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二章です!

再来です!

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 休憩所の陰からこっそり覗くと、やはり予想通りの男がそこにいた。

「んっふっふ~ん。娑婆の空気も悪くないである。が、もう消えてなくなる世界である! 終わる世界に憎しみを! 新たな世界に花束を! この大天才、ドクター・ミラーに祝福を!」

 オフィスに響き渡る男の叫び。
 紛れもなく、前回銃を構えてこのオフィスを襲撃した頭のイカれた変質者で間違いない。ハヤナを製作し、再び取り戻して世界へ混沌をもたらそうと計画する大罪人。

「馬鹿な、警察を通して我々の機関へ送られた筈……どうやって逃れた!? いや、何故連絡が来なかった!?」

 誰よりも先に駆け付け、ミラーと対峙したのはやはり和夢だった。
 腐っても現場の責任者、やる時はやるなぁ──そんなことをぼんやりと考えた。やばい、急に動いたから足が震えてる。決してフラッシュバックとかそんなことじゃない。

「あ、冬流から電話」
「許可する、出なさい」

 緊張する空気を破ったのは、突如鳴り始めた甲高い電子音。どうやら新菜の携帯電話だったようで、何事も無かったかのような冷静な態度で端末を耳に当てる。やっぱりあんたらはどこかおかしいよ。
 まぁ、今回はギターケースがない。つまり──銃を持っていない。なら安心していいのか?

「え、どちら様? しかも何、あの時代遅れなファッション……」

 彩智は会議室のドアからひょっこりと顔を出しながら、不安そうに事の成り行きを見守っている。
 そうだよな、あれってやっぱり異常なファッションセンスだよな。老人に近い男が売れないバンドマン風の恰好してるんだもんな。

「フヒヒヒヒヒ、吾輩を甘く見ないほうがいいである、脱走など大の得意! あの組織からも抜け出せたのである、甘ちゃんな貴様らからぬるりと抜け出すなど造作も無いわ!」

 警察へ通報されても怖くないのか、威嚇どころか武勇伝を語り始めたミラー。あんたの尊大な自尊心はどこから湧き立ってくるんだろう。

「アノマリーに分類されたけど、それの収容方法をNo.666が選定するのに遅れたんだって。移送は完了したんだけど、判断待ちの間に脱走したって」
「ふん、所詮は極東の島国か。本部の指揮系統から逸脱した部隊があれば楽なものを」
「それじゃクーデター起こして下さいって言ってるようなものだよ」
「不純な思考は慎めニナ、処分されるぞ」
「はいはい、和夢もね」

 こそこそ話はうまく聞こえないが、和夢は深刻な表情。

「無視するのはやめるである! 吾輩たち科学者は無視されるのが一番──」
「それで、今回も武力行使か?」
「嫌……ゴッホん。ノンノンノン! 争いとは同じレベル同士の存在でしか発生しない稚拙な行いである、大天才である吾輩はそのような愚かなことをしないのである!」

 前はやったじゃねえか。

「さぁ、吾輩のマイ・エンジェル、アヤたんを返すである! 痛い目を見る前にな!」
「アヤ……って、誰?」

 ああそうか、彩智は知らないんだったか。どうするんだこの状況、黙ってるワケにはいかないぞ。

『ご主人……くしっ』

 視界に映る人工知能は小さなくしゃみ。言いたいことは分かる、『ハヤナがついてます』とかだろう。憑いてるの間違いだろと訂正する気力も無いので、この場を退散する。
 あの人に任せて俺たちは休憩所で休んでいよう、それがいい。

「そんな人間はいない、帰ってくれ」

 それでも聞こえてくる戦場のやり取り。
 和夢は相変わらず冷静すぎる!

「あっ、そうであるか? では後日菓子折りを持って──とでも言うと思ったか間抜けぇ!」
「とにかく警察にでも捕まってこい。刑法130条、住居侵入罪だ。間もなく非常通報を受け取った警備会社から──」
「おぉっと待つである! 捕まるのはそちらであるよ!」
「何?」
「吾輩、知っているであるよ? 労働基準法という呪文を……!」
「!?」

 おや? 雲行きが怪しい気配。

「出るとこ出られて困るのはどちらであるか~? 吾輩は武器など持っていないであるよ~?」
「卑劣な……!」

 なんてことだ、メシアがここに!

「大丈夫だよ和夢、タイムカードは細工してあるから」
「あぁ、そうだったな。監視カメラも偽装してある、バレる心配はない」

 馬鹿な、神は死んだ!

「助けて下さいドクター・ミラー! 俺、この人達に監禁されてるんですぅ! 過酷な労働を強いられてるんですぅ!」

 高熱にうなされた脳が虚弱な精神に点火した。
 くっくっく、これまでに積み重なった鬱憤が火を噴くぜ!

「あっ、コラ!」
「お兄ちゃん?」
「毎日毎日ディスプレイと見つめ合ってるんですぅ! おうちに帰してくれないんですぅ! ブラックバイトなんですぅ!」
「黙ってろ!」
「ぐっふ!?」

 病人にクリティカルヒット!

「彩智さん、コイツを預かっていて下さい」
「え、えぇっと……」
「ご心配なく、彩智さんは必ず傷付けさせはしません。ここは私にお任せを」

 大破した俺はズルズルと引きずられ、会議室に捨てられた。

「は……はいっ!」

 恋は盲目。
 おい彩智、この会社のイカレ具合を知ってるクセに和夢へ心酔するのはどうかと思う。

「さて……ミラー・スミス。残念だったな、そんな脅しは我々に効かん」
「理解出来ぬであるな。超高齢化が進んでいるこの国ならば、この呪文を唱えれば皆が平伏す筈なのであるが?」
「高度経済成長期の構造が未だ根付き、それによって社会負担が個人に重く圧し掛かっているのだ、多少の無理は許される」

 隠蔽したらしいじゃないか!

「フヒヒヒヒ! 流石は50年で破滅へ突き進んだ先進国! 我がブリテンはこの島国を参考にし、より良き社会を形成するであろう……もう遅いであるがな!」
「何?」
「終末の日来たれり! 最後の審判は間近!」

 一段と騒がしく、ミラーが声を張り上げた。

「皆既日食がそのシグナル! 罪人たちは聖なる火に焼かれ、黙示録の土壌となるであろう!」
「ふん、アレはカバーストーリーだと知っている筈だが?」
「世界で一番読まれたライトノベルを愚弄するであるか?」
「この世界に神などいない」
「いやぁ、いるである。私が作ったである、機械仕掛けの神を!」
「…………」
「仮想現実という世界の支配者! 箱庭の女王! 何よりも美しく、光り輝くレグルスである! 吾輩に返すがいいである、アレは良いものだ」

 何の話だ。

「何言ってるの、あの人……」
『へっくち』

 いや、何となく分かる。
 アヤが実行しようとした終末回避シナリオ。それが行われなかった場合の、世界の終わり。

「問答は不問だな……」
「警備保障です! 通報を受け取りました!」
「げっ、またコイツかよ!?」
「確保ー!」

 騒がしい一団がようやく到着。向こうも前回の不審者だと認識している様子だ。

「吾輩は何度でも蘇るである! 次はこうはいかないであるよ、必ずアヤを取り戻すである!」
「黙れコラぁ!」
「大人くしろオラァ!」
「あっ、変なとこ触るなである!」
「鬱憤溜まってんだよこちとらぁ!」
「発散させろてめぇ!」
「あっあっあっあっあっ」

 本当にまた蘇るんだろうな、あの狂気のマッドサイエンティストは。
 しかし、今日は一体何の為に訪れたのだ? 力づくで奪うでもなく、脅しに失敗しても動揺せず。別の目的があったのだろうか?

『へっくち』

 まあ、いいか。
 今はまず、風邪を治さなければ。

「何だったんですか、あの不審者。日本人じゃないですよね」

 警備員が去っていくと、彩智はおそるおそるといった様子で責任者である和夢に尋ねた。

「これは彩智さんにはお伝えしていなかったのですが……私とディレクター、ついでに冬流は以前、別の会社に所属しておりまして」
「え?」

 おいおい何か始まったぞ。

「バンダムです」
「えぇ!? すっごい大手じゃないですか!?」

 おいおい何デタラメ言ってんだ。

「そしてあの男は当時の上司……“エアツェールング”シリーズIP総合プロデューサーの肩書を持っていました」
「えぇ!? 30年続いてる超巨大IPのアレですか!?」

 嘘つけ、そんな事実あるわけないし、前回は完全に初対面だったじゃないか。

「共にゲームを製作したこともあります。ですが、意見の食い違いなどが積もりに積もり、我々と彼は袂を別れたのです。バンダム商法に嫌気が差していたというのも理由の一つではありますが。より多くのユーザーを楽しませたいのです、それこそがクリエイターとしての本懐なのですから」
「はわぁ……和夢さん、やっぱりスゴイ人だったんだ……」

