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偽聖女と、新たなダンジョン

変わった日常

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 真っ赤な太陽が顔をのぞかせ、いつも通り穏やかな空気の漂うこの場所。
 そのような草原の上に2メートルは優に超えるであろう、巨大な黒い人影が、その体格にしては少し小さいであろう弓を構えている。

 そして放たれた弓は、轟音を奏で数十メートル離れているだろう木へと一直線に飛びその幹へと直撃した。
 その木は軋む音と共にゆっくりと倒れゆく。
 その光景を、特になんの感慨も無さそうに見つめるそれは一体何なのか?

「魔弓術ねぇ、確かに強力なスキルなんだけどなぁ」

 そう、それは俺であり、そして黒人形である。

 今俺は、美形で純朴な雰囲気を漂わせながらも、その実、狂信者のような尖った性格の持ち主である、小柄なエルフことアンスと契約したことで俺自身も得ることが出来た魔弓術を試していたところだったのだ。
 



 このダンジョンの外、別のダンジョンを手に入れると宣言してから数週間ぐらい経過していた。
 俺や俺達を取り巻く環境が僅かに変化したものの、実際は未だ何も進んでいなかったのだ。




「あぁ流石は主様。素晴らしき腕前に僕は感涙にむせぶ思いです。」
「ん?あぁ、でもやっぱり矢が消耗品なのがなぁ。エルフ達の持っていた量では限りがあるし、あえてこれを使わなくても良いか」

 エルフ達が持っていたのはただのポーチや鞄などではなく、いわゆるマジックバックと呼ばれる魔道具だった。
 そして、その小さな見た目に反し多くの物が収納されていた。
 それには、通貨であろう金貨や魔物の素材、それに日用品や食料、そしてあのエルフ達にとっては必要不可欠であったであろう予備の矢がたくさん入っていたのだ。

 それが5人分なのだから、十分すぎる数があるように思えるかもしれない。
 けれどそもそもアンスは弓を持っていなかったのだし、それに外にも出られないため、補充する目処も立っていないので無闇に使えないのだ。

「はぁ、アンスが外で弓を補充してきてくれれば済む話なんだけどね。」
「どうしても、と命じられるのであればわかりました。本当は僕はずっと主様のお側でお仕えし、恩を返したいのですが主の命令が一番ですから」

 てっきり、取り付く間もなく拒否されると思っていたのだが、そう悪くない答えに俺は驚きと意外な表情を浮かべてしまう。

「そうか、なら早速――――」「ですが僕は今まで弓を不要としてきていなかったので、どこに良い弓があるのかわかりません。それに僕はエルフなので、馴染みでない店に行ったとしても、人間が僕に売ってもらえるかどうか……?」
「はぁ。……ようするに行きたくないと?」

 そう聞かれたアンスは、にこりと微笑み無言で肯定する。
 結局はなんだかんだ期待させておいて、ここから出るつもりはなかったようだ。
 これには思わずため息が漏れる。

 けれどこれが決して自分本位でないことは十分に分かっている。

「まぁ、仕方ないか。今は念のため人手が多い方が良いからなぁ。ダンジョンの階層が増えただけでも探索に人手がいるのに、それだけじゃないからなあ」

 そうなのだ。
 あの契約によってか分からないが、このダンジョンには階層が増えるという明確な変化が起きていた。

 扉を抜けた先がジメッとした陰鬱な一本道の通路から、ジメッとした正にダンジョンといえる地下洞窟のような場所へと変貌していたのだ。

 確かにダンジョンの癖に実質、全一層ってしょぼすぎるとは思っていたけど、こうもいきなり追加されると、流石に困惑の方が大きかった。
 魔物に埋もれて回収し忘れた宝箱を取りに行こうと、扉をくぐった時は思わず唖然としてしまったぐらいだ。
 
「どこの誰かはしりませんが、不敬にもこの主様の領域に足を踏み入れた者たちがいるようですから。今のところ僕は手出しはしませんが、まだどんな奴らか顔を拝めてませんしね。」

 更には、最初に我が物顔で侵入してきたエルフ達の1人である筈のアンスの言うとおり、実はこのダンジョンに誰か人がやって来た形跡を、俺たちは見つけることが出来たのだ。

◆◇◆


 それは新しい階層を抜け、再び外への出口を見つけたときである。

(なんだかあっという間に見つけられたな。)

 地下洞窟の様なその場所は、森とは違い進める道が限られている。
 そのため、確かに普通に探索すれば時間はかかるだろうこの階層も、黒魔魔法の扱いにも慣れた俺は、あの時と同じように黒人形を崩し薄く広げることで虱潰しに見つけることが出来たのだ。

(入り口は、、、前と同じ感じか。ダンジョン共通なのかな?)

