異世界は呪いと共に!

もるひね

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Phase3 真の力の目覚め的な何か!

お城へようこそ!

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 マリーが一通りの説明を終えたとき、ブリーフィングルームは不穏な空気に包まれていた。

「以上が、今回貴様らに託す任務の内容だ」

 任務の為に招集された4班、計16人。その面々は様々な表情を浮かべながら、団長の言葉へ耳を傾ける。

「一言で言えば、ナルベ城跡に出現した死縛者を狩れ、ということだ。任務上の障害となるものは、いかなるものであろうと排除しろ」

 マリーの背後へ掛けられた地図を凝視する。北西の一点に大きなバツ印が付けられたそこは、静謐の箱庭と近からずとも遠からずの距離にあった。目標は一体だけだが、それ以上を相手にする可能性は十分にある。

「貴様らからは、何かあるか」

 こうしている時間を惜しむように、早口に切り上げる。切れ長の瞳が団員たちを見回す中、一人の男が律儀に手を挙げ、彼女に問う。

「団長、発言の許可を」
「構わん」

 全員の視線が注目する。小柄なその男は、声変りも済んでいないオニキス・アンドラスだった。

「この男がオレの班に加わるというのは、どういった理由からでありましょうか?」

 じろり、と流し目を向けられる。
 すぐに闘いたいという無茶な願いを、マリー・グレイスは叶えてくれた。本人にしてみれば罪滅ぼしのつもりかもしれない。物を強請る子供に与える、小さな小さな贈り物。その時俺は、とても嬉しかった。価値を認められたような気がして。
 だが、予想だにしないまさかの展開となった。オニキス班への臨時配属。

「単純に、ユリカ班には別の任務を与えていることが理由だ。現在、ミズキにはそこを離れてもらっているが。この任務であれば、2個分隊もあれば十分に達成できるだろう。貴様の班への補充が未だ回せん現状を鑑みた結果でもある。今回限りだとは思うが、存分に可愛がってやれ……ノウハウを叩き込む為にも。納得してくれたか?」
「やれやれ、そこまで言われては仕方ない。了解しました」

 マリーの説明を受け、オニキスはわざとらしく肩をすくめる。
 まさかコイツが班長だったとは。まさか部下になる日がこようとは。いや、これは戒めだ。マリーのちょっとした悪戯心だ。
 それで構わないと、強く握る。どんな状況であろうと、敵を倒せればそれでいい。

「他に何かあれば、遠慮なく言え。あまり時間は取れないがな」
「あたくしからよろしくて?」

 一際甲高い声。事前に軽く紹介された、お嬢様言葉のラナ・クロイゼル。食堂でオニキスを取り合っていた片方、それで間違いない。

「あの素敵な生き物の住処を奪還する任務、光栄でありますわ……。ですが、昨日までは別の住処にあられたのでしょう? そちらは無事なのでしょうか?」
「無事だ、としか言えない。場所は口外出来ん、過去の国王が彼らを保護した神聖な区域だからな」

 問いの答えに、ラナは心底驚いた表情を浮かべた。

「陛下が……? 御伽噺は本当のことでありましたのね!」
「ああそうだ。今回の事態、陛下御自身が一番心をお痛めされているだろう。彼ら九尾騎士団とて悪気は無いと思うが、即刻お取引願わねばならん。討伐後は探し物の捜索だ、休む暇は無いと覚悟しろ」
「畏まりましたわ! 陛下の憂いを晴らす大任、お任せあれですわ!」

 おーほっほっほ、と高笑い。それを見て、もう片方がおずおずと耳打ちする。

「や、やめなよラナ、不敬だよ……。睨まれてる、スッゴイ睨まれてるから」

 アネット・ヴィアヴェルと紹介されたその人は、健気にも同僚を窘める。周囲の視線を感じ取ったのか、ラナも高笑いを止めて縮こまった。

「しかし、また情報屋から押し付けられたんですか? 気味が悪いほど正確だ、どんな情報網をしているんだか」
「オニキスもやめなよ……。流石にだめだよ……」
「その通りだ。こういう時だけ、なのが気に入らないがな」

 吐息を漏らしたマリーは、これ以上の質問がないことを確かめた後、傍らに立つ長身の女性へ視線を向けた。

「指揮はフリーデ、貴様に任せる。変則的な編成だが、やれるな?」
「は! 尽瘁する所存で御座います!」

 そう、まさかの展開。
 団長の身辺警護に従事する親衛隊から、フリーデの班が投入された。随分時間が空いた気もするが、昨日の今日だ。淀みのない眼差しが、頼もしくあり、少しだけ怖かった。

