異世界は呪いと共に!

もるひね

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Phase3 真の力の目覚め的な何か!

騎士団へようこそ!③

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 団長室への扉が開かれると、たちまち芳醇な香りが溢れ出す。

「来たなユリカ、それとミズキ。楽にして良い──フリーデ、貴様は下がれ」

 机に座るマリーの目前には、調理された鶏肉を貪る褐色の生物。

「ん? 友よ、あの毛皮無き者は何だ?」
「私の部下だ。気にするな、貴様の食事を邪魔したりはしない」
「そうか。では任せる」

 頭をぐりぐり動かして状況を確認した生物は、再び食事に戻る。白い顔には油がべっとりと付着していた。

「ノインじゃないか、アレ」
「ですかね。見分けがつきませんが」

 姿かたちは一般のテン。その身に纏う甲冑と、喋るという異常さえ無ければ。生意気な声音は、早朝からの騒ぎの発端に間違いない。
 がっつくノインに目もくれず、マリーは俺たちへ告げた。

「呼び出したのは他でもない、新たな任務を与える為だ。ユリカ班にはこれより、とある物品を捜索して貰う」
「捜索?」
「何をですか?」

 小さく頷くと、右手に一枚のメモを取り出し、それを読み上げる。
 緊張しきっていた体から、力が抜けていくのを感じた。

「ん……長さ約45センチ、重さ400グラム程度の金属棒だ。先端には羽飾りが施され、赤い色のガラスで模造された宝石が埋め込まれているらしい」

 マリーが淀みなく吐き出した言葉は、俺と由梨花の顔を歪めさせた。

「棒?」
「やけに具体的ですね。装飾された金属棒ですか」
「九尾騎士団はそれを求めて、ここへ攻め入ったらしい。何代も前の団長が預かったらしいのだが、紛失してしまったようでな。手の空いている者に呼びかけ、団の敷地内を捜索してくれ」

 メモを引き出しにしまい、両名に目配せする。やはり疲労が溜まっているのか、クマがくっきりと浮かんでいる。

「闘争団が預かった品なのですか?」
「うむ、思い出した。そうだ、幾世代をも遡る」

 ノインは頭をぱっとあけ、満足そう──だと思う、表情で語りだす。

「同志があーせなるへ餞別として贈ったのだ、巡礼の助けになるであろう聖遺物を。うむ、そうだ、騎士だからな」
「餞別かどうかは知らないが、今になって必要になったようだ。これを取り戻せば、大人しく帰るだろう」
「それは構いませんが、何故我々が?」
「貴様は料理が不得手だろう」
「あっ……はい」

 ばっさり切られ、由梨花は目を伏せる。団長に言われるのは堪えたらしい。俺が言ったら目を潰される。

「では早速参ります。瑞希、行きますよ」

 身を翻し、俺の腕を掴む。この場から離れたいのは山々だが、あまりにも迷いがなさすぎる。

「呑み込みが早いな、この状況に疑問とかないのか?」
「団長命令です、それ以上でも以下でもありません。四の五の言わずに行きますよ」

 命令ならば大人しく従えるのか──迷いを抱いた俺の足は、されるがままに足音を響かせた。

「ああ待て、いくつか補足がある」

 ふと思い出したマリーの言葉に、ずりずりと引っ張る由梨花も足を止める。振り返った視界には、新たなメモを眺める団長の姿があった。

「対象物には迂闊に触れるな。自分が自分でいられなくなる」
「どういうことですか?」
「接触した者は、体の大きさに合わせて華やかなヘドバンド、大きなリボンが付いた恐らくスパンデックス素材の手袋、骨盤をかろうじて隠すことが出来る程度であるピンクの超ミニスカート、ひざ下まであるハイヒールブーツとストッキング、下着として──何でもない。それに変化するらしい」

 今度は言い淀んだ。というか読むのが嫌になった様子。

「えぇ……何ですかソレは」
「何だろ……変身するってことなのか?」
「また、この時全裸になる場合もあるが、全身から数万~数十万ルクスの光を発散する為に、肉眼で観測することは不可能だ。安心して良い」

 変身だ。変身で間違いない。

「何が安心ですか、痴態を見せびらかすのでしょう?」
「安心しろ、見えはしない。第一ユリカの……いや、いい」
「何ですか」
「よせ」

 うん、由梨花の素っ裸を見たところでときめきなど感じない。だから睨むな、足を踏むな、腕の皮をつねるな。

「魔法少女になるアイテム?」
「あっ、ソレです」
「ふむ、やはりそうか。私もそうだと疑っていたのだが、確証が持てなくてな。日本人が言うのなら間違いない」

 うんうんとマリーは頭を揺らすが、特段確証を持っているワケでもない。ただ何となく思っただけなのだ。というか、そんなものをテンたちが何故持っていて、何故団へ預けたのだ。

「では行け、必ず探し出せ。食料が全て平らげられる前にな──ミズキは残れ」

「何故ですか? 私と共に捜索するのですよ」
「用があるのを思い出した。ノイン、貴様はユリカに付いていけ。捜索の手伝いをして貰いたい」
「友よ、食事の邪魔をしないと言ったではないか」
「後で好きなだけくれてやる。それに、ステッキを取り戻す為にここにいるのだろう?」

 とうとうステッキって言ったよこの人。

「無論。では行くぞ、毛皮無き者よ」

 ノインは食事を中断して机を降り、ちょろちょろと由梨花の元へ駆ける。軽快な動きで体をよじ登り、重力など感じさせないで頂きに立った。

「頭に乗らないで下さい。おや、驚きました、これは中々……獣クサッ!?」
「何だとっ!?」
「遊んでないで早く行け。前線がいつまで持ちこたえられるか分からんのだぞ」
「は、はい……行きましょうか、ノイン」
「知らん。騎士は常に孤独なのだ」
「待って下さい!」

 颯爽と消えたノインの後を追い、由梨花も部屋を後にする。
 残された俺は、どんな顔をしていただろう。
 多分、迷子になった子供のような顔だ。

「さて……君を残した理由は分かるな?」

 マリーは窓を開け、部屋に籠った空気を入れ替える。爽やかな空気が途端に流れ込み、肉料理の香りは霧散していった。すぐさま団長専用の立派な椅子へ腰かけると、真剣な眼差しで俺に問う。

「昨夜の件だ。君は自身が何をしたか、理解しているのだろうな。報告書には目を通したが、ここでもう一度報告しろ。君の視点からでいい」

 曇りの無い瞳を前に、胸の奥をつかまれたような感覚に襲われる。
 なぜ、この人が──知っていて当然か。昨夜の出来事はノーレンやフリーデを通し、団長の耳に入っている筈なのだから。

「はい……俺は喫茶店でグラナと接触して、路地裏で説得を図りました。そこで……」

 つい上目遣いになってマリーを見ながら、ぼそぼそと呟くように言う。
 教師に怒られている気分とは、これのことなのだろうか。隣に由梨花がいないという喪失感さえ無ければ、手に汗握ることもないだろうに。

「そこでノーレンが現れて、戦闘になり……。フリーデさんに助けられたんです。団長命令だって……」

 左腕に焼けるような痛み……フラッシュバックを体感しながら、昨晩の戦闘を思い返す。
 俺とグラナの間に割って入ったのは、大鎌を手にしたノーレンだった。交わした言葉は少ないが、グラナの手足を捥いででも団へ連れて行くつもりだったらしい。同じことを由梨花も口にしてはいたが、いくらかの同情を向けてくれた由梨花に対して、ノーレンの場合は容赦がない。そして死闘と呼んで差し支えないそれの終わりを告げたのは、マリーのお側役であるフリーデだった。

「ん、纏めるとそうだな。ただでさえ忙しいというのに、よくも仕事を増やしてくれた」

 大きなため息をついて、呆れたように呟く。
 団長室は一見小奇麗だが、未だ認証待ちの書類の束や、参考資料などの分厚い書籍が一角を占拠している。面倒事を起こしたことを申し訳なく思いながら、覚悟を握って声をあげた。

「あの、聞きたいことが──」
「その前に、私からも質問がある」

 低い声で、マリーが遮る。

「どちらが優先されるかは、君にでも分かるだろうな」

 逆らえない威圧感に、無言で頷くことしか出来ない。

「ミズキ・ヤマシロ、君は何故この団にいるのか理解しているのか?」

 どくん──心臓が早鐘を打ち鳴らす。
 なぜ今更、そんなことを聞くのだ。どうして鋭い目つきで睨むのだ。微笑んでくれたマリーはどこに行ったのだ。貴様ではなく君呼びする理由は何なのだ。
 静寂の罰に晒されながら、模範的な回答を選び出す。

「転移者を集めて、敵を倒す為……」

 喉の渇きと凄まじい自己嫌悪を感じながら絞り出した。

「そうだ。その為ならば、他人の目を気にして路地などに逃げ込むな、堂々と説得してみせろ。ユリカが君にしたように、逃げ道など与えるな」

 響くのは頭痛。
 確かに、自分の行いは団の存在意義に反している。転移者は見つけ次第連行せよ、それが絶対なのだから。
 それでも。

「でも……!」

 それでも、間違ってなんかいない。
 眩暈にふらつきながら反抗する。
 回せ、廻せ、高炉を強姦せ──内なる声は、地平の彼方。

「でも、軍にでも見つかったら……!」
「根回しはしてあった」
「反抗勢力だって……!」
「突発的には動かん」
「だからって……!」
「また、君の行動は褒められるものではない。一人前と認められていないに関わらず単独での説得を図るとは、無謀としか言えない。すぐさま応援を呼ぶべきだったな、照明弾の使い方は分かるだろう? 次からは気を付けろ」

 マリーの声に険が混じり、眉間に皺が寄る。とても窘めるものではないそれに、ふつふつと、感情が湧き立っていった。

「どうして……」

 後ずさりしそうになる足を留め、マリーの目を見据える。所詮は同じ転移者なのだ、逃げ出した臆病者なのだ、自分と何も変わらぬ人間なのだ。何を恐れる必要がある。
 ねぇ、どうして笑ってくれないのぉ?

「どうしてそこまでして集めるんですか!? 俺たちだけで倒せますよ、あの子は好きにさせたっていいじゃないですか!」
「質問を許可した覚えは無い」

 きっと分かってくれる、理解してくれる。そう信じて、願いを言霊にのせた。

「元の世界で嫌な思いして、この世界でも嫌な思いするなんてあんまりだ! グラナは強く生きてるんです、放っておいたっていいじゃないですか!」

 終わらせてよいのではないか──那由多より囁く。
 光を、見つけた。手を翳すと途端に見えなくなってしまう、微かな光。一番大切なものであるが故に、躊躇いを消す為に、背を向けた小さな光。
 自分より幼いグラナにも、見つけられたのだろうか。自分が自分でいられる為の、大切な居場所を。自由に生きられる楽園を。

「誰もが望んだ異世界なんですよ!? 今までの事を全部忘れて、気ままに生きられたなら──」

 どれだけ幸せなことだろう、と言い切る直前、バンッと大きな物音が遮った。

「被害者ぶるのはいい加減にやめて!!」

 絶叫──並々ならぬ怒りの発露。揺らぐ視界に、机上へ右手を叩きつけたマリーがいた。そのこめかみは震え、口元が引き攣っている。戦場ですら見せていない、激昂。
 椅子が倒れるのに構わず乱暴に立ち上がり、つかつかと歩み寄る。剣幕に狼狽えた俺の体は言うことを聞かず、されるがままに胸倉を掴みあげられる。
 猛禽類を前に、足元が崩れ落ちていくのを感じた。

「我々は皆罪人だ! 咎を負った醜い獣だ! 全てを忘れるだと? 笑えもしない寝言を言うな!」
「……ッ!」

 唾を撒き散らし、切り裂く程の声量で叫ぶ。
 気の抜けた表情のマリーも、抱きしめてくれたマリーも、全て偽物だった。不思議と、裏切られた、とは思わない。全てが本物でもあるのだから。
 全て、自分の愚かさ故。皆が記憶を引き摺っているというのに、何てことを言ってしまったのだ。血の気が引いていく冷たさと気持ち悪さが踊り狂い、眩暈が刻々と酷くなっていく。

「リセットして平和な生活が送れるとでも思ったか!? アテが外れて残念だったな、PTSDがいつ発症するかも分からん殺人鬼を野放しにするほど、我々の覚悟は甘くない! 本物の檻へ死ぬまで閉じ込めてやってもいいのだぞ、お前の精神はどれだけ耐えられるのだろうな!?」
「がっ……!」

 胸倉の拘束が緩んだかと思うと、急激な圧迫感。消えない痕をなぞるように、それが正しいことかのように、両手で優しく締め付ける。
 傷付けられたら二度と立ち直れないものが、入団した直後から、この人に握られているのだ。

「幾多の犠牲が払われたか知らないクセに! 半端な覚悟しかないクセに! 日本人ならば、潔く戦場で死ね! カミカゼだとか言ったか? 天皇に代わって陛下より勅命を賜ろう、それならば喜んで死ねるのだろう!? ヤマトダマシイを見せてみろ!」

 止める人など誰もいない部屋に、叫びがただ響き渡る。
 ここは最果ての地獄。人々が夢見た不思議の国など、この地にはありもしない。知っていた筈なのに、納得していた筈なのに、何故発言してしまったのだろう。
 きっと、ノインたち修道会のせいだ。非日常の中の非日常に、脳が混乱してしまったのだ。

「命を……搾り取る気ですか……!?」

 儲ける人がいて、搾り取られる人がいる。グラナの言葉の意味が、例え趣旨とは違うとしても、少しだけ、分かった気がした。
 どちらにしろ、俺は後者にしか当て嵌まらない。

「逃げ道があると思うな、後悔などとうに遅い! 自殺したその時からな!」

 握力が弱まった瞬間、右頬に硬い感触。手の甲だ、と思考した時には冷たい床へ張り倒されていた。

「がはっ……あっ……!」
「ふん……赤子をあやすのは好きな方だが、愚か者の相手は苦手だ。ユリカの教育はどうなっている、ケツの青い餓鬼に育てろと命じた覚えは無い。ただ暴れるのが得意なだけのサルよりも、忠義に厚い九尾騎士団の方がマシだな」

 のろのろと立ち上がった視界には、冷たい瞳で見下すマリー。
 それが大袈裟に肩をすくめた後、バツが悪そうに告げた。

「度が過ぎたな。今日はもういい、部屋で頭を冷やしていろ。他の団員の邪魔にしかならん」

 温いものを感じ、口元を拭う。付着した赤いものを払って、仄暗い闇を睨みつけた。
 ふざけないで──誰かの声が、聞こえた気がした。

「俺は間違ったことなんて、言ってませんよ……!」

 放り込まれたのは牢獄。囚人として生きていく運命だとも知っている。
 それでも、選んだ。たとえようもない罪悪感と安堵感を胸に秘めて、歩き出したのだ。

「ほう……続けてみろ」

 優しく囁く。

「俺たちは軍人でも何でもない、ただの一般人なんですよ!? それを無理矢理入団させて戦わせるなんて、まるで徴兵じゃないですか!」
「何を今更。まるで、ではない。徴兵そのものだ」
「それがおかしいんですよ! 戦争なんて大人に任せておけばいいんだ、団と軍が力を合わせれば勝てます! 俺たち天炎者がいなくたって!」

 口先だけの餓鬼は嫌いだ。
 それは自分でも思うが、感情が止まらない。

「綺麗事まで言うとは、本物の愚か者だな。連中と仲良く魔王討伐ごっこをしろとでも?」

 マリーは心底馬鹿にするジェスチャーを披露し、鼻で笑う。

「何ですかその言い方は、正規軍とはパートナーなんでしょう!? お互いに協力して物事に当たるべきです!」
「天炎者を快く思っていない者が内部にいると、いつか話しただろう」
「意識するなって言ったじゃないですか、安心しろって言ったじゃないですか!」
「人が言えば安心なのか?」
「はあ……!?」

 理解を超えた発言だった。
 足元程度ではすまない、その土台ごと──世界が崩れ落ちていく。

「ソンタクという言葉は知っているぞ、日本人は他人の心を推し量れるらしいな。どれ、今の私の心境でも当てて見せろ」

 カツカツと靴を鳴らし、少しばかり距離を取る。
 振り返ったマリーの顔には、獲物を前にした獣の微笑みが浮かぶ。

「晴らせ、怨恨の指輪」

 ──涕泣の雨に終われし
 ──其は、平炉を縒合す親善人形
 ──開放せよ、貞淑の疵

「な……ッ!?」

 突如、部屋に風が吹き荒れる。乾いた空気ではない、湿気と熱をもった淀んだ空気。
 それの発生源は、マリー・グレイスが両手に握る巨大な鎚。それを軽々と担ぎ上げ、俺の脳天を狙い、高く構える。
 冒涜的な大きさのヘッドからは、煮え滾る憎悪と、窒息するかのような怖気が溢れ出していた。

「逃げ回っているこの瞬間にも、我が国へ魔の手が迫っているのだ。何も知らぬ国民が犠牲になることがどれだけ理不尽なことなのか、いくらお前でも理解できる筈だ」

 幾分かは声を落とし、ゆっくりと語る。

「加工する道具はここにある。お前の価値がどれだけのものであるか、私に見せろ」

 熱風が強くなった直後、ハンマーが振り下ろされる風音。
 不快な熱にうなされる中、魔女の影が重なる光景を、遠くに見た。

 ふと、一つのことに思い当たる。
 ああ、そうだ。きっと、これを望んでいたのだ。
 誰かが責めてくれるのを。
 誰かが怒ってくれるのを。
 あの少女のような、優しいものではなくて。
 由梨花のような、生温いものではなくて。
 騎士のような、配慮したものではなくて。
 本気で怒ってくれる、誰かのことを。

 痛みに泣き叫ぶ、二つの人影が嗤いだす。 
 どうして助けてくれなかったの。
 刹那から混沌が這い寄る。
 軋轢に押しつぶされる、虚弱な精神への祝福。
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