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CHAPTER.5 蒙昧な透明(モウマイナトウメイ)
§ 5ー1 惑星ラクト① 黎明
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希望は、絶望の最悪の形である。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ (Friedrich Wilhelm Nietzsche)
♦ ♦ ♦ ♦
--e:-1.047 μ:-0.762 τ:-3.194--
踏みつける雪の柔らかさに胸が高鳴る。5年ぶりだろうか。記録でしか葉が茂るのを見たことない裸の木々の後ろに、下手くそに隠れた雪ウサギを見つけてゴーグル越しに目元が緩む。雪ウサギはこっちの視線に気づいたのか大慌てで走りだすとそこには白い花が顔を出していた。今日は天気が良いからだろう。
小さく可憐に咲くスノードロップの花……
花言葉が『希望』であることと幼き頃のアイサとの約束を思い出す。確か8歳の頃だった。アイサとおれと今はもういない父さんの3人で特別に地上に連れてきてもらったときだ。
…………
『ソルトは物知りだよね。この小さな花が『希望』かぁー……。それじゃ、私のおじいちゃんはこの花と一緒だ。人類の希望って言われてるもん』
『ぼくの父さんだって、花とか木とかすっごい詳しいんだぞ! 地下で新しい果物ができないかって、いつも仕事がんばってるんだから!』
『私のおじいちゃんの方がすごいもん! 私もおじいちゃんみたくなるんだから!』
『ぼくも父さんみたいな学者さんになるもん』
『じゃぁ、私が科学者で、ソルトが植物学者さんね。私は勉強できるけど、ソルトは大丈夫かなー?』
『だ、大丈夫だよ! お花の名前だっていっぱい覚えてるしさ』
『じゃぁ、約束ね♪ 約束守れたら、アイサがソルトのお嫁さんになってあげてもいいよ』
…………
あれから13年も経つ。21歳になり、約束を果たせないおれのことをアイサはどう思うだろう。もう忘れてしまっているかもしれない。それでも、もう一度キミのことを見たい。それだけを支えに生きてきたのだから。
遠くにそびえる氷河の山々に向けて、肺を凍らせ呟く。
アイサ、キミは元気ですか?
♦ ♦ ♦ ♦
太陽系第3惑星ラクト。この太陽系は終わりに向かっていた。
太陽の活動が弱まり、肥大した朱殷色の太陽は直視できるほどの明るさしかなく、その太陽光の脆弱さより惑星ラクト全体は寒冷化し氷結した。それ故に地表にはいくつかの設備を残し、人類は地下にその生存圏を移さざるを得なくなった。
長い歴史で培った科学の力を用い、新しい生活圏として地下三千mに製造されたのが『地下コロニー』だ。その広さはおよそ五千平方km。地殻と地熱、バイオマスによる発電でエネルギーを確保し、地下水や海水を濾過し水を得る。食用の植物の栽培、家畜の飼育、個々人が住める住居、商業施設・医療施設・行政施設なども備わり、今では一千万人ほどの人口が1つのコロニーで暮らすようになっていた。
最初の地下コロニーが出来て500年。そんな地下コロニーが惑星ラクトには赤道上に12個存在している。その最古にして最大規模の中央コロニー・ルベリエ。今このコロニーで人類最後の望みが実行されようとしていた。600年前に発案・計画された2つのプログラム。人類が地下に潜る【ハイバーネイト】プログラムと【フォワーディング】プログラム。
今、望みが叶う高揚感が閉塞された地下世界を満たしていた。
はるか昔は当然だったもの。
太陽の光の中、地上で生活できるかもしれないと……
♦ ♦ ♦ ♦
--ルベリエ・第6商業区レストラン--
今日は朝から妙な気分だ。ソワソワと落ち着かない。待ち合わせ時間より先に着いて、出された水の入ったグラスを指で持ち、水を回して遊ぶ。
きっと、今朝、目覚める前まで見ていた夢のせいだろう。昔の幼い頃の夢。少年とそのお父さんと私で初めて行った地上。恐ろしい程の寒さと、地平線まで続く空と白。
心が震えた。サラサラした雪の感触も、野生の雪ウサギの可愛らしさも、少年がいる風景も。21歳になり、『希望』に追われる毎日で色褪せていたことに気付かされた。
