STREET LIFE~答えのない二人

K-tan

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疲れにむくんだ足でそれでもまだ歩くのは、悲しませない悲しませたくない誰かがそばにいた。

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  「羽山君!今度の日曜日、一緒に映画
行くんだからね、絶対忘れないでよ!」
半ば、強引に約束させられた
相変わらず荒業を駆使する、西野からの電話
だった。
あまり興味がなかったけど、これが初デートになると思うと、少しワクワクもしていた。

 僕は2月に19才になり、高校を卒業して
2回目の夏を迎えようとしていた。
自宅から原付で10分の小さな工場に、正社員として働いている。
高校時代からずっとバイトしていた場所で、
卒業後もそのまま雇ってもらっていた。

 梅雨真っ只中の、雨が降り続く夜。
工場での仕事を午後8時で終えた後、
工場から原付で5分程の場所にある居酒屋で、バイトしていた。
高校時代から変わらないバイト生活である。
工場での仕事が終わり、居酒屋へ向かって
青信号の交差点を渡っていた。

僕の記憶は、そこまでしか無かった・・・

 記憶が途切れてから、ちょうど2週間が
過ぎた時、僕は目を覚ました。
 確実に病院のベッドの上だった!
右足、右手、胴体に、ギプスが巻かれていた
鼻からはチューブ、口には酸素マスク
左手からは点滴、体は右側ボロボロだったが
頭は一応・・・大丈夫かな?と、思った。
まあまあ短い時間で、状況はだいたい
把握できた・・・

 妹がベッドの横に座って漫画を読んでいた
見たところ、なかなか広めの個室だった。
「遥・・・何、読んでるんや?」
凄い勢いで妹が僕を見た。
「お兄ちゃん・・・マジで!お兄ちゃん!!」
普通に、声を掛けただけなのに・・・・・・
今まで見たことのない、妹の驚きようだ!
「三木さーん!!」
遥は叫びながら、病室を飛び出して行った。

 「三木さんて、誰やねん?」

妹が若い看護師さんと、病室に入ってきた。
看護師さんも、少し慌てた様子だった
「自分の名前、分かりますか?」
「はい。羽山 祐一です」
普通に答えた僕に看護師さんは
少し驚いた様子だった。
「直ぐに、先生呼んでくるから!」
じっと僕の目を見た看護師さんは
病室を出て行った。
この時、看護師さんの名札を見たら
なるほど!「三木」だった。

 まだ信じられない様子の遥は泣いていた
「遥、今日は何曜日?」
1番気になった事を聞いてみた!
「2週間だよ!2週間も・・・・・・
意識無かったんだよっ!
先生に意識戻る確率は半々て言われてたんだよ!
何で、普通に喋ってんの?
2週間だよ!2週間っ」
まだ泣きながら一生懸命言ってくれたんだが
何曜日かは言ってくれなかった。
 時計を見ると、お昼前だった
「遥、学校は?」
「今日は日曜日だよ!」 やっと答えてくれた
けれど、まだ・・・泣いてた!
そう言えば、西野と約束してた映画って
日曜日だったよな・・・・・・

 先生が看護師さんと病室に入って来た。
「羽山君分かる?マスク取るね、ゆっくり呼吸してみて、痛くない?気分悪くない?
このライト見てみて・・・・・・」
恐らく僕の主治医だろう
遥と三木さんと違って、かなり落ち着いた
様子だった。
簡単な検査?みたいなのをしてから
看護師さんと何か話した後
「遥ちゃん、もう大丈夫だよっ」
妹の頭をポンポンとして、病室を出て行った。

やっと泣き止んだ妹は、看護師さんに
「遥ちゃん、電話お願い。」と、言われ
病室を出て行った。

 先生も名札をしていた
「鈴木」だった・・・まあ、よくある「姓」だし・・・と、その時はあまり気にしてなかった。

 母が息を切らして、病室に飛び込んできた。
「祐一!意識戻ったんだね、良かった・・・
あんたね!2週間だよ!2週間」 
妹と同じ様な事を言っていた。

母は、ホテルで部屋の清掃の仕事をしている、朝から夜中まで働き、不定期だが
たまに休むぐらいだった。
仕事中に来てくれたんだろう!
「あんた!夜もバイトで無理してるから!
こんな事になるねん!」
少し説教っぽい母になっていた。

いつも夜中まで、ほとんど休まずに
働いてくれてる母には言われたく無かった。

父は僕が10才の時、事業に失敗し多額の
借金と共に蒸発した、
その時から母が1人で僕と3歳下の妹の為に
必死で働いてくれていた。

 意識が戻ってから色々と疑問があったので、
妹に質問してみた。
「俺、服来てないよな?
多分パンツも履いてないよな?
2週間、同じ布団って事ないよな?
風呂も入ってないよな?
トイレ、行ける訳ないよな・・・・・・
どうしてんの?」

「パンツ履けないのに、服着れる訳ないよね!
布団は、毎日じゃないけど代えてるよ
体は毎日拭いてるよ、
トイレは、下は紙オムツ広げて
上は管を通してる!」

「遥が、してくれてるんか?」
「まさか!三木さんだよ。」

三木さん!ちょっと、若すぎるやろ・・・
できれば、母親ぐらいの
看護師さんにしてくれよ・・・・・・と
心で叫んだ。
一瞬で三木さんの顔を見るのが
恥ずかしくなった・・・・・・

 来るなよ!来るなよ!と、思ってると
来るもんなんだよ。
「羽山君!尿瓶交換しますね!」
三木さんは、躊躇なく布団をめくった!
ギプス以外は、スッポンポンなんですけど!!
Jr.をヒョイッと掴み、管をスポンッと抜き
先っぽフキフキしてスポッと差す!
意識ない間、毎日『コレ』やられてたのか!!
まぁ、意識無かったからいいけど。
意識戻ってからはダメでしょうよ!!
恥ずかしいと思う隙を与えない
躊躇ない仕事に脱帽するしかなかった。

 「お兄ちゃん、紗絵ちゃんに連絡しないと!
何回も来てくれてたのに・・・
面会謝絶だったから!もし意識戻ったら
連絡してって言われてるから」
僕の同級生の西野を「紗絵ちゃん」と
呼ぶぐらい2人は仲良しだった。
「あー、西野か!
尿瓶が要らなくなってからにしよう」
「本多君と河崎君にも連絡してって
言われてるんだけど!」
「アイツらは、退院してからでええ!」

「彼女と、親友て・・・そんな扱いでいいの?
お兄ちゃんらしくていいけどね!」
妹が嬉しそうに言ったけど
西野は彼女じゃないから!

 日に日に体も回復し、ギプスも全て取れた
まだ寝ながらだが、少しずつ手足を動かす
リハビリをするようになり
管も必要なくなった。
すっかり三木さんとも仲良くなり
『三木ちゃん』と呼ぶようになっていた。
入院中、毎日のようにお世話してくれる
三木ちゃんと過ごしてると
高校の時に好きだった人の事を
少し思い出した。

 右から信号無視のトラックに跳ね飛ばされて
右半身ボロボロになってから、2ヶ月が過ぎ
毎日の様に付き添ってくれてた妹も
着替えを持って来てくれるぐらい
になっていた。
右足はまだ完全ではなかったが
ゆっくり歩いてなら
トイレにも1人で行けるようになり
タイミングも良かったので
やっと西野に連絡した。

 ガラガラっ・・・病室の扉が開いた
「羽山君!!」
 西野のちょっと大きな声が大好きだ。
女子大生の西野は夏休みも
あと少しの時だった。

まだ顔も見てないのに、もう西野は泣いてた!
「良かった!本当に良かったよー
もう死なないで!
絶対に死んだらダメなんだからね!
本当に・・・もう死なないでよ」

オイオイ!まだ死んでないから!
西野は僕の胸で号泣してた
泣き止むまでじっと待っていた。
「西野のクセに、泣きすぎじゃない?」
僕の言葉に、西野が
「ここ、泣くとこでしょ!」
西野はどんな時でも一生懸命だな!

『もう、死なないで』
西野の気持ちは、痛いほど分かっていた。

「なあ!西野、明日退院なんだ!」
「はあ、明日?ちょっと連絡遅くない?
久し振りだし、意識戻ったのかな?
まだ動けないかな?
まだ連絡できないかな?とかとか
思ってたのに・・・ピンピンしてんじゃん!
どんだけ心配したと思ってんの!
だいたい意識戻ったらすぐに連絡くれるとか
とりあえず安心させてくれるとかっ・・・・・・
もう、いいや。」

直ぐに『いつもの西野』に戻る
いつもの西野で安心した。

 退院の日は、西野が車で迎えに来てくれる。
荷物整理しながら西野を待ってる間
主治医の鈴木先生が部屋に入って来た。

「羽山君、よく頑張ったね!右足はまだ
無理しないように。
また気になる事があればいつでも
僕の所に来なさい」
先生は優しい顔してた。
鈴木先生と入れ替わるように
看護師の三木ちゃんが部屋に来てくれた。
「おめでとう!やっと退院だね。
帰る用意できたかな!」
三木ちゃんとお別れが寂しいよー!とか
言っておけば良かったかな。
「鈴木先生っていい先生でしょ。
いつも落ち着いてて、静かで、優しくて
腕も一流だしね。
でもね、羽山君が運ばれて来た時は
大変だったんだよ!
『何してるんだ!早くしないか!
頭を動かすな!・・・・・・』」
 三木ちゃんの身ぶり手振り説明してくれる姿に目が釘付けだ❤️
「あの冷静な先生がね、凄く荒れてたの
あんな鈴木先生を見たの、初めてだったよ!」
三木ちゃんは、少し間を開けて話し続けた。
「先生ね、息子さん亡くしてるのよ
バイクの事故だったらしいんだけどね・・・・・・
生きてれば、ちょうど羽山君と
同じ年ぐらいじゃないかな・・・・・・
なんか、羽山君と重なったのかもね!」
僕は三木ちゃんの話で
確信したかもしれない。

「お待たせ!退院だね、チョー嬉しい!」
西野は、ハイテンションだった。
「あれれ!聞いてないぞ、羽山君の彼女?」
三木ちゃんが笑顔で西野に話し掛けた
「いやいや!同級・・・・・・」
「はい!大変お世話になりました。」
僕の言葉を遮るように答えた、西野の顔が
真顔だったのには少しゾクッとした。
「じゃあ羽山君、忘れ物無い様にね!
もう運ばれて来ちゃダメだよ!」
大人の女性の笑顔は、やっぱりトキメク❤️
「三木ちゃんも、仕事頑張ってね!」
自然とテンション高めになっていた。

「へー!知らない間に
随分仲良くなったんだねっ
『三木ちゃん』と!!」
西野がちょっと膨れっ面で荷物を運んでた。
西野の車に荷物を積み、三木さん初め
リハビリの先生やヘルパーさん達に
見送られながら退院した。

西野の車に乗ってからどの位
考えてただろう?
西野は運転しながら、楽しそうに話してた
約束してた映画を見れなかったから
完治したら絶対行くよ!とか
遥は元気してる?とか
僕は、上の空で聞いていたが
「三木ちゃんとか美里ちゃんとか
年上の女性とは楽しそうにするんだね!」
この時だけは西野の声のトーンが
明らかに変わっていた。

「なあ!西野、何か俺に言うことないか?」
西野は確実に知っている。と確信して聞いた
「今、言いたい事いっぱい言ったよ!」
西野に隠してるとかとボケてる
みたいな様子はなかった。

鈴木先生って・・・・・・
『鈴木 保』の、お父さんだよな?」
僕は率直に聞いた。

「えっ!あの・・・、だから・・・・・・
おじさんが羽山君には
言わなくていいって言うから・・・
別に隠してたとかじゃないんだよ!
だから・・・・・・あのね・・・・・・
なーんだ知ってたんだ!」
西野は、完全に動揺してた。
「相変わらず大切な事は隠すんだなっ!」
あの時、救えなかった命が救ってくれたんだ!
鈴木の家族に救われたのは、これが2度目だった。


「出来る」でもなく
「出来ない」 でもなく
普通の公立高校に入学

やりたい事や将来の夢もなく
ごく普通に高校へ通う事になった。

 入学して高校1年生のスタート
新しい友達に新しい先生
新しい学校生活・・・・・・とか
何一つ、期待することなどなかった
ただ、テンションの高い熱血タイプの担任
「大嶋先生」だけは何故か期待できた。

 高校1年も夏休みが近づくと
友達が続々とバイクの免許を取り
バイクに乗り出す。
この時ほど早生まれを恨んだ事はないだろう!
夏休みまでに16才になれる友達が
羨ましかった。
 早くバイク乗りたい!
 早く16才になりたい!
そんな目標を達成する為に
高校1年の夏からバイトしまくり
とにかくお金を貯めた。

 同じクラスに「鈴木」と言う凄い男がいた!
成績は学年トップ!
誰一人太刀打ち出来ない成績だった。
何故!こんな奴が同じ学校に居てるのやら?

