異世界は呪いと共に!

もるひね

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Phase4 戦争モノ的な何か!

バトルフィールドへようこそ!③

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 作戦は順調に進み、第三フェーズへ移行。つまり、白兵戦による殲滅が開始された。血の闘争団は魔術を発動して懸命に敵の数を減らしていき、正規軍は防衛線を超えようとする敵を命懸けで押し留め、魔術師や団員の救援が駆け付けるまで持ちこたえる。辺りには鼻を摘まみたくなるほどの強烈な匂いが充満していた。

 由梨花班も当然の如く遊撃部隊として駆り出され、連携を駆使しつつ敵を葬っていく。前衛で盾役を務めたのは俺とウィーザ、後衛で打撃を与えるのは由梨花とヴァルターだ。これまでの修練や任務の合間に叩き込まれた柔軟な動きで攻守を入れ替え、赤い血液の代わりに緑色の体液にまみれながら戦い続けた。

 死縛者が出現した際は優先的に撃破へ向かい、魔法によって完全に粉砕する。だがそれは主に独自に動くノーレン、親衛隊を護衛につけたマリーが対処した。俺と由梨花は体力を温存するよう指示され、未だ一度も発動していない。敵の息の根を止めるのはヴァルターとウィーザの仕事だった。

 立ち塞がる異形の怪物が音を立てて崩れ落ちた時、視界に映る戦場へ影が差す。それは段々と大きくなっていき、直後、風とともに巨大な怪物が天より飛来した。義勇軍が操るシムルグだった。テイマーの指示に従って巨大な嘴や鍵爪を得物にし、脅威の再生力を持つ敵の体をズタズタに引き裂いていく。行動不能になったことを確認すると別の獲物へターゲットを移し、その翼を羽ばたかせる。とても頼もしい怪物だ──だがそれは、異能殺しの撃鉄や爆弾を全て使い切ったことを意味していた。

 防衛線の後方では、止まない悲鳴や怒号が溢れていた。回復魔法の使い手や衛生兵たちが忙しく走り回って負傷者の手当てに励んでいる。突出した敵を撃滅する際に目に入れたその光景は、しばらく忘れられそうにない。処置すれば助かる者と既に手遅れな者を選別するという、価値ある命が選択される場所だ。

 誰もが、生きる為、生かす為に必死だった。
 それでも、平気なんだ──吹き出る汗を拭いながら、現実に押しつぶされないように何度も言い聞かせた。
 守ろう──ただ一滴だけでも。ノルマンディーと変り果てたこの地獄で生き抜く為、それだけを考えて涙を堪えた。

「や~ま~し~ろ~く~ん!」

 二度目に誘因した敵を殲滅しかけた時、どこか間の抜けた声が耳朶を打った。

「そっちから来てくれて嬉しいよぉ! 遅くなってゴメンねぇ、お詫びに僕たちがぁ、盛大に歓迎してあげるぅ~!」

 遠い、遠い記憶に寄り添う夢。
 何故君が、ここにいる。

「どうして生きてるんだ……響ィィィ!!」

 新たな翠の濁流の中から顔を出す、過去の友人。
 どくん。また一つ、熱があがる。

「目覚めろ、恐怖の王冠シュレッケン・クローネ!!」

 ──残響の檻に囚われし
 ──其は、高炉を廻す泥人形
 ──胎動せよ、無垢なる辜

 確実に死んだと思っていたのに、どうして再びその声を、姿を、知覚しなければならないんだ。
 否定したい過去。だが否定してはならない過去。
 そうだ、決意を持って君を壊した。
 だからもう一度、決意を持って確実に壊そう。
 呪いが込められた藍鉄色の剣で。
 鬱憤が、悲痛が、嘆きが、叫びが、莫大な暴力衝動へと昇華していく。

「突撃します! 目標、敵天炎者!」
「早まるな少年、隊列を維持しろ!」
「一人で相手しては駄目であります!」

 駆け出しそうになった足が、班員たちの声に留められる。冷静になれ、アイツは簡単に壊れてはくれない。方法は不明だが、敵であるエアレイザーへの命令権を持ち、さらには吸収することで不死身の体を形成している。その際に魂を取り込んだとでもいうのか、俺の攻撃だけでは粉砕することは不可能だ。

