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建国~対列強~編
204 エピローグ~ペンが剣より強い国を~
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薄暗い森を、艶やかな黒髪を靡かせ、少女が駆けている。森を飛び出した少女は、紫水晶と空色のオッドアイをきらめかせ、女王の館の窓から中へ飛びこんだ。暴挙である。
「お父様!」
執務室の扉を蹴り開けて、執務机にいる『父』の背中に飛びつく。
「お父様!お父様!ハゲケブカブタウサギを殴ってきました!」
喜色満面にとんでもない報告をする娘に、私――サイラス・ウィリスは眉を下げた。今年十歳になる長女は、成長するごとにお転婆に拍車がかかっている。既に魔界に出入りし、スケルトンと遊んだとか笑顔で報告してくれる。
「コラッ!貴女また窓から中へ入ったでしょう!」
眦を吊り上げた女王が殴り込んできた。
「お…お母様、あれは…その…様式美というもので…」
「お黙り!!」
一転、小さくなってしょぼくれる娘。愛されて、すくすく育ってるんだけどなぁ。オフィーリアの恫喝がよほど怖いのか、怒鳴られる度にニュッと黒い鱗が浮き出てくる――娘もまた真人間ではない。魔物と人間のハーフにさらに魔王様の加護で、やや魔物寄りの娘である。
娘は、血のつながりのないオフィーリアを『母』と呼び、私のことは『父』と呼ぶ。血の繋がった本当の父親であるアルのことは、『公爵様』と呼んでいる。それだけは徹底させたんだ。勘のいい子だから、この子自身も真実は薄々気づいてはいると思うけれど。
「今度、『公爵様』の屋敷へ行儀見習いに行くんだから、ニコラもダメなことはわかっているよね?」
目を見て、諭すように注意する。ウチはともかく、向こうは礼儀作法に厳しいからね?
「おじいちゃんは元気なのは良いことだって言うもん!」
ま、ここで素直に言うことを聞く、ラノベに出てくるような『よい子』ではないよ。ウチの娘は。屁理屈は日常茶飯事だ。
「いい?礼儀作法は身につけなきゃ、将来誰も見向きしてくれなくなるよ?印象は大事なんだ」
この台詞も何回言ったかなぁ。
「いいもん!ニコは将来、お花屋さんになるんだもん!」
ハイ、言い返した。
ああ…ウチは世襲制ではないよ?変えたんだ、法律を。我が国は、数年前から議会制を採用している。投票で国のトップを決める――身分制に真っ向からケンカを売るような制度。でも、今のところ上手く機能している。
と、ガチャリと扉が開いて、長い脚が優雅に一歩踏み出した。
「あ!『公爵様ァ』!」
身を翻した娘が、オフィーリアの横をすり抜け、『公爵様』――アルに抱きついた。その頭を、大きな手がよしよしと優しく撫でる。
「ニコ、大きくなったな」
緑玉の目を細めて、アルは次いで私を見た。
「早いね。ギリギリになるかと思ってたけど」
仕事の手をとめて立ち上がり、彼が抱っこしていた次男を受け取る。次男は、オフィーリアの息子として、メドラウドに養子に入っている。次男は私ともアルとも違う金髪に、アプリコットグリーンの明るい瞳を持っている。きっと、この色彩は私由来だ。名前も知らない本当の両親の。
私を見つけると、ギャンギャンとグズる次男の背を叩きながら、アルに椅子を勧めた。
「少し、家族とゆっくりする時間が欲しかったんだ」
「『公爵様ァ』、本を読んで下さい!」
すかさず甘える娘。今夜からみんなで川の字だね。眠れる気がしない。
ああ?ヘンかな?
母親を『父』と呼ばせ、父親を『公爵様』と呼ばせ、さらに子供をそれぞれ一人ずつ引き取っているなんて。
日本にそういう家族がいたら、きっと色眼鏡で見られるんだろう。でもね。これが、男装して国を背負う私とアルの在り方で、呼称からは想像できないかもしれないけど、ちゃんと私たちは家族だ。
「国際会議の次は学園祭か。忙しいな」
アルが壁に貼り出されたスケジュールを見て苦笑する。
大陸中から生徒を集める学園も開校し、国際会議も続いている。ペレアスもようやく安定してきた。ウチの制度を真似て、議会制を導入したいとか、女王は手紙で言っていた。世襲制は、やはり不安があると。そのために、どうしたら身分制と相反する制度を容れられるか、って手紙で聞かれて、先ずは法律を見直せと、アドバイスはしておいた。
身分の上下があるとさ、どうしたって力の差ができてしまうでしょ?ペンが剣より強く……は、なれない。
これは秘密だよ?