 そうして見つけたそれはあの時と同じで、階段とその先には揺れる膜が張っていた。

(……外の様子はアンスにでも見させればいいか、、ん?)

 前回の反省を活かし、外の様子は今度アンスに見させれば良いと、黒人形は今回外に出ない。

 そうして、俺は入り口に来た目的の1つである、あの時取り忘れた宝箱がここにあるかを確認したが、残念ながらここにはなかった。
 階層がガラリと変わったのだから仕方ないかと諦め、来た道を戻ろうとしたときである。

(これは……足跡?しかも結構新しい)

 膜のすぐ側、ダンジョンに入って直ぐの場所に、大勢によって踏み荒らされたような跡が残っていたのだ。
 だが道中は当然、人の存在などは確認できなかった。
 ということは誰かがこの場所の存在を確認し、中を探索することなく出て行った事になる。
 
 俺は黒人形を半分に戻し、リリス達に気をつけるよう言うため直ぐに戻ったのだった。


◆◇◆


 そうして俺は入り口をしばらくの間見張っていた。
 けれども数日経っても一向にやってこないので、監視を一旦切り上げ弓の練習をしていたところだったのだ。
 黒人形越しでもスキルを使うことは出来たのだが、普通よりも魔力の消費が多くなるので、これに集中すべく、出している黒人形はこれ1つだけ。

「もう魔弓術はいいや。アンスに任せたよ」

 だが行使てみることで、あえて魔弓術にこだわる必要も無いとわかったので、これからは弓を使う事はアンスに託し、俺は黒人形を消すのだった。
 アンスも弓を拾い上げ、当然のように戻ろうつぃていた。


◆◇◆

「!? 主様ー!!!」

 俺は黒人形を消しいつもの玉座へと意識を戻すと、いつもの様に騒々しい声が聞こえてきた。
 見ればリリスが膝の上で何かを食べているところだった。
 それはエルフの持っていた携帯食料のクッキーのようなものだ。

 そんなリリスは、俺が黒人形を消し意識がこっちに戻ったのを身動きで分かったのか、食べる手を止め嬉しそうにする。

 そんなリリスの頭を撫でながら、俺はシロを探す。
 だが見当たらないためリリスに尋ねる。

「なぁ、リリス、シロはどこ行ったんだ?」
「シロならまた外行ったデスよ!! シロは元気いっぱいなのデス!!」
「あぁ、またかぁ。元気が良いのは良いことだ。けどやっぱり魔石の影響かなぁ?」

 最近シロは元気が有り余るようで、この場所だけは満足出来なくなってきたのだ。

 そのきっかけとなったのは、俺が持っていた魔石をシロがいくつか欲しがり口にした時からだ。
 余りに美味しそうに食べるので、俺とリリスも囓ったが、石の様に固く、そしてシンプルに不味かったので直ぐに吐き出してしまった。

 だがシロは美味しそうにしており、さらにはそのおかげで何だかシロの毛艶も良くなった気がする。
 それに加え、まだまだ子オオカミの範疇内であるが、成長期も合わさり体も大きくなっていた。

「まぁいいか。リリスもあんまり食べ過ぎるなよ。クッキーにも限りがあるんだからね」
「分かったのデス!!!」

 そう言いながらも、リリスはニコニコしながら食べることを辞めない。
 別に俺的には、そのクッキーはなんだか味気なく別に好みではなかったのだが、リリスは相当気に入ったようだ。

「そんな食べると、アンスのご飯食べられなくなっちゃうよ」
「ギクッ!?だ、大丈夫なのデス!」

 アンスは俺等と違い食事を必要としている。
 そのためは自分で簡単に食事を作っていた。
 だがある時、それに気づいたリリスとシロがその料理を欲しがったことで、アンスに2人の分も作ってもらっていたのだ。
 そしてアンスは二人分だけでなく俺の分も作り出したため、この場所には今まで存在してなかった生活リズムが生み出されたのだった。


「がううう!」

 そんな話をしているとどうやらシロが帰ってきたようだ。
 その後ろにはアンスもおり、全員がそろったことになる。

「さて、全員揃ったし飯にするか」
「わーいなのデス!!!」
「がう!!!」

 その言葉には先程までおやつを食べていたリリスを筆頭に二人とも嬉しそうにする。
 アンスも嫌がることなく、準備をしようとマジックバックを漁り始めた。

 そんなこんなで俺たちは周囲の環境が変わろうと、特に問題なく元気に、そして穏やかに過ごしていたのだった。
 だがこのような穏やかな時間が、直ぐに終わりを告げることをまだ誰も知らなかった。
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