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少年期編
33 メドラウドの訪問者
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魔の森の力を使う子供がいる―。
ノーマンは馬車にモルゲンへと向かうよう指示した。飛竜に乗った方が早いのだが、ペレアスであの竜は目立ちすぎる。故に、遅くても馬車を使っていた。どのみち一度帰国するつもりでいる。自分たちの進路を良からぬ思惑ありと見る者はいないだろう。
「アル、あの娘とはどうして知り合った?」
少女なのに、サイラスと男の名前を名乗っていた。実に不可解な子供だ。
「アルフレッド、」
黙したままの息子の名を窘めるように呼ぶ。
「父に秘密はならない。」
「父上…あの、彼は…」
ややあって、息子は何かをのみ込んだように少女を『彼』と表現した。ノーマンは眉をひそめた。
「彼ではなく、彼女であろう。なぜ嘘をつく。」
「秘密…と、彼と約束しました。」
厳密には約束したわけではない。アルフレッドが勝手にそう思っているだけだ。でも…
思い出すのは、豆を頬張る無防備な笑顔。あんな風にまた、笑ってほしいから―
そう思ってハッとする。なんと身勝手な願いだろう。それでは、まるで彼女を欲しがっているようではないか。
「…そうか。口外せぬと約束したか…」
しかし、狼狽えるアルフレッドの内心をよそに、父は考えるように腕を組んだ。魔の森に領地が近い身としては、下手に刺激するのは躊躇われる。しかし、まったく知らないままというのもまた、不安だった。あの子供が、魔の森の力をどう使役しているのかはわからない。しかし、万が一帝国に悪感情を持つ輩が、あの子供に帝国を攻撃するよう唆したなら―。ノーマンの脳裏にあの夜の化け物が浮かぶ。悩んだ末、まずはモルゲン領主から情報を引き出そうと、ノーマンは心に決めた。
モルゲン領主ダライアスの屋敷。ノーマンは、当たり障りなく貿易の話から始め、世間話を装ってあの少女……いや、サイラスという名の少年について尋ねた。モルゲン領はあの魔の森を抱えている。ノーマンの記憶では、確か森の傍に村があったはずだ。
「村は全滅した。」
しかし、得られたのは信じがたい情報。
「森の魔物が暴れ、村は壊滅した。もう誰も住んではおらぬ。幽霊でも見たのでは?もしくはその子供が嘘をついたか。」
ノーマンの後ろで、息子が息を呑むのがわかった。しかし―
(村は、あるのだな)
この程度の虚言、見破れずに辺境領主などつとまらない。ノーマンは、愛想よく笑いながら、こう言った。
「なれば、その無人の村とやら、見てきてもよいだろうか。我が領も森と近い故、魔物が暴走したとあれば気にかかってな。なに、空から見下ろすだけ。貴殿に迷惑はかけぬ。」
すると、ダライアスもまたうっそりと口元に笑みをのせた。
「ご自由になさるがよかろう。ただし、危険が伴うことは忠告しておこう。何かあってもモルゲンは兵を出せぬ。魔物に喰われぬよう気をつけられよ。」
ニタリと気味の悪い笑みを浮かべる男の顔には迫力があった。気の弱い者なら、心折れて村に行く言を撤回してしまうだろうが…
(フン、脅したつもりだろうが、行くとは言ったからな。)
負けずいい笑顔で別れを告げれば、
「いかになさろうと貴殿らの勝手だが、森には手を出すな。つい先日、愚かな軍勢が喰われたばかり故な。」
脅しではなく、警告だろう。
