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第1章 宿り木ホテルと季節の人々
第7話 女子高生と謎のメモとクレームブリュレと
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「〇△高校調理科から来ました!職場体験でお世話になります! 高橋千夏です!」
ロビーに元気な声が響き渡る。
京子は満面の笑みで迎えた……つもりだった。
「Welcome. Bienvenue. 환영합니다。……若いっていいわね(心の声)」
「最後だけ思いっきり聞こえました!?」
「あっ……癖だから気にしないで!」
そこに厨房から結が姿を見せる。
「教育担当、結です。よろしくね」
「はいっ!よろしくお願いします!」
その素直な返事に、結は小さく笑った。
厨房の見学中、千夏は何気なく足元で紙を拾った。
「あ、これ落ちてます……」
「ありがと。えっと……?」
結が目を通し、固まる。
『明日のディナーを失敗させろ。さもなくば——』
「……京子さん呼んできます!!」
千夏はものすごい早さで駆け戻る。
そして京子がメモを見た瞬間、声が裏返った。
「脅迫状じゃないのよこれ!? ねえ結ちゃん!?」
「どう見てもそう……ですね」
千夏の顔はみるみる青ざめていく。
「こ、こういうのって、よくあるんですか……?」
「ないわよ!!(大声)」
ロビーから支配人がすっ飛んできた。
「なに!? なんか事件なの!?」
「支配人、これ見てください」
「……は!? ちょ、ちょっと待って!? 本気のやつじゃん!?」
「どうしましょう……厨房に落ちてたんです」
「内部犯行か!?」「宿泊客か!?」「千夏ちゃんを狙った嫌がらせ!?」
三人が同時に勝手な仮説を叫び、千夏はさらに混乱。
スタッフルームに集まり、脅迫状を囲む。
「まず落ちていた場所が厨房の隅……」
「紙はホテルの備品っぽいわね」
「筆跡は……誰だ?これ?」
千夏はこそこそと結に耳打ちする。
「なんか……すみません。拾わなきゃよかったですか?」
「ううん。拾ってくれてよかった。放置してたらもっとややこしいから」
京子がペンを振り回しながら言う。
「ねえ、あれじゃない? “犯人”は厨房に出入りしてる誰かよ!」
「京子さん、犯人って言わないでください……」
支配人が腕を組む。
「動機は……なんだ……? ディナーを失敗させるって……」
「ホテル潰し……?」
「いやいや怖すぎるでしょ!」
みんなの想像だけがどんどん暴走する。
結が、一つのことに気づく。
「この紙……見覚えあります。
これ、舞さんの字にちょっと似てるかも」
「田町……舞?」
「施設管理の?」
ちょうどそのとき、廊下から工具箱のガチャガチャ音が近づいてきた。
「なぁに、みんな揃ってどうしたの?」
夜はバーテンダー、昼はつなぎ姿の田町舞。
その手に、見覚えのあるメモ帳が挟まっている。
「舞さん! この紙、舞さんが書いたんですか!?」
「ん、あぁ……それ?」
舞はあっけらかんと笑った。
「それ、結ちゃん宛のメモだよ」
「私宛!?」
「ほら昨日、厨房の冷凍庫の調子悪かったでしょ?
“失敗させろ”ってのは“壊れる前に止めておけ”って意味の……」
「意味が全然違いますよ!!!!」
京子が机に突っ伏す。
「なにその暗号みたいな伝言!? 素直に“冷凍庫壊れる”って書きなさいよ!」
「だって、普通のメモだと結ちゃん気づかなくてさ。
脅迫風にすると“ 『ん?』 ”って見てくれるかなって」
「いや見るけど!! 心臓にも悪い!!」
支配人は椅子から滑り落ちそうになりながら叫ぶ。
「紛らわしいにも程があるだろ舞ちゃん!!」
舞は頭をかきながら
「ごめんごめん。昨日ポケットに入れといて、落としたっぽい」
千夏はぽかんと口を開けたままだった。
「……あの、料理人とかホテルの人って……みんなこんな感じなんですか?」
千夏の震える声。
京子は遠い目をしながら言った。
「……違うと信じたい」
結も小さくうなずく。
「舞さんは……その……特別なんだよ」
「どんな“特別”ですか……?」
千夏の問いに、
三人は同時に顔をそらした。
「「「……説明が難しいの…」」」
体験学習2日目の朝
厨房に千夏の姿はあったが、昨日の元気はどこへやら……
視線は下向きで、まな板の前に立つ背中も小さく見える。
厨房に入ってきた結が、そっと声をかけた。
「千夏ちゃん、今日もよろしくね」
「……よろしくお願いします」
返事は小さく、覇気がない。
結は眉を寄せた。
(やっぱり、昨日の“事件”を気にしてるんだ……)
そこへ——
静かに厨房のドアが開いた。
「おい、そこ通るぞ」
神谷奏だった。
結と千夏が横に避ける。
奏は相変わらずの無表情で、鍋の火加減を見ている。
だが……
しばらくして、ふと千夏に視線を向けた。
「昨日の件、まだ気にしてるのか」
「っ……い、いえ!そんな……」
「気にしてるな」
ズバリ言われて、千夏は肩をすくめた。
