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一章です!
働きましょう!
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『Iは何処?』
「いいか小僧、いついかなる時も気を抜くな。工房は準備が整い次第、すぐにでも同じ事件を企てるだろう」
「…………」
「病み上がりだろうが知ったことではない。戻り次第、山積みの仕事が待っている……クックック、楽しみだろう?」
「……そう言われてもなあ」
季節は夏。
燦燦とふりそそぐ眩い光が乱反射し、家に引き籠ってばかりいたせいで真っ白な俺の肌を執拗に焼き続ける。視力を取り戻した瞳に映るのは広大な海。シーズン真っ盛りであるにも関わらず波に乗るサーファーや砂浜でじゃれ会う観光客がいないこの場所は、どこかの金持ちが所有するプライベートビーチだった。
「今のうちに楽しんでおけ、ということだ。完成するまで逃がしはしない──そうだ、これをやろう」
「…………?」
唯一張られたテントの下には、俺と和夢というむさくるしい二人のみ。華がないどころではない、遠目にはそのケがあると間違われてしまう可能性がある。LGBTの認知が進んでいるとはいえ、俺は通常だ、誤解しないで頂きたい。
「お前は世界を救った英雄──だが油断するな。ヤツらは狡猾だ、平気で嘘をつく。必ず手順を順守しろ」
「……なんですかコレ?」
世界を救った自覚などは無い、ただ彼女に会いたかっただけだ。ガキ呼ばわりを改めた和夢はピンク色の……ゴムか何かだろうか、リングが包装された子袋を隠すように手渡す。
「これくらい知っているだろう?」
「んん?」
中身を何かに使うのだろうか、そう思ってパッケージを切ろうと手をかける。それを見た和夢は鬼の形相となり、力を入れた俺の腕を掴んで行動を止める。
「馬鹿者ォ! 今使うつもりか!?」
「へ? へ?」
え、なに、どういうこと?
「中身を使うんじゃないんですか?」
「時と場所を弁えろ!」
この物体、一体何なんだ? そしてヤツらとは? あの事件を起こした連中だというのなら、この物体の中には爆弾でも仕掛けられているのか?
「弁えれば使えるんですか?」
「……はっ!? 小僧、まさか!」
和夢が驚愕に目を見開く。だがすぐに冷静さを取り戻し──たと思ったら、頬を紅潮させて優しく語った。
「……すまない、私はお前の願いを聞くことはできん。この身はただ、あの方の為にあるのだ」
「ん?」
さっきから会話が噛み合っていない。怒ったり驚いたり照れたり……いつも仏頂面である和夢の顔をころころと返るコレは何だ? というか照れ顔を浮かべるな、気色悪いぞ白髪頭。
「……まさか、知らないのか? 高校生でも知ってるぞ?」
「んん?」
高校生でも知っているのに俺は知らないで、時と場所を弁えて使うモノ? いや知らないんだから分かるワケがない――なおも悩んでいると、和夢は大きなため息をついた。
「……こんな男が実在するとはな」
「んんん?」
もう馬鹿にされるのは慣れていたからその程度なら受け流す──とりあえず、いつまでもゴツイ手で掴んでるんじゃねえよ。
「……はぁ。いいか小僧、それは避──」
「あ、お兄ちゃーんっ!」
声がした方向へ振り向く――同時に、目にも止まらぬスピードで小包が奪われた。と思ったら海パンのポケットへ手ごと突っ込まれる。
「ちょっ!?」
「黙れ! いいか、手順は順守しろよ!」
早口にそう言うと、何事もなかったかのように先ほどの声の主を迎え入れる。まあ誰かは分かっていた。顔を向けると、水着を着た新菜がいた。メイド服以外を纏う姿は初めて見た。
「お兄ちゃん、見て見てー! 可愛いでしょー!」
そう言ってくるりと一回転。
「あー、うん。似合ってる」
「うふふっありがと! 嬉しいなあ」
女の子の水着姿をこの目で見るのは初めてだ、どうしても緊張してしまう。
「新菜、彼女は?」
「うふっまだ着替えてるよ。ねえ和夢、もう準備しててもいいんじゃない?」
「いや、皆が揃ってから──」
「うふふっ大丈夫大丈夫! ほら早くー!」
「いやしかし──」
「働け働けー!」
いつにもましてテンションが高い。それは全部夏のせいだ。
「はぁ……仕方ない。いいか小僧、くれぐれも──」
「和夢? 早くって言ったよね?」
「……御意」
新菜が纏うは般若の面。凍てつく眼光を受けてその場を後にする。残されるのは一組の男女。
「うふっ……うふふふっ……」
少女はいつもと変わらぬ無邪気な笑みを浮かべ、柔らかい砂浜を踏みしめて歩を進める。一歩、一歩は力強く、存在を主張する雑音を立てた。
「お兄ちゃん……二人きりだね?」
「お、おう」
下心なんてない、ただの事実。新菜は俺の隣に座って、共に悠久の波音を聞いた。暫しの静寂。
「ね、ねえお兄ちゃん」
それを破ったのは新菜。
「イイコトしてあげよっか?」
いつかのように耳元で甘く囁く。
「いっ……イイコト?」
「うん。オイルぬってあげる!」
そう言って、パラソルの下に置かれた手荷物からサンオイルの容器を取り出す。確かに急激に紫外線を浴びるのは体に毒だ、対策をしないでいると肌が一時的な火傷状態になってしまう。
「いや、いいよ。たまには痛めつけるのも悪くない」
「うふっお兄ちゃんはマゾなの?」
「……そういうワケじゃない」
ピリピリと肌を刺激するあの感覚。それはここにいることの存在証明。それを俺は待ち望んでいた。
「俺のことはいいから、泳いで来たら?」
「うふふっまだオイルぬってないからダーメ! それとも、お兄ちゃんがぬってくれるの?」
「!?」
それは世の健全男子が抱く夢。
「いいよ、お兄ちゃんに触れられるのは怖くないもん」
俺の手に握らされたのは浪漫。
「優しくしてね?」
新菜はビーチチェアに身を委ね、その時を待つ。
なんだこの状況は。心臓の高鳴りが止まない。この少女にはいつもからかわれていたが、まさかこんな──理性を試されている?
「まだかな?」
本当に触れていいのか。
「そろそろかな?」
病的なまでに白い肌に。
「……ダメだ」
「え?」
「俺には出来ない。自分でやってくれ」
──思い出せ。
「ど、どうしてなのお兄ちゃん? 私の事キライなの?」
「そんなことない、大切な友人だ」
「ならどうして!?」
「どうしてって言われてもな……」
決してチキンというワケではない、童貞だが。
「女の子はキライなの!? 男の子なら良かったの!?」
「はあ? 一体何を怒ってるんだ!?」
新菜は身を起こし、ヒステリックに叫ぶ。
「なら教えてあげる!!」
「へ?」
腹部に衝撃。
「ぐおッ!?」」
「……私には、このくらいしか出来ないの」
気が付けば抱きつかれていた。布一枚越しに柔らかい弾力と熱を感じる。
「ちょ、ちょっと新菜──」
「私は無力だった。ただお兄ちゃんが帰ってくるのを待つことしか出来なかった」
慟哭。
「ずっとずっと待ってたんだよ。目を覚ますのを」
懺悔。
「お兄ちゃんは悪を倒した。でもそれは褒められることじゃないの。結末は変わらない──でも平和は続いている」
悲哀。
「今の世界を救ったお兄ちゃんに、少しでも喜んで貰いたくて」
俺の胸の中で泣いていた。それは存在を確かめるように、ここにいることを確かめるように。
大それたことをしたつもりはない。ヒーローになったつもりもない俺には、ただ新菜の頭をなでてやることしか出来なかった。
「新菜ちゃんを泣かせるなんて、やっぱり先輩って最低な男ね」
新たな声──ビキニを着た彩智が現れる。俺を卑下する態度は相変わらず。
「ほら新菜ちゃん、こっちにおいで。お姉さんが抱きしめてあげる」
「結構です」
「? 今なにか言った?」
「俺じゃない」
「まあいいわ、兄弟水入らずを邪魔するつもりはないし。ただ、これだけは言っておかないといけないかと思って」
「なんだよ?」
彩智はもじもじと言葉を紡いだ。
「えっと……あの夢から覚ましてくれたのは先輩でしょ? 和夢さんから聞いた」
「そう……らしいけど」
「だから礼くらいは言おうかなって。ありがと」
「お、おう」
「なによ、もっと自信持ちなさいよ。元ニートがヒーローになったんだから」
だから、そんな自覚は無い。
「それでさ──どう、かな?」
「どうって?」
和らいだ空気から一転し、彩智は声を潜めて尋ねた。
「どう見える? キレイ、かな?」
「ああ、そういうことか。今はもうハッキリ見えるよ、こんなキレイな海を見たのは初めてだ。天気も良いし、絶好の海日和だよな」
「……先輩ってデリカシーないのね」
何のことだ?
「まあいいわ、期待してなかったし……まだ和夢さんにも見せてないのに」
俺の体調を気遣ってくれたのではないのか?
「ていうかいつまで頭撫でてるのよ……もしかしてシスコン? 手出したら許さないわよ」
「ちちち違う! そんなコトしないって!」
「ほら新菜ちゃん、そろそろ離れましょ?」
「結構です」
「へ……?」
今度は確かに聞こえた。張本人は声を張って続ける。
「さっちゃんは一人で海水浴を楽しんで下さい。和夢の準備が終わり次第お知らせします」
「に、新菜ちゃん?」
「お兄ちゃんには誰かが付いていなければなりません。私が傍にいますから」
「でも、それじゃ新菜ちゃんが遊べないじゃない。せっかく海にきたんだし」
にやりと悪戯な笑みを浮かべたのは腕の中の小悪魔。
「お気遣いなく。私はお兄ちゃんと一緒に砂の城を立てますから」
「城?」
「ええ。ねえお兄ちゃん、庭付きの一戸建てが良いよね? 二階建てで、部屋は多めに作って、ペットも飼えるようにして……」
「へ……?」
それは彼女が望む未来。
「寝室には天窓をつけて、星空を見ながら眠りにつくの」
「ん?」
「天気がいい日はベランダに出て、二人で月を見上げるの」
「んん?」
「そこでお兄ちゃんが囁くの。月がキレ──」
「新菜ちゃんストップ! ストップううううう!!」
声を張り上げて彩智が呪文の詠唱を遮る。まあ続きは予想できる──あまりに儚い幻想。
「うふふっどうしのさっちゃん?」
「いくら兄妹とはいえ、越えてはならない一線があるのよ!?」
「そんな曖昧な境界線、必ずや消して見せますから。そうでしょ、お兄ちゃん?」
「ちょ、ちょっと! アタシは許さないわよ!? いいから離れなさい!」
きつく回された新菜の拘束を、彩智が力づくで解こうとする。その度に張りのある柔肌が触れ、熱を持った体温が感じられる。
「先輩は、大きいほうが好きだもんね!」
「いいえ、お兄ちゃんは手に馴染むほど良い大きさが大好きですから!」
「ええ……!?」
「「どっち!?」」
何だこの状況は──選べと言うのか。あまりの展開に狼狽していると、調停をもたらす女神が視界に降臨した。
『ええい、そこまでにしなさい醜きものよ!』
それは予言の体現者。
『ご主人の彼女は、この私ですので!』
そしてポンコツな救世主。
『まったく、“着替えるから”と懇願され姿を消したはいいものの、いつまで経っても名を呼ばれないのは何故かと思ったら……どういうことですか、ご主人?』
いつにもましてキツい眼差しを向けられる。仕方なかったんだ、不可抗力だ。
『まあ許してあげますとも、私は慈悲深き美少女AI──ってコラー! いつまでイチャついてるんですか二人ともー!』
まあ俺意外には見えないらしいし、どうしようもない──それにモテモテらしいし、これはこれで。
『ええいご主人、早く帰ってゲームを作りましょう! すでにタイトルは考えてあります!』
女神はこんなときでも働き者であるようだ。少しの休暇を楽しんだってバチは当たらないだろうに。
『ずばり、【異世界はハヤナと共に】! これは受けますよ、間違いなく!』
あぁ、うん、分かってました。お前にセンスがないってことは。
「……NG」
『なんですと!?』
センスというかパクリじゃないか。リスペクトなんていう逃げ道はないぞ。
「お兄ちゃんは私の王子様です!」
「いい加減に離しなさい! それを言うなら、私にとってヒーローよ!」
未だに騒いでいる二人にもみくちゃにされ、どうしたものかと思考していると、ポケットから一つの小包がポトリと落ちる。
「……!」
「……へ?」
『な……なっ!?』
「ん?」
和夢から渡されたモノか……それを見た一同の反応は様々。新菜は目を爛々と輝かせ、彩智は頬を真っ赤に染め、ハヤナはプルプルと震えている。
『そんなに──肉欲にまみれているのですか、ご主人のえっち―!』
え、なに、どういうこと──問う前に、俺の視界に火花が散った。
「おい貴様ら、スイカ割の用意出来たぞ。それとバーベキューの準備も万全だ、遊んでないでこっちに来い」
「いいか小僧、いついかなる時も気を抜くな。工房は準備が整い次第、すぐにでも同じ事件を企てるだろう」
「…………」
「病み上がりだろうが知ったことではない。戻り次第、山積みの仕事が待っている……クックック、楽しみだろう?」
「……そう言われてもなあ」
季節は夏。
燦燦とふりそそぐ眩い光が乱反射し、家に引き籠ってばかりいたせいで真っ白な俺の肌を執拗に焼き続ける。視力を取り戻した瞳に映るのは広大な海。シーズン真っ盛りであるにも関わらず波に乗るサーファーや砂浜でじゃれ会う観光客がいないこの場所は、どこかの金持ちが所有するプライベートビーチだった。
「今のうちに楽しんでおけ、ということだ。完成するまで逃がしはしない──そうだ、これをやろう」
「…………?」
唯一張られたテントの下には、俺と和夢というむさくるしい二人のみ。華がないどころではない、遠目にはそのケがあると間違われてしまう可能性がある。LGBTの認知が進んでいるとはいえ、俺は通常だ、誤解しないで頂きたい。
「お前は世界を救った英雄──だが油断するな。ヤツらは狡猾だ、平気で嘘をつく。必ず手順を順守しろ」
「……なんですかコレ?」
世界を救った自覚などは無い、ただ彼女に会いたかっただけだ。ガキ呼ばわりを改めた和夢はピンク色の……ゴムか何かだろうか、リングが包装された子袋を隠すように手渡す。
「これくらい知っているだろう?」
「んん?」
中身を何かに使うのだろうか、そう思ってパッケージを切ろうと手をかける。それを見た和夢は鬼の形相となり、力を入れた俺の腕を掴んで行動を止める。
「馬鹿者ォ! 今使うつもりか!?」
「へ? へ?」
え、なに、どういうこと?
「中身を使うんじゃないんですか?」
「時と場所を弁えろ!」
この物体、一体何なんだ? そしてヤツらとは? あの事件を起こした連中だというのなら、この物体の中には爆弾でも仕掛けられているのか?
「弁えれば使えるんですか?」
「……はっ!? 小僧、まさか!」
和夢が驚愕に目を見開く。だがすぐに冷静さを取り戻し──たと思ったら、頬を紅潮させて優しく語った。
「……すまない、私はお前の願いを聞くことはできん。この身はただ、あの方の為にあるのだ」
「ん?」
さっきから会話が噛み合っていない。怒ったり驚いたり照れたり……いつも仏頂面である和夢の顔をころころと返るコレは何だ? というか照れ顔を浮かべるな、気色悪いぞ白髪頭。
「……まさか、知らないのか? 高校生でも知ってるぞ?」
「んん?」
高校生でも知っているのに俺は知らないで、時と場所を弁えて使うモノ? いや知らないんだから分かるワケがない――なおも悩んでいると、和夢は大きなため息をついた。
「……こんな男が実在するとはな」
「んんん?」
もう馬鹿にされるのは慣れていたからその程度なら受け流す──とりあえず、いつまでもゴツイ手で掴んでるんじゃねえよ。
「……はぁ。いいか小僧、それは避──」
「あ、お兄ちゃーんっ!」
声がした方向へ振り向く――同時に、目にも止まらぬスピードで小包が奪われた。と思ったら海パンのポケットへ手ごと突っ込まれる。
「ちょっ!?」
「黙れ! いいか、手順は順守しろよ!」
早口にそう言うと、何事もなかったかのように先ほどの声の主を迎え入れる。まあ誰かは分かっていた。顔を向けると、水着を着た新菜がいた。メイド服以外を纏う姿は初めて見た。
「お兄ちゃん、見て見てー! 可愛いでしょー!」
そう言ってくるりと一回転。
「あー、うん。似合ってる」
「うふふっありがと! 嬉しいなあ」
女の子の水着姿をこの目で見るのは初めてだ、どうしても緊張してしまう。
「新菜、彼女は?」
「うふっまだ着替えてるよ。ねえ和夢、もう準備しててもいいんじゃない?」
「いや、皆が揃ってから──」
「うふふっ大丈夫大丈夫! ほら早くー!」
「いやしかし──」
「働け働けー!」
いつにもましてテンションが高い。それは全部夏のせいだ。
「はぁ……仕方ない。いいか小僧、くれぐれも──」
「和夢? 早くって言ったよね?」
「……御意」
新菜が纏うは般若の面。凍てつく眼光を受けてその場を後にする。残されるのは一組の男女。
