使用人、最強精霊と契約して成り上がる。

もるひね

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学校編

第十二話

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「笑うとは、随分余裕があるなロイバー?」

 青年は重苦しく口を開く。

「皇帝の遠縁にご指名されるなんて、アンタも隅におけないわね」
「えへへぇ、それほどでも。ま、男色のケはないんッスけど」

 まるで動じない二人の声が背後から聞こえたけれど、僕は動揺しまくり。
 彼が登場した途端に観衆のざわめきは止み、向かいのCクラスは場を開けるように退いていった。明らかに貴族よりも上の存在なのだということがひしひしと伝わってくる。フィールドの両脇に佇む教師は素知らぬ顔で、介入する気が無いようだ。

「おぉ、次の相手は汝か? 良かろう、我が燃──」
「ゲエッコ」
「だから何故なのだ!? 確かに早まったが!」

 エアリィは戦う気満々だったようだけれど、両精霊に説得でもされたのか、すごすごと僕たちの元まで戻ってくる。
 入れ替わるようにロイバーが前に立ち、距離を詰めてくる青年と相対する。この時、僕はナイルにガッチリと肩を掴まれていた。余計な事はするな、言うな、ということだろう。

「ともかく、俺たちはルールに則って戦っただけッスよ? 世界なんて弱肉強食、そこのシュタルくんたちが弱かったってだけじゃないッスか」

 相変わらずのニヤケ面。

「てめぇ! よくも面子を潰してくれやが──」
「黙れ。貴様の価値をこれ以上下げることになる」

 シュタル、まだいたのか。
 釘を刺された男は引き摺るように退散していった。

「ロイバー、分かっているだろうが……孤児、奴隷、移民難民──特別クラスは分不相応な力を持った下賤な者を隔離する為にわざわざ用意した。生かして貰っている分際で調子に乗るな、戦場で使い潰される時を待っていれば良いのだ」

 すっかり接近した青年は足を止めて静かに語る。どうやら積極的に戦闘を行うつもりはないようだ。
 棘を含んだそれを受け流すようにロイバーは返す。

「あはは、それが騎士道ってものなんッスかねぇ。俺たちは社会的に弱いんッスよ? 弱きを助け、強きを挫いてくれたらいいんッスけど」
「そんな実利も無いことをして何の意味がある? 未だ誤解しているようだな。本来、貴様らに勉学を施す価値など無い、決められた仕事をただ遂行していれば良い」

 それを聞いてエアリィが声を上げようとしたのだけれど、ナイルの「めっ」を食らって沈黙。ちなみにこの時の彼女は背を高く見せたいのかフロッシュの背に乗り、頭にとまったクロウに突っつかれていた。

「騎士様のお話は厳しいッスねぇ」
「道理に反することは許さんということだ」
「そういうものだから……ッスか? ま、この社会じゃしょうがないッスよねぇ。見聞を広げられるのは限られた富裕層、庶民はただの愚民に過ぎないッス。けど、それじゃ洗脳ッスよ」
「我々の、いや陛下の御意思だ。人間には優劣があり、与えられた役割があり、死ぬべき場所がある。至極当然の事だろう」

 うーむ、難しい話だ。ロイバーはやはり聡明な御方であったか。というか互いに遠慮が無い喋り方というか、やけに親しい関係を臭わせるというか。
 男色家なのかも。

「下級層が精霊と契約してはならぬという法、忘れたわけではあるまい。お目こぼししてやっているのは私と校長あればこそだ、謀反を企めば即刻粛正する」
「あはは、おっかねッス。でも『言われてみればそうですね』だなんて考えるヤツはいないッスよ、アクストくんが良い例ッス」
「ほう?」

 僕の名前を呼んだ瞬間、彼は身を退いて目線を通す。

「ほらアクストくん、拝謁の名誉を賜ったッス。皇帝陛下の遠縁で貴族、アルメ・アン・ブリュンダラー様ッス」

 その先には、知性の色を双眸に込めた美青年がいた。

「貴様がドリットの演奏者か。名は何という?」

 男色家なのかも。

「…………アクスト・グランザムであります」

 決して不埒な思考のせいで声が震えたわけではない。
 ロイバーは何の気なしに会話していたけれど、やはり貴族──いやそれ以上の存在との対面は緊張所では済まない。

「あぁ、ガリウス殿の屋敷で働いていた使用人とは貴様のことか……成程、彼に資格は無かったようだ」

 なんですと?