「では行け! その命をもって、国家への義務を果たせ!」

 裂帛の号令が、震える体に響き渡る。
 生涯忠誠、命を懸けて。
 なあなあに誤魔化していたが、いい加減にやめよう。
 信仰などしていない神様に、心より祈りを捧げよう。
 傷を広げることしか脳の無い俺が、赦されますようにと。





「ここだ……総員、警戒態勢!」

 指揮官を務めるフリーデが吼え、敵との邂逅に備えて剣を引き抜く。部下たちもそれに応じ、それぞれの得物を構えた。
 馬を降りた俺たちの眼前には、ぼろぼろに朽ち果てた城。居住者もいないそこに迷い込んだのは、異世界よりの使者。
 戦う。
 そうだ、闘う為にここにいる。

「目覚めろ、恐怖の王冠!」

 ──残響の檻に囚われし
 ──其は、高炉を廻す泥人形
 ──胎動せよ、無垢なる辜

 戦争、という言葉が質量をもって打ち鳴らされる。
 知識には当然あるが、あまりにも馴染みの無い単語。
 ──……問答は不問。
 ああ、そうだ。
 やるかやられるか。やられたらやり返すだけ。結局は、それだけのことなのだ。

「ふっ、それが貴様の剣か……随分と醜いな?」

 発動した魔法を見て、オニキスが小馬鹿に笑う。同調するように、彼の班員たちもくすくす笑い出した。

「ねー! オニキスのがカッコイイもんねー!」
「当然ですわ! ですが、庶民であるあなたに分かりまして?」
「分かるよ! ラナこそ分かるの!? この箱入り娘!」
「何ですって!?」

 恋愛においても血の雨は降る。団長の前で被っていた仮面は、とうに脱ぎ捨てられていた。二人の話題はすぐにオニキスのものへ早変わりし、食堂で見せた戦争の続きが開催されようとしている。

「ふっ、やれやれ。君たち、喧嘩はそろそろ──」
「遊んでいる余裕など無いぞ貴様ら! 語りたいなら、任務を遂行してからにしろ!」
「ひっ!? は、はい!」
「すみません……!」
「申し訳ありませんわ……」

 怒られることはやはり怖いのか、フリーデの叱責を受け、素直に頭を下げる。
 馬鹿にされたことは頭に来た……が、それは彼なりの優しさなのではないだろうか、とちっぽけな自制心が押し留めた。強くなければ簡単に死ぬ。虚弱であれば敵となる。見定めるとは、きっとそういうことなのだ。
 腰に差したままのジャマダハルが、やけに重く感じられる。
 あまりに重すぎ、ともすれば押しつぶされそうになる光。手にする資格があるのかどうか、今の俺には分からなかった。




「第一分隊は内部を捜索、第二分隊は囲め! 既に長時間が過ぎている、中にいてくれるとは限らんぞ! 草の根を分けてでも探し出せ! 行動開始!」

 静かになった面々を見据え、指揮官は号令する。
 第一分隊はフリーデ班、オニキス班で構成される城内部への突撃部隊。第二分隊は敵が逃げ出すことを見越しての追撃部隊だ。災厄を撒き散らす死縛者が、城に大人しく住み着いているとは俺も思えない。だが信じるだけだ。無理を言ってついてきた俺に、発言など許されない。

「ふっ、では行こうか」
「うん!」
「分かりましたわ!」

 石畳を踏みしめ、オニキス班へ追従する。苔生した城へ踏み入ると、途端に異常を検知した。先行するフリーデたちも顔を顰め、その足が止まる。
 匂いだ。
 うっすらとだが、不快な、焦げたような匂いと腐ったような匂い。野生動物の排泄物か、それとも死骸の香りか……それが淀んだ空気に紛れ、敏感になった鼻腔を刺激した。
 おそらく、死臭。

「班長、こちらを」
「どうした?」

 一人の班員が新たな異常を発見する。目を向けると、薄暗い広間の一角に、物が散乱していた。西洋剣、ダガー、こん棒、マント……散りばめられたそのどれもが、ぼろぼろになって放置されている。周囲には、大きな爪痕を残して。

「シックザール盗賊団の紋章が刻まれています」
「根城にでもしていたようだな。しかし新しいな……死縛者にでもやられたか。総員傾注」

 指揮を任されたフリーデは、声を落として第一分隊へ告げる。

「盗賊が紛れている可能性がある。軍に貸しをつくるいい機会だ、発見次第殺せ。慈悲などいらん、盗みだけでは飽き足らず、殺人にまで手を染める悪党どもだ。生き残りがいたならば、その首を撥ねろ」

