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Phase3 真の力の目覚め的な何か!
騎士団へようこそ!④
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僕は何故ここにいる。
いつまでも繰り返す葛藤。一滴の答えを探し続けた。
腐肉にまみれながら。現実に押し潰されながら。
色褪せぬ情景。楽園への路。
君の足音。消えた飛行機雲。
泡沫の夢でも。
その先を見たくて。
「いつまでそうしてる」
渦巻く胸中に光が差す。
顔全体に熱風が当たるのを感じながら瞳を開くと、真っ赤な、命の輝きがそこにあった。いつの間にか座り込んでいたことを忘れ、ただ、光を見つめた。
「叩くだけなら簡単だ。ピーピー鳴いて……そこまで死にたいのなら、ここで殺してやってもいい。代わりなら用意出来る……サムライなど二次大戦で絶滅していたな、そもそもここへ堕ちてくることも無いか。安心しろ、手元が狂ったりはしない。人間を殺すことには慣れている」
マリー・グレイスの意思の形。
太陽に似たそれは遠ざかり、軽々と肩へ担ぐ。手にする右腕には、赤橙の装甲。
「それとも、私直々に苛め抜いて自殺に追い込んでやろうか? 死縛者になったら即刻潰す、今度こそ楽に逝け」
殺意を込めた優しい顔で、淡々と告げる。
「だが数が必要だ。兵士は畑から取れん、数を埋める為にお前はここにいる。そして、お前もそれを望んだ筈だ」
ぼんやりとした頭で、ああ、そうだ、と考えた。
真夏の日差しに照らされ、体はとうに干乾びていたが、意志だけは燃え尽きていない。
「どうなのよッ!?」
孤独に裂かれた穴。誰にも気付かれぬよう塞いだ。
今更、この身に未練など無い。
俺がいなくなることに、恐怖など無い。
死など怖く無い。
それでも。
「……たく……ません……」
「聞こえないッ!」
失う辛さを、これ以上。
知りたくない。
「死にたく、ありません……」
確かに生きている。
何故まだ生きている。
君が居る世界だから。
君が居ない世界だから。
触れた熱が。
霞む幻が。
激情を搔き乱す。
「くすくす、そこまでにしたら?」
新たな風が迷い込む。
場違いな声音──滲む視界の隅に、何かが映る。
「死にそうな顔のお兄ちゃんもいいけど、本当に死んじゃうのは困るなぁ」
開け放たれた窓、そこに腰掛ける小さな人影。
その人物の名は知っていた。
「お前がグラナ・ヴァネッサか。礼儀がなっていないな……何の用だ」
構えを解かず、目だけを動かしたマリーが名を呼ぶ。
少女の視線が一瞬だけ俺を捉え、すぐさま逸れた。痛みのような動機……全ては目的の為、遂行する任務の為、生きる為に。
「お兄ちゃんを奪いに来たの♪」
「生憎と取り込み中だ、冗談に付き合う暇は無い。コイツの価値を見定めねばならん」
からかいに動じず、鎚を握る手に力を込める。
意思に呼応するかのように、灼熱の風が一段と強く舞い上がった。
「お仕事大変なのは分かるけど、喋る前に七度舌を回したら? マリー・グレイス……団長?」
「スピーカーどもは小言が多いな。己の存在価値を下げていると自覚しろ」
「くすくす、蛙の唾は白鳥には届かないよ」
「知ったことではない」
「そう怒らないで、綺麗な顔が台無しだよ」
「安い世辞だな……まあいい」
呆れるように言うと、マリーの腕からハンマーが消失する。途端、部屋の温度が下がっていった。吹き出した汗が体温を鎮めていき、いくらかの冷静さを取り戻す。
「グラナ、お前……」
「昨日ぶりだね、お兄ちゃん。あのときは本当に助かったよ、ありがとね!」
しゃがれ声で呼ぶと、グラナはぱぁっと笑い、手をふりふりと遊ばせる。その様子を見ながら、マリーは団長専用の椅子を静かに直し、深々と座った。
「ど、どうして……?」
昨夜あんなことが起こったのに、さっきあんなことを言ったのに。グラナは逃げるでもなく。マリーは捕まえるでもなく。ただ、そこにいる。
「これが私の仕事だよ、昨日言ったでしょ? でも大変だったな、あの怖い人、私の話を聞いてくれないんだもん。一羽の燕が春をもたらすのではない、てことを実感したよ」
くすくすと悪戯っぽく笑い、絡みつくような口調で語る。
いつかのような年相応の少女の幻は、風と共に去った。
「それで、予約も無しに貴様が顔を出した理由は何だ?」
厳とした声が響く。マリーは腕を組んで顎をのせ、疲れを溜息と共に吐き出してから続ける。
「顔合わせなどとは言わせん、親から何か伝えられたのだろう」
怒りが静まってはいないが、いくらかは普段の声音に戻っていた。敬語を使わない不届きを咎めることもなく、望まれない客へ応対する。
少女は軽い動きで窓から降り、座り込んだままの俺とマリーの顔を見比べる。逡巡した後、口を開いた。
「お兄ちゃんの前で言っていいの?」
「ん、それもそうだな」
「実はね、戦略研究会っていうのが結成されるらしくてね」
言うのか。
「それが何だ?」
「くすくす、分かってるクセに。あの子たち貂修道会が、行動を起こした理由にも噛んでるよ。鰊樽はいつでも鰊臭いよね。団は無関係でいられないよ、計画が狂ったら誰が責任を取るのかなぁ」
「トップに決まっている。それで、本題は?」
素知らぬ素振りで睨みつける。
俺には理解出来ぬ応酬。置いてきぼりにされ、多分、捨てられた子犬のように縮こまっていただろう。こうなると知っていたから、グラナは話を切り出し、マリーは止めなかった。どうせ理解出来ないから。
「活発に富裕層の密会が開催されるようになったのは知ってるよね? 怖い怖い、悪魔を呼ぶ儀式ってどうしてあんな血生臭いんだろ。ライゼンデの決行が遅かったら、私もあんなことになってたかもね。すぐお姉様に出会えて良かった」
グラナはうんうんと頷き、純粋な笑顔を浮かべる。
ライゼンデ……確か、グラナが盗みを働いた宿だ。しかし、儀式とは何のことだ。密会の内容は、貴族たちを招待しての乱交パーティーではなかったか。
「心臓を引き抜かれる程度だろう、貴様がそんなことで死ぬとは思えんな。だが罪を犯したのだ、報いを受ける良い機会だったろうに」
「くすくす、流石は闘争団の頭領、血も涙も無いなあ。私も死ぬつもりなんて更々無いけどね。行ける所まで行き、然るべき場所で死ぬ」
「死に場所は決まっている。この国の礎になれるのなら、茨の道を歩んでいく。再びの命、道を指し示す為に使うのだ」
「謀だと知ってても? くすくす……お馬鹿さん、本当にお馬鹿さん」
「そちらに身を置いた時点で、貴様も他人事ではない。この場で捕縛するのは簡単だ、しないのは陛下の御心が為だということを忘れるな。これ以後、無法などをした暁には、この手で頭を潰す」
そうだ、グラナは血の闘争団を馬鹿にしていたではないか。だというのに、何故スムーズなやり取りをしているのだ。
「くすくす……分かってるよ、そんなに睨まないで。はいこれ、貂修道会が元々生息してた場所を書き込んだ地図」
トコトコと団長机まで歩み、紐で丸められた羊皮紙をそっと手渡す。マリーは怪訝な顔でそれを受け取り、内容を確認した。
「保護区へ移送される前の、で間違いないな?」
「うん。流石に当時の生き残りなんていないから、みんなで図書館を調べ回ったり、伝承を集めたりしたんだ」
「真実であるという根拠は?」
「死縛者がいる」
その言葉に、空気が震えた。
グラナは薄気味悪く笑い、マリーは苦々し気に歯を鳴らす。
「なるほど、ならば間違いない」
「だからこんなに早く来れたんだけどね」
「それだけ急げということか……カノンは何か付け加えたか?」
「“喋るフェレットを飼いたいから、番いは残せなのさ!”だって」
「断る。淡水魚を勧めたというのに、まだ飼っていないのか。あれはいいものだぞ、手間もかからないし心が安らぐ」
「伝えておくね。報酬はいつものように、だって」
「分かった。送りは不要だな?」
