RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん

文字の大きさ
76 / 205
魔法学園編

75 モルゲン邸に潜む者

しおりを挟む
朝。モルゲン邸の従業員食堂から話し声が聞こえてくる。
「おはようございます」
「これはヴィクター殿。今朝は早いのですね。急な仕事でも?」
ヴィクターは彼よりも少し前からこの屋敷で働いていると聞く。ダライアス様の命で動いているらしいが、彼の抱える大半の仕事はお嬢様絡みと、家事DIYである。凄いんだ、この人。「時短です」とか言いながら、新たに赴任した自分が使うための寝台を生木から半日で作ってくれたんだよ。

寝台って生木切り倒して時短で作るモンかな?

田舎の人ってコレが普通なの??よく、都会の人間は田舎では受け入れられないと聞くけど…納得。壁が高すぎるわ。
「サイラスが来る予定ですからね。少し張りきってしまいまして」
柔らかな笑みで答えたヴィクターに、彼は目を瞬いた。
「ふふ。あの子の好物を用意しておこうと思いましてね」
「…ああ。だからエプロンをなさっているのですね?」

…ピンクのフリフリエプロンってどうなんだろう。新婚さんか??

それにしても、ヴィクター自ら手料理を振る舞うのか。少年とは同郷だと言うし、先輩が後輩を可愛がるのはよくあることだ。どちらかというと手料理を作るのは、女性の役割だけど。
「年頃の少年……ということは、肉ですか?」
彼の脳裡に浮かんだのは、最近王都で話題の特盛料理――通称『地竜』盛。安い羊肉の薄切りを切れ目を入れたパンにバランスの限界まで盛りに盛った……オープンサンドのバケモノ。アレを作ると…
「ええ、まあ若いので肉料理も出しますが。他に十種の野菜の切れ端サラダと鶏肉のコラーゲンスープに、それからラスクも好物なんです」
「……え?」
切れ端サラダ?コラーゲンスープ??そんなのが好きなの?男なのに??
聞きかじった話によれば、サイラスは手勢を引き連れ騎士学校を強行突破、魔法学園に侵入、さらに最もセキュリティが厳重と思われる公爵令息の部屋に押し込み強盗を働いた…はず。

ということはだよ?サイラスって、筋骨隆々とした山賊も真っ青なマッチョマンじゃないとおかしいよな?!

彼のプロファイリングが、ガラガラと音を立てて崩れていった。
そうだよな…。庭の生木から時短で寝台作って、ピンクのフリフリエプロンした男の後輩が、普通の予測に当てはまるはずもないか。押し込み強盗するくらいだし。
常識が迷子な少年――彼は心のメモ帳に書かれていたサイラスのモンタージュを消し、新たにそんな文言を書き込んだ。

◆◆◆

結論から言うと、モルゲン邸にサイラスは来なかった。どこからどうアクロバティックに見ても、メドラウド公子息のアルフレッド様以外の男は来ていない。お付きのメイドが一人ついてきただけだ。
(来るのをやめたのか…?)
アルフレッド様から用事でも言いつけられて急遽来れなくなったとか…?別に、ただの庶民である彼がモルゲン邸を訪れなくても特段不自然なことではない。今回はたまたまタイミングが合わなかったのだろう。彼はそう断じた。
しかし…
その夜。仕事を終えてモルゲン邸に戻ってきた彼の耳に、楽しげな話し声が聞こえてきた。
「嬉しそうだねぇ、ヴィクターさん」
「ええ。あの子が元気そうで本当に良かった」
話し声は、メイド長とヴィクターのようだ。

あの子…?元気そうで良かった…?

まさか。彼の知らない内にサイラスはここに来ていたのか?
「サイラスさん、来ていたのですか?」
ぬっと出てきた彼に、二人は驚いたようだ。
「え、ええ。来ましたよ」
ニコニコと笑うヴィクター。彼は残念そうな顔をしてみせた。
「どうしたんだい?」
「せっかくだったので、顔を見ておきたかったんですよ」
一緒に仕事をすることもあるでしょうし、と、彼が言うと二人は「ああ、」と眉を下げた。
「そのうちまた来るよ」
「ええ。今度来たときには紹介しますから」
「ぜひ」
取りなされ、ニコリと笑んだ彼に。
「そうだ。お疲れでしょう?ニンジンのポタージュはいかがですか。今、出来上がったところなんです」
ヴィクターが笑顔で手元の小鍋を示した。
「ああ、でもいいのですか?」
夕食はこれからだった彼は、素直に顔を綻ばせた。ヴィクターの隣にいるメイド長が、若干咎めるような視線をヴィクターに向ける――ああ、もしかしてヴィクターが自分用に作ったのかな。
「あの、ヴィクター殿が召し上がるために作ったのでは?」
小鍋のニンジンポタージュはどう見ても一人分しかない。やはりヴィクターが自分で食べるために作ったとしか…
「本当は厩番にと思ったのですが、起きてきませんし冷めてしまいますので」
手早く小鍋からポタージュを器に注ぐヴィクターに、「遠慮します」とは言い辛い。それにしても、厩番?あの中年の働き者の彼だよな?起きてこないと言っているが、まだ使用人が寝るには早すぎる時間だ。九番厩の掃除終わってないんじゃないか??ぐずぐずしていて掃除が遅れると、一番奥の馬小屋から猛獣みたいな呻り声が聞こえるぞ?
「さあ、冷めないうちに召し上がれ」
湯気を立てるスープに、パンを添え、ヴィクターがニコニコしながら椅子をひいてくれた。至れり尽くせり……圧を感じるのは気のせいだろうか。
「なんだか申し訳ないです」
ひと言謝して、彼はポタージュをスプーンに掬った。…視線を感じる。怪訝に思いながらも、彼はそれを口に運んだ。別に普通の味だ。美味しい。
「?」
「ごゆっくりどうぞ」
…なんかホッとしてない??
怪訝な顔をしたら、目を逸らされた。
「あの…まさか、毒見ではないですよね?」
言ってみて有り得ないと思った。どう見ても一人分しかないし。