でも、色褪せていないこともある。少年との約束。ねぇ、ソルト。私、おじいちゃんの後と夢を継いで科学者になったよ。グラスに歪曲して映る顔は微笑みを大きく見せていた。
…………
「遅くなってごめん、アイサ」額に汗を浮かべ、息を切らす彼。
「あっ、マリウス。連絡はもらってたんだから、そんなに慌てて来なくても大丈夫なのに」思い出に浸っていたところを、急に現実に引き戻されて驚いた。
上着をボーイに預けて、コロニー:ルベリエの評議員の息子のマリウス=ボーネサリア(23歳)は席に着く。
「念願のプログラムがいよいよ叶うっていう時で忙しいんだろ?」
「私の仕事はほとんど終わってるから、今は手持ち無沙汰なぐらい。他から仕事奪っちゃおうかしら」
「おいおい、数百年にも及ぶ事業の最後の詰めなんだよ? さっきも宇宙ステーションの整備と同調検査が終わったって報告があったよ。細部まで機器のチェックをお願いするよ、アイサ」
「解ってるって、マリウス。おじいちゃんの夢でもあるんだから、絶対に成功させるわ」
「アイサのおじいさん、アルベルト=シャハルの功績は大きいよ。反物質のバリオス数生成のゆらぎの規則性を見つけたことは、彼にしかできなかった偉業だからね。おかげで、フォワーディング・プログラムの座標決定の目処がたったからね」
「えー、おじいちゃんは本当にすごい人だった……。だからこそ、おじいちゃんにもプログラムの成功を見届けて欲しかったわ……」
「アイサ、胸を張りなよ。シャハル博士もきっとアイサがプログラムを引き継いで、成功させることを天国で誇りに思っているはずさ」
「……そうね、おじいちゃんの孫として、絶対成功させなきゃね」
付き合いだして2年。私とマリウスは親族に有名で偉大な者がいる、という共通点から仲を深めた。お互いに強いプレッシャーの中で育ったからか、弱いところを分かり合える。そんなフランクだけど誠実な彼を、私は心の拠り所にしていた。
♦ ♦ ♦ ♦
千年以上、昔の話。惑星ラクトにまだ微かに緑の大地が存在していたころ、人類の希望は宇宙にあった。軌道衛星上に宇宙ステーションが点在し、そこから新天地を求めて多くの者が船で旅立った。宇宙にいくつか製造されたコロニーには数十億人が住み、人類の中心は宇宙になっていた。
太陽系の他の惑星への移住計画も進んでいき、いつかは他の恒星系にまで人類は辿りつけると誰もが疑わなかった。その発展・繁栄は未来永劫続くと……
それは突然だった。宇宙空間に存在していた人類は絶滅した。原因は大規模は太陽フレア。肥大し老衰した太陽から、電波・マイクロ波・紫外線・X線・ガンマ線等々、尋常じゃない電磁波が放出された。それは人体を遺伝子レベルで崩壊させて通り抜ける。何も感じる間もなく数多の生は終わりを告げた。
しかし、惑星上に残っていた数百万人ほどの人類だけは死を免れた。それは、星の福音によるもの。大気が作る層が太陽フレアの電磁波を緩和したのだ。
生き残った人類は、人類が培った叡智をもとに未来を紡ごうと思案した結果、その答えとして2つのプログラムが導き出された。【ハイバーネイト】と【フォワーディング】。
【ハイバーネイト】プログラムは、寒冷化する地上から生存圏を地下に移行する計画。そのために、100万人規模が生活できるコロニーを製造し、運営していく仕組みを構築することが必要だった。
【フォワーディング】プログラムは、反物質のバリオス数生成に多元空間への反転転送の可能性が見込まれることから、その理論体制を確立し、惑星ラクトごと反転転送させる計画。そのために、赤道上に残存する12の宇宙ステーションを復旧・改修しなければならない。よって、地下コロニーの製造場所は利便性を考え宇宙ステーションの直下になった。
地下の閉鎖空間による感染症や派閥対立等の諸問題を乗り換え、600年の歳月の末、人類は遂に【フォワーディング】プログラムの最終段階に入った。
宇宙ステーションを核とし、惑星に3重の電磁膜を生成する。そこで水素陽子を遠心力と電場によるローレンツ力で加速させ、衝突させ、反陽子を生成する。反陽子を同タイミングで一定数の天文学的な個数生成し、そのうちの10億分の1個の割合で起こる反陽子から陽子に入れ変わる変化に同調し、反陽子と共に空間ごと反転転移する。
