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8 ランチの席で
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翌日。
初めての使い魔に魔王の息子を召喚してしまった私は、一日経っても実感が湧かずにぼーっとしていた。
そもそも使い魔がいたとしても生活が劇的に変わるわけではないし、今まで積もり積もった劣等感が唐突になくなるわけでもない。
朝からそんな風にぼんやりとした気持ちでいた私は、珍しくぼんやりと座学を受けていつの間にやら午前の講義を受け流していたらしく、気付けば食堂で昼食を食べていた。
味のしない食事を作業的に噛んでは飲み込むを繰り返す中、私の席の側に誰かが立った。
「こんにちは。隣、いいかな。今日は随分と混んでるね」
「ああ、はい。どうぞ……あ、」
「ありがとう」
よそ行き用の笑顔を張り付けて隣に座ってきたのは、私の使い魔……もとい、この学園のアイドルであるアルトゥール・クラウスナーだった。
昨晩見たときとは正反対の、白銀の髪と海のような色の瞳が美しく爽やかだ。あれだけ鋭く睨みつけてきた悪魔とは思えない微笑みだ。
「……。」
「……。」
本当に他に席がなくて隣に座っただけなのか、会話は特にない。これは特に気まずくないが、先ほどから周囲の視線が痛い。大半の人が見ているのはアルトゥールの方だろうが、私を知っている一部の人たちは私の方を睨みつけているようだった。
「あれ、何か落ちたようだよ」
早く食べ終えて次の教室に行こうと思った矢先、カランと何かが床に落ちた音が私たちの静寂を裂いた。アルトゥールが食事の手を止め床に手を伸ばして拾い上げる。彼の手の中には一つの指輪が乗っていた。
「え……?いえ、私のでは、」
「はい、手を出して。はめてあげるよ」
「……。」
見覚えのない指輪に戸惑う私と、私の手を取った彼にざわつく周囲を置き去りにして、少しの波風もない涼しげな笑顔を向けてくる。
弧を描いていた瞳が僅かに開き、細めた目の奥から暗い青がこちらを見詰めている。昨晩感じた有無を言わさぬ迫力を感じ、顎を引いて彼に身を委ねた。
「あ……ありがとうございます」
「構わないよ」
にっこりと笑みを残してから、アルトゥールは再び食事の手を動かし始めた。
私は彼にはめられた指輪を眺める。シルバーの平打ちで、中央に小さな赤い石が埋められている。まるでオロヴァセーレの瞳のような色だ。
────あまりじろじろと眺めるな。不自然だ。
「っ!?」
突然頭の中に響く声に思わず周囲を見回す。不思議そうにこちらを見詰めるアルトゥールと目が合った。
────だから、じろじろ見るんじゃない。周囲に怪しまれるだろう。
間違いなくアルトゥールの……いや、オロヴァセーレの声だ。
────その指輪を介して俺と話せる。肌身離さず着けておくことだ。
────ありがとう。何か話でもあるの?
────いや。ただ、俺を呼び出すときはその指輪を介して声を掛けろ。俺にもアルトゥールとしての生活がある。
ちらりと横目で彼の様子をうかがう。澄ました表情が綺麗で、頭の中でこんなにも威圧的に話しかけているとはとても思えない。
────ねえ、どうして人間に混じって暮らしてるの?
────……。次代の魔王として、見聞を広めるためだ。使役者である人間の魔力を己に組み込むことで、魔界を統治するに足る存在になるためでもある。……。代々の慣習だ。
────その使役者が私で本当に……、
「あらモナさん、ここにいらしたの?いつもみたいに教室でお一人かと思ったのに」
彼との会話の間に、鼻につく高い声が割り込んできた。
顔をそちらへ向けなくたってわかる。やたらと私に絡んでくるいけ好かない女……リーゼラだ。染めた金の髪を掻き上げながら高い香水の匂いを振り撒き、いつもよりもうさん臭く笑顔を浮かべている。アルトゥールの前だからかだろうか。
────級友か?
嘲笑混じりに意地悪く問い掛けてくる声を無視し、リーゼラの方を睨み付ける。
「……何か用?」
「あぁやだ、怖い顔。……学園長からのお呼び出しですわ。何か悪いことでもなさったの?」
「そう。伝えてくれてありがとう」
礼だけ告げて食器を片付けるために立ち上がる。
「あら、もう行くのね?じゃあその席は私が代わりに────」
「ああ、俺ももう行くよ。どうぞごゆっくり」
アルトゥールの隣の席を見逃すわけもない彼女だったが、アルトゥールも立ち上がり、笑顔を一つ残して立ち去った。
学園長直々の呼び出し……なんだろう。悪いことじゃないといいけど。
不安に思いつつ、私は学園長室へと向かった。
初めての使い魔に魔王の息子を召喚してしまった私は、一日経っても実感が湧かずにぼーっとしていた。
そもそも使い魔がいたとしても生活が劇的に変わるわけではないし、今まで積もり積もった劣等感が唐突になくなるわけでもない。
朝からそんな風にぼんやりとした気持ちでいた私は、珍しくぼんやりと座学を受けていつの間にやら午前の講義を受け流していたらしく、気付けば食堂で昼食を食べていた。
味のしない食事を作業的に噛んでは飲み込むを繰り返す中、私の席の側に誰かが立った。
「こんにちは。隣、いいかな。今日は随分と混んでるね」
「ああ、はい。どうぞ……あ、」
「ありがとう」
よそ行き用の笑顔を張り付けて隣に座ってきたのは、私の使い魔……もとい、この学園のアイドルであるアルトゥール・クラウスナーだった。
昨晩見たときとは正反対の、白銀の髪と海のような色の瞳が美しく爽やかだ。あれだけ鋭く睨みつけてきた悪魔とは思えない微笑みだ。
「……。」
「……。」
本当に他に席がなくて隣に座っただけなのか、会話は特にない。これは特に気まずくないが、先ほどから周囲の視線が痛い。大半の人が見ているのはアルトゥールの方だろうが、私を知っている一部の人たちは私の方を睨みつけているようだった。
「あれ、何か落ちたようだよ」
早く食べ終えて次の教室に行こうと思った矢先、カランと何かが床に落ちた音が私たちの静寂を裂いた。アルトゥールが食事の手を止め床に手を伸ばして拾い上げる。彼の手の中には一つの指輪が乗っていた。
「え……?いえ、私のでは、」
「はい、手を出して。はめてあげるよ」
「……。」
見覚えのない指輪に戸惑う私と、私の手を取った彼にざわつく周囲を置き去りにして、少しの波風もない涼しげな笑顔を向けてくる。
弧を描いていた瞳が僅かに開き、細めた目の奥から暗い青がこちらを見詰めている。昨晩感じた有無を言わさぬ迫力を感じ、顎を引いて彼に身を委ねた。
「あ……ありがとうございます」
「構わないよ」
にっこりと笑みを残してから、アルトゥールは再び食事の手を動かし始めた。
私は彼にはめられた指輪を眺める。シルバーの平打ちで、中央に小さな赤い石が埋められている。まるでオロヴァセーレの瞳のような色だ。
────あまりじろじろと眺めるな。不自然だ。
「っ!?」
突然頭の中に響く声に思わず周囲を見回す。不思議そうにこちらを見詰めるアルトゥールと目が合った。
────だから、じろじろ見るんじゃない。周囲に怪しまれるだろう。
間違いなくアルトゥールの……いや、オロヴァセーレの声だ。
────その指輪を介して俺と話せる。肌身離さず着けておくことだ。
────ありがとう。何か話でもあるの?
────いや。ただ、俺を呼び出すときはその指輪を介して声を掛けろ。俺にもアルトゥールとしての生活がある。
ちらりと横目で彼の様子をうかがう。澄ました表情が綺麗で、頭の中でこんなにも威圧的に話しかけているとはとても思えない。
────ねえ、どうして人間に混じって暮らしてるの?
────……。次代の魔王として、見聞を広めるためだ。使役者である人間の魔力を己に組み込むことで、魔界を統治するに足る存在になるためでもある。……。代々の慣習だ。
────その使役者が私で本当に……、
「あらモナさん、ここにいらしたの?いつもみたいに教室でお一人かと思ったのに」
彼との会話の間に、鼻につく高い声が割り込んできた。
顔をそちらへ向けなくたってわかる。やたらと私に絡んでくるいけ好かない女……リーゼラだ。染めた金の髪を掻き上げながら高い香水の匂いを振り撒き、いつもよりもうさん臭く笑顔を浮かべている。アルトゥールの前だからかだろうか。
────級友か?
嘲笑混じりに意地悪く問い掛けてくる声を無視し、リーゼラの方を睨み付ける。
「……何か用?」
「あぁやだ、怖い顔。……学園長からのお呼び出しですわ。何か悪いことでもなさったの?」
「そう。伝えてくれてありがとう」
礼だけ告げて食器を片付けるために立ち上がる。
「あら、もう行くのね?じゃあその席は私が代わりに────」
「ああ、俺ももう行くよ。どうぞごゆっくり」
アルトゥールの隣の席を見逃すわけもない彼女だったが、アルトゥールも立ち上がり、笑顔を一つ残して立ち去った。
学園長直々の呼び出し……なんだろう。悪いことじゃないといいけど。
不安に思いつつ、私は学園長室へと向かった。
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