「ああ。ソレを目の当たりにした故我らは来たのだ。」
呟くように返し、ノーマンは息子と共に領主に背を向けた。
◆◆◆
街道をその村へと馬車を走らせる。街道は魔の森で途絶えているため、誰ともすれ違わない。ノーマンは先程から外の景色ばかり見つめる息子に目をやった。とぼけているように見えるが、アレは緊張している。
「それほどまでに、あの娘が気になるか?」
そう問えば、息子の眉間に皺が寄った。わかりやすいヤツだ。
「まさか、気があるわけではあるまいな?」
「そ、そのようなことはっ!」
投げかけられた疑問を必死で否定する―図星か。ノーマンは眉間を揉んだ。
世に、平民の娘に溺れる愚かな息子など掃いて捨てるほどいる。そして、その分だけ彼らの指導を誤った親がいる。……確かに、見目のよい少女だったが―
「のめり込まぬなら、」
言いかけて、膝の上で両の手を握りしめる息子に目をやった。公爵令息という立場は重い。蝶よ花よと育てられる令嬢たちと違い、貴族として生まれた男は将来家を背負うため、厳しい教育を受けて育つ。求められるものは大きく、受けるプレッシャーは並大抵のものではない。故に、優秀な息子たちほど反動で享楽に溺れやすいのもまた、事実。その最たるものが、平民の娘に入れ込むというものだ。身分も肩書も抜きの己を見てくれる、などと愚息たちは言い張るが。その実、彼女たちほど、金と権力に並々ならぬ関心を寄せている者はいないのだ。愚か者の中には、正妻を追い出し平民の愛人に入れあげ、他家から背を向けられた家、借金塗れになった家など枚挙にいとまがない。
(さて、今の息子は、いや…)
まだ少年の域を出ない息子に、今から厳しく言えば、ムキになってますますのめり込むだろうか…?相手はまだほんの子供だ。さすがに…
(ふむ…めかしこんでいたから、というのもあるか。)
流石に田舎の貧しい村で、着飾って過ごしてはいないだろう。だが…
思考はぐるぐると堂々めぐりを繰り返す。皮肉なものだ。親になったくせに、息子の教育の正解が見えないとは。ノーマンはため息を吐いた。
「父上?」
怪訝な顔の息子の眼差しを、答を探すようにノーマンはのぞきこんだ。ここはひとつ…
「いいか、アル。あの娘と…そうだな、友人にならなっても良かろう。だが、良き隣人でこそあれ、あまり踏みこんではならぬ。……いや、」
なんと言ったらいいかな。
考えてみれば、あまり希薄な関係というのもよろしくない。そこそこに親密で……男女の友人関係というのが理想だが…
「あくまでも男同士として親しくせよ。上辺だけでなく親密になれるとよいな。うむ。それがいい。」
ノーマンとしては、『友人』が理想で『恋人』にはなるなと言ったつもりである。
「その…父上それは、」
対する息子はどうしてか戸惑ったように口を開きかけ、一拍置いて眉間に皺を刻んで黙りこんだ。その内心は…
(父上は、アレと男色的な関係になれと?!それがメドラウドのため……?いや、まさか……しかし、男同士で親しく親密に、とはつまり…)
見事なまでに勘違いをしていたとは、ノーマンは知る由もなかった。
◆◆◆
ノーマンが睨んだとおり、果たして森の縁にその村はあった。村のすぐ手前で、ちょっとした歓迎―火玉数発と冷気、獣の遠吠えはあったものの、護衛全員の武装を解き、攻撃の意志がないことをノーマンが大声で叫んだところ、それらはピタリと収まった。
そして現在。
ノーマンらは、村はずれの小屋で村人―ヴィクターという若者らによるもてなしを受けていた。彼らの話から、ここがウィリス村で、秋に王国兵によって占拠され、大半の財貨を奪われたことがわかった。彼らは自らを、田舎の貧乏人と言った。しかし…
(貧乏人と言うには生活用品が小ぎれいだ。この茶器も安物だが新しい…)
つまり、食料以外の物品を買う余裕があるということ。それは果たして貧乏といえるのだろうか。
「それで、貴方方の御用向きは?」
村人たちの目には色濃い警戒の色がある。
つい先日、愚かな軍勢が喰われたばかり故な。
ダライアスの忠告―愚かな軍勢とは王国兵のことだろう。王国兵は森の怒りを買い、恐らく…村人たちはあの化け物を見たのだ。そんな矢先の見知らぬ訪問者。いい顔をするはずがない。ノーマンは居住まいを正した。ここは、下手な嘘をつかぬ方がよい。
「サイラスという少年に会いに来た。」
堂々と訪問理由を明かすと、
「ウチの子に何の用で」
即座にヴィクターという若者から問い返された。あー。これは失敗したか。若者の目つきが剣呑なものになってしまった。
「いや、森の縁に生きる者同士、友誼をと思ってな。息子を引き合わせに来た。」
「村の代表ではなく、なぜサイラスをご指名に?あの子はまだほんの子供ですよ?」
大義名分を言ったつもりが、非常識だと言われた。確かに、貴族の子供同士なら幼い内に顔合わせするのは割と普通でも、農民にそんな風習ないもんなぁ。ううむ、手強い。かと言って、森の魔力を使役するからと言えば、余計に警戒されるのは見えている。この様子だと、追い出されかねない。
「会いたいのは俺…いや、私なんです。」
と、そこに言葉を挟んだのは、なんと息子だった。息子は、睨むようにこちらを見つめる若者の目をまっすぐ見つめ返した。
「彼と…その、仲良くなりたくて…!」
真面目そうな顔をなぜか盛大に顰めて、息子は訴えた。ここは子供らしく、「友達に会いに来た!」と言え!ノーマンはそう念じつつ、息子の表情に内心で首を傾げた。なんでそんな引き攣った顔をするのだ。どうした?
当の息子は…
(父上のご意志に沿うためにはここは「息子さんを私に下さい!」と言うべきなのはわかっている……!そういう意味で親しくなれとさっき念を押して言われたんだ。メドラウドの人間としてやらねば…。それにサイラスは女の子だし辻褄は合う……?いやでも男で…でも女の子で……)
勘違いとはいえ、純朴な十三歳の少年に男の子に告白しろとは、難易度が高すぎた。両の拳を膝の上で握りしめ、顔を真っ赤にして俯く少年を見て、さすがの若者―ヴィクターも心配になったらしい。
「ご子息殿、無理をなさらずとも。気分が悪いのか?」
失礼、と断って、ヴィクターはアルフレッドの頬や額に手を触れる。
「熱っぽいようだが、村の薬師に診てもらうか?少し休まれた方がよいのでは?」
どうやら本気で息子を案じているらしい。村に入れてくれるという。なるほど、この男は子供に弱いのか。息子よよくやったぞ!仮病を使って情に訴えるとは!ノーマンは内心で芸達者な息子を褒めちぎった。………抜けているのは、さすが親子と言えるかもしれない。
◆◆◆
村に帰ってきたら、知らない馬車が何台も停まっていた。そして…
「うわっ!」
象くらいはありそうな羽の生えたトカゲ……飛竜が当たり前のように闊歩し、そこら辺の草を食べていたらそれはびっくりするよね?
「あら。彼氏ったら追いかけてきたんじゃない?ヒューヒュー♪」
フリーデさんは面白がってるけど。だから、アルは彼氏ではない。というか、こんな貧乏ド田舎村に何しに来たよ…
あ!
ふと、左耳に手をやる。イヤリングか!フリーデさん曰く高価な魔道具らしいし、よくよく見たら品のいい繊細な細工が施してあったっけ。よほど高価な品なのか、旅の道中でもやたら左耳に視線(たぶん泥棒さんの)を感じたのだ。よしっ!返そう!高級品は貧乏人には不相応だ。もしかしたら、大事な人からの贈り物かもしれないしね。
アルがいるとしたら、領主の家かな。他に客を泊められそうな家はないし。前に来たモルゲン兵たちは村の中にテントを張って野営していたしね。フリーデさん、イライジャさんに先だって家に戻ると、
「おお…久しいな、サイラス君」
おかえりと言いかけたアイザックをひょいと追い越して、アルのお父さんがニカッと私に笑いかけた。
「サイラス、その…女性は?」
「む。エルフか?」
そうだ、フリーデさんのことも説明しないとだった。
「サアラ…」
アルのお父さんを見た途端、強張った顔でティナが足にしがみついてきたし。ざわりと冷気―湖の魔力が存在を主張し、アルのお父さんとアイザックが眉をひそめた。
……これはいろいろと面倒なことになりそうだ。
ノーマンは馬車にモルゲンへと向かうよう指示した。飛竜に乗った方が早いのだが、ペレアスであの竜は目立ちすぎる。故に、遅くても馬車を使っていた。どのみち一度帰国するつもりでいる。自分たちの進路を良からぬ思惑ありと見る者はいないだろう。
「アル、あの娘とはどうして知り合った?」
少女なのに、サイラスと男の名前を名乗っていた。実に不可解な子供だ。
「アルフレッド、」
黙したままの息子の名を窘めるように呼ぶ。
「父に秘密はならない。」
「父上…あの、彼は…」
ややあって、息子は何かをのみ込んだように少女を『彼』と表現した。ノーマンは眉をひそめた。
「彼ではなく、彼女であろう。なぜ嘘をつく。」
「秘密…と、彼と約束しました。」
厳密には約束したわけではない。アルフレッドが勝手にそう思っているだけだ。でも…
思い出すのは、豆を頬張る無防備な笑顔。あんな風にまた、笑ってほしいから―
そう思ってハッとする。なんと身勝手な願いだろう。それでは、まるで彼女を欲しがっているようではないか。
「…そうか。口外せぬと約束したか…」
しかし、狼狽えるアルフレッドの内心をよそに、父は考えるように腕を組んだ。魔の森に領地が近い身としては、下手に刺激するのは躊躇われる。しかし、まったく知らないままというのもまた、不安だった。あの子供が、魔の森の力をどう使役しているのかはわからない。しかし、万が一帝国に悪感情を持つ輩が、あの子供に帝国を攻撃するよう唆したなら―。ノーマンの脳裏にあの夜の化け物が浮かぶ。悩んだ末、まずはモルゲン領主から情報を引き出そうと、ノーマンは心に決めた。
モルゲン領主ダライアスの屋敷。ノーマンは、当たり障りなく貿易の話から始め、世間話を装ってあの少女……いや、サイラスという名の少年について尋ねた。モルゲン領はあの魔の森を抱えている。ノーマンの記憶では、確か森の傍に村があったはずだ。
「村は全滅した。」
しかし、得られたのは信じがたい情報。
「森の魔物が暴れ、村は壊滅した。もう誰も住んではおらぬ。幽霊でも見たのでは?もしくはその子供が嘘をついたか。」
ノーマンの後ろで、息子が息を呑むのがわかった。しかし―
(村は、あるのだな)
この程度の虚言、見破れずに辺境領主などつとまらない。ノーマンは、愛想よく笑いながら、こう言った。
「なれば、その無人の村とやら、見てきてもよいだろうか。我が領も森と近い故、魔物が暴走したとあれば気にかかってな。なに、空から見下ろすだけ。貴殿に迷惑はかけぬ。」
すると、ダライアスもまたうっそりと口元に笑みをのせた。
「ご自由になさるがよかろう。ただし、危険が伴うことは忠告しておこう。何かあってもモルゲンは兵を出せぬ。魔物に喰われぬよう気をつけられよ。」
ニタリと気味の悪い笑みを浮かべる男の顔には迫力があった。気の弱い者なら、心折れて村に行く言を撤回してしまうだろうが…
(フン、脅したつもりだろうが、行くとは言ったからな。)
負けずいい笑顔で別れを告げれば、
「いかになさろうと貴殿らの勝手だが、森には手を出すな。つい先日、愚かな軍勢が喰われたばかり故な。」
脅しではなく、警告だろう。
「ああ。ソレを目の当たりにした故我らは来たのだ。」
呟くように返し、ノーマンは息子と共に領主に背を向けた。
◆◆◆
街道をその村へと馬車を走らせる。街道は魔の森で途絶えているため、誰ともすれ違わない。ノーマンは先程から外の景色ばかり見つめる息子に目をやった。とぼけているように見えるが、アレは緊張している。
「それほどまでに、あの娘が気になるか?」
そう問えば、息子の眉間に皺が寄った。わかりやすいヤツだ。
「まさか、気があるわけではあるまいな?」
「そ、そのようなことはっ!」
投げかけられた疑問を必死で否定する―図星か。ノーマンは眉間を揉んだ。
世に、平民の娘に溺れる愚かな息子など掃いて捨てるほどいる。そして、その分だけ彼らの指導を誤った親がいる。……確かに、見目のよい少女だったが―
「のめり込まぬなら、」
言いかけて、膝の上で両の手を握りしめる息子に目をやった。公爵令息という立場は重い。蝶よ花よと育てられる令嬢たちと違い、貴族として生まれた男は将来家を背負うため、厳しい教育を受けて育つ。求められるものは大きく、受けるプレッシャーは並大抵のものではない。故に、優秀な息子たちほど反動で享楽に溺れやすいのもまた、事実。その最たるものが、平民の娘に入れ込むというものだ。身分も肩書も抜きの己を見てくれる、などと愚息たちは言い張るが。その実、彼女たちほど、金と権力に並々ならぬ関心を寄せている者はいないのだ。愚か者の中には、正妻を追い出し平民の愛人に入れあげ、他家から背を向けられた家、借金塗れになった家など枚挙にいとまがない。
(さて、今の息子は、いや…)
まだ少年の域を出ない息子に、今から厳しく言えば、ムキになってますますのめり込むだろうか…?相手はまだほんの子供だ。さすがに…
(ふむ…めかしこんでいたから、というのもあるか。)
流石に田舎の貧しい村で、着飾って過ごしてはいないだろう。だが…
思考はぐるぐると堂々めぐりを繰り返す。皮肉なものだ。親になったくせに、息子の教育の正解が見えないとは。ノーマンはため息を吐いた。
「父上?」
怪訝な顔の息子の眼差しを、答を探すようにノーマンはのぞきこんだ。ここはひとつ…
「いいか、アル。あの娘と…そうだな、友人にならなっても良かろう。だが、良き隣人でこそあれ、あまり踏みこんではならぬ。……いや、」
なんと言ったらいいかな。
考えてみれば、あまり希薄な関係というのもよろしくない。そこそこに親密で……男女の友人関係というのが理想だが…
「あくまでも男同士として親しくせよ。上辺だけでなく親密になれるとよいな。うむ。それがいい。」
ノーマンとしては、『友人』が理想で『恋人』にはなるなと言ったつもりである。
「その…父上それは、」
対する息子はどうしてか戸惑ったように口を開きかけ、一拍置いて眉間に皺を刻んで黙りこんだ。その内心は…
(父上は、アレと男色的な関係になれと?!それがメドラウドのため……?いや、まさか……しかし、男同士で親しく親密に、とはつまり…)
見事なまでに勘違いをしていたとは、ノーマンは知る由もなかった。
◆◆◆
ノーマンが睨んだとおり、果たして森の縁にその村はあった。村のすぐ手前で、ちょっとした歓迎―火玉数発と冷気、獣の遠吠えはあったものの、護衛全員の武装を解き、攻撃の意志がないことをノーマンが大声で叫んだところ、それらはピタリと収まった。
そして現在。
ノーマンらは、村はずれの小屋で村人―ヴィクターという若者らによるもてなしを受けていた。彼らの話から、ここがウィリス村で、秋に王国兵によって占拠され、大半の財貨を奪われたことがわかった。彼らは自らを、田舎の貧乏人と言った。しかし…
