1 / 6
初日の出、見に行かないか?
しおりを挟む
今年のクリスマスは、最悪だった。
それもこれも、みんな、颯太が悪いんだ。
それに、綾菜――
いや、彼女は悪くないか。だって、彼女は、私が颯太を好きだってこと、知らなかったわけだし。……あ、それを言うなら、颯太だって、私が彼を好きってことを知らないわけだから、悪くないってことになっちゃうか。
――いや、でも、やっぱり一番悪いのは、小早川颯太なんだ。
はぁぁぁぁ。
私は、大きくため息を吐いた。
肺の中の空気を全部吐き出したので、周りから見えれば深呼吸に見えたかもしれないけれど、私の中では、ため息のつもりだった。
クリスマスの後から、ずっと、この調子。
いやね、別に、付き合ってるわけじゃないから、クリスマスに颯太が誰と過ごそうと、ただの幼馴染の私がとやかく言う問題じゃないのはわかってる。
でも、だからって、クリスマスの翌々日、親友の綾菜に、『小早川さん、クリスマスにね……あ、うふふ、なんでもないの』なんて、意味ありげ誤魔化されたら、気になって気になって仕方がないじゃないの。
付き合ってるなら、別に隠さなくても良いのに。
あ、でも、人の気持ちに敏感な綾菜なら、何も言わなくても私が颯太のことを好きだって気が付いているのかもしれない。
そうだとしたら、綾菜は知ってて颯太と付き合い始めたってこと?
それも、ひどい話だと思ったけど、私は口を挟める立場ではない。
それに、綾菜が本気で颯太のことを好きで、付き合い始めたなら、むしろおめでとうって言ってあげるべきじゃない?
……まだ、素直に、それを口にできる気分ではないけど。
あー、私って、いやな女。
そんなむしゃくしゃした気持ちのまま、私は年を越そうとしていた。
まあ、他に用事もないし、大学は冬休みだし、もともと実家暮らしだから、帰省するところもないし、バイトのシフトも入れなかった。
だって、先月、宮間先輩から、颯太が、来年、オーストラリアに留学するってちらりと聞いたから。
だから、今年のクリスマスは、勇気を出して告白しようって、思った。振られたとしても、来年になれば颯太は遠い海の向こうへ行っちゃうわけで、それなら、当たって砕けても、別に構わないし、もし万が一、上手くいけば、出来ればそのあとの日々を颯太と一緒に過ごしたい。だから、予定を空けておきたかったんだ。
なのに、一月前から自分の気持ちを高めて、で、クリスマスの一週間前に、勇気を出して、誘ってあげたってのに、あいつは「あ、悪い」って軽く一言で断った。
だいたいね、好きになった相手が幼馴染って時点で、もうハードルが高いってこと、忘れれたわ。
こんなことなら、年末年始もしっかりバイトを入れておけばよかったって思う。
あーあ……
そんなことを思いながら、家族と一緒に年末恒例の歌番組を見ながら夕食を食べ、ゆっくりとくつろいでいた。
颯太から、電話がかかってきたのは、後二時間で年が明けるって時だった。
「千尋。お前、どうせ暇なんだろ? これから初日の出、見に行かないか?」
第一声が、暇なんだろって、颯太は私のことを暇つぶしの道具か何かだと思ってるんだろうか。
しかし、悔しいが彼の言ったことは間違いではない。
けれど、綾菜のことが頭をよぎった私は、すぐにYESと言えなかった。
「な、なんでいきなり?」
「暇なんだから、いいじゃないか。根ノ島まで、付き合えよ」