ウチの建国史に、とっておきの条文があるんだよ。
『血筋に基づき、王侯貴族はミドルネーム『フォン』を名乗り云々…
……
……
……
但し、王侯貴族は身分を名乗る義務こそあれ、その身分はあくまでも象徴であり、権力を保障するものでは無い。人は皆、平等である』
完
「お父様!」
執務室の扉を蹴り開けて、執務机にいる『父』の背中に飛びつく。
「お父様!お父様!ハゲケブカブタウサギを殴ってきました!」
喜色満面にとんでもない報告をする娘に、私――サイラス・ウィリスは眉を下げた。今年十歳になる長女は、成長するごとにお転婆に拍車がかかっている。既に魔界に出入りし、スケルトンと遊んだとか笑顔で報告してくれる。
「コラッ!貴女また窓から中へ入ったでしょう!」
眦を吊り上げた女王が殴り込んできた。
「お…お母様、あれは…その…様式美というもので…」
「お黙り!!」
一転、小さくなってしょぼくれる娘。愛されて、すくすく育ってるんだけどなぁ。オフィーリアの恫喝がよほど怖いのか、怒鳴られる度にニュッと黒い鱗が浮き出てくる――娘もまた真人間ではない。魔物と人間のハーフにさらに魔王様の加護で、やや魔物寄りの娘である。
娘は、血のつながりのないオフィーリアを『母』と呼び、私のことは『父』と呼ぶ。血の繋がった本当の父親であるアルのことは、『公爵様』と呼んでいる。それだけは徹底させたんだ。勘のいい子だから、この子自身も真実は薄々気づいてはいると思うけれど。
「今度、『公爵様』の屋敷へ行儀見習いに行くんだから、ニコラもダメなことはわかっているよね?」
目を見て、諭すように注意する。ウチはともかく、向こうは礼儀作法に厳しいからね?
「おじいちゃんは元気なのは良いことだって言うもん!」
ま、ここで素直に言うことを聞く、ラノベに出てくるような『よい子』ではないよ。ウチの娘は。屁理屈は日常茶飯事だ。
「いい?礼儀作法は身につけなきゃ、将来誰も見向きしてくれなくなるよ?印象は大事なんだ」
この台詞も何回言ったかなぁ。
「いいもん!ニコは将来、お花屋さんになるんだもん!」
ハイ、言い返した。
ああ…ウチは世襲制ではないよ?変えたんだ、法律を。我が国は、数年前から議会制を採用している。投票で国のトップを決める――身分制に真っ向からケンカを売るような制度。でも、今のところ上手く機能している。
と、ガチャリと扉が開いて、長い脚が優雅に一歩踏み出した。
「あ!『公爵様ァ』!」
身を翻した娘が、オフィーリアの横をすり抜け、『公爵様』――アルに抱きついた。その頭を、大きな手がよしよしと優しく撫でる。
「ニコ、大きくなったな」
緑玉の目を細めて、アルは次いで私を見た。
「早いね。ギリギリになるかと思ってたけど」
仕事の手をとめて立ち上がり、彼が抱っこしていた次男を受け取る。次男は、オフィーリアの息子として、メドラウドに養子に入っている。次男は私ともアルとも違う金髪に、アプリコットグリーンの明るい瞳を持っている。きっと、この色彩は私由来だ。名前も知らない本当の両親の。
私を見つけると、ギャンギャンとグズる次男の背を叩きながら、アルに椅子を勧めた。
「少し、家族とゆっくりする時間が欲しかったんだ」
「『公爵様ァ』、本を読んで下さい!」
すかさず甘える娘。今夜からみんなで川の字だね。眠れる気がしない。
ああ?ヘンかな?
母親を『父』と呼ばせ、父親を『公爵様』と呼ばせ、さらに子供をそれぞれ一人ずつ引き取っているなんて。
日本にそういう家族がいたら、きっと色眼鏡で見られるんだろう。でもね。これが、男装して国を背負う私とアルの在り方で、呼称からは想像できないかもしれないけど、ちゃんと私たちは家族だ。
「国際会議の次は学園祭か。忙しいな」
アルが壁に貼り出されたスケジュールを見て苦笑する。
大陸中から生徒を集める学園も開校し、国際会議も続いている。ペレアスもようやく安定してきた。ウチの制度を真似て、議会制を導入したいとか、女王は手紙で言っていた。世襲制は、やはり不安があると。そのために、どうしたら身分制と相反する制度を容れられるか、って手紙で聞かれて、先ずは法律を見直せと、アドバイスはしておいた。
身分の上下があるとさ、どうしたって力の差ができてしまうでしょ?ペンが剣より強く……は、なれない。
これは秘密だよ?
ウチの建国史に、とっておきの条文があるんだよ。
『血筋に基づき、王侯貴族はミドルネーム『フォン』を名乗り云々…
……
……
……
但し、王侯貴族は身分を名乗る義務こそあれ、その身分はあくまでも象徴であり、権力を保障するものでは無い。人は皆、平等である』
完
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