異世界は呪いと共に!

もるひね

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Phase4 戦争モノ的な何か!

バトルフィールドへようこそ!

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 朝日が昇らぬ道を歩く一団の中に、俺はいた。

「あれって、正規軍じゃないか?」

 寂し気な顔を浮かべるティアと別れ、しばらく馬に揺られてフォールベルツを超えた時、とある一団が目に入った。それらは4人一塊で、警備員のように突っ立っている。

「そうです。戦争の為に兵力の大半をつぎ込まれますが、国の治安も維持しなければなりません。庶民の小競り合いを留め、暴力と略奪を抑止する為に残るのです」

 ぶっきらぼうに由梨花が説明してくれた。それはつまり、警察として働くことに他ならない。この世界に、厳密には警察と呼べる組織は無い。他国からの侵略を阻止するのが本懐だが、治安維持も任されるとは大変だ。

「ただでさえ混乱しているのだ、当然の措置だろう。ウルスラ陛下による統治、順風満帆となることを願うだけだ」

 そう付け加えたのはヴァルターだ。新たに国王の座についたのは、ウルスラ・イデアル・プトラオム。前国王の娘らしく、16歳という幼さで即位した。この国は世襲制なのか……また一つ知識が増えたことに嬉しさを感じたが、事態はもっと深刻だ。
 暗殺された可能性がある。
 公式の見解では老衰だ。医療設備が整っていないこの世界では、50歳程度が平均的な寿命とされているのだから、特におかしな点は無い。だが皇位継承権争いは当然のようにある、とのこと。

「陛下の為にも、我らが憂いを晴らすであります!」

 真実かどうか定かではないが、俺たちにはどうすることもない。ただ、命令されたことをやるだけだ。
 この国の民は嘆き悲しんだ。ヴァルターやウィーザはもちろん、長く生活しているマリーや由梨花も顔を伏せた。俺は疎外感を感じながら、顔も見たことの無い前国王の安寧を願った。
 遺言は、敵の殲滅らしい。
 この国に根をおろす異形の怪物を一匹残らず殲滅する。それは誰もが望んでいる未来だ、命掛けで為さねばならない。こちらの準備や戦力は万全とは言えないが、それでも実行に移された。血の闘争団と正規軍を掻き集めて連合を結成するほどの、まさに総力戦だった。とはいっても本部を完全な無人にするわけにもいかないので、いくらかの団員は残っているらしい。ノインも戦場では邪魔にしかならない為お留守番だ。
 この戦争は国の為だ、身を差し出すことは惜しくない。大切な人を守るためだから。
 いや、やはり戦場を求めているのだろうか……武者震いに震えながら、愛馬の手綱を強く握る。この戦争が終わったら、俺たちはどうなるのだろう。
 ノインが言ったように、汚れた魂は光の中で浄化されるのだろうか。
 そんなことを考えていると、上空から甲高い鳴き声が響く。

「なんだ……?」

 見上げた空には大きな影。鳥……だとは思うが、あまりにも大きい。鳶は2m以上もの翼を持つらしいが、それを遥かに超えるほどの翼だ。鷲のような立派な翼に……なんだろ、綺麗な色の尾羽がついている。

「鳥……だよな?」
「あれはシムルグです。あなた、ブリーフィングをしっかり聞いてましたか? 義勇軍たちの編隊です」

 棘を含んだ口調で言われ、肩をすくめる。しっかり聞いていた筈なのだが……。

「この地には生息していないモンスターであります! かっこいいであります、可愛いであります!」
「あれだけのテイマーを寄越すとは、随分と太っ腹なことだ」

 そうだ、この戦争には他国からの義勇兵が参戦する。
 では何故、これまでイデアル・プトラオムは頑なに受け入れなかったのか。それは侵略行為に発展すると危惧していたからだ。それもそうか、海を越え、国境を越え、この大地と空を駆けまわるのだ。余所者に好き勝手される恐れを無視できる筈もない。その危険性を鑑みて、前国王は受け入れを拒否していた。
 しかし、新たな国王は何が何でも確実に殲滅したいのか、他国の兵士を受け入れた。仲介したのはグラナが所属する情報屋、カノーネン・フォーゲルらしい。密偵と疑われる恐れもあるが……。

「テイマー……ってことは、あれの上には誰か乗ってるんですか?」
「無論だ。我を忘れて暴れられてはかなわん」
「それはそうですけど……すげぇ」

 4階から飛び降りるのとは違う、もっと遥かな高い場所だ。そこから落ちる危険を冒してまで戦場へ向かうのか……とても人間に出来ることじゃないな。
 それだけの覚悟があるのだ、たとえ血に飢えた戦闘狂だろうとも頼もしい。