根ノ島とは、ここから車で一時間ほど行ったところにある小さな島だ。本土とは五〇〇メートルほどの橋でつながっていて、最寄駅から徒歩十分なので徒歩でも行ける。海水浴のできるビーチや水族館も近くにあり、駐車場もあって利便性がいいので、元旦でなくとも観光地としてにぎわうところだ。
普通は彼女の綾菜を誘うもんじゃないの? ――って言いそうになって、あっと、思った。
綾菜ん家は、お父さんと二人暮らしで、厳格だから、夜中に外出なんて認めてもらえないんだろう。その点、うちは、昔から二つ年上の颯太が一緒というだけで、親も安心して送り出してくれる。こういう点においては、お隣の幼馴染みの大人受けのいいお兄ちゃんってのは、楽だ。
だけど今の時期だと日の出は七時頃で、混雑を勘案したとしても、十時に出るのは早すぎるだろう。
「でも、これから? ――まだ、十時だけど?」
「ついでに、年越し蕎麦も、おごってやるよ」
たとえ、二人っきりでなくても、颯太と新しい年を一緒に迎えられるのも、初日の出を見られるのも、嬉しくないわけではない。
ううん。むしろ、嬉しい。
颯太には綾菜がいるって分かってても喜んじゃう自分は、いやな女だなと思うけど、でも、暇だからという理由だったとしても、颯太が私のことを誘ってくれるのは、正直、胸が弾んだ。
「……いいけど――」
私はすっごく有頂天なくせに、できるだけ感情を押さえてそう答えた。だから、ちょっと不機嫌そうに聞こえたかもしれない。
ほんと、私っていやな女。
外出中だからと、家ではなくスーパーの駐車場を待ち合わせ場所に指定された。
お店の入り口から離れたところにポツンと止められていた黒のSUVの後部座席に乗り込もうとすると、運転席の颯太が助手席を指差す。方向音痴の私はナビできないのでいつもは後部座席なのだけれど、今日に限って助手席とは、どういうことだろう。
ま、どんな理由にしろ、助手席に座れるのは嬉しいけどさ。
私は、顔がにやけないように、口元を引き締め、そこに乗り込んだ。
「他の人は?」
「いねえよ」
「え?」
私はてっきり、同じいつも颯太の友達の宮間さんとか藤下さんとかも誘っていると思っていた。
高校時代から親友だった私と綾菜は、私が大学に進学した春に颯太を通じて彼らと知り合い(多分、合コンってやつだと思う)、何度か一緒に遊びに行ったことがある。
まあ、言い換えると、私がこの車に乗るときは、綾菜や彼らがいつも一緒だったってこと。
なのに、誰も誘ってないって――しかもいきなり、心の準備なしに、二人っきりっ!?
私の頭の中はパニック寸前だ。
「……俺と二人じゃ、嫌?」
「そ……うじゃないけど……」
そうじゃないけど、どうしていいかわからない。
すると、颯太が一瞬口を尖らせたように見えた。
(あれ? なんか、まずいこと言ったかな)
いつでもポジティブ思考で上機嫌(で、俺様)の彼がこんな表情をするのは珍しい。と、あらためて見直した時には、いつもの彼に戻っていた。
「……心配しなくても、千尋が嫌なら、手ぇださねえよ」
颯太は横目で私を見て口の端をあげる。
彼のこんな表情が好きな私は、Mっ気があるのだろうか。
危うく見惚れかけて、私は慌てて視線をフロントガラスの外に向けた。
「そんな心配してないしっ!」
って、あれ? それって、私がいいっていったら、手を出すってこと?
