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幼少期編
09 思わぬ成果
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私、弓の練習中。リチャードと。
といっても、使っているのは玩具みたいな子供用の弓。矢はただの棒きれだ。まずは狙い通りに射る練習。けっこう難しくて、リチャードにコツを聞きながらやっている。リチャードは紅い瞳をきらめかせて得意げ。……年相応に可愛いなって思ってるのは内緒である。私、中身アラサーだもんね。
最近の日課は、早朝の弓練習に始まって魔法の練習、他のすべての自由時間は相変わらず紙作りに費やしている。春が近づいて花が咲く雑草も増えたこともあって、マイブームは押し花にしたそれらを漉きこんだ紙作り。いろいろ研究して、材料もあの繊維質の植物の他に、別の雑草を使ってみたりといろいろ試してみている。材料の植物によって、白っぽい紙になったり、茶色っぽくなったり、黄色っぽかったり。森で採ってきた紅い汁の出る草の実で染めて、薄ピンクの紙を作ってみたりもした。相変わらずインクがないから、ただの紙のまんまだけど。
でも、変わったこともあるんだ。それは、紙作りの仲間が増えたこと。最初に声をかけてきたのはシェリルだった。押し花を漉きこむ工程に興味を持ったらしい。
「お花で絵、描いてるみたい。私もやりたい。」
とのこと。田舎の貧しい村だから、子供の遊びも限られてくる。私の紙作りが、新しい遊びのように見えたんだろう。程なくして村の女の子たちが「私も私も」といった感じで仲間に加わった。労働力が増えたことで、いろいろ研究が捗ったのはもちろん、やっぱ仲間っていいよね。楽しくなるし、私だけじゃ気づけなかったいろんな発見があるもん。
◆◆◆
そんなある日のことだった。いやに機嫌のいいアイザックから、「サイラスに、」と渡されたモノ。それは――
紅いリボン。
手にのったそれを食い入るように見つめ、その滑らかな手触りを確かめて。私はアイザックにつかみかかった。
「父さん!どこで絹のリボンなんか手に入れたんだよ!」
「へ?」
面食らうアイザックに私はまくしたてた。
「絹って高級品だよな?買えるわけないよな?」
「いや…それは買ったんではなくて、」
なんか口ごもるアイザック。おい、まさか…
「拾ったところに返してきなさい!!」
本人は拾ったと思ってても、落としたどっかのお金持ち(推定お貴族様)が「盗られた」と言えば私たちはドロボーになるのだ。怪しげな絹のリボン拾って、また牢獄行きとか冗談じゃない。
「お、落ち着けサイラス。拾ったんじゃない。ダライアス様のお嬢様からいただいたんだよ。おまえに、と。」
どうどう、と私を宥めたアイザック曰く。モルゲンのダライアスに定期報告に行った際、たまたま居合わせたお嬢様から「ウィリス村の珍しいもの」を強請られて、とりあえず私が作成した押し花を漉きこんだ紙を差し上げたところ、お嬢様はたいそうお喜びになったらしい。
「それは褒美だよ、サイラス。」
◆◆◆
「誤解して悪かった。」
謝る私にもアイザックは別段怒った様子でもない。少し困ったように眉を下げて私を見下ろしている。
「……。」
気まずいから、このリボンの活用法を考えてみた。活用法……やっぱ一つしかないよなぁ。
「なあ、父さん。これ、売ってインクを買っちゃダメかな?」
インクがいくらするのかわからないけど、あればもっといろんなことができる。うまくすれば、この植物紙を売り出せるかもしれない。そう思ったのだが…
「売るのか?使いたいと思わないのか?」
と、尋ねられた。はて。
「念のため聞くけど。これ、男用なのか?」
私はどうしたって常識が『日本人』寄りだ。こっちの世界のことはよくわからない。私が知らないだけで、男がリボンつけるのって普通なの?だとしたら衝撃だ。
「え?」
「ん?」
鳩が豆鉄砲喰らったような顔してるけど。え?違うの?
「いや……男はつけないな。」
ややあってそう言われた。なんだ。
「?」
「…そうか。売るのか。」
どことなく残念そうな顔だけど…ま、いっか?念のため、売ったらマズいのかと聞いたら、そんなことはないとのこと。じゃあ、決まり。
「父さん。俺をモルゲンへ連れて行ってくれないか?」
◆◆◆
そして数日後、私はアイザックに連れられて、約一年ぶりにモルゲンを訪れた。
私にとっては二度目となるダライアスの屋敷。アイザックによれば、アイツの娘――オフィーリアお嬢様は、御年十歳だとか。なんとか、彼女に会えるといいんだけど…
通されたのは前回と同様、ダライアスの執務室だ。上等だけど派手派手しくない調度が邪魔にならない程度に置かれたこの部屋。前来たときも感じたけど、全力で貧乏人を拒絶……威圧感がハンパない。壁にドーンと飾られた絵画の中心に描かれた戦装束の女性の睨みつけるような眼差しもそうだけど、何より、この部屋の中心たる執務机から私たちに鋭い眼差しを向けるダライアスに、それをひしひしと感じる。相変わらずめちゃくちゃ顔の怖いオジサンだ。お嬢様はいなかった。
「図に乗るな、小僧。」
開口一番これだ。ほんと、相変わらずだな。でも、この程度のジャブにビビる私じゃない。
「お見せしたいものがあって参りました。」
しれっと言って頭を垂れる。汚さないように布にくるんで持ってきた『商品』を取り出す。
「メッセージカードでございます。」
『商品』というのは、葉書サイズに漉いた紙の端を綺麗に裁断したもの。花(雑草だけど)を漉きこんであるもの、色の違うものなど5種類でワンセットにした。私も元アラサー女、女子が好むものはわかっている。お嬢様には受けると思ったんだけど…
「……。」
ダライアス相手だとビミョーだ。男だし。
「……。」
「……。」
沈黙、沈黙、沈黙。
何にも言わないし。後ろでアイザックがおろおろしている。前にもこんなことあったような…。私が遠い目になりかけた時だった。
「お父さま!」
鈴を転がすような声と、パタパタと軽い足音が聞こえたかと思うと、ふわふわしたミルクティー色の髪が目の前を行き過ぎた。
(うわ…)
思わず見惚れた。白磁のような滑らかな肌に、くっきりと大きな目はルビーのような紅色。薔薇色の頬に、瑞々しい薄紅の唇。まるで人形のような愛らしい容姿の女の子――。その女の子が私に気づいて、こてんと首を傾げた。めっちゃ可愛いんだけど…!そして、私の後ろのアイザックの姿をみとめると、ぱあっと花が綻ぶように笑った。…天使や。
「あら、アイザックじゃない。ねえ、またあの紙を頂戴?」
アイザックにまとわりついて、リアル天使は「お願い」と強請った。え?じゃあこの子が?オフィーリア様?
(…全っ然似てねぇ。)
本当にダライアスの娘か?
(こらっ!なにボケッとしてんのよ!早く売り込みなさい!)
『私』が私を叱咤した。うん、そうだった。私はお嬢様に恭しくお辞儀をした。
「恐れながらオフィーリアお嬢様とお見受けします。私、アイザック・ウィリスが息子、サイラス・ウィリスと申します。お嬢様にぜひ御覧にいれたいものがございまして、馳せ参じました。」
約二名からすっごい変なモノを見る視線を感じるけど、気にしない。
「こちらでございます。」
執務机に広げたメッセージカードを指し示すと、オフィーリア様はパッとそれに飛びついた。
「まあ!前のとはまた違うのね!あら素敵!ピンク色の紙なんて初めてよ!」
興奮し、目を輝かせるオフィーリア様。文句なしの食いつき具合だ。ドヤァ、とダライアスをチラ見する。ダライアスの眉間に、いつか見た深い皺が刻まれた。
「よろしければオフィーリア様に差し上げましょう。ぜひご活用くださいませ。」
「本当?!」
私の言葉に、紅色の瞳がきらきらと嬉しそうに輝く。
「ありがとう!前のもお友達に、羨ましがられたの。ふふふ、次のお茶会が楽しみだわ。」
「光栄にございます。」
どうだダライアス。これ、売れるよ?絶対売れるよ?
「もし、ダライアス様より専売のお許しをいただけましたら、量産販売することも可能でございます。その際はもちろん、お嬢様を最優先に卸させていただくとお約束しましょう。」
したり顔で言うと、お嬢様は「まあ!」と目を丸くして、ニコニコと邪気のない笑顔をダライアスに向けた。
「お父さま…」
美少女が上目遣いでお願いする。最愛の娘からの超絶可愛らしいおねだりにダライアスは………落ちなかった。ふくれるお嬢様をメイドのお姉さんに引き渡すと、めちゃくちゃ怖い顔で私を睨んできた。
「娘を誑かそうとするな。」
この親バカめ。あの子、言ってたじゃん?『お友達に羨ましがられた』と。つまり、お嬢様のお友達――たぶん貴族のお嬢様方にも需要がある。リベートは渡すつもりだし、ダライアスにも利がある話だと思うんだけどな~。
「基本価格は羊皮紙の半額以下――10ソルド以下にしたいと考えています。製法は企業秘密ですが、原材料は植物です。もしダライアス様の後押しをいただけましたら、魅力ある商品を多数、提案できます。ぜひご検討…」
「隣領のベイリンは、羊を主とした畜産品が特産だ。」
私を遮って、ダライアスが言った。
「安易にその植物紙とやらを流通させてみろ、必ず物申してくる。」
つまり、客の奪い合いからのトラブルになるから気が進まないと。ふむ。
「植物紙と羊皮紙は別物です。ダライアス様。」
私は言った。
「羊皮紙は、お役人様や貴族、大商人が書類や帳簿をつけるのに使うのだと、市場で聞きました。そこに植物紙を売り出そうとは思っていません。」
植物紙は簡単に言えば、植物の繊維を糊で固めたものだ。当然水に弱い。大事な書類や帳簿には向いていない。羊皮紙は動物の皮な分、丈夫だし水につけても溶けないしね。
「お嬢様のようにお茶会のメッセージカードだったり、もっと気軽に使える紙を販売したいのです。使い捨てにだってできるような。」
羊皮紙は一枚の値段が恐ろしく高いから、使い捨てになんてまずしない。書いた面が不要になると、その面をナイフで削り取って、また使う。丈夫な皮だからこそできることだ。
「元々、庶民にも読み書きができるようにと思って作ったものです。植物紙は羊皮紙と違って水に弱い。丈夫さでも劣る。逆にそれを売り文句にするのです。それなら、既存の市場を浸食することはないかと。」
それでも十分売れると思うんだけどね。ちなみに、モルゲンの市場を見て回った限りでは、A4くらいに裁断された羊皮紙は一枚30~50ソルドもする。モルゲンの一般庶民の年収がだいたい20~30フロリン。ソルド換算すると200~300ソルドくらい。だから、羊皮紙一枚が給料約二ヶ月分。買おうと思わないよね?私の売り出す植物紙は葉書サイズだから、仮に同じA4サイズ10ソルドだとして、葉書サイズ1枚が2.5ソルド。それでもちょっと高いくらいだけど、いきなり大量生産はできないし、売り始めはこれくらいが妥当だと思う。言っとくけど、2.5ソルドでもウィリス村ではそれなりに大きな金額だ。田舎だし。
「ダメだ。」
……ちょっと!この頭でっかち!慎重になってたらせっかくのチャンスを逃すよ?
「読み書きがしたいと言ったな。その願いは叶えてやろう。だが、庶民向けの植物紙とやらは許可できん。」
「なっ!?」
いや、そりゃ読み書き教えてくれるのはびっくりだし嬉しいけどさ。私だけできるようになったってダメなんだ。アイザックや、村のみんなもできなきゃ、未来永劫ウィリス村は貧しいままだ。お金を稼ぐには、最低限の学は必要なんだから。
だけど、ダライアスは話は終わりだとばかりに、私たちを執務室から追い出した。
◆◆◆
で。
私たちは、また屋根裏部屋に軟禁された。ダライアス、よほど私を信用していないらしい。牢屋じゃないんだから、そう落ちこむなって、父さん。
そして二日後。アイザックだけが解放された。
といっても、使っているのは玩具みたいな子供用の弓。矢はただの棒きれだ。まずは狙い通りに射る練習。けっこう難しくて、リチャードにコツを聞きながらやっている。リチャードは紅い瞳をきらめかせて得意げ。……年相応に可愛いなって思ってるのは内緒である。私、中身アラサーだもんね。
最近の日課は、早朝の弓練習に始まって魔法の練習、他のすべての自由時間は相変わらず紙作りに費やしている。春が近づいて花が咲く雑草も増えたこともあって、マイブームは押し花にしたそれらを漉きこんだ紙作り。いろいろ研究して、材料もあの繊維質の植物の他に、別の雑草を使ってみたりといろいろ試してみている。材料の植物によって、白っぽい紙になったり、茶色っぽくなったり、黄色っぽかったり。森で採ってきた紅い汁の出る草の実で染めて、薄ピンクの紙を作ってみたりもした。相変わらずインクがないから、ただの紙のまんまだけど。
でも、変わったこともあるんだ。それは、紙作りの仲間が増えたこと。最初に声をかけてきたのはシェリルだった。押し花を漉きこむ工程に興味を持ったらしい。
「お花で絵、描いてるみたい。私もやりたい。」
とのこと。田舎の貧しい村だから、子供の遊びも限られてくる。私の紙作りが、新しい遊びのように見えたんだろう。程なくして村の女の子たちが「私も私も」といった感じで仲間に加わった。労働力が増えたことで、いろいろ研究が捗ったのはもちろん、やっぱ仲間っていいよね。楽しくなるし、私だけじゃ気づけなかったいろんな発見があるもん。
◆◆◆
そんなある日のことだった。いやに機嫌のいいアイザックから、「サイラスに、」と渡されたモノ。それは――
紅いリボン。
手にのったそれを食い入るように見つめ、その滑らかな手触りを確かめて。私はアイザックにつかみかかった。
「父さん!どこで絹のリボンなんか手に入れたんだよ!」
「へ?」
面食らうアイザックに私はまくしたてた。
「絹って高級品だよな?買えるわけないよな?」
「いや…それは買ったんではなくて、」
なんか口ごもるアイザック。おい、まさか…
「拾ったところに返してきなさい!!」
本人は拾ったと思ってても、落としたどっかのお金持ち(推定お貴族様)が「盗られた」と言えば私たちはドロボーになるのだ。怪しげな絹のリボン拾って、また牢獄行きとか冗談じゃない。
「お、落ち着けサイラス。拾ったんじゃない。ダライアス様のお嬢様からいただいたんだよ。おまえに、と。」
どうどう、と私を宥めたアイザック曰く。モルゲンのダライアスに定期報告に行った際、たまたま居合わせたお嬢様から「ウィリス村の珍しいもの」を強請られて、とりあえず私が作成した押し花を漉きこんだ紙を差し上げたところ、お嬢様はたいそうお喜びになったらしい。
「それは褒美だよ、サイラス。」
◆◆◆
「誤解して悪かった。」
謝る私にもアイザックは別段怒った様子でもない。少し困ったように眉を下げて私を見下ろしている。
「……。」
気まずいから、このリボンの活用法を考えてみた。活用法……やっぱ一つしかないよなぁ。
「なあ、父さん。これ、売ってインクを買っちゃダメかな?」
インクがいくらするのかわからないけど、あればもっといろんなことができる。うまくすれば、この植物紙を売り出せるかもしれない。そう思ったのだが…
「売るのか?使いたいと思わないのか?」
と、尋ねられた。はて。
「念のため聞くけど。これ、男用なのか?」
私はどうしたって常識が『日本人』寄りだ。こっちの世界のことはよくわからない。私が知らないだけで、男がリボンつけるのって普通なの?だとしたら衝撃だ。
「え?」
「ん?」
鳩が豆鉄砲喰らったような顔してるけど。え?違うの?