(貧乏人と言うには生活用品が小ぎれいだ。この茶器も安物だが新しい…)
つまり、食料以外の物品を買う余裕があるということ。それは果たして貧乏といえるのだろうか。
「それで、貴方方の御用向きは?」
村人たちの目には色濃い警戒の色がある。
つい先日、愚かな軍勢が喰われたばかり故な。
ダライアスの忠告―愚かな軍勢とは王国兵のことだろう。王国兵は森の怒りを買い、恐らく…村人たちはあの化け物を見たのだ。そんな矢先の見知らぬ訪問者。いい顔をするはずがない。ノーマンは居住まいを正した。ここは、下手な嘘をつかぬ方がよい。
「サイラスという少年に会いに来た。」
堂々と訪問理由を明かすと、
「ウチの子に何の用で」
即座にヴィクターという若者から問い返された。あー。これは失敗したか。若者の目つきが剣呑なものになってしまった。
「いや、森の縁に生きる者同士、友誼をと思ってな。息子を引き合わせに来た。」
「村の代表ではなく、なぜサイラスをご指名に?あの子はまだほんの子供ですよ?」
大義名分を言ったつもりが、非常識だと言われた。確かに、貴族の子供同士なら幼い内に顔合わせするのは割と普通でも、農民にそんな風習ないもんなぁ。ううむ、手強い。かと言って、森の魔力を使役するからと言えば、余計に警戒されるのは見えている。この様子だと、追い出されかねない。
「会いたいのは俺…いや、私なんです。」
と、そこに言葉を挟んだのは、なんと息子だった。息子は、睨むようにこちらを見つめる若者の目をまっすぐ見つめ返した。
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当の息子は…
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勘違いとはいえ、純朴な十三歳の少年に男の子に告白しろとは、難易度が高すぎた。両の拳を膝の上で握りしめ、顔を真っ赤にして俯く少年を見て、さすがの若者―ヴィクターも心配になったらしい。
「ご子息殿、無理をなさらずとも。気分が悪いのか?」
失礼、と断って、ヴィクターはアルフレッドの頬や額に手を触れる。
「熱っぽいようだが、村の薬師に診てもらうか?少し休まれた方がよいのでは?」
どうやら本気で息子を案じているらしい。村に入れてくれるという。なるほど、この男は子供に弱いのか。息子よよくやったぞ!仮病を使って情に訴えるとは!ノーマンは内心で芸達者な息子を褒めちぎった。………抜けているのは、さすが親子と言えるかもしれない。
◆◆◆
村に帰ってきたら、知らない馬車が何台も停まっていた。そして…
「うわっ!」
象くらいはありそうな羽の生えたトカゲ……飛竜が当たり前のように闊歩し、そこら辺の草を食べていたらそれはびっくりするよね?
「あら。彼氏ったら追いかけてきたんじゃない?ヒューヒュー♪」
フリーデさんは面白がってるけど。だから、アルは彼氏ではない。というか、こんな貧乏ド田舎村に何しに来たよ…
あ!
ふと、左耳に手をやる。イヤリングか!フリーデさん曰く高価な魔道具らしいし、よくよく見たら品のいい繊細な細工が施してあったっけ。よほど高価な品なのか、旅の道中でもやたら左耳に視線(たぶん泥棒さんの)を感じたのだ。よしっ!返そう!高級品は貧乏人には不相応だ。もしかしたら、大事な人からの贈り物かもしれないしね。
アルがいるとしたら、領主の家かな。他に客を泊められそうな家はないし。前に来たモルゲン兵たちは村の中にテントを張って野営していたしね。フリーデさん、イライジャさんに先だって家に戻ると、
「おお…久しいな、サイラス君」
おかえりと言いかけたアイザックをひょいと追い越して、アルのお父さんがニカッと私に笑いかけた。
「サイラス、その…女性は?」
「む。エルフか?」
そうだ、フリーデさんのことも説明しないとだった。
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