なんて、ちょっといやらしいことが頭に浮かんで、頬が熱くなる。
それを見て、颯太はにやにやしていて――。やっぱり、からかわれてるんだろう。
颯太は私のことなんてその程度にしか思っていないんだ。
たとえ二人きりのドライブだとしても、幼馴染みの関係じゃ、甘い雰囲気なんて期待する方が無理なんだ。
「……颯太の方こそ、私なんかと二人で良かったの?」
「いいから誘ったに決まってんじゃん」
さらりと颯太が返す。
そうじゃなくて、綾菜のこと――と言いかけたけど、綾菜があんなふうに誤魔化すってことは、二人が付き合っているってことは秘密なのかもしれない。
ああ、もうっ! こんなの、なんか、不公平だ
颯太が私のことなんて意識していないのに、必要以上に緊張さえしている自分が恥ずかしくて、どうか、今は、こっちを見ないでという気持ちを込めて、私は颯太に出発するよう促した。
車中では、何を話したのか覚えていない。ただ、颯太がいろいろと話題を振ってくれて、私が短く相槌を打っていたような気がする。
私が意味のある言葉を発したのは、そろそろ目的の根ノ島が近くなってきた海岸線を走っている時だった。
出発したときから点いていたラジオでは、あと一時間ほどで年が明けるというところで新しいゲストが登場して盛り上がっている。
「ねえ、お蕎麦、どうするの?」
「腹へった? ちょっと待ってろ。どっかいいところに止めるから」
海につきだした小さな駐車場に車を止めた颯太が、体をこちらに捻る。
それだけで、もう、私の胸はドキドキだ。後部座席に伸ばす首から肩のラインが妙に色っぽい。
ザシッと音をたてて彼が持ち上げたのは、先程待ち合わせたスーパーの袋。颯太が中から取り出したプラスチックの食品容器と割りばしを私に手渡した。
「年越し蕎麦って、……まさか、これ?」
「こんな時間に蕎麦屋が開いてるわけねぇだろ。文句言うなら、食うなよ」
「文句いってるんじゃなくて、確認しただけでしょ」
まあ、そうだよね。
私は颯太の彼女でもないし、こうやって二人きりでドライブできるだけでも幸せなんだから。
「……って、これ、ざるそばじゃない!」
「最初から温かいのは伸びるだろ」
そういって颯太はガサガサとざるそばの蓋を開け、ずるずると食べ始めた。
仕方なく私も、小さくいただきますと言ってそれに倣う。
狭い車内では、近くのFMラジオ局からのテンポのいい会話と音楽が流れていて、そこに、二人が啜る蕎麦の音が重なった。
はっきりいって、全然、ロマンチックではない。
ま、そういうのを期待してきたわけではないからいいけど、それでも、好きな人と閉ざされた空間に二人きりというシチュエーションに、私の胸はドキドキしっぱなしだ。
二人して無口でそれをずるずる啜って、容器と割りばしを元のビニール袋に収めた時には、カーラジオの放送が、後十五分で今年が終わります、と告げて、妙にリズムの良い曲を流してはじめたところだった。
曲が始まって少しして、颯太が煙草に火をつけた。ほんの少しだけ空けた窓から、冷たい風が入り込んでくる。
「……俺――、三月から、オーストラリアに行くんだ」
間奏に乗せるように、颯太が前を向いたまま、口を開いた。
「先月、宮間さんから、聞いた」
「そっか」
そして、また沈黙。
時報がわりにつけたラジオの向こうは、後十分で新年になると盛り上がってきているのに、暗闇に取り残された私たちは、冷たい蕎麦のせいもあってか逆に盛り下がった感がある。
「……三月って、すぐだね」
なんとなく、肩にかかる沈黙が重すぎて、それを跳ね除けるように、私は思いついたことを口にしていた。
何を言っているんだろう、私は。口にしたいのはそんなことじゃないのに。
だけど、クリスマスに伝えたかった気持ちは、すでに行き場を失くしている。
「そう、だな」
「どれくらい?」
「とりあえず、二年くらい」
「そっか」
私が小さくそういうと、「寂しい?」と颯太が上目遣いで探るように聞いた。
「んなわけないじゃん。……ただ……戻ってきたら同じ学年になるんだなって思っただけ」
綾菜なら、こんなとき素直に寂しいって言えるんだろうなって考えたら、やっぱり自分がすごく嫌な女に感じた。
今度はまた颯太が「そっか」という番だった。
ラジオではカウントダウンがはじまっている。その賑やかさは、私とは薄いシフォンのヴェールで隔てられているように感じた。
9、8、7――
「あのさ――」
颯太が口を開いた。
6、5、4――
「俺は」
3、2――
「……」
ハッピーニューイヤー!!
賑やかなクラッカーの音とともに、ラジオのパーソナリティが高らかに弾けるようにそう宣言した。同時に、海の向こうに花火が上がったのが小さく見えた。目的地の根ノ島付近のようだ。
そして、車内の重苦しい雰囲気とは対照的なそれらと、かき消されそうになった颯太からかろうじて聞き取れた言葉の持つ破壊力に、私の頭の中はついにショートした。
それもこれも、みんな、颯太が悪いんだ。
それに、綾菜――
いや、彼女は悪くないか。だって、彼女は、私が颯太を好きだってこと、知らなかったわけだし。……あ、それを言うなら、颯太だって、私が彼を好きってことを知らないわけだから、悪くないってことになっちゃうか。
――いや、でも、やっぱり一番悪いのは、小早川颯太なんだ。
はぁぁぁぁ。
私は、大きくため息を吐いた。
肺の中の空気を全部吐き出したので、周りから見えれば深呼吸に見えたかもしれないけれど、私の中では、ため息のつもりだった。
クリスマスの後から、ずっと、この調子。
いやね、別に、付き合ってるわけじゃないから、クリスマスに颯太が誰と過ごそうと、ただの幼馴染の私がとやかく言う問題じゃないのはわかってる。
でも、だからって、クリスマスの翌々日、親友の綾菜に、『小早川さん、クリスマスにね……あ、うふふ、なんでもないの』なんて、意味ありげ誤魔化されたら、気になって気になって仕方がないじゃないの。
付き合ってるなら、別に隠さなくても良いのに。
あ、でも、人の気持ちに敏感な綾菜なら、何も言わなくても私が颯太のことを好きだって気が付いているのかもしれない。
そうだとしたら、綾菜は知ってて颯太と付き合い始めたってこと?
それも、ひどい話だと思ったけど、私は口を挟める立場ではない。
それに、綾菜が本気で颯太のことを好きで、付き合い始めたなら、むしろおめでとうって言ってあげるべきじゃない?
……まだ、素直に、それを口にできる気分ではないけど。
あー、私って、いやな女。
そんなむしゃくしゃした気持ちのまま、私は年を越そうとしていた。
まあ、他に用事もないし、大学は冬休みだし、もともと実家暮らしだから、帰省するところもないし、バイトのシフトも入れなかった。
だって、先月、宮間先輩から、颯太が、来年、オーストラリアに留学するってちらりと聞いたから。
だから、今年のクリスマスは、勇気を出して告白しようって、思った。振られたとしても、来年になれば颯太は遠い海の向こうへ行っちゃうわけで、それなら、当たって砕けても、別に構わないし、もし万が一、上手くいけば、出来ればそのあとの日々を颯太と一緒に過ごしたい。だから、予定を空けておきたかったんだ。
なのに、一月前から自分の気持ちを高めて、で、クリスマスの一週間前に、勇気を出して、誘ってあげたってのに、あいつは「あ、悪い」って軽く一言で断った。
だいたいね、好きになった相手が幼馴染って時点で、もうハードルが高いってこと、忘れれたわ。
こんなことなら、年末年始もしっかりバイトを入れておけばよかったって思う。
あーあ……
そんなことを思いながら、家族と一緒に年末恒例の歌番組を見ながら夕食を食べ、ゆっくりとくつろいでいた。
颯太から、電話がかかってきたのは、後二時間で年が明けるって時だった。
「千尋。お前、どうせ暇なんだろ? これから初日の出、見に行かないか?」
第一声が、暇なんだろって、颯太は私のことを暇つぶしの道具か何かだと思ってるんだろうか。
しかし、悔しいが彼の言ったことは間違いではない。