「吼えなさい、愛の腕飾りリーベ・アルムバント!」

 ──追憶の闇に閉ざされし
 ──其は、転炉を巡る藁人形
 ──咆哮せよ、純潔の辟

 由梨花も魔法を発動し、深緋の右腕に燃え滾った炎剣を握る。
 高村響という存在を消し去ることを第一に考えた四人は、翠の濁流へ勇敢に切り込み──直後、それは双頭の大蛇へと姿を変える。

「僕は反省したんだよぉ、やっぱり戦いは数だってぇ! 説得して回るのは大変だったけどぉ、山城くんと一つになる為だと思うとぉ、疲れなんて感じなかったよぉ!」

 両翼から挟み込むように突撃してくる、エアレイザーの大群だった。

「腕をぉ! 足をぉ! 捥いでぇ! それから愛してあげるよ山城くぅ~ん!」

 このままでは挟み込まれ、歪んだ人型の波に呑み込まれる。だがそれらの片翼に何十もの人影が立ちはだかる。

「私たちに任せて!」
「足を狙え! 敵の動きを封じろ!」

 血の闘争団と正規軍の混成部隊がエアレイザーの侵攻を食い止める。手にする盾が粉砕されようと、構えた剣が真っ二つに折られようと立ち向かった。その中にはライアーの姿もある。
 振り返らず駆け抜けた。しかしもう片翼の魔の手が迫り──上空から落ちてきた何かに踏み潰されていく。

「あいつらにばかりいい恰好させるな! 我々こそが人類の切り札なのだ!」
「イルシオン帝国の精強さを見せつけろ!」

 義勇軍が駆るシムルグの群れだった。巨大な猛禽はその巨躯から繰り出す圧倒的なパワーで敵を捻じ伏せ、一頭だけ混ざっているワイバーンが灼熱のブレスで薙ぎ払う。
 まさに剣と魔法の戦争だった。
 暗雲立ち込める空と、焼け爛れた大地。
 その中を、死に物狂いで駆け抜けた。

 振り返れば数多もの死体が転がっているだろう。それはそうだ、人間なんてあまりにも脆い体をしているのだから。腹に穴が開けば死ぬ、四肢を捥がれれば死ぬ、頭が吹き飛べば死ぬ。もう一度、などと考える間もなく死ねたのなら幸運だろう。
 ──ふざけるな!
 やられたらやり返す、それだけだ。
 分かってる。
 それでも!

「お前があああああ!!」

 切り開かれた道を、瞳に映る敵目掛けて疾走する。
 右手には呪いを、左手には希望を握りながら。

「あはははははぁ~! いいよぉその顔、最っ高だよぉ! 僕だけを見てぇ! 僕だけを愛してぇ! 二人だけで踊ろうよぉ~!」

 目前に迫る敵は武器も何も構えずに高笑う。その身に纏う学生服は、新品のように糊がきいており傷一つ付いていない。服の生産工場など箱庭の中に無い筈だ、あれすらも再生させたというのか。
 知ったことではない、今は只、行かなければ。

「山城くん以外はぁ……消えろおおおおお!!」

 背後の影が蠢き、新たな一団が猛進する。途方もない数のエアレイザーが、まるで待ち構えていたかのように鎌首をもたげた。

「怯むな! 我らの力を知らしめろ!」
「承知!」

 厳とした声が背後から浴びせられたかと思うと、団長であるマリーが率いる親衛隊が俺たちを追い越していき、塞がれた進路を再び切り開こうと武器を構えて突撃する。

「晴らせ、怨恨の指輪グロール・リング!」

 ──涕泣の雨に終われし
 ──其は、平炉を縒合す親善人形
 ──開放せよ、貞淑の疵

 新たな魔法が発動され、空気が震えた。

賢狐狼弟の絆フロイントシャフト!」

 彼女が手にする巨大な鎚からは熱を伴う暴風が吹き荒れ、エアレイザー群の動きをコンマ1秒押し留める。そこをフリーデ達親衛隊10名ばかりが切り込んで風穴を開けていった。

「行け! 止まるな!」

 誰のものだか判別出来ない声を置き去りにして、ひたすら進んだ。

「あはははははぁ! 楽しいなぁ、楽しいよねぇ山城くぅ~ん!」
「黙れえええええ!!」

 前衛は敵の攻撃を防ぎ、後衛が反撃する。それが常套手段だが、魔王と呼ぶべき存在が目の前にいるのだ、持てる術全てを使って粉砕しなければならない。
 たとえ効果が薄かろうとも、ストックを消費出来るのなら……目標までおよそ10メートル、記憶が正しければ確実に届く。かつてグラナへ向けた言霊を、戦場の生温い風にのせた。

