使用人、最強精霊と契約して成り上がる。

もるひね

文字の大きさ
13 / 13
学校編

第十三話

しおりを挟む
 第一演習場、その対抗戦フィールドに発生した異常は穴だった。
 小さな、漆黒の穴。
 拳程の大きさの球体は精霊が放った炎・水・土を吸い込み、捻じ切り、何処とも知れない闇へと消滅させていく。耳鳴りに似た怪音を盛大に響かせながら。

「何よ、アレ!?」

 ナイルが叫んだ。あれの正体を知らないらしい。
 別の精霊が放った魔法なのだろうか。精霊を侍らせている生徒はそこかしこにいる……けれど、貴族の戦いに介入することなんてしないだろうし違う。
 そもそも魔法なのか──余りにも異質で、強力な、あの球体は。

「…………万物は、流転する」

 ロイバーが、震える声で呟いた。

「生成と消滅……四つのリゾーマタによる相互作用? いや足りない、足りない筈だ。それすらも超越するというのか、第三祖は!?」

 明らかな動揺。余裕を失っているのかヘラヘラ声ではない。

「いつもの口調はどうしたのよ!? ってか何意味わかんないこと言ってんの!? アンタ知ってんの、アレが何か!」

 鋭い口調でナイルが聞く。
 僕は愕然とし、言葉が発せなかった。本物の魔法が、土壁すら燃やす炎が、跡形も無く消されたのだ。突如発生した、得体の知れない恐怖の闇に。

「あっ、えぇっと、アレは……多分、エネルギーの塊で間違いないッス。反発しあう神秘が集合・離散して……引き起こすのは相転移? 惹く……引く? 空間を引き込むのか!?」
「だから分かんないっての!」
「俺も分かんないッスよ! アメルは程々で手を打ってくれる筈だったのにッス! もしかしたらアレ、現世と幻世を繋ぐ穴どころか、別次元を呼びこませる穴かもッス!」

 半狂乱のロイバー。周囲の観客も、教師も、皆が困惑の色を浮かべていた。
 見ているうちに球体は膨らんでいき、空間を、地面を円形に捻じ切っていく。それは連戦で疲弊した精霊たちをも呑み込もうと浸食を続けていた。

「エアリィ!」

 気が付けば、僕は拘束をほどいて駆けていた。
 演奏者が立ち入ってはならない競技フィールド、そこで立ち竦んでいる少女の元へ。引き留めようとする叫びが聞こえたけれど無視し、距離を詰め、すぐに到着する。

「大丈夫、エアリィ!?」

 彼女は頭を抱えて呻いていた。他の精霊たちも魔法を放つことを止め、呆然と立ち尽くしている。

「ここは下がろう、早く!」

 細い手を引いた。
 けれど、動かない。

「エアリィ……?」

 地に固まったように動かない。
 未だ漆黒の球体は成長を続け、僕たちをも呑み込もうとしている。
 アレに食われれば消える──本能的な恐怖に押しつぶされそうになりながらも、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「エアリィ、運ぶよ」

 そう言いながらまるで重さを感じない華奢な体を抱き上げる。フロッシュやクロウもすぐに引かさなければならないけれど、それぞれの契約者の足音が聞こえてきたから大丈夫だろう。

「声が──」

 これがお嬢様抱っこかな、という危機感の無い思考を打ち消したのは腕の中の少女。

「うん?」
「誰かが──」

 振り絞った声で、

「誰かが、呼んでる……」

 エアリィは僕の首にしがみつき、これまでに聞いたことが無いほど弱々しい声を上げた。
 駆ける戦慄。

「我は……ドリット……?」

 息を呑んだ。エアリィの自己が不確定になっている。原因は目の前に広がっているもので間違いないだろう。
 敵へと視線を向け──また、息を呑んだ。怒りは湧いてこなかった。いつかの夜に芽生えた一つの感情が咲いた。

 この世界に神はいる。

 溢れる輝きをその身から放つ存在が、闇を振り払って顕現した。
 それは地に足をつき、大きく呼吸する。

「Hmmmmm──」

 そよ風と共に、短い旋律。
 聞こえた瞬間その存在は掻き消え──目と鼻の先に、再出現した。

「──っ!?」

 ようやく我に返るも遅い、僕は両手が塞がっていて手が出せない。
 この──黒いドレスに身を包んだ人型の精霊には。
 エアリィよりも背が高く、やけに豊満な肢体。長い髪を後頭部で結わっている器。
 それが宿す切れ長の瞳が、じっと、僕らを舐め回す。食らう価値があるかどうか、闇に誘う価値があるかどうか、見定めてでもいるかのようで──僕は、離さないよう腕に力を込めた。

