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動乱編
112 遺された者は
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あの少女、やはりただ者ではない。こうして紛い物の分身まで作り、意のままに操るとは。
「ますます欲しくなっちゃったなぁ…」
左腕を貰う前に、適当に痛めつけて『魔の森』の力について聞き出すのも愉しそうだ。魔術師はうっそりと嗤った。
「さて、『本物』を迎えにいこうか」
呟いて一歩踏み出した直後、後方から急接近する『何か』に、咄嗟に結界を張る。ガンッと耳障りな音をたてて弾かれたのは、無骨な短剣…
「おや?」
その数メートル後に、こちらを睨む黒髪の少年が佇んでいた。
◆◆◆
フレデリーカは、戦意を喪ったサイラスを部屋に送る途上にいた。サイラスは彼女の指示に大人しく従った。
(…いい人よ。鬼じゃない。不幸なのは彼女も同じ…)
だって私を殺さなかった。迷って迷って…きっと彼女にも譲れない大事なモノがあったんだ。それでも…彼女はついにできなかった。
(嗚呼…)
フレデリーカの夫は、戦場で彼女に殺された。雷撃魔法が直撃して……黒こげになった地面には、炭化した腕があっただけ。他は跡形もなく消し飛んでしまった。
言い尽くせない感情が胸の内で渦を巻く。
(決めたの…。死んだ人は帰ってこない。だからせめて…あの人と同じく役に立ちたい)
領主様の。あの人に誇れるように…。
すぐ目の前には、華奢な背中がある。フレデリーカの大切な人を殺めた少女――
どうして…
どうして、貴女が生きて、あの人は死んでしまったの…?
どうして、私は生き残ってしまったの…?
何百回も、何千回も繰り返した問い――
放心状態で、彼女の部屋に辿り着いた。促せば、無言で部屋に踏み入る彼女。その背はあまりに無防備だ。
なんで…!
悲しくて悲しくて、涙がとめどなく流れて…
私には何も残らなかった!子供もできないまま。貴族みたいに肖像画が残るわけでもない。時が経てば風化していく記憶…真綿で首を絞めるように、私は喪うのだ。これから先も、ずっと…
赦さない!わかってなんかやるものか!
貴女は殺した!
「うわあああっ!!」
懐剣は、あの人が護身用にとくれたものだ。ずっと形見と思って持っていたそれを…フレデリーカは、サイラスの背に深々と突き立てた。
◆◆◆
「おまえ…サアラを…!」
緑玉の瞳に氷の炎のような冷たい怒りを滾らせ、アルフレッドは魔術師――ふざけた蟹歩きで、サアラの魔力の残滓を踏みつけている――を睨みつけた。
「おや…彼女を助けに来た王子サマ気取りかい?」
口の端を吊り上げ、魔術師は意地の悪い笑みを浮かべた。そして、これ見よがしに消えゆく元分身のカスをトントンと踏みつけた。
「残念。遅かったね」
「おまえ!!」
激昂して飛びかかってくる少年に、魔術師は結界ではなく攻撃魔法を放つ。
「《爆炎》!」
廊下いっぱいに広がった紅蓮の炎が視界を鮮やかなオレンジ色に染め…
「《反射》」
ぼそりと呟くような詠唱。魔術師の攻撃魔法が己にはね返される。
「くっ!《結界》!!」