「だって……私が拾ってこなければ、あんな騒ぎにならなかったのに……
支配人さんにも京子さんにも迷惑かけて……」
「ふーん」
奏は無表情のまま、冷蔵庫からデザートの入っているクコットを1つ取り出し
表面に砂糖を振りかけた。
結は内心(あぁこれ絶対フォローする気ないやつだ)と思った——が。
次の瞬間、奏は短く言った。
「——あれは、お前のせいじゃない」
千夏が顔を上げる。
奏は続けた。
「メモを落としたのは舞さん。
内容が紛らわしいのも舞さん。
拾ったのがお前じゃなくても、いずれ誰かが拾ってた。
騒ぎになったのも、勝手に慌てただけだ」
「……でも」
「“でも”じゃない。
あれを拾って結に渡した判断は、正しい」
クコットの表面の砂糖をガスバーナーで炙りながら。
淡々としているのに、不思議と胸に響く声だった。
「もし本当に脅迫だったら、放っておいたほうが問題だ。
ちゃんと知らせたお前の行動は正解だ」
「……!」
千夏が目を丸くする。
奏は最後にこうまとめた。
「だから気にすんな。
——厨房は落ちこんでる奴のいる場所じゃねえ」
ぶっきらぼうだが、優しい言い方だった。
千夏の表情に、ようやく光が戻る。
「……はい!
ありがとうございます!!」
「それでいい、これ食べたら仕込みだ」
奏は短くうなずき、千夏の前にクレームブリュレを置きまた調理に戻った。
その様子を見ていた結
(……やっぱりこの人、優しいんだよね)
結は少し笑った。
奏のフォローは不器用で、言葉も少ない。
それでも、一番必要なところだけをまっすぐ射抜く。
(千夏ちゃん、良かったね)
厨房の扉が勢いよく開く。
「なになに!? 今の奏さん、めちゃくちゃ優しくない!?
完全に“落ち込む子を静かに励ますお兄さん”じゃない!?」
「京子さん……声が大きいです」
「ちょっとちょっと! 千夏ちゃん! どうだった!? キュンとした!?」
「し、し、しませんっ!!」
「嘘つけぇぇぇ!!」
結は額を押さえた。
(フォローの余韻が全部吹き飛んだ……)
奏は鍋をかき混ぜながら、そっぽを向いていた。
「……騒がしいホテルだな、ほんと」
しかしその口元には、わずかに苦笑が浮かんでいた。
第8話 「別れと憧れとミネストローネと」
ロビーに元気な声が響き渡る。
京子は満面の笑みで迎えた……つもりだった。
「Welcome. Bienvenue. 환영합니다。……若いっていいわね(心の声)」
「最後だけ思いっきり聞こえました!?」
「あっ……癖だから気にしないで!」
そこに厨房から結が姿を見せる。
「教育担当、結です。よろしくね」
「はいっ!よろしくお願いします!」
その素直な返事に、結は小さく笑った。
厨房の見学中、千夏は何気なく足元で紙を拾った。
「あ、これ落ちてます……」
「ありがと。えっと……?」
結が目を通し、固まる。
『明日のディナーを失敗させろ。さもなくば——』
「……京子さん呼んできます!!」
千夏はものすごい早さで駆け戻る。
そして京子がメモを見た瞬間、声が裏返った。
「脅迫状じゃないのよこれ!? ねえ結ちゃん!?」
「どう見てもそう……ですね」
千夏の顔はみるみる青ざめていく。
「こ、こういうのって、よくあるんですか……?」
「ないわよ!!(大声)」
ロビーから支配人がすっ飛んできた。
「なに!? なんか事件なの!?」
「支配人、これ見てください」
「……は!? ちょ、ちょっと待って!? 本気のやつじゃん!?」
「どうしましょう……厨房に落ちてたんです」
「内部犯行か!?」「宿泊客か!?」「千夏ちゃんを狙った嫌がらせ!?」
三人が同時に勝手な仮説を叫び、千夏はさらに混乱。
スタッフルームに集まり、脅迫状を囲む。
「まず落ちていた場所が厨房の隅……」
「紙はホテルの備品っぽいわね」
「筆跡は……誰だ?これ?」
千夏はこそこそと結に耳打ちする。
「なんか……すみません。拾わなきゃよかったですか?」
「ううん。拾ってくれてよかった。放置してたらもっとややこしいから」
京子がペンを振り回しながら言う。
「ねえ、あれじゃない? “犯人”は厨房に出入りしてる誰かよ!」
「京子さん、犯人って言わないでください……」
支配人が腕を組む。
「動機は……なんだ……? ディナーを失敗させるって……」
「ホテル潰し……?」
「いやいや怖すぎるでしょ!」
みんなの想像だけがどんどん暴走する。
結が、一つのことに気づく。
「この紙……見覚えあります。
これ、舞さんの字にちょっと似てるかも」
「田町……舞?」
「施設管理の?」
ちょうどそのとき、廊下から工具箱のガチャガチャ音が近づいてきた。
「なぁに、みんな揃ってどうしたの?」
夜はバーテンダー、昼はつなぎ姿の田町舞。
その手に、見覚えのあるメモ帳が挟まっている。
「舞さん! この紙、舞さんが書いたんですか!?」
「ん、あぁ……それ?」
舞はあっけらかんと笑った。
「それ、結ちゃん宛のメモだよ」
「私宛!?」
「ほら昨日、厨房の冷凍庫の調子悪かったでしょ?
