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幼少期編

06 はじめての友達

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至近距離にある腐り花から目を逸らしてはいけない。

危うく窒息死しかけた私が得た教訓である。ダドリーたちがすぐに助けてくれたため、半日もせずに私は意識を取り戻すことができた。
アイザックには、すごい剣幕で怒られた。ダライアスの前では気弱なオッサンも、怒るときには怒るのだ。今、私の頭にはアイザックからの愛のプレゼント、もとい鉄拳制裁によるたんこぶがある。

ダドリーたちについては、
「アイツらは悪くないぞ!全部俺がやったことだ!三人は俺の我が儘に付きあわされただけだ!」
と、再三アピールしておいた。顔見てないけど、大丈夫かな?まあ、叱られてはいるだろうけど。後で顔を見に――あの子たちの親にこのこぶ付きの頭を下げてこよう。
一番年上(※精神的に)のくせして、キモ花釣りに夢中になり、挙げ句そのキモ花にやられるなんて……とんだヘッポコ保護者だ。全面的に私が悪い。……穴があったら入りたいよ。

三人にすぐにでも会いに行きたかったけど、外に出ようとするとアイザックや他の大人たちに鬼のような形相で怒られたから、諦めざるを得なかった。
仕方ないから、家でじっとしていたら、数日後、なんとシェリルの親がやってきた。傍らにはシェリルもいる。泣き腫らして酷い顔だけど、怪我はしてないようだ。よかった。
物陰からこっそりと、アイザックとシェリルの父のやりとりに聞き耳を立てる。
「娘が馬鹿やらかしたのに、わしらのために高い薬なんか買ってくださって…なんとお礼を言ったらいいか」
そんな言葉が聞こえた。薬?薬ってシェリルのお婆ちゃんの薬かな。アイザックが買ったの?でも、薬は高いって…どういうこと?
アイザックは、くどくどと子供だけで森に入るなと繰り返すばかり。
「本当に…!ありがとうございます!」
「メリッサが戻るまで、もうしばらく待っていて欲しい。今回は怪我の功名で腐り花が手に入ったからいいものの、一つ間違えば死人が出ていたんだ。くれぐれもそのことを忘れないでくれ。」
アイザックの言葉をしばし頭の中で転がして。私は目をぱちぱちさせた。
………え?
それって!それってつまり…
あのキモ花ってお金になるの?!

◆◆◆

その翌日。メリッサおばさんが村に戻ってきた。その荷物を見て、私は目を瞬かせた。

あの荷物、全部腐り花の代価で買ったの?!

綿の塊がふた山、大きなチーズの塊に干し肉がひと山、他にも次々と荷馬車から品物をおろしている。
え?コレ全部?そんなにあのキモい人面花って高いの?
いくら学のない子供でも、これだけの品物が決して安くないことくらいはわかる。品物の山に群がる村人の喜色に満ちた顔からも、それは明らかだ。アイザックたち大人が忙しそうに商品を仕分けしている。
(あ…)
集まった村人達の中に、例の三人の顔を見つけた私は、ササッと彼らのもとに駆けよった。
「おまえら大丈夫だったか?怪我してないか?」
シェリルはこのまえ無事を確認したからいいとして、リチャードとダドリーはまったく姿を見なかったから、心配だったのだ。
「ちゃんと俺のせいだって言った?正直に余計なこと喋ってないよな?な?」
怪我がないか確認して、身体をペタペタ触っていたら、突然リチャードとダドリーが勢いよく頭を下げた。
「「すまなかった!」」
「?何が?」
いや意味わかんないし。やらかしたの、私だし。首を傾げていると、ダドリーが言った。
「俺たちは森が危ないところだって知ってたのに、新参で何も知らないおまえを一人にした。ちゃんと俺が教えていれば、あんな…腐り花なんて危険なモノに手を出さなかったんだ。一つ間違えば、おまえは死んでいたから…」
責任を感じて、反省もしたんだね。でもね、これ、半分以上私の好奇心と悪ノリが原因なのだよ。
「あー。あれば俺の軽はずみが原因だし、」
言わないけど、たとえあの時ダドリーたちに注意されてても、私のことだから絶対あのキモい花で遊んだだろう。間違いない。
だ…だって!あんなファンタジーなオモシロ生物、放置なんてできないよ!それに、高く売れるんでしょ?村が豊かになるんでしょ?だったらリベンジする!絶対だ。
「おい、考えてること丸わかりだぞ。」
じっとりと睨んできたダドリーに、私は真剣な顔で言った。
「けど!売ればあんなにたくさん買えるんだろ?薬だって…」
「サイラス、」
ダドリーが、しゃがんで私に目線を合わせた。その目は、馬鹿にしているでもなく、呆れているでもなく、真剣そのものだ。
「アレは玩具じゃない。小さくても、アレは魔物なんだ。一人でいるときに捕まってみろ、助からないぞ?いいか。死んだら終わりなんだぞ?家族とも友達とも二度と会えなくなる。面白いものも見れないし、美味いものも二度と食べれなくなる…。後悔したときには遅いんだ。都合よく奇跡なんか起こらないんだ。」
五歳の幼児にもわかるように、噛んで含めるように諭すダドリー。その顔には、どこか案ずるような色がある。ちゃんと、教えようと…私に向き合おうとしてくれている。そして、たぶん、私を心配していたね。それが嬉しいようで、どこか気まずいようで、私は目を泳がせた。
「……うん。」
「わかったら、それでいい」
私の返事に満足したのか、話は終わりだと、ダドリーは立ち上がった。
「待ってよ、ダドリー」
咄嗟に呼びとめた。だって…
「なあ…確かに軽はずみはダメだ。でも、危ないからダメだやめようで終わりたくないんだ。危ないなら、別のアプローチを考えてみない?」
危ないからやめる、で終わったら、その『危ないモノ』について何も知らないままじゃん?その先がないじゃん?腐り花は確かに危険だ。でも、やり方を…考え方を変えればもっと有効活用できるんじゃないかな?
「あぷろーち…??」
首を捻るダドリーに私は説明した。
「あの花、よくわかんないけど売れるんだろ?村が豊かになるんだろ?だったら、減らしすぎないように狩って、売ればいいんじゃないのか?希少性が落ちて価値が下がるなら、そうならない程度でいい。近づくと危険なら、離れたところから長い棒とか使ってとるとか…安全な方法探して、万が一やられても、もう一人付き添わせとけば助けられるじゃん?」
うっかり首を絞められたから意識が飛んだけど、抵抗は可能だと思うのだ。剣で蔓をぶった切るとか、植物だから火を近づけてみるとか、手当たり次第に本体を踏みつけてやるとか。煽られて結び目作っちゃうような阿呆花だ。脳みそは小さいんだろう。人間様に敵うわけがない。
「一年のこういう時期だけでも、食糧を買えるお金があるといいなって。」
次々と仕分けられる商品の山に目をやった。今は春。冬が終わって、畑は撒いた種が芽吹いているけれど。芽吹いているだけで、まだ収穫はない。