けれど、綾菜のことが頭をよぎった私は、すぐにYESと言えなかった。
「な、なんでいきなり?」
「暇なんだから、いいじゃないか。根ノ島まで、付き合えよ」
根ノ島とは、ここから車で一時間ほど行ったところにある小さな島だ。本土とは五〇〇メートルほどの橋でつながっていて、最寄駅から徒歩十分なので徒歩でも行ける。海水浴のできるビーチや水族館も近くにあり、駐車場もあって利便性がいいので、元旦でなくとも観光地としてにぎわうところだ。
普通は彼女の綾菜を誘うもんじゃないの? ――って言いそうになって、あっと、思った。
綾菜ん家は、お父さんと二人暮らしで、厳格だから、夜中に外出なんて認めてもらえないんだろう。その点、うちは、昔から二つ年上の颯太が一緒というだけで、親も安心して送り出してくれる。こういう点においては、お隣の幼馴染みの大人受けのいいお兄ちゃんってのは、楽だ。
だけど今の時期だと日の出は七時頃で、混雑を勘案したとしても、十時に出るのは早すぎるだろう。
「でも、これから? ――まだ、十時だけど?」
「ついでに、年越し蕎麦も、おごってやるよ」
たとえ、二人っきりでなくても、颯太と新しい年を一緒に迎えられるのも、初日の出を見られるのも、嬉しくないわけではない。
ううん。むしろ、嬉しい。
颯太には綾菜がいるって分かってても喜んじゃう自分は、いやな女だなと思うけど、でも、暇だからという理由だったとしても、颯太が私のことを誘ってくれるのは、正直、胸が弾んだ。
「……いいけど――」
私はすっごく有頂天なくせに、できるだけ感情を押さえてそう答えた。だから、ちょっと不機嫌そうに聞こえたかもしれない。
ほんと、私っていやな女。
外出中だからと、家ではなくスーパーの駐車場を待ち合わせ場所に指定された。
お店の入り口から離れたところにポツンと止められていた黒のSUVの後部座席に乗り込もうとすると、運転席の颯太が助手席を指差す。方向音痴の私はナビできないのでいつもは後部座席なのだけれど、今日に限って助手席とは、どういうことだろう。
ま、どんな理由にしろ、助手席に座れるのは嬉しいけどさ。
私は、顔がにやけないように、口元を引き締め、そこに乗り込んだ。
「他の人は?」
「いねえよ」
「え?」
私はてっきり、同じいつも颯太の友達の宮間さんとか藤下さんとかも誘っていると思っていた。
高校時代から親友だった私と綾菜は、私が大学に進学した春に颯太を通じて彼らと知り合い(多分、合コンってやつだと思う)、何度か一緒に遊びに行ったことがある。
まあ、言い換えると、私がこの車に乗るときは、綾菜や彼らがいつも一緒だったってこと。
なのに、誰も誘ってないって――しかもいきなり、心の準備なしに、二人っきりっ!?
私の頭の中はパニック寸前だ。
「……俺と二人じゃ、嫌?」
「そ……うじゃないけど……」
そうじゃないけど、どうしていいかわからない。
すると、颯太が一瞬口を尖らせたように見えた。
(あれ? なんか、まずいこと言ったかな)
いつでもポジティブ思考で上機嫌(で、俺様)の彼がこんな表情をするのは珍しい。と、あらためて見直した時には、いつもの彼に戻っていた。
「……心配しなくても、千尋が嫌なら、手ぇださねえよ」
颯太は横目で私を見て口の端をあげる。
彼のこんな表情が好きな私は、Mっ気があるのだろうか。
危うく見惚れかけて、私は慌てて視線をフロントガラスの外に向けた。
「そんな心配してないしっ!」
って、あれ? それって、私がいいっていったら、手を出すってこと?
