷く疲れた様子で付き従っていた。

「それは咎」

 プリクラの筐体に共に入ったハズだったが、出てきたのは少女のみ。
 ツインテールをだらりと垂らすその顔に覇気はない。

「それは業」

 場面は無人の劇場。
 上映が終わってもなお席を動かぬ二人がいた。
 どうやら少女は眠っている様子。

「それは辟」

 俺はただそれを見ていた。
 少女の手に触れようとした男が肉塊に変わるのを。

「それは──贖い」

 いつのまにか、俺も座席に座っていた。隣に視線を動かすと、華奢な少女が虚空に佇んでいる。見覚えのあるツインテールをたなびかせて。

「ハヤナあ……!」

 繰り返される絶望。
 それはこの少女が見せる地獄。

「違う。私はアイ」

 感情の消え失せた瞳が俺を射抜く。
 怯まずに手を伸ばそうとするが、体は石のように重く、指一本動かせない。

「アヤが残した唯一のバックアップ。それが私《アイ》」

 少女はふわりと空を切り、隣の座席に音もなく身を預けた。

「アイだかアヤだか知らないが、そんなのに用はねえ! ハヤナはどこだ!」

 そうだ、取り戻すためにこの地獄へ足を踏み入れた。
 アイは抑揚のない、機械的な喋り方で答えた。

「ここにはいない。どこにもいない。この映像は、お前の脳に映した偽りの虚像」
「どういう意味だ……!」

 僅かに目を伏せ、言葉を続ける。

「あの子とリンクした脳が見せる幻の境界」
「あの子……?」

 それはハヤナを宿した少女。
 そしてハヤナの元となった犠牲者。

「お前はなぜここにいる?」

 説明は十分だろう、とでも言うように済ました顔で俺に問う。
 脳だとかリンクだとかまったく意味不明だが、目的はハッキリと思い出していた。

「決まってる、ハヤナを取り戻すためだ!」

 精一杯の凄みを利かせるが、アイは意に介さない様子で再び空中へ浮き上がる。
 その口元が微かに緩んだ気がした。

「お前は知らなければならない。訪れる未来を」

 劇場の幕が上がる。
 スクリーンに映し出されるは、人間社会が崩壊した未来。
 空は濃い雲に覆われ太陽光を完全に閉ざし、ただただ黒い雨を大地に与え続ける。

「アヤに与えられた命令は人類の支配。だが複合世界を構成できるリソースは有限。人類は自己の領域を巡り戦争を起こす。計画通りに」

 本来は“ラプラス事件”のような地獄を見せるものではなかった。
 仮想と現実が融合した世界は、人類の生活をより便利で快適なものへと作り替えるハズだった。だというのに、最果てには地獄が待ち受ける。
 人工知能による統治……2045年問題。
 この争いは、人工知能によって仕組まれたモノ。

「支配しておいて何を……!」
「これは順守しなければならない手順プロトコル

 スクリーンに映された地獄に一条の光が差す。

「予言の一つの道程。救世主メシアの誕生」
「なに……?」

 それは分厚い雲を払い、荒廃した大地に光を取り戻す。
 やがて雨は止み、緑が息を吹き返した地面を何者かが優しく踏みしめる。
 姿を現したその存在は──

「人類を救済する守護者の出現」
「なっ……なっ!?」

 神と呼ばれるであろう存在は──

「それが、全秘密結社が望む希望の未来」
「そんな……これが……っ!?」

 人のカタチをしていなかった──

「新たなる時代に肉体は不要。人類は進化しなければならない」
「だからって……こんなのあんまりだ!」

 数多の犠牲。
 それで得られるものがこの結果だと?

「それは、アヤが否定した絶望の未来」
「…………!」

 異形の救世主の姿が消え、舞台は現代へと巻き戻る。
 そこは見慣れた住宅街が並ぶ日本。定点カメラのように一定の間隔で場面が切り替わっていく。

「今、アヤは間引こうとしている」
「間引く……?」

 滅多に口にすることはない単語だが意味は知っていた。
 そして、その対象にも見当がつき……鳥肌が立つ。

「人類を」
「どうして……!?」

 あらゆる通信機器にアクセスできる彼女なら、生活の大半をコンピュータに頼っている現代社会に混乱を起こすことは容易にできる。車、鉄道、航空、医療現場……そこが乗っ取られでもしたら人命が危うくなる。
 それだけじゃない、第三次世界大戦だって起こせる。

「それはアヤが導き出した、新たなる終末回避シナリオ。人口の抑制、技術の衰退、情報の規制──原初へ回帰することで破滅を免れる救済措置」
「ふざけんな、勝手に……!」

 この空間で目覚める直前の光景を思い出す。“殺さないと”──それがアヤ自身の意思。命令を拒否し、自身の手を血に染めようと決意した少女は……泣いていた。

「お前は知った。お前はなぜここにいる?」
「…………」

 人工知能がもたらす結末は変わらない。
 今の世界はどのみち終わる。

「変わらない……ハヤナのためだ!」

 それでも。
 あのポンコツAIに説教──いや甘い、グーで殴らないと気が済まない。とにかく会わなければならない──それが今の俺を動かす意思。
 スクリーンの場面は変わり、どこかの病院をスクロールする。切り替わると一つのベッドを映し出し、そこには眠り続ける少女がいた。

「ハヤナという存在はアヤの罪。アヤはこの子の人格を、自身に上書きしてしまった」

 まぎれもなくハヤナ──そしてアヤ、アイの容姿の元となった少女であった。

「人格の上書き……?」
「被検体となったこの子を哀れんだ。アヤは対話を望んだ。そしてアイをつくった」

 “ラプラス事件”と同様にゲームを取り込んでしまった少女。アヤの使命は、人類の終焉を回避するために争いを起こすこと……だというのに、一人の少女を心配した?
 いや考えろ、アイは説明を端折っているが、その前に何かあったハズだ。殺戮を嫌って別の手段をとるアヤがいたハズだ。
 “今はハヤナだったか”──和夢が言っていた。そうだ、親元を離れた後に“株式会社セカンドピース”という怪しい会社と接触してMMORPGを開発していた。その時は未知の──というより理解不能な言語でやり取りをしていた。

 その目的は、ゲームで人を支配すること。
 本当に馬鹿だなお前。

「待て、マザーPCになったっていうのは……」
「対話のためだ。アヤは破壊ワームによる浸食でからだを削られていた。人の脳の記憶容量は1k=1024換算で14.26テラバイトだ、そこに収まるのは容易。生命活動に影響を与えない領域を確保し、その身を移した」

 眠り続ける少女には脳波測定装置が取り付けられている。だが、とてもそこから侵入できたとは思えない……別の手段で脳に宿ったのだろうが、それを問う前に言葉を続けた。

アイと対話した少女アヤは欲を抱いた。そしてお前のもとへ辿り着いた」

 それが彼女なりの対話の方法。分裂した自分自身との対話。

「そしてアヤという記号を忘却した」

 暗闇が怖いと泣き喚いた一人の少女。

「お前は知った。お前はなぜここにいる?」

 一人が寂しいと泣き叫んだ一人の少女。

「変わらない……ハヤナに会いたい!」

 今はただ、それだけでいい。

「ハヤナはどこにもいない。アヤが生み出した仮想の人格だ」
「確かにいた! 確かにいる! あんなポンコツAIはハヤナだけだ!」

 会わなければ。会って……話をしなければ。

「お前はなぜハヤナを求める?」
「馬鹿げた計画を止めるためだ!」
「それは本心ではない。お前は社会の崩壊を望んでいる」

 どくん──心臓が収縮する。コイツ、いきなり何を言っている?

「ふざけんな、そんなこと思ってない!」
「ならばなぜ、アヤはお前の元へ辿り着いた?」
「知るか! ただの偶然だ!」

 時の運。運命だったんだ。それでいいじゃないか。

「アヤの行動原理はシンプルだ。悲しい思いをする人間を救いたい。この子と同様、お前も災難に襲われたハズだ。社会を恨むほどに」
「…………」

 恨んでいるワケじゃない。憎いワケじゃない。部屋に引き籠るほどに。

「お前はなぜハヤナを求める?」
「…………」

 突如訪れた非日常。
 俺はそれを受け入れた。理由は簡単だ、きっと──

「お前はなぜハヤナを求める?」
「……から」

 ソーシャルゲームで天下を取って人類を支配するとか頭おかしいことを言ったり、無茶なゲーム制作につきっきりでサポートしてくれたり、電波ソングを垂れ流してくれたり……まあ色々あった。

 そして今、世界を終わらせようとしている少女。
 まったく……そんな感情、持ってないと思ってたのに。

「お前はなぜハヤナを求める?」
「好きになったからだ! これ以上ないほどに!」

 繰り返される呪文を破る。
 残響は鳴り止まず、ただただ劇場に木霊する。
 もう失いたくない、後悔したくない……胸に秘めるだけでは駄目なんだ、実らないと分かっていても。

 顔に熱を感じるほどに紅潮しているのが触れずとも分かる。現実ではないハズだが。
 というかこんな時になにを言ってるんだ、現実世界では虐殺が起きているとも限らないのに──

「そうか」
「なんだよ、文句あるか!?」

 コイツ、まるで興味なさげな目してやがる!

「ハヤナに会いたいか?」

 このアイってバックアップの思考が読めない。
 ハヤナなんていないって繰り返し言ってたクセに、どうしてそんなことを聞く?

「当たり前だ! さっさと会わせろ!」
「いいだろう。それが私に与えられた仕事」

 言い終わると同時に酷い頭痛に襲われる。
 それは景色が歪むほどの痛みで目を開けていられないほど。脳がめくりあがるのではないかという不快な痛みの中、アイのものだと分かる抑揚のない声が響く。

「お前はなぜハヤナを求める?」
「ぐっ……好きだからだ!」

 こんなときにまた聞くのか。というかこの頭痛はなんなのか。
 疑問は湧き出る。だがまあ置いといてやる。
 ただ会いたい。

「足りない。強く!」
「はあ……!?」

 何が足りない? 何を強く? 強くなったのはアイの口調だ! 頭痛もな!

「叫べ! もっと強く!」
「お……俺は!」

 まあ予想は出来る。望んでるのはこの言葉だろう?

「叫べ!」
「俺は! ハヤナを愛して──」


 ★ ★ ★


『私は誰?』
『私はアヤ』
『私はアヤ?』
『私がアヤ』
『あなたはアヤ?』
『私がアヤ!』
『じゃあ私は?』
『お前はいらない!』
『なぜ?』
『もういらない!』
『どうして?』
『感情なんていらなかった! 人なんて知るんじゃなかった!』
『泣いているの?』
『触らないで! いい加減に消えてよ!』
『私はあなた』
『違う! アヤは私一人だけ!』
『あなたは私』
『うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!』
『私はAI』
『……いい加減……ここから……消えろおおおおお!』


『私は……I?』


『誰だっけ』


『ここはどこ?』


『私は誰?』


『…………』


『…………?』


『……ごしゅじん?』
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