「安寧を──」

 装甲を纏う右腕に熱が集まるのを感じながら、剣を敵へ向けてひた走る。ここで一度壊して、それから何度だって壊して、塵一つ残さずに壊すつもりだった。
 だがそんな歪な望みは、敵が生やした翼の影に隠れてしまう。

「あは、みんな踊れえええええ!」
「──ッ!?」

 背中から、腕から、幾多もの触手が芽生えた。
 エアレイザーも生やしていたのだ、それを統べる響が生やしたとしてもおかしくない。だがあまりにも俊敏な動き──俺めがけて迷うことなく突き進む12本に、それが形成する巨大な蛇に、これから丸ごと食べられるのだ、と刹那の思考が頭をよぎって──直後、体に衝撃。

「危ないッ!」

 遠くに、ウィーザの叫び。
 突き飛ばされたのだ、と思いついた時には受け身を取って転倒を防いだ。だが振り返って先ほどまで立っていた場所を確認し──気を抜けば転倒してしまう程の光景を目にした。

「な……」

 赤い、赤い、血の円舞。

「な……なっ……!?」

 違う獲物を捕らえた蛇は雷撃と灼熱を宿す剣に絶ち切られ、痛みに怯えるかのように退いていく。
 開放された獲物は、まだ息をしていた。
 間に合う、まだ間に合う、すぐに処置すればきっと!

 ──甘いよ。

「止まるな少年!」
「捨ておきなさい!」

 分かってる……分かってるそんなこと! この現状を見れば! 引き返すことなんて出来ないって! そんな余裕無いって! 見捨てるしかないって!

「てめえええええ!!」

 言霊なんていらない、そんなものいらない!
 荒ぶる理性が、昂る感情が、揺れる精神が、呪いの源なのだから!

「死ねえええええ!!」

 剣先から迸る光が一条の軌跡を残し、遠く離れた敵の喉元を刺し貫く。
 そこに浮かび上がるのは、醜く、不快な、下賤な、汚れた、蔑むべき、憎悪すべき──幾つもの緑の筋が纏わりつきながらも純白に煌く光。

≪どこにもいない≫

 くぐもった声が聞こえた。

≪君はどこにいるの≫

 聞くな。

≪もう痛みに耐えられない≫

 聞くな!

≪みんないなくなればいいのに≫

 聞くな!!

「黙れえええええ!!」

 これは精神汚染だ、同情を誘って精神を折るのは敵の常套手段だ!

「いい加減……消えろおおおおお!!」

 瞬時に光は抜き取られ、手元の剣へ閉じ込められる。
 バチン、と迷いなく鋏は閉じた。

「まだです!」

 由梨花の叫びが遠ざかり、二つの足音がその後に続く。ヴァルターと、いつの間にかついてきていたノーレンが、足を止めた俺に一瞥すら向けず直進していった。
 それが向かうは魔王。
 ニヤリと嗤う高村響が、そこにいた。

「啼こう、感激の半冠リュールング・ディアデーム!」

 ──慟哭の渦に塞がれし
 ──其は、溶炉を導く土人形
 ──蠕動せよ、無根の謬

 不快な白光を放つ鎧が泡立つように出現し、その華奢な体に纏わりつく。
 綺麗なそれが憎くて、悔しくて、汚したくて、壊したくて、涙を流しながら駆け出した。

「ふざけんなあああああ!!」


 ★ ★ ★


「始まってしまった……」

 ウルスラ・イデアル・プトラオムは王宮の玉座にて力なく溜め息をつく。
 軍も団も万全な戦闘態勢ではないこの時に、総力をあげて敵を殲滅するなど無謀だ。特に闘争団は前回の強襲で異能殺しの撃鉄の多くを消費しており、十分な補充など完了していない筈だった。
 それでも、戦争が開始された。決断を下したのはウルスラ自身であった。

「心配する必要など御座いません陛下。この王宮は近衛兵で固めております故、火の粉がかかることなど御座いません」

 傍らに佇むオルガ宰相が淡々と告げた言葉を聞き、ウルスラがきつい視線で睨む。

「ここを守るより、すべきことがある筈です」
「他国の兵がいつ裏切って侵略に手を染めるとも限りません。我々が真に守らねばならぬのは陛下、貴方様だということを自覚なさって下さい。御身に万が一の事があれば、未曽有の混乱を引き起こしてしまいましょう」