なんて、ちょっといやらしいことが頭に浮かんで、頬が熱くなる。
それを見て、颯太はにやにやしていて――。やっぱり、からかわれてるんだろう。
颯太は私のことなんてその程度にしか思っていないんだ。
たとえ二人きりのドライブだとしても、幼馴染みの関係じゃ、甘い雰囲気なんて期待する方が無理なんだ。
「……颯太の方こそ、私なんかと二人で良かったの?」
「いいから誘ったに決まってんじゃん」
さらりと颯太が返す。
そうじゃなくて、綾菜のこと――と言いかけたけど、綾菜があんなふうに誤魔化すってことは、二人が付き合っているってことは秘密なのかもしれない。
ああ、もうっ! こんなの、なんか、不公平だ
颯太が私のことなんて意識していないのに、必要以上に緊張さえしている自分が恥ずかしくて、どうか、今は、こっちを見ないでという気持ちを込めて、私は颯太に出発するよう促した。
車中では、何を話したのか覚えていない。ただ、颯太がいろいろと話題を振ってくれて、私が短く相槌を打っていたような気がする。
私が意味のある言葉を発したのは、そろそろ目的の根ノ島が近くなってきた海岸線を走っている時だった。
出発したときから点いていたラジオでは、あと一時間ほどで年が明けるというところで新しいゲストが登場して盛り上がっている。
「ねえ、お蕎麦、どうするの?」
「腹へった? ちょっと待ってろ。どっかいいところに止めるから」
海につきだした小さな駐車場に車を止めた颯太が、体をこちらに捻る。
それだけで、もう、私の胸はドキドキだ。後部座席に伸ばす首から肩のラインが妙に色っぽい。
ザシッと音をたてて彼が持ち上げたのは、先程待ち合わせたスーパーの袋。颯太が中から取り出したプラスチックの食品容器と割りばしを私に手渡した。
「年越し蕎麦って、……まさか、これ?」
「こんな時間に蕎麦屋が開いてるわけねぇだろ。文句言うなら、食うなよ」
「文句いってるんじゃなくて、確認しただけでしょ」
まあ、そうだよね。
私は颯太の彼女でもないし、こうやって二人きりでドライブできるだけでも幸せなんだから。
「……って、これ、ざるそばじゃない!」
「最初から温かいのは伸びるだろ」
そういって颯太はガサガサとざるそばの蓋を開け、ずるずると食べ始めた。
仕方なく私も、小さくいただきますと言ってそれに倣う。
狭い車内では、近くのFMラジオ局からのテンポのいい会話と音楽が流れていて、そこに、二人が啜る蕎麦の音が重なった。
はっきりいって、全然、ロマンチックではない。
ま、そういうのを期待してきたわけではないからいいけど、それでも、好きな人と閉ざされた空間に二人きりというシチュエーションに、私の胸はドキドキしっぱなしだ。
二人して無口でそれをずるずる啜って、容器と割りばしを元のビニール袋に収めた時には、カーラジオの放送が、後十五分で今年が終わります、と告げて、妙にリズムの良い曲を流してはじめたところだった。
曲が始まって少しして、颯太が煙草に火をつけた。ほんの少しだけ空けた窓から、冷たい風が入り込んでくる。
「……俺――、三月から、オーストラリアに行くんだ」
間奏に乗せるように、颯太が前を向いたまま、口を開いた。
「先月、宮間さんから、聞いた」
「そっか」
そして、また沈黙。
時報がわりにつけたラジオの向こうは、後十分で新年になると盛り上がってきているのに、暗闇に取り残された私たちは、冷たい蕎麦のせいもあってか逆に盛り下がった感がある。
「……三月って、すぐだね」
なんとなく、肩にかかる沈黙が重すぎて、それを跳ね除けるように、私は思いついたことを口にしていた。
何を言っているんだろう、私は。口にしたいのはそんなことじゃないのに。
だけど、クリスマスに伝えたかった気持ちは、すでに行き場を失くしている。
「そう、だな」
「どれくらい?」
「とりあえず、二年くらい」
「そっか」
私が小さくそういうと、「寂しい?」と颯太が上目遣いで探るように聞いた。
「んなわけないじゃん。……ただ……戻ってきたら同じ学年になるんだなって思っただけ」
綾菜なら、こんなとき素直に寂しいって言えるんだろうなって考えたら、やっぱり自分がすごく嫌な女に感じた。
今度はまた颯太が「そっか」という番だった。
ラジオではカウントダウンがはじまっている。その賑やかさは、私とは薄いシフォンのヴェールで隔てられているように感じた。
9、8、7――
「あのさ――」
颯太が口を開いた。
6、5、4――
「俺は」
3、2――
「……」
ハッピーニューイヤー!!
賑やかなクラッカーの音とともに、ラジオのパーソナリティが高らかに弾けるようにそう宣言した。同時に、海の向こうに花火が上がったのが小さく見えた。目的地の根ノ島付近のようだ。
そして、車内の重苦しい雰囲気とは対照的なそれらと、かき消されそうになった颯太からかろうじて聞き取れた言葉の持つ破壊力に、私の頭の中はついにショートした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる