13 / 15
12
しおりを挟む
兄を自らの手で殺して、すでに3日が経った。
あんなに楽しかった魔術の習得も、今はそうではない。あの、兄を焼き尽くしたときの感触と、兄の姿が脳裏から離れてくれなかった。
それになによりも、自分の力が恐ろしかった。自分の力で兄を葬り去ってしまったという事実が恐ろしく、やさしい兄がもう戻ってこないということもたまらなく悲しかった。
そんな私を、校長は無理に「授業に来なさい」とは言わずに放っておいてくれる。だけど、授業にも出ないし魔術の習得もしない私が、本当にこの学校に居ていいのかわからなかった。
「校長」
動かしたくない足を引きずるようにしながら、ジョゼ校長の元へ行く。自分がこの学校でなにをしたいのか、わからなくなってしまった。
「凛……」
校長は、悲痛な面持ちをして、その綺麗な緑色の目を凜に向ける。
「瞬のこと、残念でしたね。彼をブラッディストにしてしまった元凶のブラッディストはもう征伐しました。安心してくださいね」
いつものように紅茶をすする校長から視線を外す。
「それで、これからのことだけど……」
と、そんな凜にもおかまいなしに彼女は話を続ける。
「初戦で恐怖を感じて引退してしまう魔術士も少なくはない。けど、あなたは「時空」の魔術士なのよ。しゃきっとしないでどうするの」
外した視線は、どのタイミングで戻すべきなのか、凛はわからなかった。
「授業に出ろとは、今まで言わなかったけれどやっぱり心配。魂が抜けたようじゃない」
瞬は、凛にとって唯一血がつながった存在だった。両親は幼いころに事故で亡くなっていると聞かされているし、これじゃほんとに天涯孤独になってしまった。
「私……」
校長から目線を外したまま、呟く。
「この学校、やめようと思うんです」
ガタッ、と椅子が倒れたような音がした。驚いてその方角を見ると、ジョゼ校長が机に手をつきながら立っていた。その拍子に椅子が倒れてしまったのかと、妙に冷静に考える。
「やめるって……。まだあなたは習得しなければならない魔術の半分も終えていないんですよ?」
わかってます、と俯きながら答える。
「わかっているんです。でも、もうこの学校にはいられないんです」
「いられない? じゃあこれからどうするつもり?」
詰問口調になった校長の目を、凛は無意識ながら見据えていた。
「旅をします。世界中に散らばった怨霊たちを征伐します」
「征伐?」
校長がはっきりと眉をひそめる。
「ここで学んでからにしなさい。なぜそう急ぐのです」
魔術士は、と凛は続ける。
「寿命が短いのは知っていますよね。長くても30年。それに対して私はもう14歳。もう半分ほどを生きてしまっているんです」
「その通りです。ですが――」
「「時空」の魔術を習得した今、」
校長の言葉を遮って決意を込めて言うと、校長が目を見開く。
「習得した? あれを?」
そんな彼女を無視して、凛はまた言葉を放つ。
「私は一刻でも早く征伐に行きます」
もう私を、と校長に一歩近づく。
「止めないでください」
その決意にあふれた目は、ジョゼ校長が今まで見たどんな者の視線よりも研ぎ澄まされ、美しく輝いていた。
言われるがままに頷いた校長に背を向けて、凛は校長室を出る。
こうして凜の、新しい人生が始まった。
あんなに楽しかった魔術の習得も、今はそうではない。あの、兄を焼き尽くしたときの感触と、兄の姿が脳裏から離れてくれなかった。
それになによりも、自分の力が恐ろしかった。自分の力で兄を葬り去ってしまったという事実が恐ろしく、やさしい兄がもう戻ってこないということもたまらなく悲しかった。
そんな私を、校長は無理に「授業に来なさい」とは言わずに放っておいてくれる。だけど、授業にも出ないし魔術の習得もしない私が、本当にこの学校に居ていいのかわからなかった。
「校長」
動かしたくない足を引きずるようにしながら、ジョゼ校長の元へ行く。自分がこの学校でなにをしたいのか、わからなくなってしまった。
「凛……」
校長は、悲痛な面持ちをして、その綺麗な緑色の目を凜に向ける。
「瞬のこと、残念でしたね。彼をブラッディストにしてしまった元凶のブラッディストはもう征伐しました。安心してくださいね」
いつものように紅茶をすする校長から視線を外す。
「それで、これからのことだけど……」
と、そんな凜にもおかまいなしに彼女は話を続ける。
「初戦で恐怖を感じて引退してしまう魔術士も少なくはない。けど、あなたは「時空」の魔術士なのよ。しゃきっとしないでどうするの」
外した視線は、どのタイミングで戻すべきなのか、凛はわからなかった。
「授業に出ろとは、今まで言わなかったけれどやっぱり心配。魂が抜けたようじゃない」
瞬は、凛にとって唯一血がつながった存在だった。両親は幼いころに事故で亡くなっていると聞かされているし、これじゃほんとに天涯孤独になってしまった。
「私……」
校長から目線を外したまま、呟く。
「この学校、やめようと思うんです」
ガタッ、と椅子が倒れたような音がした。驚いてその方角を見ると、ジョゼ校長が机に手をつきながら立っていた。その拍子に椅子が倒れてしまったのかと、妙に冷静に考える。
「やめるって……。まだあなたは習得しなければならない魔術の半分も終えていないんですよ?」
わかってます、と俯きながら答える。
「わかっているんです。でも、もうこの学校にはいられないんです」
「いられない? じゃあこれからどうするつもり?」
詰問口調になった校長の目を、凛は無意識ながら見据えていた。
「旅をします。世界中に散らばった怨霊たちを征伐します」
「征伐?」
校長がはっきりと眉をひそめる。
「ここで学んでからにしなさい。なぜそう急ぐのです」
魔術士は、と凛は続ける。
「寿命が短いのは知っていますよね。長くても30年。それに対して私はもう14歳。もう半分ほどを生きてしまっているんです」
「その通りです。ですが――」
「「時空」の魔術を習得した今、」
校長の言葉を遮って決意を込めて言うと、校長が目を見開く。
「習得した? あれを?」
そんな彼女を無視して、凛はまた言葉を放つ。
「私は一刻でも早く征伐に行きます」
もう私を、と校長に一歩近づく。
「止めないでください」
その決意にあふれた目は、ジョゼ校長が今まで見たどんな者の視線よりも研ぎ澄まされ、美しく輝いていた。
言われるがままに頷いた校長に背を向けて、凛は校長室を出る。
こうして凜の、新しい人生が始まった。
0
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる