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第0章【無口な勇者と、勇敢な副隊長】

どうやら俺は120番目らしい

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「私は、女神。全ての世界を正す者」

一般的に見て美人なその女性が、一般的に聞くと引かれそうな事を言う。
白いローブに身を包んだ姿は、昔読んだ絵本に描かれていた姿と一致している。

「不幸にも選ばれてしまった貴方に、私から天の力を授けます」

突如、彼女の背後から後光が差してくる。とても眩しい。
思わず片手で顔を覆っていると、少し経ってその光は消えていく。
ここで俺はようやくこの空間がドッキリ的な何かではない事を察した。

「私の右手に触れるのです。そうすれば、力を与えられる」

……ああ、思い出してきた。事故って死んだんだよな、俺。
だとするとここは天国? いやいや、そんな徳を積んだ覚えはない。
まあ地獄へと堕ちる程の悪事もしてないが。親から躾けられたもんで。

「怖がらなくても大丈夫。爆破魔法『エターナルビックバン』は貴方を助けますよ」

エターナルなんだって?よく聞こえなかったから適当に聞き流し、辺りを見回す。
一面真っ白な空間で、そもそも自分自身が地面に立っている状態に違和感を覚える。
それでも上下左右の平衡感覚を失わないのは、目の前に浮かぶ女神さんのお陰か。

「……驚いて言葉を失う気持ちも分かります。今一度状況を説明しましょう」
「ここは『白の間』と呼び、この空間では眠気も空腹も老いも、時間が何も進みません」

なんか勝手に話を進め始めた。さっき英語使ったくせに次は日本語なのか。
穏やかに鳴る俺の心音が、この状況が決して夢でない事を知らしている。
ん、そういえばこの服って事故った時に着てたのと同じやつじゃん。

「そして今から貴方には……『異世界』へと転生してもらいます」

友達に連れられて初めて服屋で買った思い出の物。途端に気持ちが落ち着いた。
しかも事故って血まみれだったのに、ご丁寧に洗濯した後のように綺麗である。
ってあれ?俺が最近買ったばかりのダメージジーンズが普通のジーンズになってる。

「そこで貴方は『天使族』と『悪魔族』の仲を取り持つのです」

おいおいマジか。これ、一人で買いに行くの凄い勇気が必要だったんだけどな。
全知全能ではない女神さんは、ダメージジーンズが何か分からなかったのか。

「それが、三百年に一度転生する勇者の血を持った貴方の使命!」

割と落ち込んでうなだれてたら、ビシっとこちらに指を指してどや顔をして来る。
この人本当に女神様?親戚でこういう人居た気がするんだけど。
どこの世界にも変わらない性格ってのはあるもんなんだな。


「………………」
「………………」

突然始まる、無言の時間。
心音が先ほどより大きく感じるのは、今この空間で鳴っている音がそれだけだからだろう。
聞き流したとはいえ話は理解してるつもりだ。魔王を討伐するとかなんとかだっけ。

「貴方が無口という事は知っていましたが、まさかここまでとは」

無口?……あっ忘れてた。俺、この空間に来てから一度も喋ってなかったんだ。
幼い頃から人と喋るの嫌いだったし、周りの皆が色々気を利かせてくれたからなぁ。
有難い事に恵まれていた私生活を思い出して、尚更死んだ事を後悔してしまう。

「…………せ、せめて多少のレスポンスをくださいよ!」

堪忍袋の緒が切れたのか、鼻息を荒げながらグイっと顔を近づけてくる。なるほどそれが素か。
俺は申し訳なさそうな顔をしながら喉を整えて、口を開く。
さながらそれは歌手のようだが、ただただ普通の男が普通に喋るだけである。

「あの」

俺が声を発した瞬間、女神さんは嬉しそうに笑みを浮かべながら飛び跳ねる。
なんか凄い緊張するんだが。俺、普通に話すだけだよな?これ発表会じゃない?
まあいいや。気を取り直して思っていた事を言おうか。