 そんなことこれっぽっちも思っていないだろうに、よくもまぁポンポンと紡ぎ出せるものだ。

「なぁハヤナ、エアツェールングって何だっけ。CSで展開してたゲームで間違いないよな?」

 鼻を啜りながら電子生命に尋ねると、同じように鼻を啜りながら答えてくれた。

『間違いありません。炎上事件で一躍と悪評を広めた大人気IPです』
「炎上?」

 CSはすっかり手を出さなくなっていたから分からん。ソーシャルゲームはスマートフォンさえあれば、殆どが無料で遊べてしまうからな。

『プロデューサーが贔屓している声優の為にシナリオを捻じ曲げたり、企業やユーザーを蔑ろにするイベントや発言を頻発したり、発売からわずか5日で追加DLCを販売したりと、それはもう神経を逆なでする最低な行いをした事件ですよ』
「ふーん……?」
『それだけでは済みません、無告知アップデートで致命的なバグを発生させたりしました。何だと思います? なんと、ラスボス戦後の進行が不可能になったのです』
「えぇ……なんだそりゃ。デバッグどころかテストプレイもしてないのか」
『果てには問題そのものをユーザーへ責任転嫁し、案の定消費者庁へ通報されて不良品案件として受理されました。これは杜撰どころでは済まない大事件で……へくしっ』

 ハヤナはびし、と指を突きつけて決めポーズをとるつもりだったらしいが、あえなく襲ってきた寒気によって遮られた。

「つまり、あの男を悪者だと認識させるつもりだな。不法侵入してる時点で犯罪者だけど」
『まぁ、真実を話した所で信じては貰えないでしょう。頭の悪い御伽噺……いえ、コンビニ本に収録されているようなオカルト話ですから』

 確かに。

「彼も色々と思う所があったのでしょう、時々、我々の様子を見に来てくれるのですよ。ですが、バンダムを自主退職してからは妄想に耽っているようで、今では取りつく島も無し……先程のように支離滅裂なことを喚く危ない人間に変り果ててしまいました」

 和夢はなおも優しい声音で語り掛け、ありもしない疑惑をミラー・スミスへ擦り付ける。

「私はそれが残念で仕方ありません。同じ志を持った同志であった筈なのですから……。なればこそ、【アイ☆ドルR】で覇権を取らねばならないのです。無名IPで天下を取り、ゲームとはユーザーを笑顔にする為に存在しているのだと示すことが出来たのなら、きっと目を覚ましてくれる」

 絶対思ってねぇわ。
 それに、CSとソーシャルゲームを比べるのはおかしいだろ。

「開発費の高騰によりCSへの参戦は叶いませんが、基本無料なので触れてもらえるユーザーの数は多くなります。シナリオはスキップしてくれて構いません、戦闘はオートで回してくれて構いません、無理に課金せずとも構いません。楽しく遊んでくれるのならば、クリエイター冥利に尽きるというものです」

 散々馬鹿にしてたくせによくもまあ……。

「はわぁ……和夢さんたちはプロ意識を持ってるんですね」
「綺麗事だと笑ってくれて構いませんよ」
「いえいえいえいえいえ! そんなんじゃないんです、純粋にスゴイなって!」
「そうでしょうか……」
「もちろんですよ! 射幸心を煽って感覚を麻痺させたり、ギャンブル同然のガチャで毟ろうとしないで、ゲームの正しい在り方を示しているんですから! もっと誇っていいと思いますよ」

 彩智の言わんとすることは何となく分かるが、ガチャっていうシステム自体がそもそもなぁ……。

「そんなことを言って下さったのは、彩智さんが初めてです……。正直、私がしていることは正しい事なのかと半信半疑でもありました。ですが、その言葉で力が湧いてきます。ありがとうございます、彩智さん」

 男はそう言って、初めて見せるであろう表情を浮かべた。

「……ッ!」

 笑った──と思う。

「彩智さん?」
「はわっ!? ななななななな何でもないですっ! 決して見惚れてたとかそんなことはっ!」

 真っ赤な顔で腕をぶんぶんと振り回し、聞いてもいないことを喚きまくる。
 しょうがねぇな、ここは助け舟を出してやるか。

「ねぇ和夢さん。見ての通り、彩智はあなたのことが好きなんですよ」

 これ、助け船なのだろうか? ここで否定されれば即座に沈む泥の船かもしれないが……まあいいか。
 なぁ彩智よ、奥手なままだと誰かに取られるぞ。

「なっ!? なななななななっ何言ってんの!?」

 まぁまぁ落ち着けよ彩智、フラれるのなら早い方が傷心期間も短く済むし。

『ご主人、無遠慮すぎで……くしっ』
「彩智さん、私は──」
「ひゃぁっ!? ちちちちち違うんですっ! いや違わないけど……ひ、人として好意を抱いてるというかっ!? こ、好意!? そうじゃなくてっ、尊敬してるって意味でですねっ!?」

 ははははは、慌てふためくその姿は実に滑稽だ。だがもう一歩、踏み出してみたくはないか。

「言っちゃえよ、“あなたのことを愛してま──」
「──ッ!?」
「すッフ!?」

 瞬間、衝撃。
 鉄拳がまたもや腹部に直撃し、俺の視界は明滅。病人だっていうのに容赦ないな。

「黙れ! 馬鹿! クズ! 底辺! ニート! アンタはデバッグだけしてればいいのよ!」

 浴びせられるレベルの低い罵倒の言葉。
 全く、どうしてこんなお節介を焼いてしまったのだろうか。きっと、全部熱のせいだ。

「彩智さん、私はですね──」
「き、気にしないでいいですからっ! 何でもありませんからっ! 尊敬してるってだけですからっ!」

 地に伏せているが、その慌てる声から身振り手振りで否定している姿が用意に想像できる。

「そっ、それじゃっ! 打ち合わせの準備がありますんでっ!」

 続いてドタドタと足音が響き、会議室へと吸い込まれていった。
 途端に静寂に包まれ、静けさが眠りの国へと俺を誘う。

「小僧、いつまで寝ているつもりだ。さっさと起きてデバッグでもしていろ」

 誘ってくれませんでした。

「罪な男……」
「誰がだ?」
「いえ……」

 明確な好意を向けられているというのに無視するとは、肝が据わっているというか……朴念仁というか。

『へくちっ』

 鈍いというか。

「ぶえっくし!」

 いつか刺されるんじゃねえかな、この人。

「汚いヤツだ、まだ風邪が治らないのか」
「数時間で治るワケないでしょう。人の免疫にも限界があります」
「大人しく座薬と舌下薬を飲めば良かったのだ。今からでも押し込んでやる、ケツを出せ」
「嫌です」
「何故?」
「普通嫌ですよ!」
「知らんな、早く出せ」
「どうして抵抗が無いんですか!? 分かった、あんたホモだろ!」
「そんなワケあるか。例え男色家だったとしても、お前のようなブサイクに欲情などしない」

 それはそれで傷付く。決してそのケはないが。

「はぁ、もういい。大人しく診察でも受けてこい、こちらで負担してやる」
「へ……?」
「あの男ももう出歩かないだろう。ついでに栄養のある食事でも摂ったらどうだ、ホレ、万札を渡しておく」
「はぁ……?」
「お前がそうではハヤナも使えん、さっさと治せ」
「はい……?」
「どうした、早く行ったらどうだ。最寄りの病院くらいは分かるだろう? 近くには美味いと評判の鰻屋もあるのだ、堪能してくると良い」
「…………」

 薄気味悪く笑う和夢を尻目に駆け出した。
 なんてこった、一万円と自由を手に入れたぞ!

「間違っても逃げようなどとは思うなよ? 配信までここで缶詰なのだからな」
「…………」

 束の間の自由だろうと構うものか!

「へくしっ!」
『へくちっ』
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