それにより、今いる宇宙と似た反転世界へ移動する。これが滅びに抗う人類が叡智によって導いた希望であった。
♦ ♦ ♦ ♦
--ルベリエ・中央区セントラル広場--
普段はシンメトリーの緑の芝生の遊歩道。ソレイと呼ばれる巨大な照明の光が注ぐ落ち着いた広場。そんな広場が今日は様子が違っていた。緑など見えないほど群衆が集まり、広場の外の沿道にも、周辺の建物の屋上・ベランダ・窓にも余す事なく人の姿があった。
広場の舞台の前には数十台のテレビカメラが設置され、ルベリエだけでなく他の地下コロニーにまで広場の様子が放映されていた。地上にいるすべての人類が今日この日を待ち侘びていたことを、広場の横の来賓席に座るアイサは再認識させられる。
舞台の演台横には、マリウスの父・第167代評議会代表フランクリン=ボーネサリアが今か今かとその時を待っていた。マリウスも来賓席の一席に座っている。目が合うと、彼は軽く微笑む。
カラン……カラン……カラン……カラン……
広場の前にあるルベリエ評議堂の鐘が鳴り響く。その鐘は、全ての地下コロニーで同時に鳴らされた。固唾を飲む聴衆。ボーネサリア評議会代表が演台に着く。
「あぁ、私はなんて幸せ者なのだろう。この鐘の音を皆様と共に聴くことができるなんて……」
そう。この鐘の音が鳴るのはプログラムの準備が整ったことを意味する。それは小学生でも知っている希望の音。代表も、聴衆も、私も、自然と涙が溢れ出していた。
「そうです、皆様。恐れ多いですが、ここに人類の代表としてプログラムの決行準備が整ったことを表明させていただきます! 皆様、皆様……、遂に人類の未来が開けるのです!」
高らかな宣言に、ある者は手を挙げ、ある者は泣き崩れ、ある者は雄叫びを上げた。
この地下世界が出来て、もっとも歓呼に包まれた瞬間だった。
「では、皆様。ともに我々の未来に足を踏み出しましょう!」
それを合図に舞台には、やけに派手派手しく鳩や薔薇が装飾された装置が迫り上げられた。そこには両手にも余る大きなレバーが仕掛けられている。ボーネサリア代表はそのレバーに手を掛ける。
「さぁ、ではいざ参りましょう。新世界へ!」
オォォー!! という歓声も後押しをし、そのレバーが今下された。
惑星の空を覆う3重の電磁膜が光り出す。7色の光が目まぐるしく移り変っていく。その光は次第に強くなり、惑星ラクト自体が宇宙から見たら恒星のように光を放つ。眩い光が臨界点を迎えたとき、フッとその惑星は世界から消えた。何の痕跡も残さずに……。
♦ ♦ ♦ ♦
--e:+1.047 μ:+0.762 τ:+3.194--
一瞬の眩暈。瞬きよりも短い世界の暗転。戸惑い周りを見渡すと、他の者も同じ様子なのが分かった。マリウスも同じ感覚になったのだろう。目が合うと、互いに目を丸くして見つめ合う。そして、ようやく混乱が薄れてきたころ広場に放送が流れる。
【成功です! プログラムは成功しました! 宇宙には眩いほどの太陽があり、他の惑星も存在しております! 我々は異なる宇宙への反転転送に成功しました!】
興奮を隠しきれないその声。興奮そのままに放送は何度も何度も繰り返される。そして、徐々に上がる歓声は大きくなり、先ほどをはるかに超える騒ぎになる。
「やった! やった! やったんだよ、アイサ! やったぁ!!」
喜びのあまり、人前なのもお構いなく抱きしめるマリウス。その力強さに私もやっと理解する。おじいちゃんの理論が正しかったこと、それを継いでひたすらに励んできたこと、人類の未来が開かれたこと、地上で光の中で暮らせること、すべてあれもこれも報われ叶えられる。喜びに心が満たされていく。
「マリウス……、やったのね、本当にやったのね、私たち」
涙が止まらなかった。スッと離れたマリウスは、私の左手を取る。何かを指に感じ、涙で滲む視界で確認すると、薬指が赤く光る。
「アイサ……、このときを待ってたんだ。僕たち、結婚しよう」
思いもがけないプロポーズ。断る理由はなかった。再び抱き締め合う。「はい」と返事をしようとしたときだった。抱きしめられた私の目に映った。雰囲気も髪型も昔とは全然違うが一目で分かった。
私を見つめる、幼き頃に私の前から唐突に消えた少年の姿を。優しくこちらを見つめるその懐かしい顔を。
ソルト=ライバース……、あなたなの?
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ (Friedrich Wilhelm Nietzsche)
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踏みつける雪の柔らかさに胸が高鳴る。5年ぶりだろうか。記録でしか葉が茂るのを見たことない裸の木々の後ろに、下手くそに隠れた雪ウサギを見つけてゴーグル越しに目元が緩む。雪ウサギはこっちの視線に気づいたのか大慌てで走りだすとそこには白い花が顔を出していた。今日は天気が良いからだろう。
小さく可憐に咲くスノードロップの花……
花言葉が『希望』であることと幼き頃のアイサとの約束を思い出す。確か8歳の頃だった。アイサとおれと今はもういない父さんの3人で特別に地上に連れてきてもらったときだ。
…………
『ソルトは物知りだよね。この小さな花が『希望』かぁー……。それじゃ、私のおじいちゃんはこの花と一緒だ。人類の希望って言われてるもん』
『ぼくの父さんだって、花とか木とかすっごい詳しいんだぞ! 地下で新しい果物ができないかって、いつも仕事がんばってるんだから!』
『私のおじいちゃんの方がすごいもん! 私もおじいちゃんみたくなるんだから!』
『ぼくも父さんみたいな学者さんになるもん』
『じゃぁ、私が科学者で、ソルトが植物学者さんね。私は勉強できるけど、ソルトは大丈夫かなー?』
『だ、大丈夫だよ! お花の名前だっていっぱい覚えてるしさ』
『じゃぁ、約束ね♪ 約束守れたら、アイサがソルトのお嫁さんになってあげてもいいよ』
…………
あれから13年も経つ。21歳になり、約束を果たせないおれのことをアイサはどう思うだろう。もう忘れてしまっているかもしれない。それでも、もう一度キミのことを見たい。それだけを支えに生きてきたのだから。
遠くにそびえる氷河の山々に向けて、肺を凍らせ呟く。
アイサ、キミは元気ですか?
♦ ♦ ♦ ♦
太陽系第3惑星ラクト。この太陽系は終わりに向かっていた。
太陽の活動が弱まり、肥大した朱殷色の太陽は直視できるほどの明るさしかなく、その太陽光の脆弱さより惑星ラクト全体は寒冷化し氷結した。それ故に地表にはいくつかの設備を残し、人類は地下にその生存圏を移さざるを得なくなった。
長い歴史で培った科学の力を用い、新しい生活圏として地下三千mに製造されたのが『地下コロニー』だ。その広さはおよそ五千平方km。地殻と地熱、バイオマスによる発電でエネルギーを確保し、地下水や海水を濾過し水を得る。食用の植物の栽培、家畜の飼育、個々人が住める住居、商業施設・医療施設・行政施設なども備わり、今では一千万人ほどの人口が1つのコロニーで暮らすようになっていた。
最初の地下コロニーが出来て500年。そんな地下コロニーが惑星ラクトには赤道上に12個存在している。その最古にして最大規模の中央コロニー・ルベリエ。今このコロニーで人類最後の望みが実行されようとしていた。600年前に発案・計画された2つのプログラム。人類が地下に潜る【ハイバーネイト】プログラムと【フォワーディング】プログラム。
今、望みが叶う高揚感が閉塞された地下世界を満たしていた。
はるか昔は当然だったもの。
太陽の光の中、地上で生活できるかもしれないと……
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--ルベリエ・第6商業区レストラン--
今日は朝から妙な気分だ。ソワソワと落ち着かない。待ち合わせ時間より先に着いて、出された水の入ったグラスを指で持ち、水を回して遊ぶ。
きっと、今朝、目覚める前まで見ていた夢のせいだろう。昔の幼い頃の夢。少年とそのお父さんと私で初めて行った地上。恐ろしい程の寒さと、地平線まで続く空と白。
心が震えた。サラサラした雪の感触も、野生の雪ウサギの可愛らしさも、少年がいる風景も。21歳になり、『希望』に追われる毎日で色褪せていたことに気付かされた。
でも、色褪せていないこともある。少年との約束。ねぇ、ソルト。私、おじいちゃんの後と夢を継いで科学者になったよ。グラスに歪曲して映る顔は微笑みを大きく見せていた。
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「遅くなってごめん、アイサ」額に汗を浮かべ、息を切らす彼。
「あっ、マリウス。連絡はもらってたんだから、そんなに慌てて来なくても大丈夫なのに」思い出に浸っていたところを、急に現実に引き戻されて驚いた。
上着をボーイに預けて、コロニー:ルベリエの評議員の息子のマリウス=ボーネサリア(23歳)は席に着く。
「念願のプログラムがいよいよ叶うっていう時で忙しいんだろ?」
「私の仕事はほとんど終わってるから、今は手持ち無沙汰なぐらい。他から仕事奪っちゃおうかしら」
「おいおい、数百年にも及ぶ事業の最後の詰めなんだよ? さっきも宇宙ステーションの整備と同調検査が終わったって報告があったよ。細部まで機器のチェックをお願いするよ、アイサ」
「解ってるって、マリウス。おじいちゃんの夢でもあるんだから、絶対に成功させるわ」
「アイサのおじいさん、アルベルト=シャハルの功績は大きいよ。反物質のバリオス数生成のゆらぎの規則性を見つけたことは、彼にしかできなかった偉業だからね。おかげで、フォワーディング・プログラムの座標決定の目処がたったからね」
「えー、おじいちゃんは本当にすごい人だった……。だからこそ、おじいちゃんにもプログラムの成功を見届けて欲しかったわ……」
「アイサ、胸を張りなよ。シャハル博士もきっとアイサがプログラムを引き継いで、成功させることを天国で誇りに思っているはずさ」
「……そうね、おじいちゃんの孫として、絶対成功させなきゃね」
付き合いだして2年。私とマリウスは親族に有名で偉大な者がいる、という共通点から仲を深めた。お互いに強いプレッシャーの中で育ったからか、弱いところを分かり合える。そんなフランクだけど誠実な彼を、私は心の拠り所にしていた。
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千年以上、昔の話。惑星ラクトにまだ微かに緑の大地が存在していたころ、人類の希望は宇宙にあった。軌道衛星上に宇宙ステーションが点在し、そこから新天地を求めて多くの者が船で旅立った。宇宙にいくつか製造されたコロニーには数十億人が住み、人類の中心は宇宙になっていた。
太陽系の他の惑星への移住計画も進んでいき、いつかは他の恒星系にまで人類は辿りつけると誰もが疑わなかった。その発展・繁栄は未来永劫続くと……
それは突然だった。宇宙空間に存在していた人類は絶滅した。原因は大規模は太陽フレア。肥大し老衰した太陽から、電波・マイクロ波・紫外線・X線・ガンマ線等々、尋常じゃない電磁波が放出された。それは人体を遺伝子レベルで崩壊させて通り抜ける。何も感じる間もなく数多の生は終わりを告げた。
しかし、惑星上に残っていた数百万人ほどの人類だけは死を免れた。それは、星の福音によるもの。大気が作る層が太陽フレアの電磁波を緩和したのだ。
生き残った人類は、人類が培った叡智をもとに未来を紡ごうと思案した結果、その答えとして2つのプログラムが導き出された。【ハイバーネイト】と【フォワーディング】。
【ハイバーネイト】プログラムは、寒冷化する地上から生存圏を地下に移行する計画。そのために、100万人規模が生活できるコロニーを製造し、運営していく仕組みを構築することが必要だった。
【フォワーディング】プログラムは、反物質のバリオス数生成に多元空間への反転転送の可能性が見込まれることから、その理論体制を確立し、惑星ラクトごと反転転送させる計画。そのために、赤道上に残存する12の宇宙ステーションを復旧・改修しなければならない。よって、地下コロニーの製造場所は利便性を考え宇宙ステーションの直下になった。
地下の閉鎖空間による感染症や派閥対立等の諸問題を乗り換え、600年の歳月の末、人類は遂に【フォワーディング】プログラムの最終段階に入った。
宇宙ステーションを核とし、惑星に3重の電磁膜を生成する。そこで水素陽子を遠心力と電場によるローレンツ力で加速させ、衝突させ、反陽子を生成する。反陽子を同タイミングで一定数の天文学的な個数生成し、そのうちの10億分の1個の割合で起こる反陽子から陽子に入れ変わる変化に同調し、反陽子と共に空間ごと反転転移する。
それにより、今いる宇宙と似た反転世界へ移動する。これが滅びに抗う人類が叡智によって導いた希望であった。