 冷ややかな瞳には、何の迷いも無い。静かに応答する班員たちに混ざって、ゆっくりと頷いた。
 迷いはない。
 魔法の作用ではない。多分、発動していなくてもそうしていただろう。人を殺したのなら、裁かれなければならない。その命をもって、償わなければならないのだから。

「地下への通路を発見しました」
「そうか。時間が惜しい、二手に別れる。我々は地下へ潜る、オニキス班は上へ登れ」
「了解」

 フリーデは報告を聞き、逡巡する間もなく判断を口にした。オニキスが短く答えた後、班員を率いてすぐさま闇へと姿を消す。
 そうだ、迷いはない。
 これが仕事なのだから。

「オレたちも急ごう。深淵の門は開かれた……この身に宿る黒龍が目覚める前に、死の宣告をもって魔を打ち滅ぼそう」

 そう言って、足場の悪い階段を駆け上がる。光が満足に差さないに関わらず、軽々とした身のこなしで最適な足場を見極め、撥ねるように上階へ達した。

「待ってよオニキス!」
「お待ち下さいまし!」

 ラナとアネットもそれに続き、出遅れた俺も真似する様に登った。
 何故そこまで、オニキスへ心酔しているのだろう、と純粋な興味が湧いて出たが、ここは戦場なのだ、と思考して振り払う。どうせ理解できないのだから。
 ──理解出来ぬというのなら、頭ごなしに否定するな!
 昨夜、路地裏で言われた言葉が胸に突き刺さる。分かってる、分かってはいる。苦渋を噛み締め、ただ進んだ。
 追い付いた先には、不敵に嗤う小男がいた。それはすぐさま踵を返し、城内の探索へ舵を切る。ここからはしばし無言で、些細な物音も聞き逃さぬよう、慎重に歩いた。




 取り残された伽藍洞。
 城というより、お化け屋敷と呼ぶのが適切ではないかと疑うそこを、男二人と女二人が歩き続ける。

「「「「…………」」」」

 だが、ここは安全が考慮されたアトラクションなどではない。命綱などはない、進めば進む程危険度があがるダンジョンだ。
 加えて、この場にいるのは勇者たち。ネズミが横切ろうと、コウモリがばたつこうと、顔色一つ変えずに沈黙を貫いていた。てっきりオニキスへ抱き着くかと思案していたのだが……お決まりの展開など望んでいないが。

「……!」

 4階へ到達した時、オニキスが静かに左手を掲げ、後に続く班員の足を止めさせる。
 “待て”のジェスチャーだ──思考したとき、何か、音が聞こえた。

「…………」

 方向に見当が付いたのか、“ついてこい”と腕を振る。幾何か緊張した顔で部下は続き、足音を反響させながら廊下を進む。
 敵を発見した可能性が高い。死縛者か、それとも盗賊か。どちらにしろコソコソする必要はないと思うが、不意を突いての先制攻撃が出来るのなら、それに越したことは無い。
 必ず無事に帰る。俺たちの死に場所は、こんな場所ではないのだから。

『……チ……シエ……ダ……』

 とある一室、その扉まで近づくと、くぐもった囁き声が聞こえた。
 人……なのだろうか。もしや、盗賊団がこの奥にいる?
 剣を握る手に力を込める。任務上の障害となるものは、いかなるものであろうと排除する。盗みを働いたグラナを守ろうとした、幼い自分とは旅立った。
 オニキスがゆっくりとドアを開き、僅かな隙間から内部を確認する。その間も囁きは続き、それは嘆きだと認識できる程、声量を増やしていた。

『ミ……ヲ……ミチ……!』

 “数は一”

『シ……エテ……!』

 “援護しろ”
 突入の指示が下り、得物を力強く握る。ラナとアネットは城内でも小回りが利くショートソードを手にしており、魔力か、それとも精霊の加護というべきか、仄かな輝きを放っている。
 オニキスは二刀流で、長さも幅も違う二本の西洋剣を構えていた。器用に指でカウントを取り、突入のタイミングを計る。

『…………』

 一時の、静寂。
 タイミング通りに、まずオニキスが体当たりでドアを破り、それに続いてラナ、アネット、俺が突入。
 眼前には、背を向けて立ち尽くす、黒檀の騎士鎧。
 それを目掛けて、オニキスは疾走る。
 死臭が強くなったのを感じながら追従──安堵感も罪悪感も、どろどろに攪拌され、闇の一つを形成した。今は只、行かなければ。
 ぐるん──と、身の危険に気付いたのか、黒檀の死縛者が振り向く。