「うふっ……うふふふっ……」
少女はいつもと変わらぬ無邪気な笑みを浮かべ、柔らかい砂浜を踏みしめて歩を進める。一歩、一歩は力強く、存在を主張する雑音を立てた。
「お兄ちゃん……二人きりだね?」
「お、おう」
下心なんてない、ただの事実。新菜は俺の隣に座って、共に悠久の波音を聞いた。暫しの静寂。
「ね、ねえお兄ちゃん」
それを破ったのは新菜。
「イイコトしてあげよっか?」
いつかのように耳元で甘く囁く。
「いっ……イイコト?」
「うん。オイルぬってあげる!」
そう言って、パラソルの下に置かれた手荷物からサンオイルの容器を取り出す。確かに急激に紫外線を浴びるのは体に毒だ、対策をしないでいると肌が一時的な火傷状態になってしまう。
「いや、いいよ。たまには痛めつけるのも悪くない」
「うふっお兄ちゃんはマゾなの?」
「……そういうワケじゃない」
ピリピリと肌を刺激するあの感覚。それはここにいることの存在証明。それを俺は待ち望んでいた。
「俺のことはいいから、泳いで来たら?」
「うふふっまだオイルぬってないからダーメ! それとも、お兄ちゃんがぬってくれるの?」
「!?」
それは世の健全男子が抱く夢。
「いいよ、お兄ちゃんに触れられるのは怖くないもん」
俺の手に握らされたのは浪漫。
「優しくしてね?」
新菜はビーチチェアに身を委ね、その時を待つ。
なんだこの状況は。心臓の高鳴りが止まない。この少女にはいつもからかわれていたが、まさかこんな──理性を試されている?
「まだかな?」
本当に触れていいのか。
「そろそろかな?」
病的なまでに白い肌に。
「……ダメだ」
「え?」
「俺には出来ない。自分でやってくれ」
──思い出せ。
「ど、どうしてなのお兄ちゃん? 私の事キライなの?」
「そんなことない、大切な友人だ」
「ならどうして!?」
「どうしてって言われてもな……」
決してチキンというワケではない、童貞だが。
「女の子はキライなの!? 男の子なら良かったの!?」
「はあ? 一体何を怒ってるんだ!?」
新菜は身を起こし、ヒステリックに叫ぶ。
「なら教えてあげる!!」
「へ?」
腹部に衝撃。
「ぐおッ!?」」
「……私には、このくらいしか出来ないの」
気が付けば抱きつかれていた。布一枚越しに柔らかい弾力と熱を感じる。
「ちょ、ちょっと新菜──」
「私は無力だった。ただお兄ちゃんが帰ってくるのを待つことしか出来なかった」
慟哭。
「ずっとずっと待ってたんだよ。目を覚ますのを」
懺悔。
「お兄ちゃんは悪を倒した。でもそれは褒められることじゃないの。結末は変わらない──でも平和は続いている」
悲哀。
「今の世界を救ったお兄ちゃんに、少しでも喜んで貰いたくて」
俺の胸の中で泣いていた。それは存在を確かめるように、ここにいることを確かめるように。
大それたことをしたつもりはない。ヒーローになったつもりもない俺には、ただ新菜の頭をなでてやることしか出来なかった。
「新菜ちゃんを泣かせるなんて、やっぱり先輩って最低な男ね」
新たな声──ビキニを着た彩智が現れる。俺を卑下する態度は相変わらず。
「ほら新菜ちゃん、こっちにおいで。お姉さんが抱きしめてあげる」
「結構です」
「? 今なにか言った?」
「俺じゃない」
「まあいいわ、兄弟水入らずを邪魔するつもりはないし。ただ、これだけは言っておかないといけないかと思って」
「なんだよ?」
彩智はもじもじと言葉を紡いだ。
「えっと……あの夢から覚ましてくれたのは先輩でしょ? 和夢さんから聞いた」
「そう……らしいけど」
「だから礼くらいは言おうかなって。ありがと」
「お、おう」
「なによ、もっと自信持ちなさいよ。元ニートがヒーローになったんだから」
だから、そんな自覚は無い。
「それでさ──どう、かな?」
「どうって?」
和らいだ空気から一転し、彩智は声を潜めて尋ねた。
「どう見える? キレイ、かな?」
「ああ、そういうことか。今はもうハッキリ見えるよ、こんなキレイな海を見たのは初めてだ。天気も良いし、絶好の海日和だよな」
「……先輩ってデリカシーないのね」
何のことだ?
「まあいいわ、期待してなかったし……まだ和夢さんにも見せてないのに」
俺の体調を気遣ってくれたのではないのか?
「ていうかいつまで頭撫でてるのよ……もしかしてシスコン? 手出したら許さないわよ」
「ちちち違う! そんなコトしないって!」
「ほら新菜ちゃん、そろそろ離れましょ?」
「結構です」
「へ……?」
今度は確かに聞こえた。張本人は声を張って続ける。
「さっちゃんは一人で海水浴を楽しんで下さい。和夢の準備が終わり次第お知らせします」
「に、新菜ちゃん?」
「お兄ちゃんには誰かが付いていなければなりません。私が傍にいますから」
「でも、それじゃ新菜ちゃんが遊べないじゃない。せっかく海にきたんだし」
にやりと悪戯な笑みを浮かべたのは腕の中の小悪魔。
「お気遣いなく。私はお兄ちゃんと一緒に砂の城を立てますから」
「城?」
「ええ。ねえお兄ちゃん、庭付きの一戸建てが良いよね? 二階建てで、部屋は多めに作って、ペットも飼えるようにして……」
「へ……?」
それは彼女が望む未来。
「寝室には天窓をつけて、星空を見ながら眠りにつくの」
「ん?」
「天気がいい日はベランダに出て、二人で月を見上げるの」
「んん?」
「そこでお兄ちゃんが囁くの。月がキレ──」
「新菜ちゃんストップ! ストップううううう!!」
声を張り上げて彩智が呪文の詠唱を遮る。まあ続きは予想できる──あまりに儚い幻想。
「うふふっどうしのさっちゃん?」
「いくら兄妹とはいえ、越えてはならない一線があるのよ!?」
「そんな曖昧な境界線、必ずや消して見せますから。そうでしょ、お兄ちゃん?」
「ちょ、ちょっと! アタシは許さないわよ!? いいから離れなさい!」
きつく回された新菜の拘束を、彩智が力づくで解こうとする。その度に張りのある柔肌が触れ、熱を持った体温が感じられる。
「先輩は、大きいほうが好きだもんね!」
「いいえ、お兄ちゃんは手に馴染むほど良い大きさが大好きですから!」
「ええ……!?」
「「どっち!?」」
何だこの状況は──選べと言うのか。あまりの展開に狼狽していると、調停をもたらす女神が視界に降臨した。
『ええい、そこまでにしなさい醜きものよ!』
それは予言の体現者。
『ご主人の彼女は、この私ですので!』
そしてポンコツな救世主。
『まったく、“着替えるから”と懇願され姿を消したはいいものの、いつまで経っても名を呼ばれないのは何故かと思ったら……どういうことですか、ご主人?』
いつにもましてキツい眼差しを向けられる。仕方なかったんだ、不可抗力だ。
『まあ許してあげますとも、私は慈悲深き美少女AI──ってコラー! いつまでイチャついてるんですか二人ともー!』
まあ俺意外には見えないらしいし、どうしようもない──それにモテモテらしいし、これはこれで。
『ええいご主人、早く帰ってゲームを作りましょう! すでにタイトルは考えてあります!』
女神はこんなときでも働き者であるようだ。少しの休暇を楽しんだってバチは当たらないだろうに。
『ずばり、【異世界はハヤナと共に】! これは受けますよ、間違いなく!』
あぁ、うん、分かってました。お前にセンスがないってことは。
「……NG」
『なんですと!?』
センスというかパクリじゃないか。リスペクトなんていう逃げ道はないぞ。
「お兄ちゃんは私の王子様です!」
「いい加減に離しなさい! それを言うなら、私にとってヒーローよ!」
未だに騒いでいる二人にもみくちゃにされ、どうしたものかと思考していると、ポケットから一つの小包がポトリと落ちる。
「……!」
「……へ?」
『な……なっ!?』
「ん?」
和夢から渡されたモノか……それを見た一同の反応は様々。新菜は目を爛々と輝かせ、彩智は頬を真っ赤に染め、ハヤナはプルプルと震えている。
『そんなに──肉欲にまみれているのですか、ご主人のえっち―!』
え、なに、どういうこと──問う前に、俺の視界に火花が散った。
「おい貴様ら、スイカ割の用意出来たぞ。それとバーベキューの準備も万全だ、遊んでないでこっちに来い」
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「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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三矢さくら
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長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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