時を裂く

彩葉 ちよ

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兄を自らの手で殺して、すでに3日が経った。

あんなに楽しかった魔術の習得も、今はそうではない。あの、兄を焼き尽くしたときの感触と、兄の姿が脳裏から離れてくれなかった。

それになによりも、自分の力が恐ろしかった。自分の力で兄を葬り去ってしまったという事実が恐ろしく、やさしい兄がもう戻ってこないということもたまらなく悲しかった。


そんな私を、校長は無理に「授業に来なさい」とは言わずに放っておいてくれる。だけど、授業にも出ないし魔術の習得もしない私が、本当にこの学校に居ていいのかわからなかった。


「校長」
 動かしたくない足を引きずるようにしながら、ジョゼ校長の元へ行く。自分がこの学校でなにをしたいのか、わからなくなってしまった。
「凛……」
 校長は、悲痛な面持ちをして、その綺麗な緑色の目を凜に向ける。
「瞬のこと、残念でしたね。彼をブラッディストにしてしまった元凶のブラッディストはもう征伐しました。安心してくださいね」
 いつものように紅茶をすする校長から視線を外す。
「それで、これからのことだけど……」
 と、そんな凜にもおかまいなしに彼女は話を続ける。
「初戦で恐怖を感じて引退してしまう魔術士も少なくはない。けど、あなたは「時空」の魔術士なのよ。しゃきっとしないでどうするの」
 外した視線は、どのタイミングで戻すべきなのか、凛はわからなかった。
「授業に出ろとは、今まで言わなかったけれどやっぱり心配。魂が抜けたようじゃない」
 瞬は、凛にとって唯一血がつながった存在だった。両親は幼いころに事故で亡くなっていると聞かされているし、これじゃほんとに天涯孤独になってしまった。
「私……」
 校長から目線を外したまま、呟く。
「この学校、やめようと思うんです」
 ガタッ、と椅子が倒れたような音がした。驚いてその方角を見ると、ジョゼ校長が机に手をつきながら立っていた。その拍子に椅子が倒れてしまったのかと、妙に冷静に考える。
「やめるって……。まだあなたは習得しなければならない魔術の半分も終えていないんですよ?」
 わかってます、と俯きながら答える。
「わかっているんです。でも、もうこの学校にはいられないんです」
「いられない? じゃあこれからどうするつもり?」
 詰問口調になった校長の目を、凛は無意識ながら見据えていた。
「旅をします。世界中に散らばった怨霊たちを征伐します」
「征伐?」
 校長がはっきりと眉をひそめる。
「ここで学んでからにしなさい。なぜそう急ぐのです」
 魔術士は、と凛は続ける。
「寿命が短いのは知っていますよね。長くても30年。それに対して私はもう14歳。もう半分ほどを生きてしまっているんです」
「その通りです。ですが――」
「「時空」の魔術を習得した今、」
 校長の言葉を遮って決意を込めて言うと、校長が目を見開く。
「習得した? あれを?」
 そんな彼女を無視して、凛はまた言葉を放つ。
「私は一刻でも早く征伐に行きます」
 もう私を、と校長に一歩近づく。
「止めないでください」

その決意にあふれた目は、ジョゼ校長が今まで見たどんな者の視線よりも研ぎ澄まされ、美しく輝いていた。

言われるがままに頷いた校長に背を向けて、凛は校長室を出る。




こうして凜の、新しい人生が始まった。
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