「嫌われたなぁ。そうだ、親衛隊だっけ? あのお姉さんにお礼を言っておきたいんだけど」
「私から伝える。貴様らの仕事はまだまだあるだろう、そちらを優先しろ。それと、礼儀はしっかり教えておけ、足の指を潰されたくなければな……これも伝えろ」
「C'est entendu.情報屋カノ―ネンフォーゲルをご贔屓に」
別れの挨拶を交わすと、再び窓の元へ軽快に歩いていく。
「そうだ、疲れてるならファオラベル島にでも遊びに行ったら? お姉様がおススメしてたよ、勿論お代はがっぽり頂くけれど」
「バカンスが許されると思っているのか。大体、あんなド田舎は肌に合わない」
「くすくす、それもそうだね……お互いに、ね」
枠に手を掛け、身を乗り出す。ワンピースが風に舞い踊り、太陽の光を受けた小さな体が天使のように見えた。
「じゃあねお兄ちゃん。たまに遊びに来れたらいいな」
言って、飛んだ。
いや、落ちた。
堕天使が姿を消すと、途端に空気が重くなる。
黙って、動向を見守っていた。マリーが何か言い出すまで、自分は口を開くべきではないと感じたから。
「まぁ、なんだ……」
ぽつり。
表情を曇らせたマリーが、辛そうに、迷いながら、掛ける言葉を探す。
「ゴメンね、ちょっと……疲れてたのかしら。団長失格ね……。本当に、ゴメンなさい……」
頭を抱え、重い息を吐く。
全て、俺のせいだ──重責を貸された彼女の苦労がどれだけのものか知らず、我儘を言っていた自分が情けなくなった。相手は生きた人間なのだ、感情の無いNPCなんかではない。
「いえ……大丈夫です……」
体に力を入れて立ち上がる。
被害者ぶっていたつもりはない。
だが、彼女が叫んだ言葉は全て真実。
拳にへばりつく血の色も。
眼球を握りつぶす清らかな感触も。
全て、獣であることの証明でしかない。
「むしろ、目が覚めましたから……ありがとう、ございます」
何故か、そんなことを言ってしまった。
心の一角を占め続けていたものが、剥離した気がしたから。
罪を責められたいと、いなくなりたいと、ずっとどこかで思っていたから。
「そこはありがとうじゃないよね~?」
「はい……すみません」
「マゾなの~?」
「違います」
まぁ、そう言われても仕方ない……のか?
「でも今日は、ゆっくりお休みしてね。ユリカちゃんにも伝えておくから」
揺れた精神を心配して──ではなく、存在そのものを心配する優しい声音。真情のこもった口振りに、場違いな気恥ずかしさを覚えた。
「はい……でも、いいんですか?」
「いいのいいの、気にしないで。あ、頭痛がするとか吐き気があるとか汗が止まらないとか、何か違和感でもあったら、すぐに呼んでね。誰かに警護を頼んで──」
「だ、大丈夫です……!」
過保護な提案を取り下げて、大人しくドアへ向かう。ここにいても、彼女の心労を逆撫でするだけだ。相当無理をしているのは見れば分かる、血の気の失せた頬と、真っ黒なクマを見れば。聞きたいことは、胸に仕舞っておくべきだ。部下はただ、言われたことをやっていればいい。
それでも……足が止まった。
「あの、発言の許可を……」
恐る恐る、壊れないように聞く。
「いいよ、何かな~?」
怒ることなく、硬く微笑むマリー。
進む道を探す為に、光を求めた。
「死縛者が出たんですよね……すぐにやることって、それの討伐で合ってますか?」
団長に抗った罰を訪ねるでもなく、グラナとの関係を問うでもなく。
「うん、そうだよ~? 任せておいて、こっちでやれるから~」
流石というべきか、鋭い洞察力で看破される。
それでも。
「その任務に、志願させてください……!」
それでも、自分がやらなければ。
マリーに深々と頭を下げ、懇願した。
「俺に、闘わせてください!」
停留所は闇。
行き先は深淵。
それでも、生ている実感を求めた。
かちん、かちん。
カウントの音が響く。
止まることなど許されない。
走り続けなければならない。
命のリミットに怯えながら。
焦がれる想いが、罪科へ変わる前に。
いつまでも繰り返す葛藤。一滴の答えを探し続けた。
腐肉にまみれながら。現実に押し潰されながら。
色褪せぬ情景。楽園への路。
君の足音。消えた飛行機雲。
泡沫の夢でも。
その先を見たくて。
「いつまでそうしてる」
渦巻く胸中に光が差す。
顔全体に熱風が当たるのを感じながら瞳を開くと、真っ赤な、命の輝きがそこにあった。いつの間にか座り込んでいたことを忘れ、ただ、光を見つめた。
「叩くだけなら簡単だ。ピーピー鳴いて……そこまで死にたいのなら、ここで殺してやってもいい。代わりなら用意出来る……サムライなど二次大戦で絶滅していたな、そもそもここへ堕ちてくることも無いか。安心しろ、手元が狂ったりはしない。人間を殺すことには慣れている」
マリー・グレイスの意思の形。
太陽に似たそれは遠ざかり、軽々と肩へ担ぐ。手にする右腕には、赤橙の装甲。
「それとも、私直々に苛め抜いて自殺に追い込んでやろうか? 死縛者になったら即刻潰す、今度こそ楽に逝け」
殺意を込めた優しい顔で、淡々と告げる。
「だが数が必要だ。兵士は畑から取れん、数を埋める為にお前はここにいる。そして、お前もそれを望んだ筈だ」
ぼんやりとした頭で、ああ、そうだ、と考えた。
真夏の日差しに照らされ、体はとうに干乾びていたが、意志だけは燃え尽きていない。
「どうなのよッ!?」
孤独に裂かれた穴。誰にも気付かれぬよう塞いだ。
今更、この身に未練など無い。
俺がいなくなることに、恐怖など無い。
死など怖く無い。
それでも。
「……たく……ません……」
「聞こえないッ!」
失う辛さを、これ以上。
知りたくない。
「死にたく、ありません……」
確かに生きている。
何故まだ生きている。
君が居る世界だから。
君が居ない世界だから。
触れた熱が。
霞む幻が。
激情を搔き乱す。
「くすくす、そこまでにしたら?」
新たな風が迷い込む。
場違いな声音──滲む視界の隅に、何かが映る。
「死にそうな顔のお兄ちゃんもいいけど、本当に死んじゃうのは困るなぁ」
開け放たれた窓、そこに腰掛ける小さな人影。
その人物の名は知っていた。
「お前がグラナ・ヴァネッサか。礼儀がなっていないな……何の用だ」
構えを解かず、目だけを動かしたマリーが名を呼ぶ。
少女の視線が一瞬だけ俺を捉え、すぐさま逸れた。痛みのような動機……全ては目的の為、遂行する任務の為、生きる為に。
「お兄ちゃんを奪いに来たの♪」
「生憎と取り込み中だ、冗談に付き合う暇は無い。コイツの価値を見定めねばならん」
からかいに動じず、鎚を握る手に力を込める。
意思に呼応するかのように、灼熱の風が一段と強く舞い上がった。
「お仕事大変なのは分かるけど、喋る前に七度舌を回したら? マリー・グレイス……団長?」
「スピーカーどもは小言が多いな。己の存在価値を下げていると自覚しろ」
「くすくす、蛙の唾は白鳥には届かないよ」
「知ったことではない」
「そう怒らないで、綺麗な顔が台無しだよ」
「安い世辞だな……まあいい」
呆れるように言うと、マリーの腕からハンマーが消失する。途端、部屋の温度が下がっていった。吹き出した汗が体温を鎮めていき、いくらかの冷静さを取り戻す。
「グラナ、お前……」
「昨日ぶりだね、お兄ちゃん。あのときは本当に助かったよ、ありがとね!」
しゃがれ声で呼ぶと、グラナはぱぁっと笑い、手をふりふりと遊ばせる。その様子を見ながら、マリーは団長専用の椅子を静かに直し、深々と座った。
「ど、どうして……?」
昨夜あんなことが起こったのに、さっきあんなことを言ったのに。グラナは逃げるでもなく。マリーは捕まえるでもなく。ただ、そこにいる。
「これが私の仕事だよ、昨日言ったでしょ? でも大変だったな、あの怖い人、私の話を聞いてくれないんだもん。一羽の燕が春をもたらすのではない、てことを実感したよ」
くすくすと悪戯っぽく笑い、絡みつくような口調で語る。
いつかのような年相応の少女の幻は、風と共に去った。
「それで、予約も無しに貴様が顔を出した理由は何だ?」
厳とした声が響く。マリーは腕を組んで顎をのせ、疲れを溜息と共に吐き出してから続ける。
「顔合わせなどとは言わせん、親から何か伝えられたのだろう」
怒りが静まってはいないが、いくらかは普段の声音に戻っていた。敬語を使わない不届きを咎めることもなく、望まれない客へ応対する。
少女は軽い動きで窓から降り、座り込んだままの俺とマリーの顔を見比べる。逡巡した後、口を開いた。
「お兄ちゃんの前で言っていいの?」
「ん、それもそうだな」
「実はね、戦略研究会っていうのが結成されるらしくてね」
言うのか。
「それが何だ?」
「くすくす、分かってるクセに。あの子たち貂修道会が、行動を起こした理由にも噛んでるよ。鰊樽はいつでも鰊臭いよね。団は無関係でいられないよ、計画が狂ったら誰が責任を取るのかなぁ」
「トップに決まっている。それで、本題は?」
素知らぬ素振りで睨みつける。
俺には理解出来ぬ応酬。置いてきぼりにされ、多分、捨てられた子犬のように縮こまっていただろう。こうなると知っていたから、グラナは話を切り出し、マリーは止めなかった。どうせ理解出来ないから。
「活発に富裕層の密会が開催されるようになったのは知ってるよね? 怖い怖い、悪魔を呼ぶ儀式ってどうしてあんな血生臭いんだろ。ライゼンデの決行が遅かったら、私もあんなことになってたかもね。すぐお姉様に出会えて良かった」
グラナはうんうんと頷き、純粋な笑顔を浮かべる。
ライゼンデ……確か、グラナが盗みを働いた宿だ。しかし、儀式とは何のことだ。密会の内容は、貴族たちを招待しての乱交パーティーではなかったか。
「心臓を引き抜かれる程度だろう、貴様がそんなことで死ぬとは思えんな。だが罪を犯したのだ、報いを受ける良い機会だったろうに」
「くすくす、流石は闘争団の頭領、血も涙も無いなあ。私も死ぬつもりなんて更々無いけどね。行ける所まで行き、然るべき場所で死ぬ」
「死に場所は決まっている。この国の礎になれるのなら、茨の道を歩んでいく。再びの命、道を指し示す為に使うのだ」
「謀だと知ってても? くすくす……お馬鹿さん、本当にお馬鹿さん」
「そちらに身を置いた時点で、貴様も他人事ではない。この場で捕縛するのは簡単だ、しないのは陛下の御心が為だということを忘れるな。これ以後、無法などをした暁には、この手で頭を潰す」
そうだ、グラナは血の闘争団を馬鹿にしていたではないか。だというのに、何故スムーズなやり取りをしているのだ。
「くすくす……分かってるよ、そんなに睨まないで。はいこれ、貂修道会が元々生息してた場所を書き込んだ地図」
トコトコと団長机まで歩み、紐で丸められた羊皮紙をそっと手渡す。マリーは怪訝な顔でそれを受け取り、内容を確認した。
「保護区へ移送される前の、で間違いないな?」
「うん。流石に当時の生き残りなんていないから、みんなで図書館を調べ回ったり、伝承を集めたりしたんだ」
「真実であるという根拠は?」
「死縛者がいる」
その言葉に、空気が震えた。
グラナは薄気味悪く笑い、マリーは苦々し気に歯を鳴らす。
「なるほど、ならば間違いない」
「だからこんなに早く来れたんだけどね」
「それだけ急げということか……カノンは何か付け加えたか?」
「“喋るフェレットを飼いたいから、番いは残せなのさ!”だって」
「断る。淡水魚を勧めたというのに、まだ飼っていないのか。あれはいいものだぞ、手間もかからないし心が安らぐ」
「伝えておくね。報酬はいつものように、だって」
「分かった。送りは不要だな?」
「嫌われたなぁ。そうだ、親衛隊だっけ? あのお姉さんにお礼を言っておきたいんだけど」
「私から伝える。貴様らの仕事はまだまだあるだろう、そちらを優先しろ。それと、礼儀はしっかり教えておけ、足の指を潰されたくなければな……これも伝えろ」
「C'est entendu.情報屋カノ―ネンフォーゲルをご贔屓に」
別れの挨拶を交わすと、再び窓の元へ軽快に歩いていく。
「そうだ、疲れてるならファオラベル島にでも遊びに行ったら? お姉様がおススメしてたよ、勿論お代はがっぽり頂くけれど」
「バカンスが許されると思っているのか。大体、あんなド田舎は肌に合わない」
「くすくす、それもそうだね……お互いに、ね」
枠に手を掛け、身を乗り出す。ワンピースが風に舞い踊り、太陽の光を受けた小さな体が天使のように見えた。
「じゃあねお兄ちゃん。たまに遊びに来れたらいいな」
言って、飛んだ。
いや、落ちた。
堕天使が姿を消すと、途端に空気が重くなる。
黙って、動向を見守っていた。マリーが何か言い出すまで、自分は口を開くべきではないと感じたから。
「まぁ、なんだ……」
ぽつり。
表情を曇らせたマリーが、辛そうに、迷いながら、掛ける言葉を探す。
「ゴメンね、ちょっと……疲れてたのかしら。団長失格ね……。本当に、ゴメンなさい……」
頭を抱え、重い息を吐く。
全て、俺のせいだ──重責を貸された彼女の苦労がどれだけのものか知らず、我儘を言っていた自分が情けなくなった。相手は生きた人間なのだ、感情の無いNPCなんかではない。
「いえ……大丈夫です……」
体に力を入れて立ち上がる。
被害者ぶっていたつもりはない。
だが、彼女が叫んだ言葉は全て真実。
拳にへばりつく血の色も。
眼球を握りつぶす清らかな感触も。
全て、獣であることの証明でしかない。
「むしろ、目が覚めましたから……ありがとう、ございます」
何故か、そんなことを言ってしまった。
心の一角を占め続けていたものが、剥離した気がしたから。
罪を責められたいと、いなくなりたいと、ずっとどこかで思っていたから。
「そこはありがとうじゃないよね~?」
「はい……すみません」
「マゾなの~?」
「違います」
まぁ、そう言われても仕方ない……のか?
「でも今日は、ゆっくりお休みしてね。ユリカちゃんにも伝えておくから」
揺れた精神を心配して──ではなく、存在そのものを心配する優しい声音。真情のこもった口振りに、場違いな気恥ずかしさを覚えた。
「はい……でも、いいんですか?」
「いいのいいの、気にしないで。あ、頭痛がするとか吐き気があるとか汗が止まらないとか、何か違和感でもあったら、すぐに呼んでね。誰かに警護を頼んで──」
「だ、大丈夫です……!」
過保護な提案を取り下げて、大人しくドアへ向かう。ここにいても、彼女の心労を逆撫でするだけだ。相当無理をしているのは見れば分かる、血の気の失せた頬と、真っ黒なクマを見れば。聞きたいことは、胸に仕舞っておくべきだ。部下はただ、言われたことをやっていればいい。
それでも……足が止まった。
「あの、発言の許可を……」
恐る恐る、壊れないように聞く。
「いいよ、何かな~?」
怒ることなく、硬く微笑むマリー。
進む道を探す為に、光を求めた。
「死縛者が出たんですよね……すぐにやることって、それの討伐で合ってますか?」
団長に抗った罰を訪ねるでもなく、グラナとの関係を問うでもなく。
「うん、そうだよ~? 任せておいて、こっちでやれるから~」
流石というべきか、鋭い洞察力で看破される。
それでも。
「その任務に、志願させてください……!」
それでも、自分がやらなければ。
マリーに深々と頭を下げ、懇願した。
「俺に、闘わせてください!」
停留所は闇。
行き先は深淵。
それでも、生ている実感を求めた。
かちん、かちん。
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走り続けなければならない。
命のリミットに怯えながら。
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「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
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