「あれ、何か足に掴んでるような?」

 目を凝らして見ると、シムルグの両足に巨大……といってもシムルグにしてみれば小さな、球状のものが掴まれていた。

「本当に何も聞いていないみたいですね……」

 そんなあからさまに呆れないでくれ、人間の集中力は15分程度しか保てないんだ。

「あれは異能殺しの撃鉄ハイデントゥームハンマーですよ」


 ★ ★ ★


 戦場は、復興が完全に済んでいないエーデル要塞から数kmほど北が指定された。指定というのはつまり予測だ、静謐の箱庭からおびき出した敵たちを殲滅するのに、そこが良いポジションだと判断されたのだ。事前に物資や兵器が他の要塞、あるいは生産工場から移送されており、おびただしいほどの大砲が虚空へと口を開けている。
 敵は、未だ姿を見せない。
 邂逅の時を待つ団と軍の大所帯は、それぞれの手に獲物を抜いて、ただ待った。

「聞け、勇者たちよ!」

 戦場の風に身震いした勇者の体に、力強い声が刺さる。

「今日この日、組織や国という垣根を超え、ここへ集結してくれたことを心より感謝する!」

 血の闘争団団長である、マリー・グレイスの宣誓だった。先頭に立つ彼女の傍らには、親衛隊であるフリーデ・タリスマンの姿もある。

「立場は違えど我々の目的はただ一つ! 誰もが望む明日の為、与えられた義務を果たせ! 世界に秩序を構築せよ! あるべき姿に戻せ! 聖戦の刻来たれり!」

 眉間に皺を寄せながら、マリーは声をあげる。
 実際、彼女は義勇軍のことを心より信頼はしていなかった。だが仲介となったカノンを信じてこの日初めて会話を交わし、やはり彼女は間違っていなかったと確信した。
 “我々は軍人としての責務を果たすだけですよ”──義勇軍“シュヴィークザーム”の指揮官の頼もしい言葉を思い返し、硬く閉じた唇が僅かにほころぶ。彼らの地にも極偶に転移者が堕とされ、しばしば猛威を振るっていたと聞く。保護する体制が整っているのはこの国だけなのだ、他国ならばすぐ死縛者となって──いや、現地人から見れば珍妙な恰好と思考回路をしているのだ、すぐさま投獄されて殺されるだろう。転移者の戦力としての価値を知らないことに呆れたが、それよりも別の感情が沸き立った。不条理だ。だからこそこの戦争を終結させ、新たな戦いに赴かねばならない。

 たとえ敵を殲滅したとしても、混沌の穴は塞がらないと知っているからだ。異世界より来訪者を招き入れるあの悪魔、それらの原因を残らず打ち取らねば終わらない。
 これまでに転移者を発見したポイントを監視し、再び姿を現した瞬間に襲い掛かるというのが当初の手段だった。だが同じ場所には滅多に現れず、現れたとしてもすぐさま消失してしまう。あまりにも無謀な手段だった。

 だからこそ、血を用意した。
 悪魔を呼ぶ儀式とは、あまりにも悪趣味なものだ──重なる歓声を聞きながら、マリーは小さく肩を竦める。強い絶望が立ち込める場所に、あの悪魔は姿を現す。それを逆手に取って召喚もとい招き入れるのだ、我等の監獄に。
 B級映画にしか登場しない悪夢の方法をもたらしたのは、シエル・バーンズだった。
 空間を固定する高位魔術を覚えた魔術師を雇うのに、また多額の出費が必要になるな──そう思考した時、傍らのフリーデが不満を露に、しかし冷静な顔で覆い隠して呟いた。

「畏れながら……よろしいのですか、マリア様」
「何がだ」
「あの小娘の話が事実であるのならば、今すぐマリア様は前線を退くべきです。この場は我々が──」
「くどい、その話はもう決着がついただろう。正規軍と外国籍の軍との共同作戦だ、こちらにも相応の格が必要になる。貴様の出番ではない」
「ですがこの布陣、明らかに手を抜いていると存じます」
「我々は成すべきことを成すだけだ、違うか?」
「は、ご無礼をお許し下さいませ」

 明確な蔑視の念が込められた声に、フリーデは冷静を保って返す。
 彼女の忠誠さが鼻に付いたが、心配してくれているのは明らかだった。それは本来、自分のような歪んだ人間に与えられるものではないのに──マリーは小さな溜め息を零した。

「安心しろ、有能な手駒が残っているし……都にはグランツ少将もいる。悪い筋書きには向かわんだろう」
「は!」
「それに我々も出番のようだ、しばらくは帰れんぞ。誰よりも先に行き、誰よりも後に帰る。先行したのはあいつらだが、それよりも多くの武勲を立てられるのだろうな?」
「お言葉とあらば」

 にやりと笑い合う二人の遥か前方から、土煙を上げて駆ける馬が四頭。
 その背後には、翠色の濁流が渦巻いていた。
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