「まあいい。貴様、ドリットを手放す気はないか?」

 なんですと。

「残忍を秘めたその身には不釣り合いだと自覚しているだろう? 汚れた身には過ぎた代物だと分かっているだろう?」
「…………!」
「おい、我の奏者を──」
「まぁまぁまぁ」

 まぁ。

「過分な富は人を堕落させ、社会へ破滅を齎す。第三祖が目覚め貴様に従属したのは何の為だ、我々が築いたこの国と秩序を崩壊させるためか? 遠慮はいらない、本音ではどう思っているのか忌憚のない意見を聞かせろ」
「…………」

 本音か。

「お、畏れ──」
「アクスト、いい加減甘えるのは止めたら?」

 優しくナイルが耳打ちする。

「アンタは訳知り顔して分かったつもりになってる子供のまま。もう成長してもいいんじゃない、そんな時間も、自分も、過去も、乗り越えて。今はもう、一人の人間なのよ」
「…………」

 分かっているさ、僕はもう使用人じゃなくて生徒だってことは。
 でも。

 ずっと一人だった。
 誰に望まれたでもなく産み落とされ、虐待が日常と化している孤児院と、指導と称して殴り倒す教官しかいない練兵場で育った。友達なんて一人もいない中、目的も無く毎日を生きてきた。

 抵抗の意思なんてあるわけが無い、何故ならそれが当たり前なのだから。人には身分があって、与えられた役割があって、死ぬべき場所がある。ガリウスの屋敷で働くようになっても変わらない、例え僅かな友達の時間を彼と共有していたとしても──そう思って何が悪い!? それが僕の全てなんだ!! それが僕の世界なんだ!! 勝手に踏み入って掻き回さないでくれ!!

「私は……」

 それでも。
 揺れてしまう。
 友達が出来たから。
 彼女と契約したから。
 いや、それだけじゃない。
 もう一つ秘めた、想いがあるから。

「僕は……彼女と離れるつもりはない! 貴族の命令だろうと法だろうと、これだけは譲れない!」

 声を上げた。
 境界を越えられたかは分からない。
 それでも僕は、輝きを求めた。

「それと呼び名を改めて下さい。エアリィ・ドリット・フィオラインだ!」
「うむ!」

 高鳴る鼓動。僕はもう、あの夜を超えた。
 不意に、誰かが右手に触れた。視線を動かした先には、満足気な顔を浮かべたエアリィ。
 これで僕は良かったのかな──枯れた思いがちらつくけれど、後悔はしないと傷だらけの右手に誓う。

「ほお……言ってくれる。この短い期間で使用人根性が鳴りを潜めたか、良い薬であったようだな?」
「えへへぇ」
「優等生だから」

 どこか気さくな雰囲気で言葉を交わす。
 あれ? もしかして嵌められた? ロイバー、ナイルとそれなりに親交があるのか?

「だが毒でもある……ベスティファングフリューゲル!」

 そうでも無かった。
 青年アルメが名を呼んだのは、彼が使役する精霊。
 天に掲げた手の先には巨大な亀裂、そこから舞い降りるように出現した。
 巨大な体躯、二足の足、大きな翼、頑強な鱗を持ったそれは──怪物としか言えないもの。ずしん、と怪音を立てて足を付け、翼も地に下ろし四足で巨体を支える。

「ブリュンダラー家に代々継承される精霊。ワイバーの紋章を器にした、まさに守護神ッスねえ」
「何よ、ビビってんの?」
「まさか。アクストくんもエアリィちゃんも、そうッスよね?」
「勿論です!」
「うむ!」

 若干ビビったけれど。

「先生方、突然で申し訳ないが……私はこれより、特別クラスとの対抗戦を行いたい」
「よろしいので?」

 アルメは近くにいた教師、クライナーへ声を掛けた。
 対抗戦といったって彼は一人なのだけれど、僕たちと戦うつもりなのか?

「エアリィの力を侮っていた、彼らでは校長の望む結果を齎せん。尚これは、私の独断であることを頭に入れておいて欲しい」
「…………成程。しかし足りないのでは? 響いたとて観衆にはその筋も」
「構わん。何も出来ぬ腑抜け共よ」
「承知」

 なにやらこそこそお話し中。クライナーは壮年、働き盛りな年頃だろうけれど……まさか?

