異世界は呪いと共に!

もるひね

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Phase3 真の力の目覚め的な何か!

異世界へようこそ。②

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 太陽光が降り注ぎ、光り輝く森を歩くこと20分。
 小さなツリーハウスの元へ辿り着いた。

「ここが、イーフェイの家?」
「うー……」

 え、何かおかしかった? とでも言うように、腹の蟲と似た低い唸り声をあげる。

「可愛いね」
「ふぇ?」
「まるで秘密基地みたいだなって」

 リンゴだろうか、背は低いが頑丈な木を支柱にした、小さな小屋。全てが木で製作されている、自然と協調した家屋。住居というよりアトリエ、と言っても差し支えないだろう。

「ひゃぁ……」

 イーフェイの顔は、え、そっちのことだったの? と困惑し、みるみる赤くなっていく。

「大丈夫?」
「は、は、いっ……はいっ」

 我に返ったように首を振り、詰まりながら返事をする。

「そう? じゃあ、僕はこれで」

 モンスターに襲われることもなく無事に辿り着けたので、この近辺には出現しないのだろう。イーフェイには家族もいるだろうし、付き添いはここまでで十分だと判断し、踵を返す。

「あっ、のっ……!」
「うん?」
「い……一緒、にっ……」

 服をぎゅっと掴んで、

「ごはん……」

 言葉を紡いだ。

「ご馳走してくれるってこと?」

 聞くと、コクコクと頷いて同意する。
 初対面の僕に対し、どうしてそこまで優しくするのかと疑問を抱いているうちに、少女は小走りに小屋へ駆けだす。

「すぐっ、綺麗にっ、しますからっ……」

 だから待ってて、と言い残して赤いドアを閉める。取り残された僕は、空腹のあまり座り込んでしまう。やせ我慢の限界だった。

 気分は優れないが、幾分かの冷静さは取り戻せた。道中、イーフェイに聞いたことを思い返す。
 この国の名前。有名ギルドの名称。転移者の俗称。口下手な彼女から聞き出せたのはこれくらいだが、今はそれで十分だ。

 あまりにも、つまらない。
 自由に生きるのも、面倒くさい。
 抱いた感想は、それだった。
 
「あ、あのっ……」

 様々な感情が渦巻いている中、ドアからひょっこり顔を出したイーフェイが視界に映る。

「ど、どうぞ……」
「えっと、お邪魔していいの?」
「はっ、いっ……そうっ、ですっ。そうっ」

 言われ、力を振り絞って立ち上がる。
 去るべきだ、と逡巡したが、ほのかに漂う香辛料の誘惑に負けてしまった。三段しかない階段を上ると、狭いが小奇麗な室内に案内された。全面から木材の優しい香りに包まれ、心が落ち着いていく。鉄製のバーベキューグリルには仄かな火が灯り、隙間風に揺らぎながらも存在を証明していた。

「ど、どうぞ……」

 これまた小さなウッドチェアをおどおどした様子で運んできて、座るよう促される。躊躇いながらも腰を下ろし、自然あふれる部屋を見渡した。
 引き出し付きの机、一人分のチェスト、垂れ下がったハンモック。やけに物が少ない、こじんまりとした室内だった。これがミニマリストというものか、と回らない頭で考える。生活感が無いというか、物を置きたくない、という意思の表れ。

 いついなくなってもいいように。
 刹那の思考は、少女の悲鳴に掻き消された。

「きゃっ!?」
「だ、大丈夫?」

 部屋の片隅にあるキッチンで、イーフェイは蹲って何かしている。どうやら、割れた食器を片付けようとしているようだ。焦っているようで、素手で破片を拾い集めている。僕は椅子から立ち上がり、隣に屈んだ。

「危ないよ、僕がやるから」
「へっ、へいきっ、ですっ」
「指を切っちゃうよ、ほら、僕がやるから代わって」

 強がるイーフェイだったが、その震える手つきは危なっかしい。見ていられなかったので、差し出がましいと思いつつ破片を拾う。少女は負けじと最後の欠片に手を伸ばし、直後、その手を引っ込めた。

「……っ!?」
「切っちゃった? 絆創膏はまだあるよ、傷を見せて」
「へいきっ……です」
「ダメだよ、見せて?」
「へいきっ」
「見せて頂戴?」
「うー……」

 渋々と右手を差し出す。人差し指からは、赤い血液がちろちろと流れ出ていた。幸いなことに皮を切った破片は大きいものであったので、体内に混入はしていないだろう。

「まずは洗わないとね。水道……は無いんだっけ。水はどこ?」
「ち、近くの……泉で……」
「そっか。でも小さいし、これでいっか」

 イーフェイの手を取って、顔の前まで持ってくる。慎重に狙いを定め、絶対に外さないよう微修正する。
 ほぼ無意識な行動だった。

「ふぇ……?」

 口を開く直前に、少女の驚きの声で我を取り戻した。

「あっ、ゴメン! イヤだよね、会ったばっかりなのに」

 関係が深くなろうと嫌だろうと思いつつも、謝罪の言葉を述べる。
 困惑していたイーフェイだったが、僕がやらかそうとしたことに思い当たると、途端に顔を真っ赤にして俯いた。逆に僕が彼女にやられたら、そうしていただろうな、と思いながら残りの破片を片付ける。

「い、いや、じゃっ……ないっ」

 ほとんど聞こえない掠れた声で、少女は呟いた。

「へ?」
「い……イヤじゃっ、ないっ、ですっ」

 怒った顔で、今度は聞こえるように繰り返す。目を潤ませながら言ったので、やっぱり嫌じゃないかと返しそうになった。

「そう? じゃあ……」
「はっ、はいぃ……」

 尻窄みに言いながら、しかしズイっと右手を差し出す。もう好きにして、と言外に言う表情で。
 意識すると抵抗感が湧き出てくるが、意を決して少女の手を取る。

「あれ……」

 しかし流れ出ていた血は止まり、瘡蓋となって張り付いていた。少女の純潔を守る騎士だな、と思いながら手にした絆創膏をぺたりと貼る。

「はい、おっけー」
「ふぇ……?」

 イーフェイはえ、もう終わったの? と恐る恐る目を開く。

「傷は塞がってたみたいだけど、念のために、後で洗っておいてね」
「は……はいぃ……」

 嬉しいような、恥ずかしいような、曖昧な表情を浮かべていた。もうどうにでもなれ、というふうにぐにゃぐにゃした足取りでキッチンへ舞い戻る。

「何か手伝おっか? 簡単な料理くらいなら出来るよ」
「だい……じょうぶっ、ですっ……!」
「そ、そう?」

 きっぱりと言われてしまい、内心ではハラハラしつつも椅子へ座る。
 少し経つと、グリルの元までふらふら足を運び、鉄板の上へとまな板に載せられたものをポイポイ放り出した。細かく切った赤い肉と、近くに自生しているだろう果物たちが、熱に炙られて踊りだす。それにつられ、腹の蟲もここぞとばかりに鳴き出した。

「ど、どうぞっ」

 火が通る間に、イーフェイはパンとサラダ、更には盛りだくさんのフルーツを用意してくれた。

「ほんとに食べていいの?」
「は、はいっ」
「じゃあ、頂きます」
「…………」

 手を合わせて早速甘えようとするが、何かを期待する強い視線に手が止まる。傍らに立つ少女へ振り返ると、え、食べないの? とその顔は困惑へと変わった。

「イーフェイちゃんは食べないの? それに、他の家族は?」
「えっ? いっ、えっ……えっと……いない、です……」

 一人なの? という疑問は飲み込んだ。消えそうな、消えたいような、ぽつんと紡いだ言葉だっから。いつかの僕が言った、強がりの言葉。

「あっ、のっ……」

 何と声を掛ければ良いか考えていると、少女が先に発言した。

「と、隣にっ……座って、良いっ……ですかっ?」

 でなきゃ泣くぞ、と言われた気がしたので、うん、と返す。イーフェイはぎこちない動作で対面にあったもう一つの椅子をせっせと運び、腰を下ろした途端に深呼吸した。だがぐったりと首を垂れ、精魂を使い果たしたかのように呆然としている。

「大丈夫?」
「ひゃい……」

 力なく返事をした少女の本心も気になるが、配膳された料理たちへと自然に手が伸びていた。対面に座られていると視線で緊張してしまうし、これで良かったのかもしれない。水分を多く含んだフルーツを真っ先に口にすると、広がっていく甘みと酸味に自然と頬が緩む。

 生きている、生きようとしている。
 理不尽にあってもなお、体は生きたいと願っている。
 嬉しくもあり、悲しくもあった。

 パチパチという音は、過去の世界からの賛辞だろうか。赤く燃えあがる炭が奏でた旋律が、どこか遠くに聞こえた。

「ん……?」

 こつん、と何かが肩に当たる。
 イーフェイの頭が、もたれかかるようにそこにあった。
 歩いてきたことの疲れだろうか、それとも緊張の糸が切れたのだろうか。いや、僕は招かれざる客だというのに、こんなに無防備にして良いのだろうか、と思考が暴れ出す。

 身動きできず、ただ、彼女を支えた。
 動けば起こしてしまう、そんな気がして。
 不意に、彼にもたれかかっていたのはいつも僕だったな、と思った。僕も彼のようになりたくて、目を覚ますまでこうしていよう、と決意を固めた。空腹感は満たされていないが、目標が出来たため、もう少しだけ頑張ろうと力を込めた。

 平和そうな小動物の眠りを覚まさぬよう、じっと、耐え忍んで。
 深い、深い眠りを邪魔しないよう、そっと、息を潜めて。




 夢を、見ていた。
 まだ平和を信じられなかった頃の夢。
 一段とうるさい音を聞いて目を覚ます。
 視覚はある、触覚もある、感覚がある。だが暗い、地獄の中に僕はいた。
 からだは眠っている間にじくじくと再生されていたようで、ぎゅっと、力を込めて手を握った。茎のように細い腕を掴んだ感触は、もう覚えていない。柔らかな体温も、静かな鼓動も。

「僕は……」

 闇に呑み込まれぬよう、声をあげる。
 今はもういない、誰かに届くことを願って。

「僕は……ここにいて……良かったかな……?」

 今の僕が、どの僕なのかは分からない。
 闇の中では数多もの怪物たちが、出せ、出せ、ここから出せと泣き叫んでいる。あるものは切りかかり、あるものは縋りつき、ぐちゃぐちゃに、どろどろに、狂ったように掻き混ぜる。それらの意識をチャンネルを切り替えるように受け流し、静寂が支配すると安堵の溜息を吐いた。

 帰ろう──そう思い立ち上がろうとするが、身動きが取れない。そうだ、あの小動物がいるからだ──今はもういないことを思い出し、一つの感情が溢れそうになる。湧き立つモノの正体を理解して、そうだ、ここにいるのは僕なのだ、とまた安堵した。

 自由な右手を出鱈目に動かして確認する。どうやら幾多もの瓦礫がのしかかっているようで、つぶれてはいないが、左半身の自由が奪われている。
 魔法を発動するべきだと思考するが、何となく、躊躇われた。硬くて冷たい感触は不愉快極まりないが、不思議と悪くないものだったから。

 感情も何も無く、考えることも無く、愛など抱かない自然の産物。少しばかり人の手が加えられていようと本質は変わらない、ただの石ころが愛おしく感じられた。少しだけ、昔の僕に戻れる気がして。

 守ろう──そう誓ったことを思い出した。途端に、それは誰だ、名前は何だ、と疑問ばかりが溢れてくる。萌葱色の髪が刹那に蘇り、何か熱いものがこみ上げた。それは恐らく、愛。

 感情が無ければ、愛など生まれない。
 愛など持っていなければ、感情は無い。
 抱かなければ、奪われることもない。
 奪われたくないのなら、全てを手放せばいい。
 夢など見なければ、絶望などしない。

 ふざけるな──声はもう、聞こえなかった。

「ふざけないで……」

 ぎちん、ぎちん。
 狂った歯車が回りだす。
 逆時計は、誰の為に。
 この世界は、誰の為に。

「ふざけないで……!」

 謝りは幾夜。
 誤りは百夜。
 謬りは千夜。

「ふざけないで!!」

 進め、勧め、溶炉へ導け。
 選ばれぬ運命を、救うために。

「啼こう、感激の半冠リュールング・ディアデーム!!」

 ──慟哭の渦に塞がれし
 ──其は、溶炉を導く土人形
 ──蠕動せよ、無根の謬

「あは……あははははははははははぁ!!」

 脳裏が裏返る、心地よい感覚。
 清涼感に包まれながら、力任せに右手を振り下ろし、圧し掛かる瓦礫を粉砕する。自由を取り戻して立ち上がり、暗い地獄の出口を探した。

 まず、ここはどこだったか。
 そうだ、この国の軍がつくりあげた要塞だ。そこで山城瑞希と戦闘になって、拒絶されて……今すぐ会いに行かなければならないが、その為にはここを出なければ、と焦りを堪える。その後はどうなった? 確か、焼かれ、凍らされ、誰かの魂を破壊され、僕の体は粉々になった。予め魂、いや意識と呼べるモノは分散して与えていた為にバックアップとして機能してくれた。

 そうだ、転移者に殺されたのだ。
 肉体の修復を急ぐあまり、みんなに手伝って貰ったのだ。数体にお願いしたつもりだったが、予想外に多くの意識が触れてきたことを覚えている。主導権は僕にあるというのに、ここぞとばかりに主張され、全てを誘導することが出来なかった。それでも張り上げた声は、君に届いただろうか。声をあげた瞬間に、体は捻じ切られていった。

 そうだ、闇に呑まれたのだ。
 誰かの目を通して、砲弾が浴びせられる光景を目撃した。それが着弾した途端、漆黒の球体が膨れ上がり、虚無へ誘う渦の中へと何人かが呑み込まれていった。回転によって発生した高熱を切断面から感じた時は、多分、皆が恐怖していた。いなくなることを否定していた。僕は、多分、それもいいなと思いながら、ボロボロになって地下へと落ちた。

 まあいい、過ぎたことは仕方がない。
 ここはどうやら地下坑道。いつか見た日光よりも弱いが、一筋の明かりによって空間を把握した。がしゃん、がしゃんと鳴らしながら歩を進め、明かりの正体を睨みつけた。

 月。
 醜く。
 妖しく。
 太陽の光を奪った存在が、そこにあった。

「はは……」

 届かないと知りながらも、壊したくて手を伸ばした。
 全ては偽物。
 本物は隠れた。

「君に会うには、僕も反対側に行かなくちゃ」

 行かないで──歌声は、遥か彼方。

 渾身の力を込め、地を蹴った。
 体ごと体当たりする格好で、僕を閉じ込める籠を突き破る。直後に訪れたのは、高い──開放感。

「何事だ!?」
「人!? いや、違う!」
「未確認の天炎者!? 敵だ、敵だー!」
「敵襲ー! 総員、戦闘態勢!」
「キャンプへ近づけさせるな、警備隊、前へ!」
「工兵を叩き起こせ! 急いで後退しろ!」
「血の闘争団はどこにいる!?」

 冷たい空気を目一杯取り込んでいると、わらわらと兵隊たちが群がって来た。白いマントに剣と盾……正規軍だ、と判断する。
 つまり、敵だ。
 行動は、即時に。

「みんな、暴れよう」

 どくん、と一際高い鼓動で返した。
 瞬間、僕の両腕は震えだし、長く、硬く、鋭い、四本の触手へと変貌する。僕の目を通して、意思を持った翠色の触手たちは目標の元へ駆け出す。

「ぐあっ!?」
「ぎゃあああっ!?」
「ひっ、ひいいいいい!」
「このっ! 切れろ、切れろおおお!」

 捕縛された兵士は、皆が恐怖の表情を浮かべる。その内の一人が剣で切断しようとしているが、腰の入っていない軟弱な斬撃など通用しない。

「飢えてるんだね、好きにしていいよ……邪魔だからあああああ!」

 どくん、と飛び出しそうな程に返した。
 この上ない、歓喜。

「むぐっ……!?」
「がっ……げっ……」
「ぎっ……ぎゃあああ!」
「やめてっ! やめてよおおお!」

 あるものは口を塞ぎ、あるものは首を絞め、あるものは腹を突き破り、あるものは全身を舐め回す。

「何だ、女がいたの?」

 てっきり男ばかりだと思っていたが、女性の兵士がいたとは。甲冑と兜越しには判別が出来ないが、触れて、撫でて、舐めて感じたらしい。

「そっか、あの女の子と戦ったのは僕だけだったからね、我慢させちゃったかな。でもね、僕は触手姦っていう趣味は無いんだ。そういうのはあんまり──」

 どくん、と鼓動がスピードをあげた。

「──ッ!?」

 背中に、翼が生える感覚。
 実際には触手だが、空気の変容を敏感に感じ取り、背後から奇襲した兵士をがっしりと包み込んだ。

「やって欲しくはないなあ。敵はすぐに、殺して」

 ぐしゃり、と潰れる心地よい旋律。
 そうだ、君たちは敵だ。
 そうだ、君たちはモブキャラだ。
 価値も無い君たちには、この地を赤く染め上げる絨毯になってもらおう。

「うっ……やめてっ……きゃあああ!」
「あれ、まだやってたの? あはははは、寒そうだね、お姉さん?」

 僕のお願いを聞かず、一本の触手は女性兵士を辱めていた。鎧と衣服を剥ぎ取って、更には尊厳さえも剥ぎ取ろうとしている。

「折角だし、感想でも聞こうかな。ねえお姉さん……」

 柔肌を這い回る感触は不愉快だったが、純粋な興味が湧いてきた。
 白光の鎧を鳴らしながら、身をよじって暴れ回る兵士の元へ歩き出す。

「あはははは、怖がる必要はないよ、すぐに気持ちよくなるから。オーバードーズって知ってる? 気持ちよくて、気持ちよくて……死ぬほどに気持ち悪いんだ」
「あっ……」

 びくびくんっ、と痙攣したかと思うと、女性兵士は白目をむいて動かなくなった。
 感想を聞けなかったことは少し残念だが、聞いたところで何か変わるワケでもない、と思い当たり、周囲を取り囲むように展開しつつある兵士たちに意識を向ける。

「みんなも……気持ちよくさせてあげるよおおおおお!」

 腕から新たな触手が芽を出し、背中の六本と合わせて12本が妖しく乱舞する。
 彼には、何となく、見せたくなかった姿。
 邪な考えを捨て去って、今は只、踊った。

 赤い、紅い、血の円舞。
 月を肴に、踊り明かそう。
 君と踊ったワルツはたまらなかった。
 その拳で、剣で、続きを踊ろう。
 誰も邪魔しない、見物人もいない、特等席で。
 タキシードは真っ赤でお願い、僕は真っ赤なドレスを着ていくから。
 悲鳴は前菜、メインは鮮血。
 きっと君も喜んでくれる。
 そうだ、僕は主人公だ。
 僕の言うことに従って──

 ──テメーは敵だ、さっさと死ね!

「──!?」

 ああ。
 そうか。
 そうだった。
 僕は、君の、敵なのか。

「…………」

 無意識の願いを聞いたのか、みんなは獲物に止めをさす。
 盛大に、シャワーのように、血の雨を降らせて。

「あは……あはははは……」

 生まれたのは、虚無感。
 何をしても満たされない、心にぽっかり空いた穴。

「あはは……」

 もう、嫌だ──どこかで願ったのか、白光の鎧は泡立ちながら消えていく。
 残されたみんなはうねうねと、僕を慰めるように巻き付いてきた。赤い液体がべっとりと服に、腕に、顔に付着し、熱を持って包み込んだ。

「ありがとう……」

 口にはするが、内心ではこれっぽっちも思っていなかった。それに気付いたのか、おずおずと躊躇いがちに消えていく。

 残されたのは、僕一人。
 遠くには人の喧騒が聞こえるが、もう、何もする気力が無い。

 内の中では好機と判断したのか、出せ、出せ、ここから出せと強い怒りが湧いてくる。それに反攻するのは、もう、面倒だった。

 君に、会いたい。
 それは黒髪の彼か、萌葱の彼女か、どっちだっただろう。

「ルビーネ……ルビーネ、いるんでしょ!?」

 叫ぶと、闇から影が這い出てくる。
 薄く、小さな影法師を連れて。

「うん」
「どうして助けてくれなかったの!? 君がいれば……!」

 言葉の途中で、彼女には待機をお願いしていたことを思い出し、続きを飲み込む。
 戦闘能力が皆無な彼女がいても、ただの足手まといにしかならない。彼と一つになれなかったのは僕の力不足。
 がち、と歯を鳴らして後悔を噛み締めた。

「おいで」

 ルビーネは何かを察したのか、両手を広げて迎え入れる。
 僕は誘われるままに、飛び込んだ。
 暖かく、冷たい祝福。
 全てが偽物の、空虚な祝福。

 襲うように、貪るように、愛を求めた。
 ミントに混ざって、タバコの味。
 気が付けば、彼女からも求められた。

「んっ」

 舌を吸うと、微かな喘ぎをあげた。
 白い頬を、微かに火照らせて。
 互いの存在を、ただ求めた。

 初めてのキスは、甘い血の味。
 冷たく、悲しい、世界の祝福。

「帰ろう……」
「うん」

 糸を垂らす少女の口元を拭い、手を引いて歩き出す。結局は、不確定である自分の存在を定着させるための儀式でしかない。愛情など、既に忘却した。
 今回は僕の油断でみんなが死んだ。次はもう手を抜かない。君と一つになる為なら、みんなの魂をどれだけでもくれてあげる。

 新しい物語をはじめよう。
 世界を真っ赤に染め上げよう。

 悲しみを消してあげよう。
 そしたら……僕も、みんなも、消えよう。

 北へ向かって歩き出す。
 一歩、また一歩。
 影法師を探しながら。
 いなくなりたい、でもいなければならない。
 矛盾を抱え、それでも歩いた。
 誰も共感しないであろう物語を、綴る為に。
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