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普段はシンメトリーの緑の芝生の遊歩道。ソレイと呼ばれる巨大な照明の光が注ぐ落ち着いた広場。そんな広場が今日は様子が違っていた。緑など見えないほど群衆が集まり、広場の外の沿道にも、周辺の建物の屋上・ベランダ・窓にも余す事なく人の姿があった。
広場の舞台の前には数十台のテレビカメラが設置され、ルベリエだけでなく他の地下コロニーにまで広場の様子が放映されていた。地上にいるすべての人類が今日この日を待ち侘びていたことを、広場の横の来賓席に座るアイサは再認識させられる。
舞台の演台横には、マリウスの父・第167代評議会代表フランクリン=ボーネサリアが今か今かとその時を待っていた。マリウスも来賓席の一席に座っている。目が合うと、彼は軽く微笑む。
カラン……カラン……カラン……カラン……
広場の前にあるルベリエ評議堂の鐘が鳴り響く。その鐘は、全ての地下コロニーで同時に鳴らされた。固唾を飲む聴衆。ボーネサリア評議会代表が演台に着く。
「あぁ、私はなんて幸せ者なのだろう。この鐘の音を皆様と共に聴くことができるなんて……」
そう。この鐘の音が鳴るのはプログラムの準備が整ったことを意味する。それは小学生でも知っている希望の音。代表も、聴衆も、私も、自然と涙が溢れ出していた。
「そうです、皆様。恐れ多いですが、ここに人類の代表としてプログラムの決行準備が整ったことを表明させていただきます! 皆様、皆様……、遂に人類の未来が開けるのです!」
高らかな宣言に、ある者は手を挙げ、ある者は泣き崩れ、ある者は雄叫びを上げた。
この地下世界が出来て、もっとも歓呼に包まれた瞬間だった。
「では、皆様。ともに我々の未来に足を踏み出しましょう!」
それを合図に舞台には、やけに派手派手しく鳩や薔薇が装飾された装置が迫り上げられた。そこには両手にも余る大きなレバーが仕掛けられている。ボーネサリア代表はそのレバーに手を掛ける。
「さぁ、ではいざ参りましょう。新世界へ!」
オォォー!! という歓声も後押しをし、そのレバーが今下された。
惑星の空を覆う3重の電磁膜が光り出す。7色の光が目まぐるしく移り変っていく。その光は次第に強くなり、惑星ラクト自体が宇宙から見たら恒星のように光を放つ。眩い光が臨界点を迎えたとき、フッとその惑星は世界から消えた。何の痕跡も残さずに……。
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--e:+1.047 μ:+0.762 τ:+3.194--
一瞬の眩暈。瞬きよりも短い世界の暗転。戸惑い周りを見渡すと、他の者も同じ様子なのが分かった。マリウスも同じ感覚になったのだろう。目が合うと、互いに目を丸くして見つめ合う。そして、ようやく混乱が薄れてきたころ広場に放送が流れる。
【成功です! プログラムは成功しました! 宇宙には眩いほどの太陽があり、他の惑星も存在しております! 我々は異なる宇宙への反転転送に成功しました!】
興奮を隠しきれないその声。興奮そのままに放送は何度も何度も繰り返される。そして、徐々に上がる歓声は大きくなり、先ほどをはるかに超える騒ぎになる。
「やった! やった! やったんだよ、アイサ! やったぁ!!」
喜びのあまり、人前なのもお構いなく抱きしめるマリウス。その力強さに私もやっと理解する。おじいちゃんの理論が正しかったこと、それを継いでひたすらに励んできたこと、人類の未来が開かれたこと、地上で光の中で暮らせること、すべてあれもこれも報われ叶えられる。喜びに心が満たされていく。
「マリウス……、やったのね、本当にやったのね、私たち」
涙が止まらなかった。スッと離れたマリウスは、私の左手を取る。何かを指に感じ、涙で滲む視界で確認すると、薬指が赤く光る。
「アイサ……、このときを待ってたんだ。僕たち、結婚しよう」
思いもがけないプロポーズ。断る理由はなかった。再び抱き締め合う。「はい」と返事をしようとしたときだった。抱きしめられた私の目に映った。雰囲気も髪型も昔とは全然違うが一目で分かった。
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ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
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