「Pa-Pa……」

 魔法を放つ言霊なのだろうか、判別のできない単語に身を固める。

「パパ……」

 あれ、何も起きない。
 思わず閉じてしまっていた瞼を開くと──曇りの無い満面の笑みを浮かべ、迎え入れるように両腕を広げている精霊の姿。

「パパ! ママ!」
「えっ──」

 一体誰のことなのだ、と僕が思考する間もなく飛び掛かって──正しくは抱きしめられた。
 パパ? ママ? 一体誰が? というか君は誰なんだ? 珍しい人型精霊なのか? どうして闇の中から出てきたんだ? あれ、操緒を奏でてなんかいないぞ?

「一体どういうこと、これは……」
「さぁ……神秘としか言えないッスねぇ……」

 驚愕と呆れが混ざった声が耳朶を打つ。それぞれの従者を確保したナイルとロイバーだった。

「パパとママって、アクストとエアリィのこと?」
「そうとしか捉えられないッスよねぇ」

 いやいやいや何を呑気に井戸端会議しているんだというか今溜息を吐きましたよねというか僕は何もしていませんというかもっと別に疑問を抱くべきところがあるというか!

「まさかな……」

 新たな、凛とした声が前方から響いてくる。直前まで対戦相手だったアルメ・アン・ブリュンダラーのものだった。
 そういえば、勝負の勝ち負けがついていない……のだけれど。

「ロイバー、どうみる?」

 やはり親交があるのか、真っ先に彼へ尋ねた。

「重力……ッスかねぇ。第五祖とでも言うべき存在──かもしれねッス」
「目論見通りにはいかないものだな」

 そう言って、微笑んだ。
 うーむ、やはり男色家なのだろうか。

「ちょっとロイバー、さっきも言ってたけどさ……会長と謀ってたの?」

 棘を含んだナイルの声。

「あっ、えっ、と……いやいやそんなことねッス」
「絶対嘘でしょ。それに何、優等生みたいな難しいこと喚いててさ。アンタの国では普通に教わることなの?」
「え、えへへぇ……褒められても何も出せないッス」
「褒めてないわよ」

 うん、褒めてないし絶対何か企んでた。
 アルメは貴族で、この国の法と理そのものといえる存在なのに、掌をくるっと回して僕ら(というかロイバー)と親交がある。
 それは何の為だ。

「ボーダーライン……といったか、ロイバー? 不確定であるからこそエネルギーを生み出せると」
「揺れが激しかったのは演奏者のほうじゃないッスかねぇ。そっちも本音では、色々と複雑な筈ッスよ」
「口にしたことは事実だ」

 いや、まあそうだけれど。

「アクスト・グランザム。契約するしないは後にして──私と共に来い」

 美青年は静かに告げた。

「ファナティックのもとに」

 誰だったか覚えていないのだけれど取り合えず応答──しようとも出来ず。何故かと言うと、彼らが会話している最中も黒いドレスの精霊にそれはもう力一杯締め上げられていたからだ。

 しかし……なんともまあ。
 仄かな熱もそうなのだけれど、心地よい旋律がどこかから聞こえてくる。
 きっとこれが、子守歌というものだろうか。
 今は只、身を任せて揺られていた。

 その後。
 僕はイルシオン城に招かれた。

しおりを挟む
感想 25

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(25件)

ナナシ
2019.03.28 ナナシ

さすがに卑屈すぎるな。
人は簡単に変わらないと言うが、武力や財力を手に入れた人間はすぐ変わるでしょ

解除
ねるねう
2017.12.03 ねるねう

お約束設定と展開ばかりはツマラナイ。この作品はこれから先が楽しみだ。更新待ってます。
私は編集長でないので、誤字脱字も気にしない。作者が自由に世界を広げられる居場所がここだと思います。いろんな人が読んで感想置いていくだろうが、作者さんがんばれ。他の作品書いてて忙がしかったら、気長にまちます。

解除
井上
2017.10.29 井上

ん?なんで酷評ばっかりかなぁ~?
私は、結構楽しんで読んでます。
アクストの卑屈さに対するエアリィのツッコミは、思わず笑えてくるしね~
アクストの成長に期待してます(^_^)
頑張って書いて下さいね~

解除

あなたにおすすめの小説

公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と 罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、 エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」 辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。 商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。 元夫が「戻ってこい」と泣きつくが—— 「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。