「なんですか? 質問ですか?! 答えられることなら何でもどうぞです!」

圧が凄い。負けそう。

「どうして俺が選ばれ「それは貴方が死んだタイミングが丁度だったからですよ!」……」

被せてきた。こういう質問が来るかもって予習してただろ。

「『異世界』で『天使族』と『悪魔族』が最高潮に対立しているその瞬間」

「勇者の血が流れている貴方が死んだんです! あっごめんなさい明るく言うことではないですね!」

いや俺が聞きたかったのはなんで俺に勇者の血が流れてるのか。だったんだけど。
目を細めて視線を送っても、女神さんは気づく様子もなく上機嫌な姿を見せる。
まあ俺が話せば伝わるんだけど、それは面倒だからもういいや。

「じゃあ質問タイムも終わったところで……」

「そろそろ私の右手を触ってください。力を与えた後、召喚しますから」

力? ああ、エターナルなんとかって最初の方で言ってたやつか。
というか俺それ以外の予備知識なんにも貰ってないんだけども。
現地に行って直接理解しろって事か。随分と不親切なんだな。

「そういう訳じゃないですよ……勇者の血を引く120番目の男、本宮陽モトミヤヨウさん」


! 心を読まれた事もそうだが、それよりも大事な部分に引っかかる。

なるほど、なるほど。俺、もとい俺たちは使い捨ての存在って事か。
丁度同じ時期に死んだ人間が『異世界』へ召喚され、数を用いて種族間の中を取り持つ。
勇者の血を何故引いてるかの説明にはなって無いが、まあそれでも構わない。
だって、どっちみち受け入れなければそのまま死ぬわけで。
ならば最期くらい人助けをして死んどきたいからな。厳密にいえば人じゃないけど。
そうしたら、徳を積んだって事で良いことが起きそうじゃないか? ははは

「貴方と出会ってから初めてですね。その笑顔」

先ほどまでの慌てようはどこへやら。落ち着きを取り戻した女神さんは、右手を近づける。
これに触れたら力を手にして、俺は使いっぱしりの仲間入りってわけだ。
女神さんの目を見ると、こうして考えている頭の中を全て見透かされてるよう。
ゆっくりと、恐る恐る、俺の右手が彼女の右手に近づいて、遂に触れ合った。

その直後、強烈な頭痛と共に眩暈がして立ち眩みがする。
こんな事になるとか前もって教えてもらってないんですけど。
チカチカと視界がぼやけ、意識を失いかけながらふと先ほどの会話を思い出す。


……女神さんは、何か隠し事をしてるだろう。
それがどういう物かは分からないけど、きっと重要な何かを。
一番初めに、不幸にも選ばれたとか何とか言ってたし。
実はあんたって魔王とかだったりしない? 裏の顔が怖いんだが。
「それはどうでしょう♪」

最後の問いに対して、彼女は微笑みながらはぐらかした。
また心を読んだな。それを人の法でプライバシーの侵害って言うんだぞ。

「――大丈夫ですよ。貴方ならきっと、成し遂げることが出来ます」

俺が最後に見た女神さんの顔は、とても優しい物だった。



――――――――――――――――――――――――――――――



目が覚めると、湿った地面が頬に触れていた。
中々気持ち悪い感触だが、起き上がるのも面倒なのでこのまま横になっておく。
そうすれば段々と心地良いマットレスに寝てるような錯覚に陥られそうだし。

「…………」

とりあえず現状を把握しよう。ここが、異世界とやらなんだろうか?
視線を動かし辺りを見ても、現実世界の森と何ら変わっている様子もない。
ただ女神さんが言うには……『天使族』と『悪魔族』がいるんだったっけ。
仲を取り持つには一先ずどちらかの種族と出会わないと、そもそも話にならないな。
しかし身体を動かすのが億劫だ。というか先ほど言ったように段々心地よくなってきた。
もう暫く横になっておき、この世界と心を通わせてから目的を果たす努力をしよう。そうしよう。


「――うわっ! し、死体か!」


土を踏みしめる足音と共に、甲高い声が当たりに響いた。
随分と失礼な奴だな。死体と間違われるほど腐ってはいないだろう。
仕方なしにむくりと起き上がり、顔と服に付いた土を払う。全然取れない。

「生き返った!?」

目の前を見ると、そこには予想通り女性が居た。
無駄に重そうな鎧を身に着け、無駄に重そうな剣を背中に抱えている。
この方は戦士という奴か? いや戦士にしては死体に驚きすぎだけども。
俺の事を化け物か何かと勘違いしてるのか知らんが、強張った顔をしないでくれ。

「あ……もしかして、普通に横たわってただけなのかい?」

コクリと頷くと、彼女は警戒を解いてくれたようで、自分の剣の柄から手を離した。
ふむ。よく見るとすごく美人だな。現実世界では見たことないぞ。

「そ、そんなに顔を見つめないでくれ。無性に恥ずかしいのだが」

ああすみません。まさか最初に遭遇する人物がこんな感じだとは思わなくて。
俺の予想ではもっと、こう、グロテスクな生き物が出てくる予想もしてたんだけど。
これ本当に異世界だよな? 俺の家の近所にある山とかではない?


「ガルル…………ッッ」

そんな馬鹿みたいな事を考えていると、背後から気配と共に獣のような鳴き声がした。
後ろを振り向き、生い茂った茂みに意識を集中させる。
がさがさと茂みが踊るように揺れ、現れたのは二つの頭を持つ狼……みたいな魔物。

「つ、ツインウルフ!? C級上位のモンスターが何でこんなところにっ」

ツインウルフて。まんまの名前だけど、まあ分かりやすいに越したことは無いか。
それにしても魔物世界にも階級はあるんだなぁ。こっちも世知辛い世の中だ本当に。
よし、今決めたぞ。俺はこいつにポチと名付ける。名前があった方が可愛いからな。

「君は私の後ろに下がってくれ。装備を何もつけてない人は簡単に殺されるぞ!」

あ、はい。俺はそそくさと彼女の背中へと回る。女性に守られる男ってどうなんだろう。
まあ今の状況を鑑みれば仕方がないか。ゲーム的に考えればLv.1だもんな、俺。
そんな事を考えていると、彼女は背中から剣を抜いて斬りかかっていく。

俊敏な動きで躱されてしまったが、どうやらそれも織り込み済みのようで。
空いていた片方の手から……何だろうあれ? パチパチと光り輝く玉を放った。
命中。そこまでのダメージではなさそうだが、当たったことで怯んだ相手に対して容赦なく振りかぶる。
「ギャウン」と叫び、血が飛び散ってぐったりと倒れた。さらばポチ。お前の事は忘れない。

「大丈夫だったかい? この辺りで装備無しは流石に無謀だよ」

一息ついて剣を鞘に納めたポチキラーの彼女は、とても優しい声で話しかけてくる。
下手な事を喋ると俺まで殺られそうで怖い。とりあえず頭を下げてお礼をしておく。

「礼は要らないさ。それよりも、何故君はこんなところに?」

「…………」
口を開いたところで、俺は一旦停止する。この人を簡単に信じても大丈夫だろうか?
突如として現れた魔物から救ってくれたのは事実だが、俺はまだこの人物、そして世界を知らなすぎる。
もしかしたら人型に化けてる魔物だったどうする?
隙を見せて後ろを向いたら殺されるかもしれない。
助けてもらっておいてその態度は……と思われるだろうが、生憎と疑い深い性格なのは子供の頃からだ。

「おっと、その顔は私が誰かを疑っているね? 喋らなくとも分かってしまうよ」

前言撤回。この人は俺の事を察してくれるタイプのとても心優しい御方である。
まさか初対面にも関わらずそこまで話が行き届くとは思わなかった。異世界最高。

「私の名前はユリ=シュトレーム! とある国の護衛をやっている者だ」

簡潔な自己紹介に感銘を受ける。俺もこんな感じで名乗ってみたい。
そして、この猛々しい名乗りを嘘と思う人はいないだろう。
こちらを見つめる明るい瞳に、見惚れてしまいそうになった。

「この辺りに居た理由は天空から降り注いだ光の正体を探るため!」

あとそれは多分俺だな。どういう召喚してんの? 女神さんよ。
……まあいい。それでは俺も自己紹介をするとしよう。
喉を整えながら改めて口を開く。デジャヴ感あるなこれ。

あ、ちょっと待てよ。よく考えたら異世界で普通に名乗るのも可笑しい気がする。
折角だからユリさんにあやかる感じで名乗ってみることにしよう。
どうせ、この世界で自己紹介をするのは今回が最後になるだろうしな。

「俺の名前は、ヨウ=モトミヤ」
「女神によって召喚された、勇者の血を引く者です……120番目の」
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