魔法杖の魔石のエネルギーも込めて結界を張るが。さすがの魔術師でも肝が冷えるほどの力の拮抗だ。あと少し、相手が上回れば結界は壊されていた。バクバクする心音を自覚しながらも魔術師は引き攣った笑みを浮かべた。
「ハハ。こんなのどうってことないさ!」
「そうか」
ばっと顔をあげると、かの少年が魔術師の結界の上に乗っていた。
「なら、直接叩く」
そして、彼は奇妙な呪印を刻んだ腕を結界目がけて振り下ろした。
バキッ
「な…ひ、光魔法だと?!」
強固なハズの結界が、拳骨だけでパラパラと崩れ落ちる――まず有り得ない現象が起きている。
光魔法たる結界を壊すには、魔力で力押しするのが普通だ。けれど、光魔法を攻撃手段として使うのなら話は変わる。光魔法は、同じ光魔法に弱い。力押しせずとも光魔法の攻撃なら結界を壊せるのだ。光魔法を攻撃手段として使える者が大変希少なので、あまり想定されないが…
「ああ…相手が悪かったな」
ガラスに石を投じたように、透明な壁が崩れ去った。
「手加減したらいけなかったようだね!」
それでも魔術師は、プライドもあって至近距離の少年――アルフレッドに火炎魔法を投じた……のだが。
ボウッ…シュ~ゥ…
魔法杖を使って威力増幅したはずの攻撃魔法は、出来損ないのライターのように火花を飛ばしただけで煙になった。
「あ~~、食った食った」
「………は?」
魔法杖のてっぺんで、傘が平たく柄の太ましい、ちっさい手足の生えた三十センチくらいのキノコが腹(?)をペチペチしながら寛いでいた。
◆◆◆
扉の前に、少女が倒れている。身体を折り曲げて苦しげだが、まだ生きている。でも…
(これだけ血が出ているもの。もう…助からないわ)
フレデリーカは、足掻くサイラスを無表情に眺め、次いで己の手に視線を落とした。サイラスの血がべっとりとこびりついた懐剣を。
仇は取った。あの人は、フレデリーカが手を汚したことを悲しむだろう。あの人は、私を愛してくれたから。
ストン、とその場に座りこんで、フレデリーカは天を仰いだ。涸れたはずの涙が一筋、また一筋と頬を伝った。
復讐を遂げてしまった。
そして…
もう、生きる理由がなくなってしまった…
あの人の遺志を継いで、という気持は作り物だった。ただの弱い人間であるフレデリーカは、そんなに崇高な存在にはなれない。
今のフレデリーカにあるのは、虚無感。ぽっかり空いた喪失の闇――。
「ねぇ…あなた、」
虚空に彼女は微笑んだ。
「もう、いいよね…」
あなたの傍に行っても。血ぬれの懐剣を持つ手は震えて――
嗚呼…やっぱり私は貴女と同じ。
目を閉じたフレデリーカの耳に、誰かの叫び声が聞こえたような気がした。
◆◆◆
「もぉ、だめじゃ~ん?魔法杖って木なんだからぁ、ちゃんとキノコ対策しないとぉ~」
「チッチッチッ」と人差し指を振って、魔術師に気づいたキノコが言った。奴がもぐもぐしている口の中には、食べたとの言葉通り、魔石っぽいものが見える。つまり、魔法杖の不具合は、コイツが杖に仕込んであった魔石を食べたことが原因らしい。
「くっ!目障りな魔物がぁ!」
杖に頼らない魔法の炎が、おかしなキノコを貫き……周りに焼きエリンギの食欲をそそる香りが充満した。
柄のど真ん中を焼かれたスクイッグは、姿を保てなかったのか傘からドロドロと溶け落ちてブスブスと煙をあげ、消滅…
ニョキニョキニョキニョキ!!
