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4 置き去りのグリモワール
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アルトゥールが個別学習室を去り、やっと安息の時間を得ることができた私だったが、卓上に残された一冊の本に気がついた。アルトゥールが図書館に返し忘れたのだろうかと思い、帰るときに司書に確認してみたが、こんな本は蔵書にないらしい。
ということは、彼の私物ということだろう。目立つ彼のことだから、きっと学園内で過ごしていれば返すチャンスはいつでもある。
自室のベッドに横たわりながら、彼の置き忘れていった本をじっくりと眺めてみる。重厚な雰囲気で、表紙には波のような模様が彫られている。随分と古いもののようだ。
「魔導書……」
魔導書というのは、力が強大な術師が自らの力を込めて依代としたものだ。自ら編み出した術式や、よく使う術式を本に刻むことでその本自体が魔力を帯び、魔導書と自らの魔力とのシナジーで更に強力な魔術を発動することができる。
手に持っているだけでもびりびりと魔力が伝わってくる。あの天才が使っているものなのだ、当然だろう。
もしかしたらこれを使えば、私にも召喚ができるようになるのではないか。
そんな考えが頭を過った。ためらいながらも魔導書の適当なページが開いてみる。
「……何これ」
目に飛び込んできたのは、短い文が羅列したページ。どのページを捲っても同じ文章が書いてあった。
『汝、魔の者を受け入れる覚悟はあるか』
繰り返しその言葉だけが並んでいる。なんだか不気味で本を閉じようとすると、私の手の中からひょいと魔導書が持ち上げられた。
「何読んでんの?没収~」
視界から本が遠のき、代わりに見えたのはルームメイトの姿だった。同じ召喚術師クラスの女生徒で、もちろんいけ好かない相手だ。実技も座学も成績が悪い分、いつも必死に私を貶して自分を上げようとしている。
意地の悪いにやけ顔であてつけのように魔導書を眺める彼女の姿が不快で、手を伸ばし本を取り返そうとする。
「ちょっと、返し……」
「何これ。なんも書いてないじゃん」
「……え?」
本に手が触れる前に、つまらなそうな言葉が耳に入りぴたりと動きが止まる。
彼女はぺらぺらとひっきりなしにページを捲り、その度に一目で目に留まるものがないらしく視線は動かしていない。
でも、私が見たときは確かにあの不気味な文字列が並んでいたのに。
「……それ、拾い物だから。雑に扱わないで」
「ふーん」
興味が失せたのか、私のベッドにぽいと魔導書を投げた。
「魔導書かと思った。あんたの使い魔が載ってるじゃない」
嘲笑と共に一瞥を残し、部屋の仕切り代わりのカーテンを引いて自分のスペースに帰っていった。
白紙、つまり何もないのが使い魔だということだろう。……何も言い返せないのが悔しい。投げ出された魔導書を手に取り、適当なページを開いて中身を確認する。やはりあの言葉がずらりと書かれている。
「汝、魔の者を受け入れる覚悟はあるか……」
同室の彼女に聞こえない程度の小さな声でぽつりと読み上げる。
覚悟。覚悟なんて、ないはずがない。私はただ何となく入学したぬるま湯の連中たちとは違う。私を育ててくれたあの孤児院に恩返しをしないといけない。
「……そんなの、いくらでもある」
無意識に声に出ていた。魔導書を持つ手に力が入る。その途端、手の中の魔導書が鈍く光を放ち始めた。
───汝、魔の者を受け入れる覚悟はあるか───
「っ!?」
頭の中に声が響いた。どこかで聞いた、誰かの声に似ている気がする。きょろきょろと部屋中を見回すが、その声の主と思われる相手はどこにもいない。
───汝、魔の者を受け入れる覚悟はあるか───
声は鳴り止まない。次第に頭痛へと変わり始め、体はだるさを覚え始める。このまま眠りたい。しかし私の意識に反して体は勝手に起き上がり、部屋を出ようとする。
「な、なに……」
