使用人、最強精霊と契約して成り上がる。

もるひね

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学校編

第十一話

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 翌日、クラス対抗戦が開始された。
 これは月に一回開催される模擬戦闘。トーナメント式で、優勝クラスには豪華報酬が与えられる。それの中身は毎回変更され、先月は単純に金一封だった。

 互いに競い合い高め合うことを主眼に置いているが、学校に通っている生徒の殆どは貴族や商人の子供、尊厳を懸けた戦いでもある。親はもとより他の観客も招き、大勢の観衆に囲まれた中で戦闘するのだから。

 戦闘は各クラスから選抜された4人が行う。これは、悪魔祓い演奏者たちも班を組んで活動している為だ。つまり、それになり得る生徒に場数を増やすいい機会でもある。

 特別クラスは人数が足りなかったが、編入によって一人増え、校長の許可によって精霊を一人と数え、どうにか出場することが許された。担任のクライナーは終始渋い顔を崩さなかったが。




「いいアクスト、絶対アンタは動かないで」

 耳元で囁かれる。

「は、は、い……」
「何があろうと演奏者が場に入っちゃだめ、すぐに失格になるから」

 肩をぎっちり掴まれる。

「わ、わ、かりま……」
「出場するのは殆ど器持ちだから危険なの。フロッシュみたいに賢くないわ、主人を守る為なら殺すのだっている」

 背に何かが当たる。

「──っ!?」
「うわっ。どうしたの、緊張してんの?」

 軽く心配される。
 勿論、緊張はしている。僕たちが立っているのはシュトアプラッツの敷地、その第1野外演習場。ここは円形のコロッセオで、席には溢れんばかりの観客の姿が。

 こんなに人がいるのだ、緊張しないなど不可能、しかも皆が貴族だったりの高みにいる人間なのだから。もしあの人がいたらを考えると、どうしても震えてしまう。

 だけれど、今はそれよりも!

「あはは、アクストくんは初心ッスねえ」
「はぁ? エアリィとずっと過ごしてんだし、このくらいなんてこと無いでしょ」
「そりゃあ……でもほら、小さいどころか無いというか」
「あぁ……成程?」
「悪い顔になってるッスよ」
「まさか。弟どころか息子みたいなもんじゃない」
「へぇ? じゃ、俺がお父さんッスね」
「消えろ」
「手厳しいッス……」

 間延びした会話が耳を擽る中、僕の心臓は異様に高鳴っていた。

「おい、汝」
「は──はいっ!?」

 前方からの凛とした声に、上擦った声で返してしまう。

「鼻の下が伸びておるぞ」
「決してそのような……!」
「大きい方が良いのか」
「滅相も……!」

 掴まれているので首だけ下げる。
 ええと、状況はかなり不味い。僕は今、同クラスのナイルに痛い程の力で捕縛されている。従者の務めを果たすことを禁じられているのだ。

 しかしまあ、何とも幸福感を呼び覚ます香りと温かさなのだろうか──いやいやそんなことを考えるな。

「エアリィ、妬いてる?」
「ああ焼いてやりたいとも。弱火でじっくり、芯までとかしてやりたい」

 ご自由にどうぞ。

「こないだ教えたでしょ、あれ言いなさい」
「むう?」
「乙女の会話できたんッスか? ナイルが?」

 放たれた後ろ蹴りとそれに続く悲鳴は無視。

「…………小さいことは良いことだ!」

 ふんすっ、と胸を張って宣言している姿が容易に想像できる声。
 えぇ、勿論でございますお嬢様。

「いつまでも遊んでるな、そろそろ始まるぞ」

 割って入る低い声。
 頭を上げてその発声源を向くと、担任のクライナーの姿。酷く生気が無い、一体どうしたのだろうか。

「俺は反対したんだがなぁ、嫌なんだがなぁ、また教員の中で浮いちまってなぁ……なあ貴様ら、今ならまだ引き返せるぞ」
「へーきでーす」
「大丈夫ッスよ、せんせー」
「三人とも地頭は良いんだ、分かってるだろうが……勝っても負けても碌な目に合わんぞ。それなりに無視されてたってのに」
「構わないわ」
「失うものなんて無いッス」

 教え子たちの物怖じしない発言に、壮年の担任は重い溜め息を吐く。

「ええい、我も数にいれんか!」
「悪かったよ、ドリット」
「エアリィ!」
「おう、幼稚なエアリィ」
「うむ! うむ? 蔑ろにしたな?」
「うおっと、何でも無い何でも無い」

 まあ、穏やかな時間は過ぎ去り──というか最初から、僕たちへ向けて大量の罵声が浴びせられていたのだけれど──ようやく対戦クラスが姿を現し、数多の歓声に早変わりする。

「よぉ特別クラスども! この日を待ってたぜ、感謝しろよ。嬲って、嬲って、嬲りつくす!」

 どこかで聞いた声。
 大柄な男、シュタルだった。その周りには出場する他の生徒の姿も。

「あいつ、Dクラスに勝ったんだ」
「成績順じゃないとはいえ、意外ッスねぇ」
「我も待っておったぞ! どちらが上か、正々堂々はっきりさせようではないか!」

 エアリィが声を上げた。瞬間、シュタルの顔が歪み、他の生徒も動揺し、場は騒然となる。

「てめぇが噂の……喋る人型精霊か」

 ゆっくり口を開くシュタル。既に彼女の情報は知れ渡っているようだ。本来なら持て囃されておかしくないのだけれど、僕たちがいるのは特別クラス、誰も踏み入れたくないし視界に入れたくない存在。彼は別の目的があったのだろうけれど。