「……へ?」
溶け落ちたところから、怒濤の勢いで生える毒キノコ。そして、魔術師はつい、
「《火炎》」
燃やしてしまった。すると当然のことながらグニュニュ…とキノコが寄り集まって…
「イヤッホー☆エリンギマン・アドバンスジェネレーション、略してエリンギマンAGふっか~つ!」
いつかと同じく「トウッ」とジャンプしたスクイッグは、命知らずにもアルフレッドの肩に着地した。そして、最高に機嫌が悪いだろう彼の顔の横で宣言した。
「今からぁ、え~…マスターの分身の死を悼んでぇ~、物真似をしまっす!」
そして、太ましい身体の前で短い手をモジモジさせ、足も内股にして、気の利いたことに目を空色にした。…雰囲気からして全く似てない。そして、アルフレッドに一瞬お尻を向け、器用に柄を捻って顔だけ振り返った。
「ア…アル。実は、その…」
声だけは完全にサアラだった。アルフレッドのこめかみに青筋が浮く。
「そ…その、私…」
モジモジしながらサアラの声で物真似を続行する命知らずなミニエリンギ。そして、振り返りざまに必殺、本人とは全く似ていない上目遣い。…アルフレッドの青筋が増えた。
「できちゃった☆」
高速瞬き三回。芸の細かいことに、ミニエリンギの周りを、シメジに足が生えた奴が輪になって走っていた。
「フェアリ~リングぅ~」
ミニエリンギが言った。このギャグ(?)をやりたかったらしい。
……。
……。
パリンとガラスが割れる音がして、
「あああぁぁぁー………ナイッシュー……」
アルフレッドにロングシュートよろしく蹴り飛ばされたミニエリンギは、空の彼方にキラッと光って消えた。
「さて」
アルフレッドは、コソコソ逃げようとしている魔術師に目をやった。魔法杖は完全に使えなくなったらしい。美しい木目の杖は今やその面影もなく、毒キノコをびっしり生やした朽ち木と化していた。スクイッグ、地味に最強。
「俺に手加減してくれたとか?」
ミニエリンギが余計なことをして火に油を注いだせいで、アルフレッドの声は地を這うよう。身体から殺る気満々な魔力がダダ漏れている。
「ひっ…!」
じりじりと…やっぱり蟹歩きで横ずさる魔術師の耳に、バキベキボキィ、とアルフレッドの関節がヤバい音をたてるのが聞こえた。
「吐け。サアラはどこだ」
◆◆◆
物理と魔法の両方で脅した魔術師から聞き出したサアラの居所――駆けつけたアルフレッドの目に飛びこんできたのは、扉の前に倒れたお仕着せの娘。知らない顔だ。白いブラウスの胸元を真っ赤に染めて、既にその娘は事切れていた。そして、彼女のすぐそばに…
「サアラ!おいっ!しっかりしろ!」
サアラがアンダードレス一枚で、床に倒れていた。辛うじて息をしているが、意識はない。脇腹の下のカーペットが血を吸って黒い染みを作っていた。そこに、
「ど…どうしよぉ~おにぃちゃん。マスターが薬を飲まないんだよぉ」
先程ロングシュートで星のゴールへぶっ飛ばしたはずのミニエリンギが、おろおろとアルフレッドを見上げた。
「おいら、遊んでて…」
言い訳するその短い手には水薬でも入っているのか小瓶を持ち、サアラに飲ませようとしているが、薬は彼女の口の端から零れてしまう。
「傷を塞ぐ薬なんだよぉ…」
寄る辺のない子供のような小さな声でミニエリンギが言った。
「副作用でヒキガエルでもって小アジだけど、コレ飲まないとマスターが死ん」
「貸せっ!」
ミニエリンギから小瓶を奪い取り、アルフレッドはサアラの顔を上向けた。そして小瓶の中身の半分を己の口に含み、彼女の唇を己の唇で塞ぎ、こじ開け、薬を流し込む。そして、慎重に彼女の頭を起こし、飲み込むよう促した。微かに白い喉が動く。
「サアラ、死ぬな」
呟き、アルフレッドは小瓶の薬の残り半分を同じく口に含み、彼女に口移しで流し込む。すると…途端に変化が現れた。みるみるうちに塞がる傷口。蒼白だった肌は血色を、温もりを取り戻す。
「サアラ!おいっ!大丈夫か?!」
「…ん、」
長い睫毛が震え、潤んだ空色の瞳がアルフレッドを見上げた。よかった。生きている。安堵してアルフレッドは華奢な身体を抱きしめた。
「助けに来た。脱出するぞ」
サアラは突然現れたアルフレッドに目を白黒させ、次いで足元に倒れるお仕着せの娘に目をやった。
「あ…」
既に事切れた娘に、空色の瞳が大きく見開かれる。
「私…」
潤んだ瞳から透明な雫を零して、彼女は蚊の鳴くような声で呟いた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
震える肩を、アルフレッドは無言で抱いた。まだ、聞きたいことも話したいことも山のようにある。
サイラス君は邪竜っていう魔物に近い将来取り込まれちゃうの。で…彼女の様子だと、それがもう始まってるっぽいんだ。
あのイカレた王女の言葉。サアラの肩まで黒い鱗に覆われた腕――
「行こう」
何をやれば解決するのか、まるで見当もつかない。でも、まずはやるべきことを。アルフレッドは、己の飛竜を呼び寄せるべく指笛を鳴らした。
「ますます欲しくなっちゃったなぁ…」
左腕を貰う前に、適当に痛めつけて『魔の森』の力について聞き出すのも愉しそうだ。魔術師はうっそりと嗤った。
「さて、『本物』を迎えにいこうか」
呟いて一歩踏み出した直後、後方から急接近する『何か』に、咄嗟に結界を張る。ガンッと耳障りな音をたてて弾かれたのは、無骨な短剣…
「おや?」
その数メートル後に、こちらを睨む黒髪の少年が佇んでいた。
◆◆◆
フレデリーカは、戦意を喪ったサイラスを部屋に送る途上にいた。サイラスは彼女の指示に大人しく従った。
(…いい人よ。鬼じゃない。不幸なのは彼女も同じ…)
だって私を殺さなかった。迷って迷って…きっと彼女にも譲れない大事なモノがあったんだ。それでも…彼女はついにできなかった。
(嗚呼…)
フレデリーカの夫は、戦場で彼女に殺された。雷撃魔法が直撃して……黒こげになった地面には、炭化した腕があっただけ。他は跡形もなく消し飛んでしまった。
言い尽くせない感情が胸の内で渦を巻く。
(決めたの…。死んだ人は帰ってこない。だからせめて…あの人と同じく役に立ちたい)
領主様の。あの人に誇れるように…。
すぐ目の前には、華奢な背中がある。フレデリーカの大切な人を殺めた少女――
どうして…
どうして、貴女が生きて、あの人は死んでしまったの…?
どうして、私は生き残ってしまったの…?
何百回も、何千回も繰り返した問い――
放心状態で、彼女の部屋に辿り着いた。促せば、無言で部屋に踏み入る彼女。その背はあまりに無防備だ。
なんで…!
悲しくて悲しくて、涙がとめどなく流れて…
私には何も残らなかった!子供もできないまま。貴族みたいに肖像画が残るわけでもない。時が経てば風化していく記憶…真綿で首を絞めるように、私は喪うのだ。これから先も、ずっと…
赦さない!わかってなんかやるものか!
貴女は殺した!
「うわあああっ!!」
懐剣は、あの人が護身用にとくれたものだ。ずっと形見と思って持っていたそれを…フレデリーカは、サイラスの背に深々と突き立てた。
◆◆◆
「おまえ…サアラを…!」
緑玉の瞳に氷の炎のような冷たい怒りを滾らせ、アルフレッドは魔術師――ふざけた蟹歩きで、サアラの魔力の残滓を踏みつけている――を睨みつけた。
「おや…彼女を助けに来た王子サマ気取りかい?」
口の端を吊り上げ、魔術師は意地の悪い笑みを浮かべた。そして、これ見よがしに消えゆく元分身のカスをトントンと踏みつけた。