彼は知る由もない。ニンジンポタージュの材料が、元・馬の餌で、ほんの少し前に厩番の口に突き刺さっていたものだなんて。

「毒見ではありませんし、全部食べていただいて大丈夫ですよ」
ヴィクターの笑顔がキラキラしている。怪しい…。目が泳いでいるから、疚しいことがあるのは間違いないようだが…けどポタージュは普通に美味しいし。ヘンな味はしないし、まいっか、と彼は思うことにした。

◆◆◆

食事を終え、自室に戻ろうとした彼は、ふと聞こえた物音に立ち止まった。家具でも動かしているのだろうか。音は、彼も寝泊まりしている従業員用の居室が並ぶ廊下からだ。
「ヴィクター殿?」
音を頼りに、今は使われていない部屋の扉を開けると、ワインレッドの髪の青年が振り返った。
「新人でも来るのですか?」
夜も遅い時間だ。明日から住み込みの使用人でも来るのだろうか。
「念のため使えるようにと思いまして」
箒を動かしながら、ヴィクターが答えた。念のため??
「?手伝いますよ」
しかし、彼の申し出をヴィクターは笑顔で断った。
「もう遅いですし、貴方は明日早いのでしょう?もうお休みなさい」
…ママみたい。ヴィクターはあのフリフリエプロンのままだった。ダジャレじゃないよ。
「…はあ」
そう言われればそれ以上踏み込むこともできず、彼はひとまずその場から立ち去った。
部屋を整える物音は一時間ほど続いたが、やがて扉が閉まる音と共に足音が遠ざかっていった。
静まり返った廊下に、彼は音も立てずにすべり出た。そして、ヴィクターが施錠していった部屋の扉を針金でこじ開けた。
埃を被っていた部屋は、綺麗に掃除がされていた。光魔法で照らした室内の家具は、飾り気のない従業員用のものだ。倉庫で眠っていたものをただ拭いて運んだだけとわかる。

やはり、明日から新人が…?

しかし、それなら従業員たちに前もって報せがあってもいいはずだ。貴族の屋敷の出入りは、それなりに制限がある。
「…念のため」
ヴィクターが言った言葉を小さく繰り返す。念のため……つまり、使うか使わないかわからない人物のための部屋と推測できるが。普通、来るか来ないかわからない我が儘な立場の従業員などいない。
しかし――
部屋を片付けていたのは、ヴィクター。そして、彼には自ら手料理を振る舞うほど可愛がっている後輩がいる。彼がいつ来てもいいように――だとしたら、この部屋は…

サイラス・ウィリスに宛がうつもりか…?

彼は、庶民だ。ならば、客室ではなく、従業員用のスペースを利用しても不思議ではない。また、来るか来ないか明らかにする必要もない、商人のような立ち位置――。間違いない。この部屋は、『彼』のための部屋だ。
彼は、何気なくチェストの抽出を開けてみた。……案の定、空っぽだ。続く下段の抽出も順々に開けていく。そして――
「これ、は…」
一番下の抽出――一揃いだけ見つけた服は。
町娘が好みそうな可愛らしいブラウスとワンピース、真新しい編み上げブーツ。さらに女性用の下着がいくつか。
「まさか…」
アルフレッド様と一緒にいたメイド。茶色の髪に瞳は確か、空色。あの方の探す『サイラス・ウィリス』と同じ色彩――
「女、だったのか」
道理でわからないはずだ。男が女に変わっていると、どうして予測できよう。
「ふふ…」
光の消えた暗闇に密やかな忍び笑いを零し。
「あの方もお人が悪い…」
弧を描く唇は、新たな獲物を見つけた悪魔のごとく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

望んでいないのに転生してしまいました。

ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。 折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。 ・・と、思っていたんだけど。 そう上手くはいかないもんだね。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

処理中です...