異世界は呪いと共に!

もるひね

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Phase2 力の覚醒への一歩的な何か!

戦場へようこそ!②

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 大群が波のように押し寄せる。
 100体は残っているであろうエアレイザーたちが、エメラルドに輝く綺麗な海を形成していたのだ。

「何だ!?」
「……構わない。殺すだけ」
「この数は無理です、瑞希、ノーレン、飲み込まれないうちに引きますよ!」

 確かに、数では圧倒的に不利。
 いくら天炎者だろうと、一騎当千の力を持っているワケではない。数の暴力は絶対的だ、あの海に飲み込まれれば剣を振るうことが出来なくなる。そう判断して、ヴァルターとウィーザが切り開いた経路から脱出する。進行を邪魔する敵を切り裂いて、少女たちの後を追いかけた。

「ぐ……ッ!?」

 一体の敵が自分目掛けて飛び掛かる。歪な腕が変形して巨大な鎌を形成し、体を切り刻もうと振り下ろした。剣の腹で受け止め、はじき返そうと力を入れる。だが、腕があがらない。魔法の発動は一度だというのに、強烈な疲れと倦怠感に襲われた。

「どけよ……ッ!」

 怪物は裂けた口から涎を垂れ流し、窪んだ眼孔から光を放った。
 瞬間、翡翠の輝きが強くなる。
 丸みきった背中が煽動したかと思うと、溜め息が出るほど美しい、6つの翼が生えた。それを構成する触手が次々に伸びて、俺の体を包もうとした。

 全身が、震えた。
 抱きしめられるのだ、と思った。
 輝きで包んであげる──手刀によって傷つけられた腹部が暖かくなるとともに、そんな声が脳裏に木霊した。

 ふざけるな。
 お前に癒される筋合いはない。
 同情なんていらない。それに、お前は敵だ。だから、壊してやる。

 剣を斜めにして鎌を受け流し、右半身を包もうとした触手を切断する。いとも容易く両断し、傷口からは緑色の体液が噴水のように飛び散った。
 裏切られた、とでも思ったのだろうか。

「ぐっ……あああ!」

 残りの触手の先端が尖り、刃となって突き刺さる。左腕、左肩、左胸部に潜り込み、灼熱の激痛を与えた。筋肉と神経をズタズタに引き裂かれ、痛みに戦意が衰える。

「こん……のお!」

 耐えられない痛みではなかった。かつての戦闘では、もっと酷く損傷したのだ。
 お前の力は、この程度か──浸食を続ける触手を切り落とし、鎌が腹部を突き破るのも構わず、エアレイザーの首を撥ねた。
 なおもしつこく潜り込もうとする触手と腕を引き抜いて、乱戦を繰り広げる由梨花たちに加勢する。分断されるのがもっともまずい、サポートがなければ自分のように被害を受ける。今は戦士としての実力を認めて手助けはしなかったのだろう、決して無視していたのではない。おそらく。

「瑞希、腸がはみ出てますよ」
「えぇ!?」
「……汚い、不潔」

 傷を押さえずに走ったせいだろうか、グロテスクな物体が内圧に押し出されていた。触るのもおぞましいソレを左手で押し戻し、激痛を堪えて脱出路を駆け抜ける。

「ミズキ様、負傷されたのでありますか!?」
「だ、大丈夫……」
「お顔が真っ青であります! お腹ですか、お腹ですよね!?」
「そうだけど……」
「さするであります、痛いのは飛んでけー! であります!」
「別の物が飛んでっちゃいますから!」

 翡翠の津波を突破すると、やけにテンションの高いウィーザに心配された。だが段々と痛みは引いていき、血液も流れ出ることはなくなった。破けた学生服からは、すっかり閉じた傷口が垣間見える。それを見ると、先ほどまでの殺意や衝動は鳴りを潜め、生きていることに安堵した。

「……冷やしてあげる」
「へ……?」

 声がした方向を見ると、ノーレンが紫紺の鎌を構えていた。
 それからは冷気が放たれており、あぁ、傷を凍らせて痛覚を遮断するのか、と思考する。

「もう大丈夫だから! その鎌を向けるな!」
「……いいじゃん」
「何が!?」
「……人の好意は受け取って」
「好意で人を傷付けるのか!? 最初は殺そうとしてきたクセに!」
「……それはそれ」
「信用できるか!」
「……そう」

 顔合わせした時の彼女とはまるで違う、人間らしい彼女がそこにいた。繋がりを持つことを拒否した彼女が、少しだけ、心を開いてくれたのが嬉しかった。
 だが殺そうとした事実は忘れていないからな。

「……残念」

 ノーレンの切断された腕部からは、ゆっくりと芽が出ていた。泡立ちながら成長していくのは新たなる腕。普通の人間ではないのだ、この少女も。

 自分も、怪物だ。
 悩みや痛みを共感できる怪物。
 嬉しくもあり、悲しくもあった。

「談笑している場合ではありませんよ」

 班長である由梨花が釘を刺す。

「アレは……本当に魔王かもしれませんね」

 そう呟く少女の視線を追う。
 たった今逃げ出したその場所には、根付くものがあった。
 エアレイザーたちが形成するそれは、さながら巨大な樹木。輝き、蠢き、胎動し……優雅に呼吸した。

「何だ……アレは!?」
「恐らくですが、エアレイザーと融合しているのでしょう。先ほどの断末魔が呼び寄せた? こんな光景は初めて見ました」
「……たまにある」
「ノーレンは知っていたのですか? どうして教えてくれなかったのです」
「……なんとなく」

 互いの距離を推し量りながら、少女たちは会話する。
 その最中にも木は伸び続け、根をはって要塞跡を浸食していく。

「融合って、エアレイザーたちがか?」

 知識があるらしいノーレンに問う。

「……違う、あの男に食われてる」

 少女は強張った表情で、大木を見つめていた。

「男って……響? もうバラバラに──」
「……まだ生きてる」
「は……?」

 回答に驚愕する。
 確かに魂を壊した。肉体も壊した。だというのに生きている?

「……魂は、一人に一個」

 孤独な魂を壊した。

「……本当に?」

 それは誰のもの?

「エアレイザーを捕食して、魂を取り込んでた?」
「……知らない」

 では、彼の魂は何処にある?

「まあいいです、私が燃やし尽くします」
「お待ち下さいユリカ様! いくらユリカ様とはいえ、あれだけの巨体を消滅させるのは!」
「不可能だと疑っているのですかヴァルター? やってみなければ分かりません」
「……ムリ」
「ノーレンも疑うのですか……」

 騎士が案じるのも当然か。20メートルはゆうに超える樹木を燃やすには、どれだけの燃料が必要になるか分からない。天炎者に与えられた魔法は命を犠牲に発動する呪いだ、あれを消滅できるだけの力を使えば、命の炎が燃え尽きてしまう。
 いや、消滅すらできずに尽きる。

「とにかく、包囲は解かないように。魔術師たちを呼んで、もう一度大魔術を──」
「お言葉ですが、不可能ですユリカ様。アレは禁忌に最も近い大魔術、一度放てば三日は満足に動けません。今頃は最寄りの街へ搬送されているでしょう」
「失念していました……」
「打つ手なしでありますか!?」

 燃やすのもダメ、ブラックホールも撃てない……ではどうすればいい。
 思考している間にも成長を続け、大木は呼吸する。
 しかし、ただ伸びるだけの存在だ、無理に攻撃しなくとも良いのではないか──そう思った時、輝く樹皮に変化が起きた。
 波打ったかと思うと、人間の顔と呼ぶべきものが生まれた。更には腕、足が生えてくる。それは空気を吸い込み、産声をあげた。

「■■■! ■■■ー!!」

 絶叫。
 誰かを呼んだ、気がした。
 生まれた赤子のように、守る存在を求めるように。

 ──行かなければ。

 自然と足は動き、重たい体を引きずって、歩き出す。

「お、お待ちくださいミズキ様!」

 近くにいたウィーザに腕を掴まれた。

「ミズキ様でも無理であります!」
「俺が、行かなきゃ」
「行かないで欲しいであります!」
「友達、だから」
「ここにいて……へ?」
「離して、下さい」

 置き去りにしてしまった、大切な友人。
 解放したくて、この手にかけた。
 でも、まだ苦しんでいるのなら。

「俺が殺す!!」

 この命が尽きようとも。

「で、ですが──」

 尚も引き留めるウィーザの手を振り払って剣を構える。腕も足も震えている。だが信念は揺るがない。
 命をくべろ、彼の為に。
 一歩を踏み出そうとし、だがウィーザに捕まえられた瞬間、蹄の音を聞いた。

「良く言った、ミズキ・ヤマシロ!」

 厳とした声が戦場に鳴り響く。
 地鳴りと共に近づくそれは、自分を運命の再開に引き合わせた張本人だった。

「遅いですよ、マリー!」
「ん……君たちのように若くはないんだ、ガタがきているこの体で先陣などきれるか」

 乗馬したまま由梨花の元へ駆け寄る。
 血の闘争団の団長、マリー・グレイスは歪な赤子を見上げて目を細めた。

「準備しておいて良かったな……自室でだらけていては君が死ぬところだった」

 そう言って、俺に笑みを向ける。

「刹那主義も悪くはない。だが──」

 マリーは片手をあげ、引き連れた部下たちへ命令を下した。

「美味しいところは我々がいただく! 全砲、撃てーッ!!」

 掛け声の後、ズン、ズンと身に響く音が炸裂する。彼女が引き連れたのは、血の闘争団の余剰戦力。馬が引く荷車には大砲が載せられ、質量兵器を赤子へ向けて放っていた。発射された黒い球体は緩い放物線をえがき、着弾すると同時に閃光を放つ。

 鉄の塊は、己ごと周囲を飲み込んで消失した。
 闇に引きずりこむその姿は、まさにブラックホール。

「すごい……」
「祈りを込めた砲弾だ。一つつくるのに何日もかかるが、その威力は折り紙付き。混濁詠唱など必要ない、我々の奥の手だ」

 立て続けに発射される砲弾は、歪な体を確実に削っていた。着弾する度に絶叫をあげ、短い手足をばたつかせる。

「そんなもの使わなくとも、私一人で倒せますよ」
「日本人は頑固ものだな、君の命のほうが大切だ。金貨と原石ではどちらを優先するべきか、君も知っているだろう。埃をかぶっている砲弾と君とでは、価値がまったく違うのだ」
「死ぬつもりもありません」
「怒っているのか? 到着が遅れたのは仕方ないだろう、大砲を牽引していては速度が出ない」
「団長こそが最前線に立ち、団員を鼓舞せねばならないのですよ」
「言っただろう、ガタがきていると。先頭へ立たせたいのなら、帰ったら全身をマッサージしろ」
「遠慮します」
「そうか……」

 年下の少女に頼みを断られ、厳格な団長は見るからに残念そうな顔をする。
 ここが戦場なのかと疑う雑談と、圧倒的な破壊の雨に緊張が途切れ、地面へ膝をついてしまった。手にした剣も体内へ吸い込まれて姿を消す。
 深く深呼吸して、友だったものが壊れていくのを見守った。

「では……ミズキ・ヤマシロ、君に頼もう」
「へ? お断りします」
「団長命令だ、拒否は許さん。全身を舐め回すようにほぐせ」
「えぇ……俺、男ですよ。ノーレンにでも頼んだらどうですか?」
「私は性差別などしない。それに男の方が力がある」
「さっそく差別してるじゃないですか!?」
「ノーレンのようなか弱き乙女に、私のダイナマイトボディを見せびらかす真似はできんだろう」
「だ、だいなまいと?」
「そうだ。おっと、理性を失って襲わないことだ。その頭を潰す」
「頼んでおいて物騒な!?」

 アホらしいやり取りだが、会話することで気が落ち着いていく。きっと初陣で疲れ切った体を心配してくれているのだろう、優し気な表情で微笑んでくれた。
 自分はここにいる。
 ここにいるのが自分だ。
 それを認識できるのが嬉しい。

「もう包囲する必要はないだろう。団員をまとめろ、ヴァルター、ウィーザ、警戒しつつ伝令! 負傷者を優先的に回収し、帰投準備!」

 気が付けば、エアレイザーの集合体は崩れ落ち、その輝きを失っていた。
 もう声をあげることもなく、顔の半分を失った怪物はただ啼き叫ぶ。
 否定した世界を恨んで。
 否定した誰かを恨んで。

「いいのですか、まだ生きていますよ?」
「後は我々に任せておけ。ミズキ・ヤマシロ、入団即戦闘とは不運だったな? 帰ったら報酬を出そう、特別に手当てを付けてやる」
「いえ……」

 マリーの話に興味などなく、曖昧に返事をする。
 ただ、見つめていた。
 友の最期を。

「金貨を何枚ご所望だ? 遠慮はいらない、好きな枚数を言ってみろ」
「いえ……」

 正直、邪魔だった。
 心配してくれているのは分かる、それは嬉しい。

「私が欲しいのか? 仕方ない、一晩なら特別に──」
「マリー?」
「何を勘違いしているのだユリカ? ただのマッサージだ」

 いて欲しいが、いて欲しくない。
 理解できない感情が渦巻いていた。

「だから……泣くな、ミズキ」
「…………」

 彼女は何も知らない。
 それでも、何かを察してくれていた。
 この身の罪。
 この身の罰。

「マリーこそ何を勘違いしているのですか、瑞希は泣いてなどいませんよ?」
「ん……そうだったか? いかんな、目も悪くなってきたようだ」
「老眼には早すぎでは? マリーは確か──」
「言うな。現実を突きつけるな」

 実際、涙は流れていない。
 でも。

「どれ、よく見せてみろ」
「へ……?」

 馬を降りたマリーに、頭をガシ、と掴まれた。
 吸い込まれそうな蒼い瞳が、ジロジロと顔中を這い回る。

「ん……んん?」
「や、やめて下さい……!」

 見られるのが怖かった。
 視線を向けられるのが恥ずかしかった。
 溢れてしまう、自分は戦士なのに。

「ん……ねぇミズキくん。無理する必要はないんだよ~?」
「え……」

 柔和な声音になったかと思うと、暖かな熱に包まれた。

「怖かったよね、苦しかったよね……ゴメンね、大変な役割を押し付けちゃって」
「やめ……やめろ!」

 あの怪物と同じ暖かさと安らぎだった。また一つになろうとするのか、そう思ってマリーを突き飛ばした。自分が仕える団長だと想起した時には遅く、マリーは寂し気な顔を浮かべた。

「す、すみません……でも、そういうことは……」

 あれとは違う。
 実際にここにある。
 そんなこと分かってる!

「ううん気にしてないよ~? ミズキくんは強い子だね~」

 そう言って、マリーは自分の馬に跨った。すぐに団長としての顔に戻り、団員へ喝を入れる。
 これでいい。
 これでいいんだ。

「私たちは先に帰りましょう。ヴァルターたちもすぐに来ます」
「……私の馬、どこ?」
「繋いでおかなかったのですか?」
「……知らない」
「分かりました、では私と相乗りしましょう。瑞希、行きますよ」

 少女が手を握り、乗って来た馬の元まで連れていこうとする。

「ちょ、ちょっと待って!」
「いいから来て下さい、これ以上あの女の近くにいては痴呆が移ります」

 乱暴に引っ張られ、随分と小さくなった怪物が完全に消失する瞬間は、俺の瞳に映らなかった。


 ☆ ☆ ☆


「疲れました。ヴァルター、今日の夕飯は何ですか?」
「は、肉です」
「それだけじゃ分かりません、何の肉ですか?」
「もちろん、羊肉です」
「そうですか……シードルは用意していただけますよね? あ、リンゴのすりおろしも」
「御意に」
「聞きましたか瑞希? 私こそがルールなのですよ、この世界に法律なんてないのです」
「……ユリカ、うるさい」

 すっかり日も暮れ、草原は紅に染まっていた。
 エーデル要塞に侵攻したエアレイザーは殲滅、街にまで攻めた個体もいない。はっきりとした数字は出ていないが、先陣をきった団員の負傷者も少ない。悪くはない結果だった。

 要塞を守っていた正規軍と血の闘争団の団員は、その多くが帰らなかったが。

 それを聞いたとき、特に感情は揺れなかった。それはそうだ、顔も名前も知らないのだから。
 結局、ただ起こるかどうかなのだ。誰かが死ぬことも、誰かを殺すことも。

「ミズキ様、私が夕食をご用意いたしましょうか? いえ、むしろご用意させていただきたいであります! 団の食堂はお世辞にも良いものとは言えませんので、是非私の手料理を──」
「ウィーザ、そんなこと許しませんよ。皆で同じ食事をとるのです、それが班の連携を円滑にさせる秘訣なのですから。それとも何ですか? 私が料理下手なのを知って言っているのですか?」
「め、滅相もないであります! 胃袋を掴むという野望など持っていないであります!」
「そんなこと聞いてません。というか、何故瑞希の胃袋を掴むのですか。そんなに掴みたいのなら引きずり出してあげますよ、物理的に」
「……ユリカ、うるさい」

 本当に、うるさい。
 焦りにも似た感情が湧き出ているが、それに反して馬はゆっくりと歩いていた。都へ帰るまでどれくらいの時間がかかるのだろう。

「うるさいとは何ですか、あなたを馬に乗せたのは私の慈悲です。歩いて帰ってくれても良いのですよ」
「……やだ」
「ならば茶々を入れずに黙っていて下さい、ほら、しっかりと握らないと落ちますよ?」
「……うん」
「ノーレン様……私は、私はうれしゅうございます! お二人が一つの馬に乗る、この瞬間を夢見ておりました! あぁ神よ! 我が願いは叶えられた!」
「うるさいですよヴァルター」
「……暑苦しい」