前世の日本では温室栽培とか、収穫期を迎えた遠い産地から食糧を運んでくるなりできた。けど、ここにそんな技術はない。まだ、昨秋からの備蓄で食いつないでいる。はっきり言って、現代日本人の思い浮かべる『わびしい食事』より量的にも内容的にも遥かに貧相なモノを食べているのだ。あと、食事って一日三食じゃない。二食。
栄養取らなきゃいけない妊婦とか子供、老人とかは、あの食事じゃまずい。シェリルのお婆ちゃんの具合が悪くなったのも、こういう貧しい食事が原因だと思うんだ。
「だから俺、諦めたくないんだ。」
この村の暮らしを変えたい。ま、私自身も食べ盛りの育ち盛りだし、個人的にもそこは由々しき問題だしね。
「それは…どっちなんだ。また森に入る気か?」
難しい顔のダドリー。その後ろでリチャードはポカンとしているし、シェリルは不安そうに瞳を泳がせている。
「試してみたいことがあるんだ。でも、危ないとわかってて突っ込む無謀はしたくないからさ、」
不安を振り払うようにニカッと笑って、私は三人の子供たちにお願いをした。
「森のことを教えてよ。何にも知らないと、俺アホだからつい、見て触って遊んで確かめたくなっちゃうからさ。」

先生になってよ。

私が笑顔で差し出した手を、
「くれぐれも無謀なことはするな?やりたいことがあるなら、必ず、まず、俺らに相談しろよ?」
かなりしつこく念押しした後で、ダドリーはようやく握り返した。
「ありがとうな!これからよろしく!ダドリー、シェリル、リチャード!」
心からの笑顔で言ったら、三人はそれぞれに落ち着かない様子で目を泳がせた。

はっきり友達だとは言われていない。けど、それからというもの、私に対する三人の態度は明らかに軟化した。認められた……のかな?

◆◆◆

こうして、異世界で友達をゲットした私。仲間がいるって思えると、やっぱり心強いね。変な遠慮がないのもいい。リチャードなんか、開口一番「おまえって本当にアイザック様の子供なのか?」ってド直球で聞いてきて、ダドリーに拳骨を落とされていた。でも、親しみを感じているから、そういう質問が出てくるんだよ。正直に教えてやれないのが残念だった。まあ、年長者二人はなんとなく察していそうだけど。

三人の友達は、貴重な情報源でもある。拾われてきた五歳児だから、異世界の常識もなにもわからない。村の掟とか、森のこととか…いろいろと教えてもらった。
ちなみにダドリーは十一歳、シェリルは九歳、リチャードは七歳だった。彼らからの情報によると、この村は畑での農業と森での狩猟で食糧を得ており、豊作な年は余剰分をモルゲンの市場へ売りに行ったりするそう。あとは、森に生えてる薬草とか、獣の毛皮とかで現金収入を得ている。ただ、それがどれくらいの価値のものなのかが子供情報ではわからない。わかるのは、村の生活レベルをランクアップするほどのモノではない、ということくらい。

うーむ。真剣に物価が知りたい。とりあえず腐り花ひと株の代価だけでも、わからないかな?
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