 名門私立高校への入試に失敗し
心身共にどん底となり
高校へ通える様な状態では無かったらしい。
とりあえず、自宅から近い公立を受験して
進学となった。
みたいな話を周りから聞いた
訳ありで入学したみたいだ。

成績は抜群にトップだが
それ以外は生存確認すら難しいような
目立たぬ存在だった。
未だに受験戦争敗退の痛みがあるようだったが、僕には全く理解出来ない痛みだったから
無関心だった。

 毎日、学校終わりに工場でバイト
その後も居酒屋で夜遅くまでバイト。
休みの日もバイトの僕には
授業中も休み時間も睡眠時間だった。
当然テストなんて・・・ ちんぷんかんぷん🙌
そんな高校生活の始まりだったけど
何かと、毎日が楽しかった。

そんな中 鈴木は、常に成績トップを突き進む
百点満点💯!しか取れない宇宙人みたいな奴!
この先の人生で、最も関わりのない人種なんだと。
僕以外にも思ってる奴は、居てただろう!

あんな奴って
勉強が楽しいんだろうな!
益々理解不能だ。

 年が明け やっと16才の誕生日
その時と同時に、バイクの免許取得に成功👍
バイトで貯めたお金で、バイクも購入
排気量400ccが欲しかったけど・・・
250ccが資金の限界だった。
しかし勉強そっちのけで、必死にバイトして
手に入れた愛車♥️
今までに無い 達成感。

 やっと仲間達との走りに参加出来る!
地元の峠で速さを競い合うのに
夢中になった。

 学校に行けば、ほとんど寝てるだけだった。
授業中は優等生『 鈴木』 に勝るぐらい
存在感無しだっただろう。

 昼休みになると、バイク仲間が
僕を起こしに教室に集まってくる。

小学生からの幼馴染
中学も高校も同じ 
 親友の「本多」
高校生になって初めて
違う中学出身の友達ができた
 親友の「河崎」だ。

「おーい、起きろ!昼飯や」
本多と河崎が弁当を持ってやって来る。

「なぁ、本多!羽山って中学ん時も
こんなに学校で寝てたのか?」
「寝てたな!こいつ、学校帰ったら
オカンの内職手伝ってたからなー
休みの日もな!
俺もたまに、手伝わされてたし!
オトン居て無かったから、妹の世話も・・・・・・」
「本多、いらんこと言わんでええから!」と
目を覚ます。

3人で毎日弁当食べながらバイク雑誌広げ
バイクの話しで盛り上がり
誰が1番速いかで、教室でも夢中になった。
この時もその後も、河崎は僕の家庭事情に
触れる事は無かった。

昼休みは『学校に来ている!』と
実感できる、唯一の時間となっていた。

そんな昼休みでも、1人黙々と
次の授業の予習に休み時間を費やす 鈴木。
どんな目で僕達を見てたんだろうか?

 高校1年も、もう終わりとなるのに
鈴木とは1度も会話したことがなかった
何一つ接点の無い者同士なので
それが当たり前なんだろう。
クラスメートの女子については
ほとんど名前も知らずに
1年生が終わりとなった。


 春🌸高校2年生。
クラス替え
誰と同じクラス?とか
お目当ての人はどのクラス?とか
新しいクラス発表で、皆の歓声が沸き上がる。
修学旅行もある
何処に行く!とか
お目当ての人との思いで作り!とかで
盛り上がる。
そんな盛り上がりもあるんだろうか
2年生になると彼氏彼女出来てる奴が
増えてる・・・・・・
男子も女子も、告白合戦で盛り上がり
『青春の大きな大きな一頁』を描いていた。
そんなこと全てに、何も興味なかった・・・

そして、新しい担任は
テンションの高い熱血タイプの
大嶋先生!! 2年連続!
それだけは、興味があった!

また、 鈴木が同じクラスなのは
全く気にもしていなかった。

新しいクラスメートの男子は
ほとんど名前を把握してたが
やはり2年になっても
ほとんどの女子の名前を、知らなかった!

 暖かくなるとバイク操る体も、快調になる。
冬の間は閉鎖されてる地元の峠も解禁になり、
週に1度は平日の早朝に攻めに行く。
登山者にも人気の山なので
始発の登山バスが走り出すまでが
走れる時間だった。
狭い峠道をバスは対向車線にはみ出して
コーナーを曲がって来る!!
そんな時にバイクでコーナーを突っ込んだ
時には、木端微塵だ!
したがって、バスが走り出す前に撤収!

この峠を走る峠族の、暗黙のルールである
その峠を走るのに、絶対忘れてはならない
事であった。

 ゴールデンウィーク
大型連休となると、朝早くから登山者の
マイカーも増えてくる。
峠族に対する取り締まりも強化されて
僕達の走れる時間も限られていった
そんな理由もあって
走りに行く仲間が減っていった。
バイクより彼女とデート♥️
みたいな奴もかなり増えていた。

気が付けばみんな、彼女居てたよな‼️

 別に、欲しくなかった訳でもなく
モテなかった訳でもない。
手紙貰ったり、チョコレート貰ったり
待ち伏せ食らって、告白されたり・・・・・・・・
スマホの無い時代にしては、優秀だっただろ。

好意を寄せてくれる女子は
それなりに居てくれてた・・・けど
僕を思ってくれる、追っかけてくれる
そんな女子が苦手だった。
今までアタックしてくれた女子達が
誰だったのか、全く覚えていなかった!

ただ、待ち伏せしてた女子だけは
少し気になってた・・・・・・

 朝、いつもの様に登校して下駄箱に行くと
僕の下駄箱の前に突っ立ってる女子が1人。
気にせず上履きに履き替えようとした・・・
その瞬間!!
「羽山君が好き!」
まあまあ大きな声だった
僕はいきなりの出来事に言葉も無く
唖然と立ち尽くしてたら・・・
ダッシュで走り去った!

この学校にはこんな荒業を使う女子が
居てるんだ!
顔も姿も何も覚えてないのに
何故か『声』だけが気になった。

今まで他人の『声』なんか
気にした事なんてないのに、なんだろう!
不思議な感覚だった。
いったい、誰なんだろう?
クラスメートや周りの女子達に
全く興味の無かった僕には
検討もつかなかった。

『峠を攻める奴にタンデムシートは必要無し』
とか言ってた奴が、次々と彼女を
タンデムシートに乗せてる姿に
何も興味がなかった訳ではない。
後ろに好きな人を乗せて走りたい!と
思った事ぐらいはある。
ただ、大半の同級生達が描いた
『青春の大きな大きな一頁』は
僕には無縁だった。


 バイクを買ってからはバイク通学していた
当然!校則で禁止されている。
学校の横の空き地に駐車して ・・・登校
職員室に呼び出される
怒られる❗️
怒られながら職員室の窓から外を見る👀
駐車してる空き地が丸見え!
はい、怒られて当たり前だ。

 「今やバイクの盗難なんて日常の時代です
 昼間、誰も居ない自宅に駐車してるより
 職員室から丸見えの空き地に
駐車してる方がセキュリティー完璧でしょ👍」
そんな理不尽な言い訳をしていた。
学校内で唯一 
期待と興味のある 大嶋先生は
そんな言い訳を「間違いではないな!」と
言ってくれた。
入学時から僕の「見る目」は確かだった。

僕の他にも怒られたい奴が2人、空き地へ
バイク通学している。
親友の 本多と 河崎 だ!
その他にも、一緒に峠へ走りに行く仲間が
5人居てたが、校則はきちんと守るタイプだった。
バイク通学3人組は職員室へ呼び出され
怒られていたのだが
何故か最初の数日間だけだった。

 あの空き地は、親友河崎の祖父の土地だった
その祖父は、地元の権力者で大地主!
そんな事情もあったんだろう
すっかり怒られることがなくなり
フツーうにバイク通学していた。
まだ子供だった僕達には理解不能な
大人の事情もあったのだろう!と
大人になって理解できた。
そして河崎は大金持ちの御坊っちゃまだった!

 夏休みも近付いた頃
何時ものように空き地へ登校~
毎度の様に所定の位置に駐車。

あれ?見たことないバイクを1台~確認
誰だ?
しかも、欲しかった400ccのバイク
やっぱり!いいバイクだよなー!!
マジマジと眺めながら・・・誰のだ?
かなり高価なバイクだぞ!しかも新車だぞ!
確実に金持ちだな!誰だ?誰のなんだ~
急いで教室へ行った。

 教室に入ると満面の笑みで 
「羽山君 おはよう(^^)」
 鈴木から挨拶されたぞ!
鈴木と初めての接触だった。

「バイク買ったんだ!いつも 羽山君が駐車してる空き地に、停めといてもいいかな?」
もう、停めてるやないかい!

 お前のかよ!
いきなり、そんなに、馴れ馴れしく
ダチみたいに、仲良しみたいに!
話してくるなよ💢
そもそも、クラスメートだが
ダチではないぞ!
しかも、僕の欲しかったバイクじゃないか!
羨ましいより、嫉妬心しかなかった。
当時はそんな風に鈴木を
見下した見方してたのは確かであった。

 とりあえず鈴木の問いに答えよう!

「お前!バイク通学は禁止やからな!
 あそこ職員室から丸見えなんやぞ
お前なんか直ぐ呼び出し食らって停学じゃ!
なんやねん!あのバイク
どうせ親に買ってもらったんやろ!!」

よく、そんな事が言えたもんだ。
初めて鈴木との会話だったのに
説得力0の頭の悪いアホ丸出しの
ヒドイ場面だった。

「もう 大嶋先生には言ってあるんだ!
羽山君には言っておけよ!て
言われたんだ(^^)」
あの先生には益々 、興味と期待が沸いた。
そして 鈴木は、頭の悪い僕なんかより
何枚も上手で大人だった!
見下されてるのは確実に
僕の方だったな。
と言うことで 鈴木も
バイク通学する事になった。

それから大嶋先生!
あの空き地、河崎のお爺さんのだからね!

 頭の良さは文句無し
容姿は小柄だが、顔は悪くない
鈴木を見てると「山田涼介」みたいだ!
そんな 鈴木が
バイクに乗って明るくなったら
クラスの女子がほっとかなかった
勉強教えて!バイク買ったんだ!
鈴木の周りに集まってくるようになった。
これがクラスの人気者ってやつなんだ!

おーい!羽山君もバイク乗ってるよ!
何で1人も女子が集まって来ないんだよ💧

僕の周りはいつも男ばかり・・・・・・・・・
そんな事に興味なんてなかったのに
鈴木の事が羨ましくなっていた。
頭良くて明るくて、格好いいバイク乗って
女子とのコミュニケーションも完璧!
しかも多分・・・金持ち!
勝ち目ないな!

『男は男に人気ある方がモテんだよ!』
格好つけた負け犬の遠吠えである。

鈴木は、すっかり人が変わった
「羽山君!バイク雑誌のお勧めは何?
グローブはどこの使ってる?
繋ぎは?ブーツは?オイルは?」

 やたらダチの様に接っする様になってた
僕もだんだん鈴木のペースに飲まれる様に
一言二言ぐらいは鈴木と
会話するようになっていた。

「鈴木君も 羽山君のバイク仲間なんだ!」
せっかく女子達が話しかけてくれてるのに
「違うし!」
なーんで?そんな無愛想なんだよ!・・・
そんなんだから女子が全く
寄ってこないんだよな!

なにもかも 、鈴木に負けている訳ではない!
身長も体重も100メートル走も視力も
全て数字は僕の方が勝ってたんだ!
器の小さな負け犬は、吠え続けていた。

 美里先生
みんなから『美里ちゃん』と慕われてる
保健室の先生。
ショートカットでクリッとした二重瞼
明るく優しいお姉さんは
僕のドンピシャ好み❤️
休み時間になると美里ちゃん目当ての
男子女子が保健室へ集まり
美里ちゃんとのトークを楽しむ。
学校のアイドル的存在だ!

休み時間はライバルが多すぎる!したがって
授業中になると定期的にやって来る?
『腹痛 頭痛 吐き気』を利用して
保健室へ行くのだ🎵

病弱で不健康な訳では無い。
至って健康優良児なんだが
何かと理由を付けて
ライバルの少ない時に
美里ちゃんに会いに行ってたのだ❤️

授業中に腹痛で保健室へ行くと
「今日は何処が痛いの?」
美里ちゃんが優しく聞いてくれる。
「今日は腹痛、明日は頭痛
明後日は吐き気でーす🎵」
今後の予定を告げる。
「困ったね!1度病院に行って検索してもらいなさい」
「大丈夫!美里ちゃんと話してたら、 直ぐに治るから!」
いつも同じ様な会話だけど
僕にとっては最高潮にドキドキの
夢の時間だった。
毎日休まず登校できるのは
美里ちゃんに会えるからだった❤️

しかし夏休みになると
しばらく美里ちゃんに会えない💧
そんな夏休みは
朝から工場でバイトさせてもらってた。
その後も居酒屋で夜遅くまでバイト
長い休みは稼ぎ時だ!
とにかく働いて終わる夏休みだった。

 夏休みも終わりが近付くと
美里ちゃんに会える❤️と
早く学校に行きたくなるのだ。

夏休みが終わって
久々に美里ちゃんとの会話。
「羽山君はバイクに彼女乗せて
どっか出掛けたりしないの?」 
美里ちゃんが聞いてきた!
「彼女なんか居てないし・・・
そんなの興味ないし!」
「そうなんだ!夏休みにね、彼氏のバイクの後ろ乗って、いろんなところに行って来たよーって
女子達からいっぱい聞くよ」

よし、今しかない!!

「1人だけ、バイクに乗せたい人居てるよ」
最大限の勇気を振り絞り、言ってやった!
「えー!!誰?誰?女子に全く興味ない 羽山君に、そんな子がいるなんて!!
大スクープだよ!ビックリだよ!
私、聞いちゃっていいのかなー?」

めっちゃ、食い付いてきた
僕ってそんなに!女子興味無しキャラになってるのか・・・・・・・・・?

美里ちゃんは大きな目を
クリクリ キラキラさせて
誰?誰誰誰?状態だった

僕は背筋伸ばし、美里ちゃんを直視した
人生最大の告白だ!!

「美里ちゃんだよ!」
『口から心臓飛び出る』って、このことだ

「はあっ!」って顔で一瞬固まった美里ちゃん
「えーっ私?何言ってんのー!
25才の『おばさん』なんか乗せてたら
羽山君!みんなの笑い者になっちゃうよー!」とバカウケされた・・・
全く相手にされてない空気だ
なんともスマートな大人の対応に
撃沈・・・・・・💧

「本気で言ったのに!
ショックで胸苦しいから・・・
病院行って検査してもらおかな?」
最高潮に落ち込んで言ってやった。
「大丈夫だよ、健康な証拠だよ」
ニコッと笑いながら僕を見つめてくる
美里ちゃんを、このまま何処かへ
連れ去りたい!
僕の 『青春の大きな大きな一頁』 は
保健室にあった。

 その日はバイト休んでバイクで1人
海まで走ったさ。
1年生の時から、ずっと好きだった美里ちゃん
何も言わずに
このまま仲良くしてもらえるだけで
良かったのにー!
勢い!若さ!で言ってしまった
明日から保健室に行けないな・・・

 気不味い、非常に気不味い!
口から心臓飛び出しながら
本気告白したのに・・・
気不味い・・・・・・
でも美里ちゃんと話したい・・・

しばらく保健室へは行けなかった。

 その日は朝から大嶋先生のホームルーム
からの1限目は大嶋先生の授業!
いつもならホームルームから
「おやすみなさい」状態なのに
この日は保健室の事、美里ちゃんの事を
考えながらボーっと起きてた。

 美里ちゃん会いたい
 でも、気不味い
 しかし、保健室に行きたい。

1限目の授業が始まると、大嶋先生が
「今日はホームルームから
羽山が起きてるけど!アイツ本当に
具合悪いんじゃないか?」
皆に問いかけながら、爆笑してる。

他の先生は一切、僕に関わってこない
僕の名前すら知らないんじゃないか?
ぐらい無関心なのに
大嶋先生だけはガンガン絡んでくる。

「おーい、羽山!ボーっとしてどうした?
具合でも悪いか?お前、最近
保健室行ってないらしな!
他の先生達も気にしてたぞ!」
具合悪くて行った事なんてないのに
何を気にするんだよ!?
「もしかして!あれか?
美里先生が結婚するから落ち込んでるんか?」ガハハハハハ!

1人でバカウケしてた。

その瞬間 クラスの女子達が・・・
「あーあ!先生~言ったらダメだってー
羽山君 屋上から飛び降りちゃうよー!
内緒にしてたのに~」
女子達に罵声を浴びる 大嶋先生
それより内緒にしてたって・・・何なんだ?
屋上から飛び降りる?

 そう、小学生の時に見た映画「汚れた英雄」
それに影響され、ライダーに憧れた。
バイク操るのに筋トレに目覚め
175㎝筋肉体型の金髪くるくるパーマ!
ちょっと皆ビビってる感じだ!!と
ずっと思い込んでたのに・・・
大嶋先生は勿論、 女子達にも
イジられてるキャラ?

そんな大嶋先生の爆弾発言に
僕はしばらく頭真っ白になり
隣の席の女子に「結婚てマジ?」と
かなり凄んで突っ込んでた!
突っ込まれた女子は、申し訳なさそうに
「うん、本当だよ 皆知ってたよ」と
答えてくれた。
この隣の席の子
初めて話したけど、名前なんだったかな?

校内のほとんどの人と関わりも興味も無い
僕には、大好きな美里ちゃん情報も
入ってこなかった。
もう 放心状態だった・・・

 微かに聞こえて来る・・・大嶋先生の声
何回、僕の名前を呼んでたんだろう。

「羽山!!羽山!おーい 羽山~」
やっと、先生の声に気付き
「あっハイ」と答えた。

「お前!本当に知らなかったんやな
これは重症かもしれんから直ぐに
保健室行ってこいっ!」

この先生は本気で言ってんだか冗談なのか?
やっぱり興味の持てる先生だ。

「行ってもいいんですか?」

「お前が誰かに許可取って
保健室行ったことなんかないやろ!
やっぱり重症やな!
手遅れにならんうちに早く行ってこい!」

ほとんど 大嶋先生の命令だった。

「入室時は必ずノック」
保健室の扉に貼られてる
美里ちゃん手書きの貼紙
『字』まで好きになる❤️

コンコン🎵
「ハーイどうぞ」
久しぶりに聞く美里ちゃんの声

「失礼します」
「はいっ 何年何組?名前は?」
美里ちゃんが振り返る
やっぱり かわいい❤️

「あれ!羽山君!! どうしたの?
ノックなんかしたことある?
『失礼します』とか言ってたよね!
本当に具合悪い?」
ケラケラ笑う美里ちゃんにも
イジられてる・・・・・・

「いや・・・いつもの様に具合悪い設定で
いつもの様に美里ちゃんに会いに来ました」
「えっ!やっぱり羽山君変だよっ!
熱計ってみる?」

初めて気付いたけど、やっぱりイジられキャラなのかな?

「結婚するって 本当?」
もう、寂しさ満タンの言葉だった
「あらら!バレちゃったんだ!
女子達がね羽山君には内緒にしとこって
言われてたんだ・・・・・・ゴメンね。
女子達みんな心配してたよ!
羽山君大ショックだろなって・・・・・・
優しい子達だよね。」

「美里ちゃんゴメン・・・
俺・・・何も知らなくて気不味いこと言って」
ちょっと   反省。
「ぜーんぜん気不味くないよー!
ありがとう。嬉しかったよ
羽山君には絶対!素敵な子が現れるよっ
私が保証する。」
美里ちゃんが保証人なら
完全に散ってしまうしかなかった・・・

この頃からだったのかもしれない
好きな人に好きと言わなくなったのは。

今年いっぱいで、退職する美里ちゃん
素直に『おめでとうございます』と
言える日が来るように、頑張る決意をするのだった。
そして大嶋先生には微妙だが
『ありがとう』かな?
それからクラスの女子達に
僕の美里ちゃんへの思いがバレバレ!
だったなんて思ってもいなかった。

本気で好きな人には
本気で幸せを祝ってあげるのが
格好いい男なんだ!
大人になるって辛いもんだ
恋なんて呆気ないもんだった。

 相変わらず朝から「羽山君 おはよう🎵」
爽やかな挨拶してくる 鈴木
僕はいつも「おぅ!」上から目線だ!
席に着くと隣の女子も
「羽山君 おはよう🎵」
これまた爽やかだ!勿論!返事は「おぅ!」

コミュニケーション力0だな。

 授業中も寝なくなった
起きてはいるが、授業を聞いてる訳でもなく
教科書開いてる訳でもない・・・
ただ・・・ボーっと考えてた。
美里ちゃんが退職するまでにどうしても
手に入れたい物があったのだ。

 大嶋先生の授業中も、ボーっと考えてた。
手に入れたい物をいつ手に入れようか!
その為には絶対に保健室へ行かなければならない。
まだ心から『おめでとう』と
言える準備も出来てないし
早くしないと美里ちゃんが退職してしまう。
その葛藤だけで
授業中に寝る事が出来なかった。

「おいっ羽山!俺の授業中に起きてるのは
誉めてやる!しかしなー
教科書ぐらいは、机の上に出しとけ」
まず大嶋先生のイジリから授業が始まるのだ
授業中に起きてると、ろくなことがない!

「そんなこと言われても!
教科書なんか持って来てないし・・・・・・・・・」

「はー!! いったいお前は、何しに来てるんや!」
今さら、それ言いますか?
「『西野』悪いけど一緒に見せてやってくれ。」
この時初めて、隣の席の女子の名前は
『西野』なんだと知った!

 休み時間になるといつも西野は
鈴木の所へ行っていた
あの2人仲が良いみたいだ。
別に西野や鈴木の事が
気になってた訳ではない
2人共、勉強出来るもんな!ぐらいは
思っていたし、少しずつだが
クラスの状況を見る様になっていた。

 季節は進み少しずつ冬が近づいてくる。
バイク通学には辛い季節になって行く
冷えた体で教室の席に座った!と思ったら
直ぐに席を立つ!
そう!トイレが近くなるのだ。

教室の目の前にトイレがあるのに
わざわざ教室から離れた
保健室の横にあるトイレに行くのだ
そこが僕のトイレである。
もう今年いっぱいで、このトイレにも
来なくなるんだな・・・・・・・・・

 毎度、羽山イジリから始まる
大嶋先生の朝のホームルーム。
「羽山!教科書持って来たか?」
「はい、完璧です」
家から全部持ってきてやった!
「お前、当然ノートなんかとっとらんやろ!
誰かに頼んで全教科、写させてもらえ!」
オイオイ!簡単に言ってくれるね!
「先生。1学期の最初から全教科ですか?」
「勿論や!!まずは、それだけやっとけ!」
勿論!ですと・・・
「そりゃー無理かと・・・・・・」

「お前!もう1回・・・2年生やりたいか?」

初めて知った自分の状況と現実に。
朝のホームルームに
重苦しい空気が漂っていた。

 さて!どうしよか・・・『ノート貸して』とか
気軽に頼めるクラスメートなんか
居てないよな・・・
クラスメートとの
コミュニケーション力0が
ここで大きく響いていた!

 休み時間
「羽山君!ノートある?」
隣の席の西野が声を掛けてきた。
とりあえず『西野』の名前は覚えていた!
「あることはあるけど・・・・・・」
全部、買ってから開けたことないぞ!
「何冊ある?全部出して」
西野ってテキパキ女子だな!
1度も使ったことないノートを5冊
ドサッと鞄から出した。

西野が目を・・にした!
「えー!羽山君!!何コレ?
全部『まっさら』なんだけど、ウケるー!
マジで何しに学校来てんのー」
初対面ではないんだろうけど
ほとんど初対応なのに・・・爆笑された。
「羽山君は英語ね!
スペル覚えながら写すんだよ!
私は現国写すから!今日から休み時間は
毎日やるんだからね!」
西野は自分のノートを出して写し始めた。
もう、無理とか言ってらんない状況だ!
西野の荒業に圧倒された僕も
黙々と写し始めた。
休み時間毎に『作業』を始める西野
いつの間にか西野の友達も何人か
他の教科のノート写しを手伝ってくれていた。
多分・・・9教科ぐらいはあったと思う!
いつの間にか休み時間になると毎日
僕と西野の周りは『作業場』になっていた。

 さすがに鈴木は次の授業の予習に
専念してるみたいだった。
「西野を取られて悔しいか!」
また負け犬は吠えていた。

 西野とクラスメートの助けで、終業式までに
全教科のノートを写し終えた。

「みんな~本当にご苦労様!」
達成感から出た、何て気持ちの良い言葉!
その直後に西野が立ち上がった!
「羽山君!!『ありがとう』でしょうー!」
西野の仁王立ちは、お手本の様だった。
「あっ!すいません。有り難うございました」
西野を初め、手伝ってくれていた皆に
深々と、頭を下げた。
この時、西野が叫んだ声に何かを感じていた。

 なんだかんだと大変な数日間だったけど
なんとか無事に終業式を迎えられそうだ。
それからはノートをきちんと
取るようになっていた。
『作業』のお陰でクラスメートが近くなり
トイレも教室の前に行くようになり
近くなった。

ん?終業式にトイレ!
そう!美里ちゃんが退職してしまう
今なら心から『おめでとう』と言えそう
そして手に入れたい物を、ゲット出来る!
気がしてた。

 朝のホームルームです
いつもの『羽山ネタ』です
「ノートできたみたいやなっ、しかし!
これで終わりじゃないからな!
俺のクラスから留年なんかしてくれるなよ!
だいたいお前はやなー
やったら出来るのにやな・・・・・・」
「先生!保健室行ってきます。」
「コラー羽山ー!!俺の話し聞いてんのかー」
大嶋先生が怒鳴る中
教室から出て行く僕にクラスメート達が
「がんばれー」と、叫んでくれてた。

 かなり久々の保健室
「美里ちゃん久しぶり!」
いつものテンションで保健室に入れた。
「ワォ~羽山君!」
ちょっと驚いた顔の美里ちゃんは
やっぱり可愛いかった❤️

「美里ちゃん!どうしても欲しい物があります」
「本当に羽山君て・・・・・・とことん楽しいよね!」
美里ちゃんはニコッと笑った。
「何?欲しい物って、私が渡せる物じゃないと即、脚下だからね!」
今度はちょっとマジな顔だった。
「『入室時は必ずノック』の貼紙」
僕も真似してマジな顔で言った。
「あら!あんなのでいいの?」
狐につままれたような顔した美里ちゃんが
貼紙をきれいに剥がしてくれた。

 最後の保健室と決めて来た日
いろんな美里ちゃんの表情が見れて
嬉しかった。
美里ちゃんが言った
私が渡せる物って何だったんだろう?
ちょっと気になった。

 終業式
2年生も3学期を残すだけとなる。

学校のアイドル!美里ちゃんとのお別れ!
もあって、下校時には大勢の生徒が
美里ちゃんを囲んで涙の終業式となっていた。

僕は遠くから『おめでとう』と
心のなかで祝福して
バイクのある空き地へ向かった。

バイクにまたがりメットを被ろうとした時
ハンドルに小さな紙袋がぶら下がってた。
 なんだコレ?
 開けてみた!
『美里 恵子』白衣に付けていた名札だった
美里ちゃんが考えてた
「私が渡せる物」って・・・これだったのか!
貼紙と名札は
『青春の大きな大きな1頁』になった。

 3学期が始まった
冬休み明けのクラスメート達は
アチラコチラで土産話に盛り上がる!
毎日バイトの日々だった僕には
無縁の場だった。

「羽山君、おはよう!」
挨拶してくれるクラスメートが
かなり増えてきた。
相変わらず「おう!」と返すだけの
コミュニケーション力0な奴だったが
以前より声が大きくなっていた。

 真冬のバイク通学は寒すぎる!
教室に入って席についても
すぐトイレに行きたくなるけど
『今は』教室の前にあるので有難い。
離れたトイレまで行ってた日々が
随分昔に思えるようになった。
少しは格好いい男に・・・なれたかな?

「もう1回2年生やりたいか!」
かなり効果ある言葉だったんだろう。
授業中もクラスメートと同じ環境で
過ごせるようになっていた。
短い3学期で留年の危機を免れたのは
大嶋先生のイジリや自分の頑張り!
もあっただろうけど、何より
クラスメートの存在が大きかった。

 高校3年生
3年生になれた
とりあえず良かった。
そして新しいクラスに新しい担任・・・・・・
やっぱりそこには・・・興味が無かった。

 それでも新しいクラスと担任は発表される!
親友の本多と河崎とは3年間1度も
同じクラスになれなかったことは
ちょっと・・・いやっ!かなり寂しかった。

 新しいクラスメートに西野が居た!
「羽山君、また同じクラスだね!宜しく。」
沢山居てる女子の中で僕に話し掛けて来る女子は、西野ぐらいだった。
僕も少しは会話しようと精一杯の爽やかさで
西野に話し掛けた。
「西野とは2年連続同じクラスだね!
これも何かの『縁』だね。」
好青年風に精一杯愛想良く言ってあげた。

「はー!マジですか!!3年連続なんですけどー
本当に、信じらんないや!」
西野は完全に呆れてた・・・
1年の時のクラスメートのことは
全く記憶にございませんから!

でもしかし!
鈴木と3年連続同じクラスになったことは
確信出来た。
心の中で『何でやねん!?』とツッコんでみた!
そして新しい担任は
今でも思い出せ無いぐらい
興味のない先生だった・・・

 3年生になっても毎朝
「羽山君、おはよう🎵」
鈴木と西野の爽やかな挨拶が続く
やっぱり返事は「おう!」だった。
すると・・・
「相変わらず朝から無愛想だね!」
西野が絡んできたのは、3年連続を
2年連続って言ってしまったのを
根に持ってるからなんだろうか?
とりあえず今までには無かった
教室での変化だった。

 何とか順調に高3を過ごして行き
季節が良くなると
バイクで走りに行く日も増えて行った。
しかし最初の頃に比べると
一緒に行く仲間は減っていた。

そう!本多にも河崎にも
彼女ってのが出来ていた。
何よりも大きな原因は、車だ!
18才になると次々に車の免許を取って行く
河崎も西野も夏には取得予定だ
僕と本多は早生まれの為、暫く我慢💦

 いつもの昼休み
本多の様子が少し変だった。
「元気ないな!早速、彼女にフラれたんか?」
余裕の河崎がサラリと言った
「発表します!明日から3人での昼休みを・・・
卒業します!!」
嬉しそうに本多が言うと
「はあ!」
僕と河崎が綺麗にハモった🎵

「実は明日から
彼女が弁当作ってくれる事になって・・・
一緒に食べる事になっちまってさー」
幸せ絶頂期の本多は、申し訳なさそうにしてたが目が笑ってた。

 次の日の昼休み
本多は来なかった。
彼女が作る弁当=彼女との時間>男の友情
この方程式を理解してやるのも男の友情だ!
「河崎は彼女と食べないのか?」
あっ!河崎の彼女は女子校だった💦
シクジッタ顔した僕に
「ハハハ弁当は羽山と食う方が旨いからな!」
やっぱり河崎には余裕を感じる。
「それより羽山は彼女欲しくないのか?」
興味なさそうに河崎が聞いて来る
聞くならもうちょい興味持ってくれ!

「欲しいとか、欲しくないとかじゃなくて
自然にできるもんやろ!」
ちょっと格好良く答えてみた。
「それは非常に良くない答えやな!」
「何故に?」
「羽山、童貞のまま卒業する気か・・・」
そうだ、高校生活には重大な『しきたり』があったのだ!
河崎は何もかも余裕じゃないか!
「美里ちゃん美里ちゃんとか言ってるから!
だいたいやな大人のあんなイイ女がだよ
高校生なんか相手する訳ないやろ!」
まあ・・・よくよく考えてみれば
おっしゃる通りです
河崎って変な所を説教するんだな!

河崎の攻撃は、終わらない!
「西野ってさ、きっと羽山の事が好きだな!」
また、ややこしい事を言いやがる・・・
「西野って、ずっと鈴木と仲良いからな
もしかして付き合ってるんかもよ!」
サラッと河崎に反撃してみた
「羽山って本当に、何も知らんねんな!
鈴木と西野は生まれた時からの幼馴染
家は隣同士、父親同士が学生時代の親友
ずっと家族ぐるみの付き合いや!」
机をコンコンコン叩きながら
丁寧に説明してくれた河崎先生!
勉強になります。

「河崎は何でも知ってるんやな!」
「俺は鈴木と西野と同じ中学やからな」
それも、初耳ですから!
 あと、西野はかなりレベル高い私立高校を
合格したのだが、かなりレベル下げて
今の公立高校を受験して入学したらしい。
僕の合格率は30%
死ぬ気でやっても50%ないな!
そう言われながら合格した学校だった。
そりゃ!あの2人がズバ抜けてるのが
納得できます。

 鈴木の父親は医者で、鈴木も小さい頃から
医者を目指してるらしい。
私立高校受験に失敗してドン底だった
彼を気遣い心配して、西野は
鈴木と同じ学校を受験したのではないか?
そう言われてたらしいが、真実は
河崎にも分からないらしい。

「アレレ!今日は本多君休み?」
噂をすれば、西野が話し掛けて来た。
「本多は、彼女が独占中だ!」
河崎は、何を言っても余裕を感じる!