 本当に、暑苦しい。
 なんだか蝉の鳴き声も聞こえてきそうだ、この男を見ていると。
 恥も知らないで涙を流す、この男を見ていると。

「あれ……ミズキ様、お眠りですか?」

 黙っていることに心配したのか、ウィーザが振り向いて確認する。行きと同じく、帰りも彼女の馬に相乗りしたのだ。
 起きているよ、と力なく答えて目を閉じた。

 夢を見よう。
 抱いていた、いつかの夢を。
 記憶は完全には戻っていないが、一つの夢を思い出した。山を、登ろう。

「ねえウィーザさん。近くに、登るのが難しい山ってあります?」
「へ? 山、でありますか?」

 困惑した声が聞こえた。

「うん。危険な山とか」
「申し訳ありません、そういうことは疎くて……お力になれず、申し訳ないであります!」
「いや、大丈夫です」

 まあ、ゆっくりでいいか。
 図書館くらいはあるだろう、そこで調べればいい。いや、休日に適当に歩き回って、そこらの山を手当たり次第に登ろうか。

「ですが、危険な山が良いのでありますか? どうしてでありますか?」
「なんとなくです……」

 本当に、なんとなく思っただけだった。
 危険と隣り合わせでなければいけない、そう思った。
 それを乗り越えなければならないのだ。夢を手放した、この体で。

「ミズキ様……いなくなりたいのでありますか?」
「え……?」

 ズキン、と頭痛がはしる。
 開いた視界には、ただ前を見て手綱を握る、ウィーザの背中があった。静かな声で、俺にだけ聞こえるように言葉を紡いでいく。

「天炎者の宿命は聞いているであります……ミズキ様が巻き込まれた存在だということも知っているであります。戦争なんて起こらない、平和な国に生まれたことも」

 配下の騎士は皆、転移者のことは知っている。
 平和な国か……日本については由梨花が話したのだろうか。ドロドロした実情まで話す必要もないだろうし、紹介するならそんなところだな。

「望まぬ力を与えられて、無理矢理戦場へ送られる……それはなんて悲しい事でありますか。ですが民衆は当然のことと騒ぐのであります、勇者よ、魔を倒せ、と」

 与えられたのは、呪いだった。
 全く、天国はどこにあるのだろうか。

「変われるのなら、変わりたいであります……そうすれば、きっとミズキ様の悩みも消えるのであります」

 この呪いを肩代わりしてくれるのか。
 立派な勇者である、あなたが?

「しかし、そんなこと出来ません。ですから私には、微力ながらお支えすることしか……」

 肩が、震えた気がした。

「力になりたいであります、頼ってほしいであります。我々は家族なのでありますから」
「家族……?」

 何を言っているのだ、血も繋がっていない完全な他人じゃないか。
 それに顔を合わせたのは今日が初めてだ、いつの間にそんな間柄になった。

「ですから……傍にいて欲しいのであります」

 ふつふつと、感情がこみ上げた。

「同情なんて、いりません……」
「そう……でありますね。申し訳ありません、黙っております」

 悲劇の少年を気取るつもりもない。
 悲しい英雄になんてなるつもりもない。
 自分は、獣だ。全てを壊す、醜悪な獣。光から目を逸らして歩き出した、輝きに背を向けて走り出した、止まらない覚悟を握った。全ては、夢の為に。

「少し眠ります。都に着いたら起こして下さい」
「分かったであります」

 しっかりと、腕に力を込めた。
 眠っている間に落ちないように。
 壊さないように、ぎゅっと、力強く。

「ふふ……黙っててあげる、でありますよ」

 由梨花に聞かれないよう、声を抑えて。
 戻らぬ時間に懺悔した。
 鎧の冷たさが、心地よかった。
 感情も何もない、無機質な鎧。その奥には、確かに誰かがいる。それを感じられるだけで、今はいい。

「きっと……孤独が強くするのであります」

 そう言って、彼女は黙った。
 天炎者はみな居場所を求める。この異世界での、自分の居場所を。例え見つけたとしても、異質な力を与えられた転移者には孤独が付き纏う。一つになることを恐れる、内に潜む孤独。
 空っぽな中身を、どう埋めればいいのだろう。
 答えなんて、子供である自分には分からなかった。
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