「残念。遅かったね」
「おまえ!!」
激昂して飛びかかってくる少年に、魔術師は結界ではなく攻撃魔法を放つ。
「《爆炎》!」
廊下いっぱいに広がった紅蓮の炎が視界を鮮やかなオレンジ色に染め…
「《反射》」
ぼそりと呟くような詠唱。魔術師の攻撃魔法が己にはね返される。
「くっ!《結界》!!」
魔法杖の魔石のエネルギーも込めて結界を張るが。さすがの魔術師でも肝が冷えるほどの力の拮抗だ。あと少し、相手が上回れば結界は壊されていた。バクバクする心音を自覚しながらも魔術師は引き攣った笑みを浮かべた。
「ハハ。こんなのどうってことないさ!」
「そうか」
ばっと顔をあげると、かの少年が魔術師の結界の上に乗っていた。
「なら、直接叩く」
そして、彼は奇妙な呪印を刻んだ腕を結界目がけて振り下ろした。
バキッ
「な…ひ、光魔法だと?!」
強固なハズの結界が、拳骨だけでパラパラと崩れ落ちる――まず有り得ない現象が起きている。
光魔法たる結界を壊すには、魔力で力押しするのが普通だ。けれど、光魔法を攻撃手段として使うのなら話は変わる。光魔法は、同じ光魔法に弱い。力押しせずとも光魔法の攻撃なら結界を壊せるのだ。光魔法を攻撃手段として使える者が大変希少なので、あまり想定されないが…
「ああ…相手が悪かったな」
ガラスに石を投じたように、透明な壁が崩れ去った。
「手加減したらいけなかったようだね!」
それでも魔術師は、プライドもあって至近距離の少年――アルフレッドに火炎魔法を投じた……のだが。
ボウッ…シュ~ゥ…
魔法杖を使って威力増幅したはずの攻撃魔法は、出来損ないのライターのように火花を飛ばしただけで煙になった。
「あ~~、食った食った」
「………は?」
魔法杖のてっぺんで、傘が平たく柄の太ましい、ちっさい手足の生えた三十センチくらいのキノコが腹(?)をペチペチしながら寛いでいた。
◆◆◆
扉の前に、少女が倒れている。身体を折り曲げて苦しげだが、まだ生きている。でも…
(これだけ血が出ているもの。もう…助からないわ)
フレデリーカは、足掻くサイラスを無表情に眺め、次いで己の手に視線を落とした。サイラスの血がべっとりとこびりついた懐剣を。
仇は取った。あの人は、フレデリーカが手を汚したことを悲しむだろう。あの人は、私を愛してくれたから。
ストン、とその場に座りこんで、フレデリーカは天を仰いだ。涸れたはずの涙が一筋、また一筋と頬を伝った。
復讐を遂げてしまった。
そして…
もう、生きる理由がなくなってしまった…
あの人の遺志を継いで、という気持は作り物だった。ただの弱い人間であるフレデリーカは、そんなに崇高な存在にはなれない。
今のフレデリーカにあるのは、虚無感。ぽっかり空いた喪失の闇――。
「ねぇ…あなた、」
虚空に彼女は微笑んだ。
「もう、いいよね…」
あなたの傍に行っても。血ぬれの懐剣を持つ手は震えて――
嗚呼…やっぱり私は貴女と同じ。
目を閉じたフレデリーカの耳に、誰かの叫び声が聞こえたような気がした。
◆◆◆
「もぉ、だめじゃ~ん?魔法杖って木なんだからぁ、ちゃんとキノコ対策しないとぉ~」
「チッチッチッ」と人差し指を振って、魔術師に気づいたキノコが言った。奴がもぐもぐしている口の中には、食べたとの言葉通り、魔石っぽいものが見える。つまり、魔法杖の不具合は、コイツが杖に仕込んであった魔石を食べたことが原因らしい。
「くっ!目障りな魔物がぁ!」
杖に頼らない魔法の炎が、おかしなキノコを貫き……周りに焼きエリンギの食欲をそそる香りが充満した。
柄のど真ん中を焼かれたスクイッグは、姿を保てなかったのか傘からドロドロと溶け落ちてブスブスと煙をあげ、消滅…
ニョキニョキニョキニョキ!!
「……へ?」
溶け落ちたところから、怒濤の勢いで生える毒キノコ。そして、魔術師はつい、
「《火炎》」
燃やしてしまった。すると当然のことながらグニュニュ…とキノコが寄り集まって…
「イヤッホー☆エリンギマン・アドバンスジェネレーション、略してエリンギマンAGふっか~つ!」
いつかと同じく「トウッ」とジャンプしたスクイッグは、命知らずにもアルフレッドの肩に着地した。そして、最高に機嫌が悪いだろう彼の顔の横で宣言した。
「今からぁ、え~…マスターの分身の死を悼んでぇ~、物真似をしまっす!」
そして、太ましい身体の前で短い手をモジモジさせ、足も内股にして、気の利いたことに目を空色にした。…雰囲気からして全く似てない。そして、アルフレッドに一瞬お尻を向け、器用に柄を捻って顔だけ振り返った。
「ア…アル。実は、その…」
声だけは完全にサアラだった。アルフレッドのこめかみに青筋が浮く。
「そ…その、私…」
モジモジしながらサアラの声で物真似を続行する命知らずなミニエリンギ。そして、振り返りざまに必殺、本人とは全く似ていない上目遣い。…アルフレッドの青筋が増えた。
「できちゃった☆」
高速瞬き三回。芸の細かいことに、ミニエリンギの周りを、シメジに足が生えた奴が輪になって走っていた。
「フェアリ~リングぅ~」
ミニエリンギが言った。このギャグ(?)をやりたかったらしい。
……。
……。
パリンとガラスが割れる音がして、
「あああぁぁぁー………ナイッシュー……」
アルフレッドにロングシュートよろしく蹴り飛ばされたミニエリンギは、空の彼方にキラッと光って消えた。
「さて」
アルフレッドは、コソコソ逃げようとしている魔術師に目をやった。魔法杖は完全に使えなくなったらしい。美しい木目の杖は今やその面影もなく、毒キノコをびっしり生やした朽ち木と化していた。スクイッグ、地味に最強。
「俺に手加減してくれたとか?」
ミニエリンギが余計なことをして火に油を注いだせいで、アルフレッドの声は地を這うよう。身体から殺る気満々な魔力がダダ漏れている。
「ひっ…!」
じりじりと…やっぱり蟹歩きで横ずさる魔術師の耳に、バキベキボキィ、とアルフレッドの関節がヤバい音をたてるのが聞こえた。
「吐け。サアラはどこだ」
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物理と魔法の両方で脅した魔術師から聞き出したサアラの居所――駆けつけたアルフレッドの目に飛びこんできたのは、扉の前に倒れたお仕着せの娘。知らない顔だ。白いブラウスの胸元を真っ赤に染めて、既にその娘は事切れていた。そして、彼女のすぐそばに…
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「ど…どうしよぉ~おにぃちゃん。マスターが薬を飲まないんだよぉ」
先程ロングシュートで星のゴールへぶっ飛ばしたはずのミニエリンギが、おろおろとアルフレッドを見上げた。
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言い訳するその短い手には水薬でも入っているのか小瓶を持ち、サアラに飲ませようとしているが、薬は彼女の口の端から零れてしまう。
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寄る辺のない子供のような小さな声でミニエリンギが言った。
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「貸せっ!」
ミニエリンギから小瓶を奪い取り、アルフレッドはサアラの顔を上向けた。そして小瓶の中身の半分を己の口に含み、彼女の唇を己の唇で塞ぎ、こじ開け、薬を流し込む。そして、慎重に彼女の頭を起こし、飲み込むよう促した。微かに白い喉が動く。
「サアラ、死ぬな」
呟き、アルフレッドは小瓶の薬の残り半分を同じく口に含み、彼女に口移しで流し込む。すると…途端に変化が現れた。みるみるうちに塞がる傷口。蒼白だった肌は血色を、温もりを取り戻す。
「サアラ!おいっ!大丈夫か?!」
「…ん、」
長い睫毛が震え、潤んだ空色の瞳がアルフレッドを見上げた。よかった。生きている。安堵してアルフレッドは華奢な身体を抱きしめた。
「助けに来た。脱出するぞ」
サアラは突然現れたアルフレッドに目を白黒させ、次いで足元に倒れるお仕着せの娘に目をやった。
「あ…」
既に事切れた娘に、空色の瞳が大きく見開かれる。
「私…」
潤んだ瞳から透明な雫を零して、彼女は蚊の鳴くような声で呟いた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
震える肩を、アルフレッドは無言で抱いた。まだ、聞きたいことも話したいことも山のようにある。
サイラス君は邪竜っていう魔物に近い将来取り込まれちゃうの。で…彼女の様子だと、それがもう始まってるっぽいんだ。
あのイカレた王女の言葉。サアラの肩まで黒い鱗に覆われた腕――
「行こう」
何をやれば解決するのか、まるで見当もつかない。でも、まずはやるべきことを。アルフレッドは、己の飛竜を呼び寄せるべく指笛を鳴らした。
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