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第0章【無口な勇者と、勇敢な副隊長】

積極性と第一印象

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120番目とは、どういうことだろうか? 俺は歩きながら考える。
俺に勇者の血が流れてる理由は、まあ一先ず置いといて、だ。
この世界に自分以外の末裔は存在するのかが気になる。
既に1~119番の奴らが全員死んている可能性も無きにしも非ずだが。
ただ普通に考えれば「現実世界で同時に死んだ人全て」がこっちへ召喚されてるんだろう。
いやでも女神さんの言い方だと、両方考えられるんだよな……ちくしょう分からん。

なんて脳内会議をしながら綺麗に正された道を歩いていると、大きな門の目の前まで到着する。
ユリさんがアイツらとの別れを未だに惜しんでたから、喋る必要が無くて楽だったな。

「ここが、私が護衛隊として勤めている国」
「アイネアスだ」

囲うように造られた外壁は推定20mほどだろうか。周りの木々と比べても背が高い。
壁をよじ登って侵入するのは不可能だろう。高さもそうだが、特に「あれ」だ。
こちらに向けて照準を合わしている複数の砲台。近代兵器まで存在するのか。

「ソフィ―班副隊長ユリだ。開けてくれ」

ユリさんが門に手をかざして話しかけると、意思を持ってるかのように動き出す。
これも魔法の力によるものなんだろうか? 辺りに人の姿はなかった。
そして、ソフィー班という名称を知る。それが隊長の名前か。


「今から君を王様に会わせるからな。名前はプセット王」

開き切った入口に俺たちが足を踏み入れ、振り返ると門は勝手に閉まりだした。
……ん、ちょっとまて。今ユリさんが凄い事を言わなかったか? 王さまが何とかみたいな。

「ははは。いきなりで驚いたかい?」

驚くというか、あまり理解が及んでいないのが本音である。
というか可能なんだろうか。先ほど聞いた限りでは、ユリさんは護衛隊の上の方にいる立場。
俺に対して敵対的な目で見られる事はないかもしれないが、相手は王だからな。
警戒心もかなり高く、簡単に会うなんて容易ではないはず。

「この時間のプセット王なら役場前の喫茶店でお茶を飲んでるかな」

おい庶民的過ぎるだろプセット王。正確な時間は分からないけど、まだ外が明るいのに軽々しく出歩いて大丈夫か。
俺が要らぬ心配をしながら目的の喫茶店へと歩いていく。
綺麗に舗装された道、頑丈な造りで建てられた家。
少なくとも日本では見慣れない光景ではあるが、海外と言われればそう思える程現実世界と似た世界である。
まあ、空に浮かんでる謎の光源とか花壇にやる水が土から湧いてるのは初めてだが。これも魔法なのかね。

「ユリさん! 帰ってきてたのかい」
「空の光は一体何だったの?」

次から次へ視線を動かし景色を楽しんでいると、気づけばユリさんは複数人に囲まれていた。
小さい子供から穏やかな笑顔を見せる老婆まで。はは、随分と人気者じゃないか。
そんな彼等の会話を聞いて約数分、話題が一周したであろうタイミングでユリさんが話を切り上げる。

「待たせてすまない」

全然構わないさ。いや、むしろもう少し聞いていたかったとさえ思ったぞ。
まだ出会って一時間程とはいえ、新しい部分が見えたような気がしたから。
照れくさそうに手を振って別れを告げた彼女と共に、またしても俺たちは目的地へと歩みを進めていった。


――それにしても、だ。
服装、髪形、言葉遣い、どこを取っても彼等に違和感を感じられない。
ここは異世界で、俺とは明確な隔たりが存在している。それは分かってるんだが。
何故だろう? まるで故郷に帰って来たような、そんな懐かしさを肌で感じた。


カランコロンカラン。軽快な音を鳴らして喫茶店のドアが開く。
鼻に入ってくるコーヒーらしき匂いが、歓迎してくれてるようだ。
店主が俺たちに気が付くと、愛想良い笑顔で近づいて来る。
申し訳ないが、俺たちは客ではない。この店の一番奥で鎮座する男に用があってな。
キラキラした高そうな服を着飾ったその姿、一目見ただけで分かる。
彼がこの国の王だろう。

「やあプセット王。相変わらず角砂糖を沢山入れてるみたいだね」

ユリさんが軽々しく隣に座る。おいおい大丈夫か下手すると処されるぞ。
……なんて思っていたが、二人の雰囲気的に、どうやら顔馴染みだったようだ。
それどころか肩まで組んじゃってまぁやだわ。お熱いったらありゃしない。
なるほどね。入国時に簡単に言っていたのはそういうことか。男女の仲なんだな?

「や、やめてくれよ姉さん! 僕は甘党なりにコーヒーが飲みたいんだっ」

全然違ったわ。姉弟だわ。あとこの飲み物コーヒーだったのか。匂い同じだもんな。
こちらに顔を向けた若き王様は、ユリさんと同じ赤髪赤目のイケメンである。
そんな自分より数歳年下であろう男にどこか嫉妬心を燃やしながら、俺は考えた。
一旦整理しようか。

この国の名前は「アイネアス」。統治する王の名前は「プセット」。
まだ15.6に見えるが、この若さでその立場にいる理由……は一旦置いておこう。
俺が異世界へと召喚されて最初に出会った女性は「ユリ=シュトレーム」。
年齢は恐らく俺と同じくらいだろうか? 鎧が重そうだったのが第一印象である。
彼女は「プセット」の姉らしいがこれも置いといて……いや、これは置いてちゃ駄目だろ。

どうなってるんだよ。俺がたまたま、偶然、最初に出会った人物が王様の姉貴だと?
女神の策略なのか、本当に運命の悪戯なのか。俺はなんて運に恵まれてるんだろう。
運が悪ければ右も左も分からぬままに野垂れ死ぬ所だったわけで。

「――それで、この人が光の下に居た「ありがとう、ユリ」……へ?」

こちらに差し出されていた手を思わず握る。おっと、勝手に言葉が漏れ出てた。
すぐさま離したが二人とも固まってしまっている。石化魔法でも使ったか俺。
ああ、もしかして呼び捨てにしたのがいけなかったんだろうか。ごめんユリさん。

「かなり積極的ですね貴方……ええ? 姉と男女の仲とは、言いませんよね?!」

それはさっき俺がした勘違いである。というか何だ積極的って。俺は真逆だ多分。
釈明する気もないが、プセット王からの視線が凄い。
ツインウルフぐらいなら睨んだだけで気絶しそう。

「そ、そんなわけないだろプセット! 彼を睨んで威圧しないでくれ」
「っ……だって、姉さんを弄ぶ可能性もあったから……」
「ヨウはそんな事をする人じゃないさ。大丈夫」

王ではなく弟として説教をするユリさんは、確かにお姉ちゃんだな。

「それに君も! いきなり手を握られると……その、恥ずかしいだろう!」
俺にも飛び火が来てしまった。しかも呼び捨てではなく手を握った方を責められる。
静かな世界だったこの喫茶店にたちまち怒号が飛び交う事態に。

後ろを見ると、マスターが困った顔をしていた。
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