「うむ! だが名前で呼べ、エアリィと!」
「何ぃ?」
「エアリィ・ドリット・フィオライン! 汝らを打ち取る者である!」

 精霊エアリィは高らかに叫ぶ。大蛙フロッシュの背に乗り、黒鳥クロウを頭にのせたまま。
 あぁ、とてもお美しい宣言で御座います。この場は全て、貴方が為に。

「ふざけやがって……先生、すぐ始めて下さい!」
「はぁい」

 のっそりと現れたのはシュタルらの担任。こちらは酷く眠たそうだ、昨晩何があったのだろう。

「すぐ終わらせてリンチしてやる──アッフェ!」

 彼は自分の精霊の名を呼んだ。器持ちで間違いなく、すぐさま空間に亀裂が入り──全身毛に覆われた小猿が躍り出た。他の生徒たちもそれぞれの精霊を呼び出していき、およそ30メートルの距離を挟んで精霊たちが対峙した。

「ぷっ、相変わらず主人に似た顔ね」
「そんなこと言っちゃ駄目ッスよ。ぷぷっ」

 本当に仲が良いなこの人達。

「…………ぶっ潰す!」

 聞こえたのか。
 ふと、別の視線に気付いて目を向ける。演習場の競技フィールド、精霊たちのみが立ち入れるそこに佇む、僕たちと同じ制服を着る精霊が、燃え上がる瞳を向けていた。

「アクストよ!」
「は!」
「任せる!」
「…………栄誉を賜り、恐悦至極!」

 僕は、心の底から叫んだ。

「始め!」

 どちらの教師ものもか分からない号令。
 誰よりも早く、魔法の呪文を唱えた。

「咆えろ、送狐の想いライデンシャフト!」

 すぐさまエアリィの手元から灼熱の炎が放たれ、フィールドを埋め尽くしていく。大丈夫、演奏者の元までは届かない……髪を焦がすくらいなら構わないけれど。

 とにかく先制は成功、あくまで目くらましだけれど──このまま燃やし尽くしても構わない。相手が商人だろうと、貴族だろうと、主人の為なら相手することに疑問など抱かない。

「穿て、川から河へツォルン!」

 ナイルもほぼ同時に命令、蛙フロッシュが水流を吐き出す。それは炎の下を這い、相手の精霊たちの足を払う為のものだ。

「駆けろ、貧福雷グリュック!」

 そして、最後はロイバー。強力な稲妻が嘶きと共に駆け抜け、撒き散らされた水を辿って蹂躙していく。

ピアンの氷城フロイデ!」

 簡単に倒れてくれるはずもなく、一体の精──毛長の小猿が炎、水、電を破って飛び出してきた。その体には溶けかけた氷が纏わりついており、それによって防御したことが伺える。

「チームワークがないわね」
「他人を蹴落とす世界に生きてるからッスかねえ」

 知りませんが。

「おお、やるか汝!」

 暴れ足りない様子のエアリィは火炎を止め、突撃してきた小猿を警戒。魔法を放っても構わないが──訓練されている精霊たちは、命令されることなく独自の判断で動いた。

 クロウが電撃を放ち、ジャンプして躱され、見計らったようにフロッシュが長い舌で拘束。
 そして、彼女が飛んだ。

「せい!」

 真上から、炎を纏った拳を打ち下ろした。

「「そこまで!」」

 鋭い声が響き渡る。クライナーともう一人の教師、どちらもがこれ以上の戦闘は無意味と判断したのだ。
 つまり、僕たちの勝ち? 意外とあっけな──いやいや、エアリィは過去の英雄が使役していた精霊、この程度といってはなんだけれど、そこらの精霊に負けなどしない。あの子猿は、炎と相性が悪い氷の魔法を扱えたから突破出来たのだろう。

 しかし……本当に勝ったのか? 場は異様に静まり返っていて、まるで実感何て無いのだけれど。まぁ、理由は単純か。すぐに騒めきが所々へ連鎖しているのだから。

「おー、カッコいいじゃんエアリィ」

 それらをものともせず、肩を掴んでいたままのナイルがぽんぽんと叩く。

「ええ勿論です」
「ま、本来褒められるべきはアクストくんなんッスけどねぇ」

 相変わらずのへらへら声。

「どうだ、我の勝利である! 先の非礼を詫びよ!」

 腕を組んで踏ん反り返るエアリィが、倒れた精霊、その主人たちへ物申す。
 だが認めたくないのか、大男シュタルは顔を真っ赤にして荒い声を上げた。

「て……てめぇ! 調子に乗るな肥溜めどもが!」
「おぉ、やるか? 良いぞ、その頭髪を焦がしてやろう」

 ん? エアリィがやりたいなら構わないけれど……これは僕が行くべきだろうか?

「やってくれたな」
「!?」

 再びの戦闘が開始されようとした時、威厳に満ちた声が響いた。その場にいる者全てを硬直させるような、王者の響き。

「ア、アルメ様!?」
「自分たちの行いを理解していないようだな特別クラス。貴様らはいないものとして扱われていたというのに。ドリットを手に入れて浮かれていたか? 私直々に事態を収束させてやろう、大人しく跪け」

 アルメと呼ばれたその人物は、僕たちと少しだけ違う制服に身を包んでいた。金色で縁取られた手甲、膝宛、明らかに普通ではない。それが表しているのは、身分がまるで違う存在だということ。

「早い登場じゃん」
「あはは、俺たちが何か悪い事やったッスか? アルメ・アン・ブリュンダラー生徒会長……さん?」

 その人物は、イルシオン帝国の法と理の体現者だった。
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