「ミチヲオシエテヨオオオオオ!!」

 孤独の闇の中、獣は叫ぶ。
 不確定な自己を保つ為、存在を刻む為。ただあるがままに破壊する、災厄の使者。

「顕現せよ、騎士の嫉心!」

 怯むことなくオニキスが先制。閃光迸る双剣を振り回し、死縛者の装甲を剥いでいく。獣もされるがままではおらず、不釣り合いなほどに肥大化した両手──それに生えた凶爪で貫かんと腕を振るう。

「ふん」

 だがオニキスは類まれな反射神経で身を捩り、掠りさえさせずに剣戟を叩き込む。その隙を縫い、他の騎士も剣を振りかぶった。

「奏でる蘇芳の正鵠よ、月夜を彩る韻律よ──戯れよ、騎士の憤懣ナイト・ツォルン!」
「囀る若菜の肯綮よ、大地を芽吹く一輪よ──回帰せよ、騎士の純真ナイト・ライン!」

 オニキスを中心に、ラナが右側面、アネットが左側面へ回り込む。手にした剣からは火花が散り、薄暗い部屋の全体像を見渡せる程に輝いた。
 広い、とても広い部屋。70平方メートルはあるだろうか。物が何もない寂しさも合わさり、体感ではもっと広く感じてしまう。
 埃だらけの床、割れたままの窓ガラス──いや、そんなことはどうでもいい。ここは忘れ去られた誰かの楽園で、現在は地獄なのだ。その悪魔を、倒さなければ。

「あたくしの美しさ、とくとご覧あれ!」
「私だって負けないんだから!」

 攻防を続けるオニキスと死縛者に割って入り、一瞬の隙をついて、力を込めたショートソードを差し込む。切れ味を増したそれは吸い込まれるように鎧を貫通し、死縛者の両腕を貫いた。
 左腕は動きが極端に遅くなり、右腕はだらんと垂れ下がる。それは魔術の効力故に。

「危ないなあ君たち、怪我しちゃう所だったじゃないか。どいてろ、本当に怪我する前に……」

 歯が浮くセリフを口ずさみ、オニキスは双剣を振りかぶる。腕の自由を失い、たじろぐ死縛者──それに向かって飛び込み、大きく薙いだ。

「Xa! Xaxaxaxaxaxaxaxaxa!!」

 飛び散る緑色。
 甲高い悲鳴。
 だがそれには、別の感情が垣間見えた。

「素敵ですわオニキス様!」
「カッコいいよオニキス!」
「ふっ、造作も無いことだ。見たか天炎者、これが戦闘だ」

 黄色い声援が反響する。
 まるで動じることもなく、少年は死縛者へ距離を詰めた。

「決壊せよ、騎士の愉悦!」

 オニキスは片方の剣に白光を瞬かせる。
 こつん、こつん──窓際まで後退した死縛者へ、断罪の刻が迫る。
 もう終わりなのか、呆気ない……そう思った。

「Xa-xaxaxaxaxaxaxa!!」

 死縛者の嘆きは霞み、執行者の斧が空気を震わせる。

「半端者か……」

 無茶を言って付いて来たのに、せっかく死縛者と鉢合わせたのに──沈んだ顔が、オニキスの小言に反応した。

「道理で、こんな僻地に引き籠っている訳だ。だが安心しろ、お前には役割がある。ここでオレに殺されるという、崇高な役割がな! 右腕に封じられし黒龍よ、魔の血を注ぎ、その封印を──」

 声高らかに宣言し、鎧の怪物へ白光の剣を向ける。
 強者故の奢りか、怠慢か──攻撃が止んだ一瞬に死縛者は大きく跳ね、ひび割れたガラス窓へ体当たりする様に──逃げた。

「破──あっ!」
「に、逃げちゃったよ!?」
「オニキス様の口上を無視するだなんて、失礼ですわ!」

 口々に悪態をつく部下たちを前に、オニキスは小さく肩を竦めた。

「周りは他の班が囲っている! オレたちも加勢するぞ」
「うん!」
「分かりましたわ!」
「お前も来い天炎者──って!?」

 聞き終わる前に、駆け出した。
 ようやくだ。
 ようやく、俺に順番が回って来たんだ。
 他の誰かに譲る気なんて、更々無い。

「馬鹿野郎! ここは4階だぞ!?」
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