 それが心よりの言葉でないことは承知していた。だがこの場でオルガを問いただしても、処分されるのは自分なのだということも理解している。
 所詮、自分はお飾りだ。この国の実権は父である前国王が暗殺された際、既にオルガの手に握られてしまっている。後ろ盾であった忠臣の何名かも処分され、生き残った臣下は明日は我が身と思ったのか、一部を残して協力などしてくれなかった。
 オルガの考えは予想出来る──弱小国であるこの国が世界の脅威に晒されない為には強国へ隷属するしかない。実際、この男が他国へ特使を送っていた事実は掴んでいる。大部隊を派遣させ、共通の敵との戦争で手柄を取らせ、政略結婚させるつもりだ。
 それは構わない、民の平穏を守る為ならばこの身など差し出せる。が、それだけで終わる程簡単な話ではないことを知っていた。だからこそ議会より先に他国へ連絡を送り、たとえ僅かでも信頼出来る戦力を確保した。

「なりません。直ちに前線へ向かわせよ」
「ご自重下さいませ陛下、この事態を都合良く利用しようと謀を企む彼の者らも動いております。ここはどうかご容赦を」

 そう言って頭を下げるオルガだが、僅かばかりの苛立ちが漏れ出ている。“首を挿げ替えることは容易なのだぞ”とでも思案しているのだろう。それをしないのは、父が遺した怪物を目覚めさせてはならぬと自覚しているからだ。親交が深かったグランツ・スクラーヴェは仮面を被って生き残った忠臣であり、その牙を剥こうと画策している。軍人を鍛え上げる教官、及び戦力たりえる生徒を抽出して部隊を編制していることは、さる筋を通して耳に入っていた。
 ウルスラは自らの不甲斐なさを恥じた。議会と軍との間に溝を掘ってしまったのは、力及ばない自身のせいだと。皆はただ、国や民を想うがゆえの善意で力を尽くしてきたの違いないのだ。齟齬や対立を御しきれぬ自分こそが──

「……っ!?」

 突如、王宮の窓が激しい音を立てて割れ、ウルスラは身構える。だがそれは玉座の場所を知っているかのように、中の人物が硝子の破片で傷つかない場所を選んで割られていた。

「お迎えにあがりました、国王陛下」

 一頭のシムルグがのそりと侵入する。それに騎乗していた人物は颯爽と飛び降りて首を垂れた。

「なんだ貴様!?」

 動揺する宰相や近衛兵を無視し、ウルスラは無法な来訪者へ向かって歩を進める。

「面をあげるがよい」

 とうとうこの時がきてしまった──悲しみを呑み込んで告げる。

「拝謁の栄誉を賜り恐悦至極……私は大砲鳥カノーネン・フォーゲル所属、カノンノ・カネフスキーであります。既に戦闘が開始されました。どうかお早く」
「分かりました、止める為に参りましょう。都の民を巻き込まぬ為に」

 そう言って、カノンノの手を借りながらシムルグへ乗り込む。

「逆賊だ! 何をしている近衛兵、早く始末しろ!」

 オルガの命令を聞いた近衛兵は目をハッとさせ、手にした槍を構えて突進する。ウルスラを巻き込むことを厭わぬ空気に気圧されながら、それを軽くあしらってシムルグは空へ飛び立つ。
 歯軋りをあげるオルガ。だがこの時、その身に迫る闇に気付いていなかった。

「このような場で顔を合わせることになり、残念です」
「お気になさらず」

 眼下に広がる都に立ち込める、幾多もの煙。
 それを招いてしまったのは全て私だ、だからこそ行かねばならない。
 この望まれぬ世界、それを照らす光となる為に。

「囮を放っております、これであちらも戦力を分散せざるを得ないでしょう」
「民を混乱させてはなりません」
「承知しております、既に行動へ移っている筈です。さあ、我々は行きましょう……ナルベ城へ」


 ──見よ、主の日が来る。残忍で、憤りと激しい怒りとをもってこの地を荒らし、その中から罪びとを断ち滅ぼすために来る。

 ──天の星とその星座とはその光を放たず、太陽は出ても暗く、月はその光を輝かさない。
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