「いや……男はつけないな。」
ややあってそう言われた。なんだ。
「?」
「…そうか。売るのか。」
どことなく残念そうな顔だけど…ま、いっか?念のため、売ったらマズいのかと聞いたら、そんなことはないとのこと。じゃあ、決まり。
「父さん。俺をモルゲンへ連れて行ってくれないか?」
◆◆◆
そして数日後、私はアイザックに連れられて、約一年ぶりにモルゲンを訪れた。
私にとっては二度目となるダライアスの屋敷。アイザックによれば、アイツの娘――オフィーリアお嬢様は、御年十歳だとか。なんとか、彼女に会えるといいんだけど…
通されたのは前回と同様、ダライアスの執務室だ。上等だけど派手派手しくない調度が邪魔にならない程度に置かれたこの部屋。前来たときも感じたけど、全力で貧乏人を拒絶……威圧感がハンパない。壁にドーンと飾られた絵画の中心に描かれた戦装束の女性の睨みつけるような眼差しもそうだけど、何より、この部屋の中心たる執務机から私たちに鋭い眼差しを向けるダライアスに、それをひしひしと感じる。相変わらずめちゃくちゃ顔の怖いオジサンだ。お嬢様はいなかった。
「図に乗るな、小僧。」
開口一番これだ。ほんと、相変わらずだな。でも、この程度のジャブにビビる私じゃない。
「お見せしたいものがあって参りました。」
しれっと言って頭を垂れる。汚さないように布にくるんで持ってきた『商品』を取り出す。
「メッセージカードでございます。」
『商品』というのは、葉書サイズに漉いた紙の端を綺麗に裁断したもの。花(雑草だけど)を漉きこんであるもの、色の違うものなど5種類でワンセットにした。私も元アラサー女、女子が好むものはわかっている。お嬢様には受けると思ったんだけど…
「……。」
ダライアス相手だとビミョーだ。男だし。
「……。」
「……。」
沈黙、沈黙、沈黙。
何にも言わないし。後ろでアイザックがおろおろしている。前にもこんなことあったような…。私が遠い目になりかけた時だった。
「お父さま!」
鈴を転がすような声と、パタパタと軽い足音が聞こえたかと思うと、ふわふわしたミルクティー色の髪が目の前を行き過ぎた。
(うわ…)
思わず見惚れた。白磁のような滑らかな肌に、くっきりと大きな目はルビーのような紅色。薔薇色の頬に、瑞々しい薄紅の唇。まるで人形のような愛らしい容姿の女の子――。その女の子が私に気づいて、こてんと首を傾げた。めっちゃ可愛いんだけど…!そして、私の後ろのアイザックの姿をみとめると、ぱあっと花が綻ぶように笑った。…天使や。
「あら、アイザックじゃない。ねえ、またあの紙を頂戴?」
アイザックにまとわりついて、リアル天使は「お願い」と強請った。え?じゃあこの子が?オフィーリア様?
(…全っ然似てねぇ。)
本当にダライアスの娘か?
(こらっ!なにボケッとしてんのよ!早く売り込みなさい!)
『私』が私を叱咤した。うん、そうだった。私はお嬢様に恭しくお辞儀をした。
「恐れながらオフィーリアお嬢様とお見受けします。私、アイザック・ウィリスが息子、サイラス・ウィリスと申します。お嬢様にぜひ御覧にいれたいものがございまして、馳せ参じました。」
約二名からすっごい変なモノを見る視線を感じるけど、気にしない。
「こちらでございます。」
執務机に広げたメッセージカードを指し示すと、オフィーリア様はパッとそれに飛びついた。
「まあ!前のとはまた違うのね!あら素敵!ピンク色の紙なんて初めてよ!」
興奮し、目を輝かせるオフィーリア様。文句なしの食いつき具合だ。ドヤァ、とダライアスをチラ見する。ダライアスの眉間に、いつか見た深い皺が刻まれた。
「よろしければオフィーリア様に差し上げましょう。ぜひご活用くださいませ。」
「本当?!」
私の言葉に、紅色の瞳がきらきらと嬉しそうに輝く。
「ありがとう!前のもお友達に、羨ましがられたの。ふふふ、次のお茶会が楽しみだわ。」
「光栄にございます。」
どうだダライアス。これ、売れるよ?絶対売れるよ?