勝手にドアノブを握り、勝手に薄暗い廊下へと歩き出す。完全に主導権を握られた体がひとりでに動き、戸惑うことしかできなかった。
「……フェスター?こんな夜中に夜遊び?」
室内から小憎たらしい声が聞こえたが、そんなわけないと訂正をしに行くこともできない。私はただ一人、体が向かうままに進んだ。
ということは、彼の私物ということだろう。目立つ彼のことだから、きっと学園内で過ごしていれば返すチャンスはいつでもある。
自室のベッドに横たわりながら、彼の置き忘れていった本をじっくりと眺めてみる。重厚な雰囲気で、表紙には波のような模様が彫られている。随分と古いもののようだ。
「魔導書……」
魔導書というのは、力が強大な術師が自らの力を込めて依代としたものだ。自ら編み出した術式や、よく使う術式を本に刻むことでその本自体が魔力を帯び、魔導書と自らの魔力とのシナジーで更に強力な魔術を発動することができる。
手に持っているだけでもびりびりと魔力が伝わってくる。あの天才が使っているものなのだ、当然だろう。
もしかしたらこれを使えば、私にも召喚ができるようになるのではないか。
そんな考えが頭を過った。ためらいながらも魔導書の適当なページが開いてみる。
「……何これ」
目に飛び込んできたのは、短い文が羅列したページ。どのページを捲っても同じ文章が書いてあった。
『汝、魔の者を受け入れる覚悟はあるか』
繰り返しその言葉だけが並んでいる。なんだか不気味で本を閉じようとすると、私の手の中からひょいと魔導書が持ち上げられた。
「何読んでんの?没収~」
視界から本が遠のき、代わりに見えたのはルームメイトの姿だった。同じ召喚術師クラスの女生徒で、もちろんいけ好かない相手だ。実技も座学も成績が悪い分、いつも必死に私を貶して自分を上げようとしている。
意地の悪いにやけ顔であてつけのように魔導書を眺める彼女の姿が不快で、手を伸ばし本を取り返そうとする。
「ちょっと、返し……」
「何これ。なんも書いてないじゃん」
「……え?」
本に手が触れる前に、つまらなそうな言葉が耳に入りぴたりと動きが止まる。
彼女はぺらぺらとひっきりなしにページを捲り、その度に一目で目に留まるものがないらしく視線は動かしていない。
でも、私が見たときは確かにあの不気味な文字列が並んでいたのに。
「……それ、拾い物だから。雑に扱わないで」
「ふーん」
興味が失せたのか、私のベッドにぽいと魔導書を投げた。
「魔導書かと思った。あんたの使い魔が載ってるじゃない」
嘲笑と共に一瞥を残し、部屋の仕切り代わりのカーテンを引いて自分のスペースに帰っていった。
白紙、つまり何もないのが使い魔だということだろう。……何も言い返せないのが悔しい。投げ出された魔導書を手に取り、適当なページを開いて中身を確認する。やはりあの言葉がずらりと書かれている。
「汝、魔の者を受け入れる覚悟はあるか……」
同室の彼女に聞こえない程度の小さな声でぽつりと読み上げる。
覚悟。覚悟なんて、ないはずがない。私はただ何となく入学したぬるま湯の連中たちとは違う。私を育ててくれたあの孤児院に恩返しをしないといけない。
「……そんなの、いくらでもある」
無意識に声に出ていた。魔導書を持つ手に力が入る。その途端、手の中の魔導書が鈍く光を放ち始めた。
───汝、魔の者を受け入れる覚悟はあるか───
「っ!?」
頭の中に声が響いた。どこかで聞いた、誰かの声に似ている気がする。きょろきょろと部屋中を見回すが、その声の主と思われる相手はどこにもいない。
───汝、魔の者を受け入れる覚悟はあるか───
声は鳴り止まない。次第に頭痛へと変わり始め、体はだるさを覚え始める。このまま眠りたい。しかし私の意識に反して体は勝手に起き上がり、部屋を出ようとする。
「な、なに……」
勝手にドアノブを握り、勝手に薄暗い廊下へと歩き出す。完全に主導権を握られた体がひとりでに動き、戸惑うことしかできなかった。
「……フェスター?こんな夜中に夜遊び?」
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