「これよりアルメ殿と特別クラスとの対抗戦を開始する! 両者フィールドへ!」

 皇帝の親縁には逆らえないのか、あっさりと提案を受け入れた。
 まあ僕たちはずっとフィールドにいたので、アルメたちが距離を取る為に後退していく。

「アクストよ」

 静寂が支配した中、手を握った精霊が僕の名を呼ぶ。

「はい?」
「いや、まあ、何というかだな……汝の握力を舐めていたというかだな、これでは戦場へ立てんというかだな」
「あ……」

 無意識に握っていた右手の力を解いて──そっと握った。

「これで、よろしいでしょうか」
「んん?」
「今だけ」
「お……おぉ。面映ゆいものではあるな」

 小さな小さな精霊の手。今にでも折れてしまいそうな茎のよう。壊さないよう、そっと。

「しかし、どうしようッスかねぇ」
「なりはあんなんだけど魔法は土だった筈よね?」

 時間は刻まれ、現実へ引き戻される。
 そうだ、あの怪物が次の敵だ。

「土ですか?」
「そうそう。何度か見た事あんのよ」
「対抗戦には基本出場しないんッスけどね」

 土の塊を吐き出すのだろうか、それは厄介な。炎と相性悪い相手ばかりではないか。

「ま、結局は力のぶつかり合いッス。俺らは精霊を信じるだけッスよ」
「これで勝てば面白いことになるわよ。観客は阿鼻叫喚、アタシたちは素知らぬ顔で優勝頂き」

 背中を叩かれ、気合を入れる。
 負けるつもりなど更々無い、必ず勝つ。

「任せておけ!」
「ゲエッコ」
「うむ!」

 こちらでも気合を注入しているようだ。

「では、精霊を前へ!」
「行ってくるぞ!」

 惜しみながらも手を放した。彼女は蛙と烏を引き連れ、フィールドへ向けて歩を進める。
 僕は何と言って送り出しただろう。まあ、必ず勝って戻るから問題ない。

 会場は静寂。
 ざわめきすら無く。
 固唾を飲んで見守っていた、と思う。
 富める者と富めない者の、尊厳を懸けた勝負を。

「始め!」
「咆えろ、送狐の想いライデンシャフト!」
「穿て、川から河へツォルン!」
「駆けろ、貧福雷グリュック!」

 刻む言霊。
 放つ魔法。
 それらは瞬く間にフィールドを埋め尽くし、標的まで迫る。
 ワイバー、ベスティファングフリューゲル……長い名前が付けられた、由緒正しき精霊の元へ。

「啼け、眠れる森の土人形ボースハフト!」

 余裕ある凛とした声。
 途端、何かが鳴いた。
 いや、これは……地鳴り?

「──っ!?」

 愕然。
 精霊たちが放った炎、水、雷が──何かに遮られていた。それは大地とでもいうのだろうか、巨大な、土の壁にしか見えないもの。その発生源は地面に顔を押し付けているワイバーで間違い無く、追加の言霊を唱えたのか、新たな壁が轟音と共に迫りくる。

「負けぬわ! アクスト!」
「は!」

 ああそうだ、土だって燃やして見せる。
 ここで勝つのは僕たちなのだから!

「「吼えよ、送狐の淡い情熱ライデンシャフト・イグニション!」」

 追加の魔法は、果ての無い業火。
 エアリィが放つ炎は蒼炎に変化し、周囲の温度も上昇していく。
 それは土の魔法にぶつかり、せめぎ合い、食らい合う。

「今よロイバー! 穿て、川から河へ!」

 フロッシュが、細く、その分勢いが増した水流を発射。それは業火と土壁にぶつかって大量の水蒸気を発生させる。
 ああそうか、これを目くらましにしてクロウを突入、雷撃を放つのだろう──そう思っていたのだけれど、ロイバーは言霊を紡がない。その代わりに別の言葉、

「…………シュヴァルツシルトの闇」

 そう、静かに呟いた。
 僕はどんな顔をしていただろう。
 魔法のぶつかり合っている箇所に、何かが発生しているのに気付いた時は。
 小さな、球体。
 漆黒の、球体。
 何物をも呑み込んでしまいそうな、虚無の申し子。
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