賢者が過ごす二千年後の魔法世界

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第一章 二千年後の世界

再会した奇跡

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 ここ最近の俺のルーティンについて話そう。

 まずは早朝、寝ぼけ眼の俺はミラに起こされて屋敷の外へ向かい、朧げな視界の中で鍛錬に励む。ミラは規則正しい生活を心がけているのか、早朝だというのにかなり元気で、そのエネルギーが俺の意識を徐々に覚醒させてくれる。

 鍛錬を終えると食堂に向かい、ナインが作ってくれた朝食を食べていく。体調によっては森の果実のみを食すことも少なくはないが、基本的には柔らかいパンとスープで腹を満たすのが恒例だ。

 その後は部屋へ戻ると、昼頃まで二度寝する。
 ついこの前まで俺は知らなかったが、この時既にナインは屋敷の雑事を全て終わらせていたらしい。
 流石はハウスメイドである。

 目が覚めると、俺はのんびりと風呂に入り、さっぱりした体で街へと繰り出す。
 ミラが稼いでくれた金を使って買い物を済ませて、そそくさと帰還する。
 ちなみに、魔法を使って荷物を運ぶと目立つので、手で持てる範囲でしか買い物はしないようにしている。

 それを終えた頃には夕方になっており、ここからは特に決められた何かをするということはない。

 今日はミラに屋敷の留守番を任せて、ナインと共に孤児院に向かっている最中だ。

「ナイン、まさかもう絵本が完成するとは思わなかったぞ。昨日の今日で描き上げたのか?」

 丘の上に佇む孤児院へと続く緩やかな石の階段を登りながら、俺は隣を歩くナインに尋ねた。

「ええ。良い時間潰しになりましたし、凄く楽しかったです。道中、歩きながら読んでいただきましたが内容的にはいかがでしたか?」

 ナインの小脇には五冊の絵本があり、うち一冊は魔法書で他四冊は子供向けの絵本となっている。

「魔法書の方はかなり分かり易く丁寧にまとまっているから、多分この世界の人も魔法の原理を理解しやすいと思う。絵本については子供たちに直接聞いてみてくれ」

 ここに来る道中でぱらぱらと絵本仕立ての魔法書に目を通したが、その内容は俺の要望通りのものだった。
 二千年前なら鼻で笑われる程度の基礎知識の集約でしかないが、この世界においては殆どの人々が知らない魔法の原理や属性、発動方法や詠唱などが記されている。もちろんそれらは全て簡単な魔法ばかりだ。
 難度の高い魔法なんて教えたら、全員が魔力切れを起こして意識を失う未来が目に見えているからな。

「天下の賢者様にそう言っていただけるのは光栄ですね。最低でも30部以上は売れるでしょうか」

「……いじられるのは癪に触るが、その内容なら間違い無く売れると思うぞ。この世界の数少ない魔法書も、金持ちの貴族とか魔法使いの家系の奴らしか持ってないらしいからな」

 ニヤニヤと笑いながら馬鹿にされて悔しいが、絵本仕立ての魔法書はナイスアイディアだし、老若男女が読み易くて確実に売れるはずだ。
 少なくとも、俺が叩き出した記録なんて容易に乗り越えてくれる。

「それは初耳でした。ちなみに、これらの絵本を印刷するための魔道具は既にご用意していただいておりますか?」

「もちろん。このバックパックに必要なものは全部詰め込んできてる」

 俺は背負っている大きなバックパックの中に、木々から作り出した大量の紙束や魔法刻印機と呼ばれている魔道具等、必要なものを諸々詰め込んできていた。全て昨日の夜にせこせこと創り上げたが、材料は至ってシンプルなので苦労しなかった。

「左様ですか」

「ああ……絵本もそうだが、色々と手を貸してくれてありがとな。本当にお前には助けられてばかりだ」

 少し間が空いたことで、俺は言いそびれていたお礼の言葉を彼女に伝えた。

「ふふっ……ご主人様のお役に立てて少し嬉しいです。前までは魔法ばかりに目を向けておられましたし、こうして一緒に作業するのは初めてですね」

 ナインはあまり感情を表に出さないクールなタイプだったが、今この瞬間だけは本当に嬉しそうに微笑んでいた。
 どことなく、真白い肌が赤く見えるのは夕日のせいだろうか。

「昔の俺は魔法が何よりも第一優先だったからなぁ。別れも当然だったしな。そういえば、ナインはどうしてあんな洞窟にいたんだ?」

 俺はここにきてふと気になったことがあった。
 最初のクエストでミラと洞窟に行った際、ナインは魔力が切れて石像のような状態になり発見されたのだが、なぜあの場所にいたのだろうか。

「実は、あの洞窟はご主人様の掘建小屋があった直下に位置しているんですよ」

「え!? そうなのか? じゃあ、ナインは地上で起きた俺と魔王の衝突の余波に巻き込まれることなく、地下に逃げていたってことか?」

 衝撃の事実を知った俺は驚きを隠せなかった。
 どうりであんな場所にナインが転がっていたわけだ。普通は地上にいたら余波に巻き込まれて粉々になっているはずだもんな。

「はい。あの日、ご主人様は人間界と魔界の狭間に鉱石を取りに行くと言って掘建小屋を出てから、一向に帰って来られませんでした。数日後に、なぜか賢者ジェレミー・ラークと魔王グラディウスが相見えているという噂を聞いた時は、心底驚愕し、同時に悲しい気持ちになったのを覚えております」

「あーーーー……そうだったな。俺、欲しい鉱石があってあの荒地に行っただけなのに、そこでたまたま魔王と鉢合わせて、目が合った瞬間にえげつない闇魔法を撃ってきて殺されかけたんだよな」

 俺は熾烈な戦闘が始まってしまった原因を考えて呆れ返った。
 魔王と邂逅したのは本当に偶然だったのだ。ピッケルと杖を手に鉱石採取に出向いたのに、なぜか魔王がいて交戦を仕掛けられた。それから一月にも及ぶ熾烈な戦闘の末に勝利はしたが、結局目が覚めたら二千年後の今の世界だ。とんとん拍子におかしなことが起こりすぎだろ。

「……私はご主人様とはごく短い時間しか共に過ごせませんでしたが、また会える日を願い、魔法で掘削した地下に籠り、自主的に魔力を放出することで魔道具そのものの姿へとなったのです」

「そういうことか。じゃあ、あの洞窟に行ってナインを見つけられた俺は運が良かったな」

「本当に奇跡です」

「だな」

 頷いた俺とナインはこうしてまた巡り会えた喜びを胸に秘めた。

 やがて、話をしているうちに、小高い丘の上に聳える孤児院へと到着していた。

「やっぱり最初の頃よりは随分マシになったな」
  
 階段を登ってすぐの場所で孤児院を眺めた俺は、ズタボロの元教会だった建物を思い出した。
 あの時の建物の周囲はイバラに覆われていて、整えられていない草木が鬱蒼と茂っていた。また、建物自体も崩れそうなほど傾いていたが、今ではイバラの代わりに美しい緑の庭園が広がり、建物は美しく聳え立っている。
 緑の庭園も時間が経てば色鮮やかな花々を咲かし、季節によって色を変えてくれるはずだ。

 改めて見ると我ながら素晴らしい出来だ。

「行こうか。リカルドと子供たちに早く見せてやろう」

「はい」

 建物に見惚れて足を止めかけたが、俺は本来の目的を忘れずナインを連れて孤児院の扉を開いた。
 

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