「もし、ダライアス様より専売のお許しをいただけましたら、量産販売することも可能でございます。その際はもちろん、お嬢様を最優先に卸させていただくとお約束しましょう。」
したり顔で言うと、お嬢様は「まあ!」と目を丸くして、ニコニコと邪気のない笑顔をダライアスに向けた。
「お父さま…」
美少女が上目遣いでお願いする。最愛の娘からの超絶可愛らしいおねだりにダライアスは………落ちなかった。ふくれるお嬢様をメイドのお姉さんに引き渡すと、めちゃくちゃ怖い顔で私を睨んできた。
「娘を誑かそうとするな。」
この親バカめ。あの子、言ってたじゃん?『お友達に羨ましがられた』と。つまり、お嬢様のお友達――たぶん貴族のお嬢様方にも需要がある。リベートは渡すつもりだし、ダライアスにも利がある話だと思うんだけどな~。
「基本価格は羊皮紙の半額以下――10ソルド以下にしたいと考えています。製法は企業秘密ですが、原材料は植物です。もしダライアス様の後押しをいただけましたら、魅力ある商品を多数、提案できます。ぜひご検討…」
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私を遮って、ダライアスが言った。
「安易にその植物紙とやらを流通させてみろ、必ず物申してくる。」
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「植物紙と羊皮紙は別物です。ダライアス様。」
私は言った。
「羊皮紙は、お役人様や貴族、大商人が書類や帳簿をつけるのに使うのだと、市場で聞きました。そこに植物紙を売り出そうとは思っていません。」
植物紙は簡単に言えば、植物の繊維を糊で固めたものだ。当然水に弱い。大事な書類や帳簿には向いていない。羊皮紙は動物の皮な分、丈夫だし水につけても溶けないしね。
「お嬢様のようにお茶会のメッセージカードだったり、もっと気軽に使える紙を販売したいのです。使い捨てにだってできるような。」
羊皮紙は一枚の値段が恐ろしく高いから、使い捨てになんてまずしない。書いた面が不要になると、その面をナイフで削り取って、また使う。丈夫な皮だからこそできることだ。
「元々、庶民にも読み書きができるようにと思って作ったものです。植物紙は羊皮紙と違って水に弱い。丈夫さでも劣る。逆にそれを売り文句にするのです。それなら、既存の市場を浸食することはないかと。」
それでも十分売れると思うんだけどね。ちなみに、モルゲンの市場を見て回った限りでは、A4くらいに裁断された羊皮紙は一枚30~50ソルドもする。モルゲンの一般庶民の年収がだいたい20~30フロリン。ソルド換算すると200~300ソルドくらい。だから、羊皮紙一枚が給料約二ヶ月分。買おうと思わないよね?私の売り出す植物紙は葉書サイズだから、仮に同じA4サイズ10ソルドだとして、葉書サイズ1枚が2.5ソルド。それでもちょっと高いくらいだけど、いきなり大量生産はできないし、売り始めはこれくらいが妥当だと思う。言っとくけど、2.5ソルドでもウィリス村ではそれなりに大きな金額だ。田舎だし。
「ダメだ。」
……ちょっと!この頭でっかち!慎重になってたらせっかくのチャンスを逃すよ?
「読み書きがしたいと言ったな。その願いは叶えてやろう。だが、庶民向けの植物紙とやらは許可できん。」
「なっ!?」
いや、そりゃ読み書き教えてくれるのはびっくりだし嬉しいけどさ。私だけできるようになったってダメなんだ。アイザックや、村のみんなもできなきゃ、未来永劫ウィリス村は貧しいままだ。お金を稼ぐには、最低限の学は必要なんだから。
だけど、ダライアスは話は終わりだとばかりに、私たちを執務室から追い出した。
◆◆◆
で。
私たちは、また屋根裏部屋に軟禁された。ダライアス、よほど私を信用していないらしい。牢屋じゃないんだから、そう落ちこむなって、父さん。
そして二日後。アイザックだけが解放された。
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