異世界は呪いと共に!

もるひね

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Phase3 真の力の目覚め的な何か!

騎士団へようこそ!④

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 僕は何故ここにいる。
 いつまでも繰り返す葛藤。一滴の答えを探し続けた。
 腐肉にまみれながら。現実に押し潰されながら。
 色褪せぬ情景。楽園への路。
 君の足音。消えた飛行機雲。
 泡沫の夢でも。
 その先を見たくて。

「いつまでそうしてる」

 渦巻く胸中に光が差す。
 顔全体に熱風が当たるのを感じながら瞳を開くと、真っ赤な、命の輝きがそこにあった。いつの間にか座り込んでいたことを忘れ、ただ、光を見つめた。

「叩くだけなら簡単だ。ピーピー鳴いて……そこまで死にたいのなら、ここで殺してやってもいい。代わりなら用意出来る……サムライなど二次大戦で絶滅していたな、そもそもここへ堕ちてくることも無いか。安心しろ、手元が狂ったりはしない。人間を殺すことには慣れている」

 マリー・グレイスの意思の形。
 太陽に似たそれは遠ざかり、軽々と肩へ担ぐ。手にする右腕には、赤橙の装甲。

「それとも、私直々に苛め抜いて自殺に追い込んでやろうか? 死縛者になったら即刻潰す、今度こそ楽に逝け」

 殺意を込めた優しい顔で、淡々と告げる。

「だが数が必要だ。兵士は畑から取れん、数を埋める為にお前はここにいる。そして、お前もそれを望んだ筈だ」

 ぼんやりとした頭で、ああ、そうだ、と考えた。
 真夏の日差しに照らされ、体はとうに干乾びていたが、意志だけは燃え尽きていない。

「どうなのよッ!?」

 孤独に裂かれた穴。誰にも気付かれぬよう塞いだ。
 今更、この身に未練など無い。
 俺がいなくなることに、恐怖など無い。
 死など怖く無い。
 それでも。

「……たく……ません……」
「聞こえないッ!」

 失う辛さを、これ以上。
 知りたくない。

「死にたく、ありません……」

 確かに生きている。
 何故まだ生きている。
 君が居る世界だから。
 君が居ない世界だから。
 触れた熱が。
 霞む幻が。
 激情を搔き乱す。

「くすくす、そこまでにしたら?」

 新たな風が迷い込む。
 場違いな声音──滲む視界の隅に、何かが映る。

「死にそうな顔のお兄ちゃんもいいけど、本当に死んじゃうのは困るなぁ」

 開け放たれた窓、そこに腰掛ける小さな人影。
 その人物の名は知っていた。

「お前がグラナ・ヴァネッサか。礼儀がなっていないな……何の用だ」

 構えを解かず、目だけを動かしたマリーが名を呼ぶ。
 少女の視線が一瞬だけ俺を捉え、すぐさま逸れた。痛みのような動機……全ては目的の為、遂行する任務の為、生きる為に。

「お兄ちゃんを奪いに来たの♪」
「生憎と取り込み中だ、冗談に付き合う暇は無い。コイツの価値を見定めねばならん」

 からかいに動じず、鎚を握る手に力を込める。
 意思に呼応するかのように、灼熱の風が一段と強く舞い上がった。

「お仕事大変なのは分かるけど、喋る前に七度舌を回したら? マリー・グレイス……団長?」
「スピーカーどもは小言が多いな。己の存在価値を下げていると自覚しろ」
「くすくす、蛙の唾は白鳥には届かないよ」
「知ったことではない」
「そう怒らないで、綺麗な顔が台無しだよ」
「安い世辞だな……まあいい」

 呆れるように言うと、マリーの腕からハンマーが消失する。途端、部屋の温度が下がっていった。吹き出した汗が体温を鎮めていき、いくらかの冷静さを取り戻す。

「グラナ、お前……」
「昨日ぶりだね、お兄ちゃん。あのときは本当に助かったよ、ありがとね!」

 しゃがれ声で呼ぶと、グラナはぱぁっと笑い、手をふりふりと遊ばせる。その様子を見ながら、マリーは団長専用の椅子を静かに直し、深々と座った。

「ど、どうして……?」

 昨夜あんなことが起こったのに、さっきあんなことを言ったのに。グラナは逃げるでもなく。マリーは捕まえるでもなく。ただ、そこにいる。

「これが私の仕事だよ、昨日言ったでしょ? でも大変だったな、あの怖い人、私の話を聞いてくれないんだもん。一羽の燕が春をもたらすのではない、てことを実感したよ」

 くすくすと悪戯っぽく笑い、絡みつくような口調で語る。
 いつかのような年相応の少女の幻は、風と共に去った。

「それで、予約も無しに貴様が顔を出した理由は何だ?」

 厳とした声が響く。マリーは腕を組んで顎をのせ、疲れを溜息と共に吐き出してから続ける。

「顔合わせなどとは言わせん、親から何か伝えられたのだろう」

 怒りが静まってはいないが、いくらかは普段の声音に戻っていた。敬語を使わない不届きを咎めることもなく、望まれない客へ応対する。
 少女は軽い動きで窓から降り、座り込んだままの俺とマリーの顔を見比べる。逡巡した後、口を開いた。

「お兄ちゃんの前で言っていいの?」
「ん、それもそうだな」
「実はね、戦略研究会っていうのが結成されるらしくてね」

 言うのか。

「それが何だ?」
「くすくす、分かってるクセに。あの子たち貂修道会が、行動を起こした理由にも噛んでるよ。鰊樽はいつでも鰊臭いよね。団は無関係でいられないよ、計画が狂ったら誰が責任を取るのかなぁ」
「トップに決まっている。それで、本題は?」

 素知らぬ素振りで睨みつける。
 俺には理解出来ぬ応酬。置いてきぼりにされ、多分、捨てられた子犬のように縮こまっていただろう。こうなると知っていたから、グラナは話を切り出し、マリーは止めなかった。どうせ理解出来ないから。

「活発に富裕層の密会が開催されるようになったのは知ってるよね? 怖い怖い、悪魔を呼ぶ儀式ってどうしてあんな血生臭いんだろ。ライゼンデの決行が遅かったら、私もあんなことになってたかもね。すぐお姉様に出会えて良かった」

 グラナはうんうんと頷き、純粋な笑顔を浮かべる。
 ライゼンデ……確か、グラナが盗みを働いた宿だ。しかし、儀式とは何のことだ。密会の内容は、貴族たちを招待しての乱交パーティーではなかったか。

「心臓を引き抜かれる程度だろう、貴様がそんなことで死ぬとは思えんな。だが罪を犯したのだ、報いを受ける良い機会だったろうに」
「くすくす、流石は闘争団の頭領、血も涙も無いなあ。私も死ぬつもりなんて更々無いけどね。行ける所まで行き、然るべき場所で死ぬ」
「死に場所は決まっている。この国の礎になれるのなら、茨の道を歩んでいく。再びの命、道を指し示す為に使うのだ」
「謀だと知ってても? くすくす……お馬鹿さん、本当にお馬鹿さん」
「そちらに身を置いた時点で、貴様も他人事ではない。この場で捕縛するのは簡単だ、しないのは陛下の御心が為だということを忘れるな。これ以後、無法などをした暁には、この手で頭を潰す」

 そうだ、グラナは血の闘争団を馬鹿にしていたではないか。だというのに、何故スムーズなやり取りをしているのだ。

「くすくす……分かってるよ、そんなに睨まないで。はいこれ、貂修道会が元々生息してた場所を書き込んだ地図」

 トコトコと団長机まで歩み、紐で丸められた羊皮紙をそっと手渡す。マリーは怪訝な顔でそれを受け取り、内容を確認した。

「保護区へ移送される前の、で間違いないな?」
「うん。流石に当時の生き残りなんていないから、みんなで図書館を調べ回ったり、伝承を集めたりしたんだ」
「真実であるという根拠は?」
「死縛者がいる」

 その言葉に、空気が震えた。
 グラナは薄気味悪く笑い、マリーは苦々し気に歯を鳴らす。

「なるほど、ならば間違いない」
「だからこんなに早く来れたんだけどね」
「それだけ急げということか……カノンは何か付け加えたか?」
「“喋るフェレットを飼いたいから、番いは残せなのさ!”だって」
「断る。淡水魚を勧めたというのに、まだ飼っていないのか。あれはいいものだぞ、手間もかからないし心が安らぐ」
「伝えておくね。報酬はいつものように、だって」
「分かった。送りは不要だな?」
「嫌われたなぁ。そうだ、親衛隊だっけ? あのお姉さんにお礼を言っておきたいんだけど」
「私から伝える。貴様らの仕事はまだまだあるだろう、そちらを優先しろ。それと、礼儀はしっかり教えておけ、足の指を潰されたくなければな……これも伝えろ」
「C'est entendu.情報屋カノ―ネンフォーゲルをご贔屓に」

 別れの挨拶を交わすと、再び窓の元へ軽快に歩いていく。

「そうだ、疲れてるならファオラベル島にでも遊びに行ったら? お姉様がおススメしてたよ、勿論お代はがっぽり頂くけれど」
「バカンスが許されると思っているのか。大体、あんなド田舎は肌に合わない」
「くすくす、それもそうだね……お互いに、ね」

 枠に手を掛け、身を乗り出す。ワンピースが風に舞い踊り、太陽の光を受けた小さな体が天使のように見えた。

「じゃあねお兄ちゃん。たまに遊びに来れたらいいな」

 言って、飛んだ。
 いや、落ちた。
 堕天使が姿を消すと、途端に空気が重くなる。
 黙って、動向を見守っていた。マリーが何か言い出すまで、自分は口を開くべきではないと感じたから。

「まぁ、なんだ……」

 ぽつり。
 表情を曇らせたマリーが、辛そうに、迷いながら、掛ける言葉を探す。

「ゴメンね、ちょっと……疲れてたのかしら。団長失格ね……。本当に、ゴメンなさい……」

 頭を抱え、重い息を吐く。
 全て、俺のせいだ──重責を貸された彼女の苦労がどれだけのものか知らず、我儘を言っていた自分が情けなくなった。相手は生きた人間なのだ、感情の無いNPCなんかではない。

「いえ……大丈夫です……」

 体に力を入れて立ち上がる。
 被害者ぶっていたつもりはない。
 だが、彼女が叫んだ言葉は全て真実。

 拳にへばりつく血の色も。
 眼球を握りつぶす清らかな感触も。
 全て、獣であることの証明でしかない。

「むしろ、目が覚めましたから……ありがとう、ございます」

 何故か、そんなことを言ってしまった。
 心の一角を占め続けていたものが、剥離した気がしたから。
 罪を責められたいと、いなくなりたいと、ずっとどこかで思っていたから。

「そこはありがとうじゃないよね~?」
「はい……すみません」
「マゾなの~?」
「違います」

 まぁ、そう言われても仕方ない……のか?

「でも今日は、ゆっくりお休みしてね。ユリカちゃんにも伝えておくから」

 揺れた精神を心配して──ではなく、存在そのものを心配する優しい声音。真情のこもった口振りに、場違いな気恥ずかしさを覚えた。

「はい……でも、いいんですか?」
「いいのいいの、気にしないで。あ、頭痛がするとか吐き気があるとか汗が止まらないとか、何か違和感でもあったら、すぐに呼んでね。誰かに警護を頼んで──」
「だ、大丈夫です……!」

 過保護な提案を取り下げて、大人しくドアへ向かう。ここにいても、彼女の心労を逆撫でするだけだ。相当無理をしているのは見れば分かる、血の気の失せた頬と、真っ黒なクマを見れば。聞きたいことは、胸に仕舞っておくべきだ。部下はただ、言われたことをやっていればいい。
 それでも……足が止まった。

「あの、発言の許可を……」

 恐る恐る、壊れないように聞く。

「いいよ、何かな~?」

 怒ることなく、硬く微笑むマリー。
 進む道を探す為に、光を求めた。

「死縛者が出たんですよね……すぐにやることって、それの討伐で合ってますか?」

 団長に抗った罰を訪ねるでもなく、グラナとの関係を問うでもなく。

「うん、そうだよ~? 任せておいて、こっちでやれるから~」

 流石というべきか、鋭い洞察力で看破される。
 それでも。

「その任務に、志願させてください……!」

 それでも、自分がやらなければ。
 マリーに深々と頭を下げ、懇願した。

「俺に、闘わせてください!」

 停留所は闇。
 行き先は深淵。
 それでも、生ている実感を求めた。
 かちん、かちん。
 カウントの音が響く。
 止まることなど許されない。
 走り続けなければならない。
 命のリミットに怯えながら。
 焦がれる想いが、罪科へ変わる前に。
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