「アーアーア!全くわかんないや!!」
僕がバイトから帰ってきたら
冷蔵庫開けながら妹がボヤいてた。
高校受験前の妹、遥には
目指してる学校がある。
なかなかレベルの高い私立高校だ!
塾にでも行かせてあげれば
もっと伸びるんだけど我が家には
そんな余裕がない・・・
したがって、自力で頑張るしかない!
妹の志望校を知った時は
遥だけに遥かに兄を超えていると確信した!
そんな妹がボヤいてる問題集を覗いたら
志望校の過去問題集だった。
妹は解けない問題にチェック入れてたので
コッソリ学校に持って来てた。
西野が良いタイミングで話し掛けてきたので
問題集を見せた。
「なあ!このチェック入れてる所、解ける?」
 問題集を見た西野が
「あれ!ここ、私が受験した学校なんだけど!」
西野が合格した私立高校だった
西野って天才なんだ!と知った。
「何で!羽山君がこんな問題集持ってんの?」
中学3年の妹が目指してる学校だと説明した。
「ワオ!羽山君て妹が居てるんだ!」
いちいち西野のリアクションが
嫌いでは無かった。
西野は「ちょっと貸りるね!」と
問題集持って自分の席に戻った。
授業が終わり帰る時
「解き方書いたレポートを挟んであるから!
じゃねー、また明日✋」
ビッシリ書かれたレポート用紙3枚を見て
もしかして西野って鈴木より天才?
何故か鳥肌が立った。

バイトから帰ったら案の定
妹が過去問題集を探してた!
「ゴメンゴメン🙏
解き方のレポート挟んであるから!」

 妹はレポートをて見て
ギロッと僕を睨んだ。
「まさか!お兄ちゃんが?」
遥の声が裏返っていた
「んな、訳ないやろ!」
「だよねー!そーんな訳ないよね」
何故か、ホッとした表情の妹だった。

「凄い!凄い解りやすい!
高校の先生にお願いしてくれたんだね」
喜んでる遥の笑顔は
バイトの疲れも一撃で癒してくれる。

 次の日
「西野!ありがとう。
先生に頼んでくれたんだー!って
妹が感激してたよ」
ちゃんとお礼を言っておいた。
「羽山君の妹って塾は行ってないの?」
塾行かせてやりたいけど
行かせてあげる余裕なんか無いから
自力で塾通いのライバル達と戦ってるんだ!
そう西野に説明した。

「羽山君の家って学校から自転車で何分?」
「15~20分ぐらいかな!」
我が家に何か用か?
「地図書いてよ!」
おっ!地図は得意なんだぞ!
「こんな地図で分かるかな?
赤いパッソルが置いてある豪邸だ!」
とりあえず書いてみた
「OK!分かる分かる!羽山君バイクでしょ
先に帰って妹に説明しといてね!」
「何を?」
「今日から先生だよ!放課後家庭教師✌️
妹なんて名前?それからパッソルって何よ」
西野は荒業の持ち主だった
パッソルは父が乗ってた原付だ。

 ちょうど梅雨の真っ只中、雨の朝
「羽山君、おはよう🎵」
鈴木の爽やかな挨拶に
「おう!」
無愛想な返事をした後
「朝の峠に連れて行ってほしい」
誰から聞いたのか?
鈴木がややこしい事を言ってきた。
高校3年、鈴木には大学受験がある
高校受験の失敗談を知らされてるだけに・・・
「お前はこの時期に俺とかバイクに
関わってる場合じゃないやろ!
それに峠を走るんやったら
繋ぎ、ブーツ、グローブを全部揃ってないと
連れて行かれへんな!」
やんわりと断ってみた。
「もう、全部揃えたよ!
本多君がバイクショップに
連れて行ってくれたから」
本多め!こんな所で活躍すんなよ💦
じゃあ、峠も本多と行けよ!と思いながら
他に断る理由が無いものか!考えていた。

 昼休みに珍しく本多が来た。
「おう!本多どうした?フラレたか!」
河崎の言い方は、いつも余裕を感じる。
「いつも同じ物じゃ飽きるだろ!
たまには違うのも味わっとかないとな」
本多も余裕を見せていた
「彼女ってそんな扱いでいいんかよ?」
居たこともないのに!言ってしまった
「童貞には難しいよ!」
本多にまで言われた💧
「本多は確実に、浮気するよな!」
河崎がサラッと反撃してくれたのかな?

「そんなことより、いい話があるぞ!」
本多が嬉しそうな顔して・・・
「昨夜、遥ちゃんにパン持って行ったら
なななななんと!羽山の家に西野が居たぞっ」
なんでもかんでも、すぐに喋りやがる!
「なっ?何ですとー!!」
珍しく河崎が取り乱した
「羽山っお前っ!とうとう・・・童貞卒業!」
河崎が壊れた。

放課後家庭教師の経緯を説明して
さすがに僕がバイトから帰る時間には
西野は帰ってると説明した。
2人共『期待ハズレ』みたいだったが
『いいネタ見つけた!』
みたいな顔してやがった!

 本多の家は地元で有名なパン屋さん🍞
本多の父親が焼いた食パンは最高に美味しい!
中学時代から毎晩のように
食パンを持って来てくれてる。
親に言われてなのか
本多自身の意思なのか
僕の家が貧乏だからなのか
本多からは聞いた事がない
僕も聞く事はなかった。

 朝食に本多の食パンを食べるのが
我が家の日課になっていた。
「本多君とこの食パンは本当に美味しいよね🎵」と、笑顔になる母と遥に毎朝癒される。

 とりあえず今の所・・・
西野と特別な事は何も無い。
勉強は出来るし容姿も悪くない
小柄なのに迫力あるし明るく元気で活発だ
これと言って代表する欠点も無いのだが
確実に男を尻に敷くタイプだろう。

 そんなことより!
早朝の峠へ連れて行って欲しいと
鈴木に言われてる事を本多と河崎に
相談してみた。
「鈴木は繋ぎ一式買ったから
いつでも行けるぞ✌️」
本多に悪気は無いんだろうけど
峠に連れて行くのは俺だ!
「行ってやれよ!
鈴木は羽山の事が好きなんだから」
河崎の言葉には説得力があるだけに
反論する気にもならない!
前向きに考えてはみるが基本は断る方向だ。

鈴木と西野は何故?
得する事なんか1つも無いのに
僕みたいな奴と関わりたいのか・・・・・・
謎だった。

 僕は毎日バイトで夜遅くに帰宅する。
母は不規則な勤務で毎日頑張ってくれてる
夜は僕が帰宅するまで
一人ぼっちの日が多い遥も
志望校合格の為に勉強を頑張ってる。
西野は毎日短い時間だが
遥の放課後家庭教師をしてくれている。

 僕が帰宅すると、まだ遥は勉強している
人って、こんなに勉強出来るもんなのか?
と思わせる位だ!
自分には絶対真似出来ないだろう。

「お兄ちゃん、お帰りなさい」
いつもニコッと微笑んでくれる。
「いいのかなー?私ばっかり」
最近、遥が口にする様になっていた。
母は必死で働き、兄は夜遅くまでバイト
西野にまで勉強見てもらってる。
みんな頑張ってくれてるのに
自分だけ何も出来なくて申し訳ない・・・
そんな事を言うようになっていた。
「志望校合格の為に、将来の夢の為に
遥も皆と同じで頑張ってるんだから
申し訳ないとか言うな!」
遥には後悔のない様に頑張ってほしい。
母も僕も遥が居てくれるから頑張れるんだ!

しかし何で西野は赤の他人の遥の為に
そんなに頑張ってくれてるのか?
不思議だ。

「ねえ!紗絵ちゃんて彼氏居てる?」
いつの間にか、遥は西野の事を『紗絵ちゃん』と呼ぶようになっていた!
「西野に彼氏?居てないやろ!」
考えた事もないから知らなかったけど
適当に答えてみた。
「居ても不思議じゃないのにね!
紗絵ちゃんには欠点ないのにな・・・・・・
お兄ちゃんは彼女居てる?」
ちょっと大人になったのか?遥は何か企んでやがる!
「居てません!興味ありません!
オマケに時間ありません!」
3拍子揃えて言ってやった!
ついでに西野には弱点もないぞ!と
教えてやりたかった。
「本多君がパン持って来た時にね
紗絵ちゃんとお兄ちゃんって
お似合いだよなー!って言ってたよ」
遥はニヤニヤしていた!
西野が来る様になってから
よく会話してくれる様になったし
笑顔も多くなった遥には
癒されてばかりだった。

しかし本多はお喋りだ!

 梅雨明けすると、もうすぐ夏休み☀️
僕には朝からバイトできる最高の儲け時だ。
しかし、大学受験を控えてる人達には
高3の夏って、正念場なんだろうな!
そんな事を思ったら気になる事があった。

 河崎と2人きりの穏やかな昼休み
本多は彼女の愛妻弁当タイムだが
以前とは別の、新しい彼女に変わっていた。

本多が居てるとややこしくなるので
このタイミングで・・・

 同級生の女子で僕に関わってくるのは
西野ぐらいだ!とか
西野も大学受験があるのに
遥の放課後家庭教師してくれてる。
鈴木の為に行きたかった高校も諦めた。
遥のせいで大学受験が
上手くいかないかもしれない。
ちゃんと自分の受験勉強が
出来てないかもしれない。
そんな事を長々と河崎に話してみた!
「素直に言えよ!西野の事が心配だって。
鈴木と西野の高校受験の件は
羽山が口出しすることじゃないけど
遥と西野の件は直接聞いて見たら?」
河崎は僕の後方をジーと見て・・・笑った。
何だろ?と振り返ってみたら
僕の真後ろで西野が仁王立ちしてた!
「まずは、心配してくれてアリガトウ」
仁王立ちの西野が不気味に笑った
この時点で僕の完敗は確定していた。

「私は、誰かの為!とか
誰かにしてあげてる!とか
誰かのせい!とか思った事ないですから。
自分の受験勉強もバリバリやってます!
この学校に来たのも
遥の放課後家庭教師してるのも
羽山君を見てるのも、全て!
私の考え!私の意思!だけで
やりたくてやってる事ですから!
他に聞きたい事は?」
今までも、これからも・・・・・・
これ以上の体験は出来ないだろう💧
「も、もう、ないです💦」
僕は後ろを振り返ったまま
初めての金縛りを経験した。
「西野の圧勝だな!」
河崎は嬉しそうだった。
「もう1つ!今はこの高校に来て
大正解だったと思ってるから!!」
西野は捨てゼリフを残して戻って行った。

「西野め、上手いこと言ったな!
『羽山を見てる』だってさ」
河崎は西野の方を見つめて、呟いた。

 次の日の朝。
「羽山君・・・おはよぅ」
ありゃ?西野が女子みたいになった!
「おぅ!」
僕の返事も調子が狂ってしまった。
「羽山君、おはよう🎵」
よし!鈴木は変わり無く爽やかだ。

 もう夏休みまで残り僅かになっていた。
休みに入ってしまうと
鈴木のお願いを聞いてやれなくなる。
鈴木には大学受験がある
この夏休みから追い込みの
重要な時期かもしれない
大学受験なんか関係無い僕だけど
鈴木の事を考えると夏休み前に
約束する事にした。

「鈴木!終業式の早朝、麓の土産物屋に集合な」
鈴木が西野と話してる休み時間に
峠の麓にある土産物屋までの地図を
書いて渡した。
「保!良かったね!
ホント羽山君て、地図書くの上手だよね!」
西野に地図を誉められた・・・
一度通った道は直ぐに覚えれる
何処に何があるだとか、方向とか、標識
地名等々全て頭に入る
地図は特技と言っても良いかもしれない。
それから「保」?
鈴木は「鈴木 保」なんだ!
この時初めて知った。
因みに西野は「西野 紗絵」だと知ったのは
遥から聞いたからだ!
「遅刻するなよ!それから
土産物から上には絶対に1人で行くなよ」
鈴木と初めての約束は何故か
最高潮に照れ臭かった!
「ありがとう!ホントにありがとう
絶対に遅刻しない、土産物屋から上には
絶対1人では行かない!約束するよ。」
物凄く嬉しそうに話す鈴木を見て
物凄く恥ずかしくなった・・・
何で?鈴木に「ありがとう」と言われて
あんなに恥ずかしかったのか
今でも分からない。

「鈴木が毎日バイク通学してる理由
知ってるか?」
河崎が聞いてきた。
勿論、知ってる訳が無い!
「通学の時間を使って毎日練習してるんだよ。
ちょっとでも羽山に追い付きたいんだろ!」
河崎に知らない事って、あるんだろうか?
「まー!どんだけ頑張ってもあの峠で
羽山に付いていける奴は居ないけどな!
俺、以外」
いつでも能天気な本多の言う事は、確かに間違いではないが、正解でもないぞ。

 居酒屋バイトは2時間程だが
やり甲斐がある
父がよく通っていた店なので
僕もよく知っている。
店長も良い人で、僕が出勤する前には
洗い物を、てんこ盛りにしてくれている。
それを必死で洗い、片付けるのに
達成感があった。
終業式前日の夜も、てんこ盛りの洗い物を
片付けて帰宅した。

 遥は、もう寝ていた
帰宅しても洗い物がある。
起こさないように、静かに洗い物をしてると
「ゴメン!お兄ちゃんお帰りなさい。私が洗っておくからお風呂入ってきて」
毎日、勉強で疲れてる遥を起こしてしまった!
いちいち優しい遥は、全力で応援したくなる。
「いいから、寝れる時にしっかり睡眠取っとけよ!」
洗い物は僕の方がプロだ✌️
さっさと済ませて風呂に入り
朝早いから早く寝ないといけなかった。

 母は夜中に帰宅する
朝、遥と僕を起こして朝食の用意して
弁当作って、2人を見送って
洗濯して・・・昼までにはまた出勤してくれる
そうやって毎日、普通の朝を
迎えさせてくれる。
言葉にしたこと無いけど感謝しかなかった。
そして、その日も普通に起こしてくれた・・・

「あれ!今・・・何時?」
起きた瞬間、母に聞いていた
「何を寝ボケてんの!
終業式でしょ早くしなさい」

 起きれなかった!
やっぱり寝ずに約束の時間まで
起きておくべきだった。
これは完全に僕が悪い、素直に謝るしかない
真っ先に鈴木に謝りに行こう!
そう決意して学校へ向かった。

 教室に入ると朝から、本多と河崎が居てた。
鈴木の峠での話しを聞きに来たんだろう!
西野と3人で何か話してる様子だった。
僕に気が付いた3人が近付いて来て
「鈴木は?」
男3人でハモった。

鈴木はまだ登校してなかった
ギリギリに登校する僕より遅いはずがない。
「保と峠に行ってたんでしょ!」
西野は心配そうだった。
確実に怒られるのを覚悟して
起きれなかった💦と正直に話すと
西野は何も言わずに
職員室まで聞きに行った。
「保、体調不良だって!連絡あったみたい」
西野は、ホッとした様子だった。
「あんな朝早くから待ちぼうけじゃあ
体調も悪くなるよ!
ちゃんと反省して謝りなさいよ!」
はい・・・心得ております。

「まさか鈴木の奴・・・
1人で上まで行ってないよな」
本多が呟いた
河崎も難しい顔で峠の方を見てた。
「なんか、土産物屋から上には
絶対1人で行くな!とか言ってたよね
あれ何なの?」
当然、西野は知らなかった
土産物屋から上は始発時間になると
登山バスが走る事を。
もしかしたら!とか思っていたけど
その時は学校に入っていた
鈴木からの連絡を信じるしかなかった。
終業式が終わってから
鈴木の家に謝りに行く事を
西野に約束させられた!
今まで友達の家なんか
行った事あっただろうか?
本多のパン屋ぐらいしか記憶になかった
どんな顔して行けばいいのか戸惑ってた。
とりあえず西野が付いてきてくれる
それだけは心強かった。

 終業式が終わり、最後は教室で
ホームルームがあるので
席に着いて担任を待っていた。

担任が教室に入って来ると
「残念な連絡があります。
今朝早く、鈴木が事故で・・・・・・」

クラスは静まり返った

「何処でですか?」
沈黙の中、僕は立ち上がっていた。
「県境の峠で登山バスと・・・・・・」
僕は教室を飛び出していた
先生やクラスメートがざわついてる中
「羽山君!」
西野の声だけがハッキリと聞こえていた。

 無我夢中だった。
どうやってここまで来たのか・・・
覚えて無いぐらいバイクを走らせていた。
分かっていた、居てるはずがない
待っていても鈴木は来るはずがない
あいつはもう居ないんだ・・・
ちゃんと起きてたら
ちゃんと約束守ってれば
鈴木は死ななかった
頼む・・・頼むから来てくれ
そう願ってた。

 どれぐらい待っていたんだろうか
4ストのモリワキサウンドが近付いて来る
かなり遠くからだが
河崎のバイクだと直ぐに分かった。

「いつまで待ってるつもりだ?」
河崎の言葉に何も・・・答えられなかった
しばらく2人は何も話さなかった。

「何で、ここに居てるの分かったんだ?」
自分でも無意識に来ていたぐらいなのに
「羽山が何処に行くかぐらい
直ぐに分かるよ。」
ホント河崎って、何者なんだろう?
「自分のせいだと思ってるだろ
ちゃんと起きてたら
ちゃんと約束守ってればって思ってるだろ」
河崎だって同じ事を思ってる
いや、誰でもそう思うのが当たり前だ
もう、何も言い返す事が出来なかった。

「明日、クラスメートは葬儀に出るから
学校に集合だ。それだけ伝えに来たから」

河崎はバイクに股がりエンジンをかけて
「それから・・・
今、羽山が考えてる事は間違いではない
しかしそれが答えではないからな。」
そう言って河崎は走り去った。
何が正解だとか、何が間違いだとか
もうどうでもよかった
自分のせいで鈴木を死なせてしまった事
それは事実なんだから・・・

 もう学校には居られない
本多や河崎、そして西野
クラスメート、先生・・・
もう誰にも合わす顔なんてない。

夏休みが終わったら、全て終わりにしよう
この場所から、この状況から逃げ出そう
卑怯者で弱虫で負け犬の僕は決意した。

『僕の心に巣喰う卑怯者の芽を摘んで
   もう少し自分に胸を張って生きられるはずさ
   わかち合えた友達や見守っていてくれた
   温かな人の輪の中から
   もう旅立つ時なんだろう
   想い出一つも残さずに明日出てゆこう
   絆は愛を求めて泣き声を上げるけど🎵』

この歌は心に刺さります。

 夏休みは誰とも会うことがない。
今に始まった事じゃなく、毎年のことなので
いつもと変わらぬ
バイトずくめの日々を過ごしていた。

「お兄ちゃんのクラスの友達
亡くなったんでしょ」
遥の言葉にドキッとした
「遥、誰に聞いたんだ?」
「紗絵ちゃんだよ!
明日法事だからお兄ちゃんに
伝えといてって、頼まれたの」
夏休みも時間作って、遥の家庭教師をしてくれてるみたいだった。

僕なんかが顔出したら
鈴木の家族がどう思うのかぐらい
西野には分からないんだろうか?
家族の命を奪った僕を
どうやって受け入れるんだよ!
皆の前で家族の前で
頭を下げて謝るしか出来ないのに・・・・・・
しかし、そんな度胸も無かった。

「制服。出しておくからね」
「うん」
遥はどこまで知らされてるのか
不安だったが何も聞かずに頷いておいた。

 次の日
いつも通り朝からバイトに行き
いつも通り帰宅した。
「お兄ちゃん、法事!行ってないでしょ」
怖い顔した遥が、玄関で仁王立ちだった。
前で腕を組む西野スタイルとは違い
腰に両手を当てるのが遥のスタイルだった。
「あー、バイト休めなかったからな」
何で、そんなに怒ってんの?
みたいな感じで返事をした。

「そんなにバイトが大事?友達なんでしょ!
嫌いだよ。そんなお兄ちゃん」
遥にまで・・・悲しい思いをさせてしまう
もう僕の存在は罪悪感の塊でしかなかった。

 今まで皆に迷惑ばかり掛けて来た
高校生活だけど、毎日が楽しかった。

夏休みが終わり、登校の日
『学校に行きたくない』と思ったのは
高校生活でこの日が、初めてだった。

 その日はいつもより早起きだった
いつもは母に起こされてるのだが
自分で起きて大好きな朝食も食べずにいた。

「あら、どうしたの!今朝は何かあるの?」
母と遥は不思議そうにしていたが
何も言わずに家を出た。
動かなくなったパッソルを
夏休み中にコツコツ直しておいたので
それに乗って学校へ向かった。

 本多・・・小学生からいつも一緒で
いつも楽しく明るく振る舞ってくれた。
 河崎・・・高校に入ってから友達になってくれて、いつも説得力ある言葉と知識で接してくれた。
 西野・・・女子では珍しく何かと僕に関わってきては、いつも助けてくれた。
 大嶋先生・・・ いつも僕に適切な指導をしてくれた、今は担任を外れて生徒指導になった。
 鈴木・・・心を開けず、素直に接する事も出来ないまま、僕のせいで永遠の別れになってしまった。

 感謝の気持ちや伝えたい事が
溢れ出てくるのに・・・・・・
素直に向き合う事が出来ずに
それら全てを裏切り
この場所から、この状況から
逃げ出す事しか考えてなかった。

 まだ本多と河崎のバイクは無かった
そして鈴木のバイクは
もう見る事はないんだと思うと
罪悪感しかない場所になっていた。

 生徒の姿も少ない
こんな朝早くに登校するのは初めてだった。

僕は迷わず大嶋先生が居てる
生徒指導室へ向かった。

「失礼します」
躊躇することなく扉を開けた!
「おう、羽山!さっそく来たか」
何故か大嶋先生には
僕が来る事を知ってたかのようだった。

「先生、色々有り難うございました」
頭を下げて『退学届』を出して
部屋を出ようとした。
「ちょっと待て!」
やはり、止められるだろうと思ったが
僕の意思は変わらない。
「これじゃダメだ!
事務局で専用の用紙貰って来て
親御さんの承認もいるぞ」
止めるどころか
正しい手続き方法を教えてくれた!
「用紙は俺が用意しといてやるから
お前は親御さんにちゃんと話しとけ」
思ったよりスムーズに段取りをしてくれた!
やっぱり大嶋先生は話しの分かる人だ。
「約束しろ!手続きが終わるまでは
きちんと登校すること
まだ誰にも言ってないなら、黙っておけ!
全部俺に任せろ」
それだけ約束すれば大嶋先生が
退学までの手解きをしてくれると言う。

「はい。宜しくお願いします」
やっぱり大嶋先生に提出して良かった!
本当に期待と興味の持てる先生だ。

かなりの不安から解放されて部屋を出た
ちょっと気分が楽になった僕は
教室へ向かった。

 また、僕の席に3人が集まっていた。
だいたい予想は出来ていた
いつもギリギリに登校する僕のバイクが
彼等より先に置いてあるのだから
パッソルで来たのは
ちょっとしたフェイクのつもりだったが
やはり彼等には見破られていた。
「えらく早い登校だな」
まずは河崎だった
「パッソル直したんや、流石!羽山」
本多は普段通りだな
「どこ行ってたの!」
既に怒ってるんだよ!西野は

きっと、この3人には誤魔化しは通用しない
ここで退学届の事を話したら
確実に公開処刑だ、何か策は無いものか?
考えていると
「3年 西野!生徒指導室まで来なさい🎵」
校内放送で大嶋先生に呼び出された西野
ナイスタイミングの大嶋先生は
やはり僕の味方だった。
「あれ!西野なんかやらかしたんか?」
本多も西野の方に目が向いた
「よし、教室に帰るぞ」
河崎は本多を連れて
それぞれの教室に帰って行った。
その時、河崎が僕を見てニコッと笑ってた
いつも思うのだが河崎って
何もかも結果を知っている様なのだ!

 しばらくしてから西野が教室に帰って来た
何も言わずに自分の席に座り
鈴木の席をジーっと見てるように見えた
いったい何の用事で
生徒指導室へ行ったんだろう?
まさか!大嶋先生が秘密を喋ったのか?
いや!それなら西野が黙ってるはずがない
大人しく帰って来た西野を見ると
退学届の件は関係ないだろう。

 普通に新学期が始まる
何事も無かった様に1日が過ぎてる
「羽山君、おはよう!」
西野も何事も無かった様に、挨拶をする
今の所、退学届の件は知らないな!
昼休みも弁当を持って河崎がやって来る
本多も彼女と仲良くしてる
この2人も大丈夫そうだな!
本当に何事も無かった様に3日が過ぎた。
そろそろ退学届の用意が出来ても
いい頃じゃないのか?
僕は大嶋先生の所へ確認しに行った。
「ぼちぼち出来る頃やぞ!」
大嶋先生には、普通の事務処理の様だった
退学届の用意て時間かかるんだ!と思った。

 昼休みに本多が来た
あれ?今日は愛妻弁当無しかな!
しかし河崎と本多は何も言わずに
僕の席を囲んで座った
何か不気味な感じだった。

「用意出来たよ!」
西野が封筒を4枚持って僕の席へ来た
「はい!本多君」
「はい!河崎君」
西野は封筒を2人に渡した
そして、僕にも封筒を渡した。

「茶封筒に『退学届』って書いてるだけで
中身も無くて、名前も書かないで
大嶋先生に提出してるんだよ!
羽山君らしくて笑っちゃうよ」
西野はケラケラ笑っていた。

「完璧だな、流石!西野」
本多と河崎が中身を出して感心してるし
西野は『どんなもんだい』みたいに
ドヤ顔してるし
「後は、名前書いて親の署名捺印だけだから!」
西野の説明に本多と河崎もオッケー!了解!
とか返事してるし
「お前達、何なんだコレ?」
僕には理解不能だったが
とりあえず大嶋先生にハメラレタ!と
確信できた。
「羽山君が居ない学校は、意味無いから」
西野の言う事には呆れて言葉も無かった
本当にいい加減にしてくれ!その思いが爆発した。
「本多と河崎まで巻き込むなよ!
いい加減にしてくれ!
もう関わらないでくれ!
辞めたきゃ勝手に辞めればいい
とにかくもう俺の事は
ほっといてくれ!」
誰かに、こんなに怒鳴ったのは初めてだった。
「お前っ!西野がどんな気持ちで
こんな事してるのか・・・」
本多が叫びながら掴みかかってきたが
河崎に羽交い締めにされていた。

「俺は西野から大切な人を奪ったんだぞ
憎んで恨んでくれよ!
その方がよっぽど楽なんだよ」

西野の気持ち、本多と河崎の気持ちを
素直に理解しようともせず
自分が楽になりたいためだけで
この場所から、この状況から
逃げ出す事しか考えてない弱い人間だった。

「羽山君は何も奪ってないよ・・・・・・」
西野は泣きそうになってた
続けて話そうとしたが
「このアホは、西野から1番大切な人を奪おうとしてるのが分からんのかな?」
こんな怖い顔の河崎を見たのは
初めてかもしれなかった。

「3年 羽山!生徒指導室まで来なさい🎵」
ナイスタイミングで大嶋先生の校内放送で呼び出された!
「羽山、答えを探すんじゃない
間違いに気付けよ!」
まだ興奮してる本多を制止しながら
言ってくれたんだが
いつも難しいんだよ・・・河崎の言葉は。

「失礼します」
生徒指導室に行った
「西野から退学届、受け取ったか?」
もしもし!あなたは本当に
信用してもいいのでしょうか?
「お前は、まだ1度も
鈴木の所へ行ってないらしいな」
完全に西野と手を組んでいる!
「鈴木の家族は、僕の顔なんか
見たくもないでしょ!」
素直に思ってる事を口にした
「このまま鈴木を待たせたまま
終わりにする気か!ちゃんと会ってこい
それが条件や!
その後は辞めようが逃げようが
お前の自由にすればいい」
先生の言ってる事は正しいと分かっている
正直、鈴木と鈴木の家族に会うのが・・・
怖かった
謝って許して貰おうとは思っていない
しかし僕には謝る事しか出来ない
どうせ、ここから逃げ出すんだから
鈴木にきちんと謝ってからにしよう。
「先生、行ってきます」
僕は、決意した。

「よし!行くよ」
決意したとたん西野が入って来た
完全に大嶋先生と西野は、手を組んでいる!
「西野が付いて行ってくれるからな
西野の自転車で行ってこい!
鈴木の家には連絡しておくから」
西野の自転車で2人乗りかよ!
教師が指示する事ではないぞ。

 西野に連れられ学校の駐輪場へ向かい
西野の自転車の後ろに乗った。

「こら!普通は男が前でしょ」
ボヤキながらも西野は
自転車を走らせていた。
鈴木の家までは5分程らしい
そして西野の家と隣同士だ
初めて見る西野のプライベートと
鈴木の家族にどんな顔して会えばいいのか?
道中2人乗りの自転車には
一言も会話が無かった。

 これまた立派な豪邸が二軒並んで建っている。
近代的な洋風造りと昔ながらの日本風造りだ、
鈴木の家は洋風の豪邸だった。
と言う事は、日本風の豪邸は西野家!
僕には世界の違う二軒だった。
門の前で西野がインターホンを押した
門の向こうに玄関が見えるのだが
もはや意味不明の距離だった。

 玄関が開いて鈴木の母親らしき人が出て来た
西野と親しそうに話す姿は、流石に幼馴染みのお隣さんだ。
僕は西野の後に付いて玄関に通された
既にこの時には、謝るタイミングばかり考えていた。
鈴木の母親は西野と何か話して
家の奥へと入って行った
僕は西野に連れられて家の中へ進んで行った、家の中をこんなに歩いたの初めてだ!
そして鈴木の居る部屋に着いた
その部屋は一瞬で分かった
鈴木の使ってた部屋だと。

 西野は手馴れた手つきで線香に火を着け
手を合わせた
僕も続けて手を合わせた。
何も言えなかった、何を言えばいいのか
何て謝ればいいのか分からず
鈴木の顔を直視出来ずにいた。
ちゃんと起きてたら、約束を守ってれば・・・
やっぱりそれしか出て来ない
それしか考えられなかった。

 鈴木のお母さんが部屋へ入って来た
「羽山君はコーヒー飲めるのかな?」
やはり、名前を知っている
アイスコーヒーとシュークリームを
用意してくれていたみたいだ。

「羽山君、来てくれて有り難うね」
お母さんは優しい笑顔だった
今、目の前に
我が子の命を奪った人物が居てる
どんな気持ちなのか?
憎いだろうと思う
殺してやりたいと思うだろう
なのに何故そんな優しい顔が出来るんだろう

謝って許される事ではないけど・・・・・・

「ごめんなさい本当にごめんなさい
ちゃんと約束守ってれば鈴木は・・・・・・」
それ以上言葉が出てこなかった
それしか言えなかった
ただひたすらに頭を下げるだけだった。

「ねぇ羽山君!
私がバイク乗るの反対してたら、
主人がバイクを買ってあげなければ・・・・・・
保は死ぬ事なかったのかな?」

それは違う
僕が約束を守らなかったから
約束を守ってれば鈴木は死ななかった
それ以外に答えなんかある筈ない。

「それは違います
僕が約束を守らなかったからです
それだけなんです」
僕はハッキリと答えた。
「そうよね違うよね・・・
『たら』とか『れば』を言い出したら
いくらでもあるのよ
羽山君が言う通り間違ってるよね
『たら』『れば』に答えなんて無いのよ
だからね、羽山君が言う『たら』『れば』も答えではないのよ」
鈴木のお母さんが言ってる事は
間違いではないような気もしたが
僕には難しかった・・・
ただ僕を庇う為に言ってくれてるのか
僕への憎しみを押さえる為に言っているのか
いったい、何が答えなのか
分からなくなっていた。

「保がね話してくれるの
学校の事やバイクの事
そして羽山君の事・・・
今まで友達の事なんて話してくれた事
なかったのにね・・・
毎日毎日話してくれるのよ
羽山君とは今日が初対面なんて思えないのよ
可笑しいでしょ!」
お母さんは優しい顔で話してくれた

僕は涙が止まらなくなっていた。

「羽山君はね、あの子の憧れだったのよ」
何度も頭を縦に振り、何度も頷く度に
ボタボタと涙が落ちていた。

「羽山君は、ずっとずっと
『保』の憧れで居てあげてほしいの
それだけ・・・」
お母さんは僕の両手をギュッと握り締めた
僕は「はい、はい・・・」と何度も何度も
頭を振っていた
僕の手と、それを握り締める鈴木のお母さんの手は、涙と鼻水でグショグショになっていた。

 「羽山君の顔グチャグチャだよ!拭かなきゃ」
タオルを持ってきてくれた西野の顔もグチャグチャだった。

「西野も拭いた方がいいぞ!」
少し笑いながら言ってやった
「私?泣いてないから!」
涙を流しながら笑顔で答える
そんな西野が嫌いではなかった。

 鈴木に会いに来て、鈴木のお母さんと話せて
僕は、何か間違ってたのかもしれない。
そう考えさせてくれた、だからと言って僕の罪悪感が、全て無くなったとは言えない。
僕のした事は決して許される事ではない
それだけは確かなんだから。
しかし謝る事が出来た事で、逃げ出さずに前には進めさせてくれた
そんな僕を鈴木と鈴木の家族は許してくれた、
そう思わせてくれた。

「さあ、食べよ!」
シュークリームを西野が口にした。
コーヒーは好きだったけど
甘い物は苦手だった。
かなり落ち着いた僕は
やっと鈴木の部屋を見渡す余裕が出来た。

 かなり広い部屋だった
鈴木の部屋だけで、わが家の半分位は
あるんじゃないか!と思えた。
低い本棚の上に、バイクの模型が
飾ってあった。

鈴木と僕のバイクだった
僕はそれをジーっと見つめてた。

「あれね、保が作ったプラモデルなのよ!
色も一生懸命塗ってね
自分のより羽山君のバイクの自慢ばかり
してたのよ。」

ほとんどの親はバイクなんて
見たくも無くなるんだろうけど
鈴木のお母さんはそれを
大切にしていてくれた。

事故後のバイクも修復をお願いしたが
不可能な状態だったらしい。
鈴木が初めて興味を持ち
夢中になった事
憧れていた物を大切にしたいから・・・と
ずっと優しい笑顔で話してくれてた。

鈴木のお母さんの目からは涙が流れていた
初めて僕に見せた涙だった。

『どうせ甘いんだろ!』
今まで手を出さなかったシュークリームが
こんなに美味しいとは思いもしなかった!
コーヒーにもよく合う。
「ごちそうさまです」

 門まで見送りに出てきてくれた
鈴木のお母さんへ
「本当に、色々と有り難うございました」
深々と頭を下げてると
「おばさん、ごちそうさま!またね✋」
西野との温度差が凄かった!
「また、二人で来てあげてね
 保の大好きな二人だから」

やっと渇いた目にまた、涙が溢れてきた。

どうせ 償いきれぬ罪なら
拭いきれない罪悪感なら
胸に秘めたまま進めばいいんだ
それが正しい答えでは無いとしても・・・・・・
そう教えられた気がした。

「あれ!乗らないの?」
帰りはお前が前だぞ!って顔した西野が
自転車の後ろに乗っていた。

「歩いて帰るわ、もう道分かるから
 西野は先に帰ってくれていいよ」
もう授業も終わってるし
そんなに急いで学校に戻る気も無かった。

「じゃあ、私も歩こ!」
西野も自転車を押して歩き出した。

「俺が押して行くよ」
西野から自転車を、奪い取った
「あれれ!羽山君て優しかったんだ!」
いちいち西野のリアクションが
好きになってた
本当は一緒に歩きたかったのかもしれない。

「西野・・・ありがとな」
聞こえるか聞こえないか
ギリギリの声量で言ってみた。

「えっ?聞こえないよ!
聞こえない感謝は認めませんから」
完全に聞こえてますよね!

「ありがとう」
次は、まあまあ大きな声で言ってみた。

「どういたしましてー」
西野は、かなり大きな声で返してきた
デカイんだよ!と言ってやりたかったけど
やっぱり西野の声は、大好きだった。

確実に西野の声は
一年の時に下駄箱で
荒業を仕掛けてきた女子と同じ声なんだよ!
その確認はまだ、西野には黙っておいた。

 鈴木のお母さん
本多、河崎、大嶋先生、そして西野
みんなに助けられて
居場所を残してもらえた。
分かり合うことが出来ずに
失ってしまった事を胸に受け止めて
二度と後悔しないように
一度は裏切ってしまった絆を失わないように
二度と裏切らないように・・・
これからは逃げずに正面から向き合いたい。


 学校に戻ると授業は終わっていた。
生徒もまばらになった静かな校舎へ帰ってきた。

大嶋先生へ報告の為
生徒指導室の扉を開けた。

「おう!帰ってきたか、お疲れさん」
先生は待っていてくれた。

「どうもすいませんでした」
僕は深々と頭を下げた・・・

「見えない答えを探すより
まず見えてる間違いに向き合う事や。
答えなんか探さんでも目の前にあるもんや!
よー覚えとけよ」

大嶋先生は静かに話しながら
四人分の『退学届』を破っていた。

「本当にありがとうございます」
僕は大嶋先生に頭が上がらなかった
いつまでも上げれなかった。

 生徒指導室を出て、帰ろうとすると
「羽山君!教室に戻るよ」
西野に止められた。
もう誰も居てないやろ!と思ってたら
「弁当箱持って帰らないと遥に怒られるぞ!」
あっ!忘れてた。

 誰も居てない教室で、西野と二人きり
こんな時、女子は何か考えるんだろうか?
ほとんどの男子は同じ事を考えるだろう
『いやらしいこと』
当然この状況でもそれを考えながら
帰る用意をしている西野を
眺めてしまってた。

「何?何ジーっと見てんの?
早くしないとバイト遅れちゃうよ」

しまった!この状況で
短時間妄想してるのに気付かれた。

「今日、バイト休むから・・・・・・
一緒に晩飯でも・・・行かないか」

あれ?俺は何言ってんだ・・・
言った瞬間、我に戻った時って
どんな顔してるんだろう?

「えっ!本当に言ってる?
本当なら絶対行くに決まってるから」
大好きな、まあまあ大きな声で西野が答えた。

 大好きだった美里ちゃんと、毎日の様に
保健室で二人きりになる時間もあったけど
西野と教室で二人きりになった時の様な
こん感覚になった事なんてなかった
こんな感じになったのは・・・
初めてかもしれない。

「おっ、いい雰囲気の所!お邪魔しますよ」
ややこしい本多が教室に入ってきた!
いったい何処に隠れてたんだ?
もしかして全部見てたのか?

「羽山、お帰り。
ステーキなんかどうかな?ご馳走するよ」
河崎も隠れてた?ご馳走って
やっぱりお金持ちは余裕があるよなー!
ってお前達も行くのかよ!

「やったー!決まりだね。
遥も呼んで皆で行こう」

あっ!遥・・・・・・
西野の優しい言葉で
妄想は飛んで行きました。

「何でまだ居てるんだよ!
もしかして待ってたとか?」

いつもなら、とっくに帰ってるはずなのに
まだ何か仕組んでるのか?と思った。

「お前には大事な人生を預けてたからな!」
格好良く言ったつもりの本多だったが
隣に河崎が居てたんじゃ無駄な努力だった。

「退学届の事かよ!
また、大袈裟なシナリオ作ったもんだな」

完全に三人のシナリオだと
僕は最初から思っていた。

「羽山・・・冗談なんかで書けるもんじゃないぞ
退学届は。」

河崎の言葉に一瞬、鳥肌が立った
三人共、本気だったって事なのか?
その先は何故か怖くて聞けなかった。


「何!何このお肉、柔らか過ぎて
口の中で溶けちゃいそうだよ!
こんな美味しいお肉初めて食べたよ」

僕達五人は、遥が大絶賛のステーキハウスで
夕食会をしていた。

河崎家の経営する店の1つである
ステーキハウスに招いてもらっていた。

その席で話題となった一つが
僕と西野の仲についてだった。

本多も河崎も、西野の気持ちに気付いてるのは分かっていた。
僕も気付いてはいた、だからと言って、どうすればいいのか分からずにいたけど・・・今まで西野と接して来て
自分の気持ちにも気付いた僕は
西野に伝える事にした。

「今から西野に、あの日の返事をします。」
一瞬、皆固まった。

もしかして告白したのか?と
本多と河崎から問い詰められた西野は
キョトンとしていた。

「あの日の返事?何それ?告白って何?」
西野は全く覚えが無い様子だったので
思い出させてあげよう!

「高1の時に朝の下駄箱で・・・・・・」
ここまで言った瞬間。

「あー!コラー!ちょっと待って!」
座ってた西野がロケット発射して
僕の口を渾身の力で塞いでた。

「羽山君!その話しは後日改めてしよっか。
皆も今のは聞かなかった事だからね!
分かった!」

西野の迫力に全員従うだけだった。

「紗絵ちゃんカッコイイ!」
何故か遥だけは喜んでいた。

本当に楽しい時間だった
こんなに楽しい友達との時間は
初めてだったかもしれない。

 卒業後の進路が次々と決まって行く。
まず、河崎の大学進学が決まった
大学を出て河崎家の会社経営の後継という
未来がある。

次に、遥の家庭教師しながら
自分の大学受験勉強といった
離れ業を成し遂げた
西野の大学進学も決まった。

幼い頃からの夢である
建築デザイナーを目指している。

その後に本多の専門学校進学が決まった。
実家のパン屋とケーキ屋の
コラボレーションといった夢がある。

そして、遥の志望校進学が決まり
僕と母より、西野が一番喜んでくれたのが
印象的だった。

皆、無事に希望の進路が決まり
笑顔で卒業を待てるのが本当に嬉しかった
他人の幸せで喜ぶ事なんてなかったのに・・・

 卒業式前になると
『第2ボタン』イベントが始まる。

本多と河崎は、もう予約済ららしい!

別に誰かに渡す予定もなく
わざわざ誰かに貰ってもらう気も無かった。

「お兄ちゃんの第2ボタンが欲しいな!」
急に遥に言われたので
僕の第2ボタンは遥の物になった。

興味無かったけど
卒業前から第2ボタンの無いのが
カッコイイらしい!

遥が言うので、そのまま第2ボタン無しの制服で、卒業まで過ごす事にした。

しかし、その姿を見ても本多、河崎、西野は
第2ボタンについて一言も触れなかったのが
妙に気になった。

 誰もが気付かない間に
人を裏切り傷付け、悲しませてしまう事がある
でもそれ以上に、支えられてる事を忘れてはいけない。

自分の事を見てくれている人は
必ず居てるのだから。
そう気付かせてくれたのは
アイツだったのかもしれない・・・

高校三年間で学んだ事より
気付かせてくれた事の方が大きかった
僕には卒業ではなくて始まりだった。

 卒業式の後、僕は西野と鈴木の家に行った。

鈴木に卒業の報告もあったが
お母さんの話しの中で、僕のバイクのプラモデルを大切に飾ってくれてる事や
事故後のバイクを直して、傍に置いておきたかった、と言う内容が頭に残っていた。

僕は鈴木のお母さんに
僕のバイクを鈴木の傍に置いて欲しい。
そう、お願いしていた。

最初は断わられていたが
僕の押しに負けたのか
本当にいいの?と了解してくれて
僕のバイクは鈴木の傍に行った。


 「ちょっと待ってて、遥 呼んでくるから!」
退院して我が家に着いた。
そのまま退院祝いの為
皆と合流する段取りになっていた。

僕と遥を乗せた西野の車が向かったのは
河崎家が経営する焼肉屋さんだった。

高校卒業してから1年半、変わらない仲間だ
特に事故の事に触れ無かったのは
気を使ってくれてたんだと思う。

大学での事や、遥の高校の事やらで
盛り上がる中

「そう言えば、下駄箱の話しはどうなったん?」
恐れていた本多が切り出した。

卒業前のステーキハウス以来
僕も西野も一切、その事に触れていなかった。

「あの返事はまだしてないや!」
西野のロケットが発射される!と思ったが
意外と大人しく、じっと座ってた。

「あれ!いいのか?」
大人しく座ってる西野に聞いてみた。

「いいよ、今日は聞く」
いつになく真剣な表情の西野姿に
その場が引き締まった。

真剣に真面目に返事しよう

「もう少しだけ待っててほしい、もう少ししたら西野の事を真剣に考えれるから・・・・・・
その時まで、待っててほしい。」

遥が高校卒業して、無事に大学へ行ける様になるまで・・・待って欲しかった。

「うん。待ってるよ」
西野は優しい笑顔で言ってくれた。

「遥!優しいお兄ちゃんだね」
西野は分かっていたのかもしれない
僕が待っていて欲しかった理由を。


「よし、いっぱい食べてくれ!
今日はご馳走するよ。」
やっぱり河崎はカッコイイな!

暗闇の中を、駆け抜ける勇気をくれた
本多と河崎。

目の前の間違いに、向き合う勇気をくれた
大嶋先生。

償いきれない罪を、胸に抱える勇気をくれた
鈴木の両親。

誰かを愛し、幸せにする勇気をくれた
西野。

僕にはこんなにも大きな支えがある
その事に気付かせてくれた
鈴木。

逃げて失うよりも、向き合って気付く生き方を選べれば誰だって
自分を見てくれている人に必ず出会えるはず。


『デタラメの日々にも疲れわがままばかりだったな
その全てを支えてくれたあなたを忘れない
恋を患い誰かを愛し寄り添い
やがて永遠の別れの日が来るまでに
どれ程に幸せに出来るだろう・・・
愛してゆこう愛してゆこう人を傷付けた過去を背に背負い
償いきれぬ罪を僕は胸に噛みしめ生きてゆくんだ🎵』


鈴木!俺のバイク、大切にしてるか?
俺が行くまでに、しっかり腕を磨いとけ!
その時は絶対、一緒に走ろうな。



ありがとうございましたm(__)m














 












































































    
    
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