“失敗させろ”ってのは“壊れる前に止めておけ”って意味の……」
「意味が全然違いますよ!!!!」
京子が机に突っ伏す。
「なにその暗号みたいな伝言!? 素直に“冷凍庫壊れる”って書きなさいよ!」
「だって、普通のメモだと結ちゃん気づかなくてさ。
脅迫風にすると“ 『ん?』 ”って見てくれるかなって」
「いや見るけど!! 心臓にも悪い!!」
支配人は椅子から滑り落ちそうになりながら叫ぶ。
「紛らわしいにも程があるだろ舞ちゃん!!」
舞は頭をかきながら
「ごめんごめん。昨日ポケットに入れといて、落としたっぽい」
千夏はぽかんと口を開けたままだった。
「……あの、料理人とかホテルの人って……みんなこんな感じなんですか?」
千夏の震える声。
京子は遠い目をしながら言った。
「……違うと信じたい」
結も小さくうなずく。
「舞さんは……その……特別なんだよ」
「どんな“特別”ですか……?」
千夏の問いに、
三人は同時に顔をそらした。
「「「……説明が難しいの…」」」
体験学習2日目の朝
厨房に千夏の姿はあったが、昨日の元気はどこへやら……
視線は下向きで、まな板の前に立つ背中も小さく見える。
厨房に入ってきた結が、そっと声をかけた。
「千夏ちゃん、今日もよろしくね」
「……よろしくお願いします」
返事は小さく、覇気がない。
結は眉を寄せた。
(やっぱり、昨日の“事件”を気にしてるんだ……)
そこへ——
静かに厨房のドアが開いた。
「おい、そこ通るぞ」
神谷奏だった。
結と千夏が横に避ける。
奏は相変わらずの無表情で、鍋の火加減を見ている。
だが……
しばらくして、ふと千夏に視線を向けた。
「昨日の件、まだ気にしてるのか」
「っ……い、いえ!そんな……」
「気にしてるな」
ズバリ言われて、千夏は肩をすくめた。
「だって……私が拾ってこなければ、あんな騒ぎにならなかったのに……
支配人さんにも京子さんにも迷惑かけて……」
「ふーん」
奏は無表情のまま、冷蔵庫からデザートの入っているクコットを1つ取り出し
表面に砂糖を振りかけた。
結は内心(あぁこれ絶対フォローする気ないやつだ)と思った——が。
次の瞬間、奏は短く言った。
「——あれは、お前のせいじゃない」
千夏が顔を上げる。
奏は続けた。
「メモを落としたのは舞さん。
内容が紛らわしいのも舞さん。
拾ったのがお前じゃなくても、いずれ誰かが拾ってた。
騒ぎになったのも、勝手に慌てただけだ」
「……でも」
「“でも”じゃない。
あれを拾って結に渡した判断は、正しい」
クコットの表面の砂糖をガスバーナーで炙りながら。
淡々としているのに、不思議と胸に響く声だった。
「もし本当に脅迫だったら、放っておいたほうが問題だ。
ちゃんと知らせたお前の行動は正解だ」
「……!」
千夏が目を丸くする。
奏は最後にこうまとめた。
「だから気にすんな。
——厨房は落ちこんでる奴のいる場所じゃねえ」
ぶっきらぼうだが、優しい言い方だった。
千夏の表情に、ようやく光が戻る。
「……はい!
ありがとうございます!!」
「それでいい、これ食べたら仕込みだ」
奏は短くうなずき、千夏の前にクレームブリュレを置きまた調理に戻った。
その様子を見ていた結
(……やっぱりこの人、優しいんだよね)
結は少し笑った。
奏のフォローは不器用で、言葉も少ない。
それでも、一番必要なところだけをまっすぐ射抜く。
(千夏ちゃん、良かったね)
厨房の扉が勢いよく開く。
「なになに!? 今の奏さん、めちゃくちゃ優しくない!?
完全に“落ち込む子を静かに励ますお兄さん”じゃない!?」
「京子さん……声が大きいです」
「ちょっとちょっと! 千夏ちゃん! どうだった!? キュンとした!?」
「し、し、しませんっ!!」
「嘘つけぇぇぇ!!」
結は額を押さえた。
(フォローの余韻が全部吹き飛んだ……)
奏は鍋をかき混ぜながら、そっぽを向いていた。
「……騒がしいホテルだな、ほんと」
しかしその口元には、わずかに苦笑が浮かんでいた。
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