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ダンジョン探索

閑話 ブラン子爵

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「余はなんて幸運なんだ」

 大陸北東部に位置する中小国家”エドイン王国”。
 魔物が跋扈する巨大な深い森に面したこの国は、他の国同様いくつかのダンジョンを有している。
 それは所謂、辺境と呼ばれるこの地、ブラン子爵領にも小さいながら存在していた。

 そしてここは、その領地の中で最も大きく存在感のある屋敷の一室。
 その執務室には1人を除き、4人の男がワインを片手に話しをしている。
 執務机にはでっぷりとした壮年の男性と、その背後には執事のような男。
 向かい合うソファーにはふくよかな体格の男に、神父のような男が座っていた。

 ここにいる人等は領主を始め、この土地を事実上支配する権力者達だ。

「まさか、このような貧相な土地から二つもダンジョンが見つけられるとは。余は神に愛されておる。そうとは思わぬか?」

 ダンジョンが1つあるだけでその地にもたらす利益は計り知れない。
 最近冒険者によって見つけられたダンジョン以外にも、新たに二つ目のそれが見つかったらしく、この地の長にして領主であるダールマン・フォン・ブランは上機嫌にそう語っている。
 だが神に愛されていると口では言っているが、とてもではないが神を信仰する敬虔な信徒とは思えない傲慢な口ぶりだ。それには神父は僅かに眉を潜めているが、他の面々は気にすることなく話を続ける。

「ダールマン様。お言葉ですが、その新しいダンジョンというのは本当にあるのでしょうか?どこの誰かも分からない輩の言葉です。信じるのは早々ではないですか?」
「ふん。わかっておるわ。当然我の自慢の兵達にも直ぐに調べさせる。」

 ふくよかな男がそう意見すると、ダールマンはあからさまに不機嫌な様子を醸し出し、グラスのワインを一気に煽り話を続ける。

「げふっ。情報を持ってきたのは確かに下賤の物だ、普通なら信じん。むしろわざわざ我の屋敷に直談判してきおったのだ。首をはねてやるところだ」
「ではまたどうしてです?一度調べてから私たちを集められた方が効率的だったのでは?」

 彼らはダールマンに緊急の話があると集められたのだ。
 このふくよかな男は街の経済を牛耳る商人でありとても多忙である。当然そう易々と呼び出されては仕事にならないため、そのように言うのも当然だ。

「はぁ、おいセバス。」

 だがそんな事情など知ったことかと、深くため息と共に後ろに控えるセバスと呼ばれる男の名を呼んだ。
 セバスは普段はあくまで使用人として、自分から多くを語らないのだが、それでも主人に命じられ口を開いた。

「えぇ、ポール様はここ近辺一番の商人であり、近いうちに国一番の商人になるであろうお方。情報の信頼性や裏取りの必要性を最も重視されている事は重々理解しております。ですが、そんなポール様だからこそ直ぐに理解していただけると思いますよ。」
「…なんです?一体誰が来たでのすか?」
「エルフでございます。」
「なっ、エルフですと!?なるほど、そういうことですか…」

 セバスの言葉にポールは語気を荒げ驚き、直ぐに納得した顔になる。
 だが1人神父であるエイブラムは、エルフからと聞きより一層眉を潜める。
 だがそれでも渋々だが納得したようで、口を開く。

「……確かにあの亜人デミ共なら認めざる得ないですね。あれらは非常に傲慢であり、プライドだけは異常に高い。そして自分達以外の種族を明らかに見下している。あぁ、非常に不愉快な存在です。……何故ダンジョンなどという存在をこちらに明かしたか不明ですが、それでもこちらに教えてきた以上当然対価を要求したのでしょう?」
「えぇ、ご明察です。金貨を幾許か要求されました。」
「それで、払ったのですか?」
「ええ、直ぐに払わなければ別のところにこの情報を持って行くというので。当然相手はエルフですから、武力で無理矢理というのはハイリスク過ぎましたから仕方なく。」
「はぁ正直私の立場から言わしてもらうと、亜人なんかと取引するのは背信行為と言わざる得ない。……ですがあの亜人どもが自分達から話を持ちかけ、そしてそのように言うのなら嘘ではないのでしょう。自分から見下す相手に取引を持ちかけ、それが虚偽だったなればプライドが許さない筈です。ダンジョンが得られるというのなら多少の背信行為は目を瞑りましょう」
「ふんっ、何が背信行為だ。お前ほどの欲に塗れた神父などいなかろうに」

 エルフの傲慢さがゆえに、取引においては信頼できるということは有名であり、亜人への嫌悪感を隠そうともしないエイブラムもそれは認めていた。
 そうして全員の共通認識として、ダンジョンの存在は確定事項となった中でワインを継ぎ足し一息つく。

「それで、ダールマン様はどうするおつもりなのですか?」
「どうするとは?」
「ダンジョンのことでございます。普通ダンジョンとはこのような近場に複数現れるなどあり得ません。前代未聞のことです。」
「うむ、そうであるな。」
「国に報告すればお祭り騒ぎになりますよ。きっとこの地に人が溢れ、より一層発展できるかも知れません?」

 ポールの言葉は確かに、そうなる未来としてはあり得なく無い話かもしれない。
 だが、当然国にこの土地を接収され直轄地にされる確率の方が高いことは全員が分かった上での夢物語でもある。

「ぐはは、お主達もわかっておろう?せっかく余が神に与えられた物であるのだ。報告などせんし、国にもやらん。そのためにお主達を呼んだんだ。」
「「……。」」

 そのためダールマンはわかりきった話とばかりにこれを笑い飛ばし、じっと2人を見つめる。

「お主達なら、我が何をしてほしいのか分かっておろう?ダンジョンの存在を確かめるだけなら、慣例の行軍の折りにでも口の堅い我の私兵にやらせれば事足りる。だがその後の話である」
「……ダンジョン探索という、どれほど時間がかかるか分からない事に、領軍は動かせないということですか。余りに長期的に不在だと近隣の領主や国に勘ぐられますから」
「冒険者も使えませんね。あれらは忠誠心など欠片もないのですから。一体どこから漏れ出るか、分かった物ではないです。」

 2人は現状を把握し、領主だからこそダールマン単独では直ぐには探索など出来ないことを各々が理解した。そして彼らが求められていることが、この探索をする人材だと言うことも。

「……そうですな。確かに私の動かせるのには、冒険者崩れの盗賊や、荒くれ者はまおりますが……。しかしあれらは金払いよっては裏切りかねません。だからこそ、ダンジョン探索という機密に触れさせるに全く適していません。精々ダンジョンに誰も近づかせぬようにするぐらいでしょうか?ダンジョンがもう一つ別にあるのですから、わざわざ森に近づく冒険者は少ないでしょうし。」

「ふむ、エイブラム。お主の方はどうだ?」
「そうですな……」

 そう尋ねられたエイブラムは、少し悩んだ素振りを見せたが、たいして悩むことはなくきっぱりと一言語る。

「私に良い考えがありますな」

 その言葉に全員が、興味深げに次の言葉を促す。
 それに臆することはなく、エイブラムは言葉を続けた。

「私の運営する教会と孤児院には、いなくなっても誰も気にしない者どもがいます。戦力としてはかなり頼りなくはありますが、取り敢えず探索させる消耗品としては、丁度良いかもしれませんな。」

「ほう、それはどんなのだ?」

 ダールマンのその問いに、エイブラムはにこりと笑う。

「えぇ、です。」



 ここは人の移り変わりが激しい辺境の地。
 冒険者や飲み屋の娘が何人もいなくなろうと、気にする人はいない。
 それが神の名の元、多くの子供達が生活する場所でならなおさらのこと。

 今また、1人、2人と何人かの子供達が、街の最高権力者達によってこの街からいなくなることが決定した。

 だが誰も気づかない。
 今日もこの街は活気に溢れ、いつも通りの日常が過ぎゆくのだった。
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