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今年の抱負は…
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『俺は、寂しいけどな』
そう、聞こえたような気がした。
けど、そんなはずないという気持ちが先に立って、私は何も答えられなかった。
「俺じゃ、ダメかな?」
颯太は念を押すように、その言葉を発した。
ダメって――意味がわからない。
向こう側の世界で盛り上がっているラジオを、颯太が止める。
もう年を越したって分かったから、そうしたのだろう。
今までうるさいくらいだった反動か、耳の奥でキーンとかすかに高い金属音がなっている。
「だって……」
「ダメじゃ、ないだろ?」
私の言葉を奪うように颯太が言った。
いつもならこんな風に上から目線で言われたら、反発するところだけど、今は何も言えない。
だって――
ギュッと目をつぶって、私はそれを胸の奥底から何とか絞り出した。
「颯太は……綾菜と――」
彼が次に口を開くまでのほんの数秒が、何十分にも感じた。
「あやな?」
まるで何かの呪文のように、颯太が繰り返した。誤魔化しているのではなさそうだ。
「付き合って、るんでしょ?」
その言葉に、さらに颯太は不思議そうな表情を見せる。
「誰が?」
それを、私に、言わせるのか――と思ったけど、ここで黙り込んでしまうと、話が進まない。
それに、何より颯太のこの反応に、私のほうも拍子抜けしてしまっていて、それまであった、重さとか、ほんのり浮かんだ甘さとかは全て吹き飛んでしまっていた。颯太と二人きりってこととか、颯太と綾菜がどうとか、私の気持ちがどうとか、そういうのではなくて――ただ、何か噛み合っていない話を噛み合わそうとするために、私はもう一度その名を口にした。
「颯太と……綾菜」
なのにっ!
「俺と、綾菜が、どうだって?」
もうっ。何度も、言わせるなっつの。
「だから、颯太は綾菜と付き合ってるんでしょ!?」
声が大きくなった私の顔を、颯太は、唖然とした顔でマジマジと、少なくとも一分は見ていたと思う。
「……なんで?」
「なんでって――、綾菜はかわいいし、素直だし、良い子だし――」
あ、ダメだ。なんか、自分で言っててみじめな気持になってきた。
「うん。確かに、綾菜はお前より、かわいいし、素直だし、良い子だな」
ほら。
誰が見たって、そうなのよ。
でも、そんな綾菜が、私も好きなんだもん。
だから、私の好きな颯太と、私の親友の綾菜がくっつくなら、それは、むしろ喜ぶべきで――
あ、ほんとに、も、ダメ――
そう思った時には、もう胸の奥から何かがこみ上げて来て、鼻の一番奥の部分を刺激し始めていた。
それが不用意に零れ落ちないように、私は、目を閉じ、鼻の奥へ押し戻すように、ゆっくりと深呼吸する。
隣に座っている颯太が、「あのさ」とシートに身体を預けて、ため息をついたような気がした。
「そんなに自分を卑下するなよ。――じゃないと、それを好きって思ってる俺自身が、なんか情けなくなってくるだろ」
「それって、どういう――」
「だーめ。もうちょっと、目、つぶってろ」
言葉の意味がよくわからなくて、少し身を乗り出して目を開いた私の瞼の前で大きな手がそっと上から下向きに動いて閉じさせた。
「そのまま、聞け。――何を誤解してるのか知らないが、綾菜は――まあ、確かに、かわいいとは思う。……けど、俺が好きなのは、お前、なんだけどな」
驚いて、右隣を見ると、ほんの少しだけ照れて、窓の外に視線を向けた颯太がいた。
私をからかっている様子は、ない。
そのいつもと違う彼の態度に、ぐわぁっと、お腹の底の方からなにかが一気にこみ上げて来た。内臓を持ち上げられたような感じ。それが、喉のちょうど下のところでせき止められて、胸のあたりがグワングワンする。
「だって――」
「だって、はもういいよ。……お前は?」
かろうじて聞き取れるほどの掠れた声で囁き、颯太が私を見つめる。
「私、は……」
どう言っていいかわからなくて、語尾が消えると、小さく息を吐いた颯太がいつもの不敵な笑顔を見せた。
「俺が、いいって言えよ?」
なんで、この男はこんなに自信満々に言えるんだろう。
間違いではないのが、ちょっと悔しい。
そんな私の心を読んだかのように、颯太がもう一度にやりと笑った。
「――分かるよ、千尋のことは。小せぇ頃からずっと見てきたんだから。――で、お前も、俺がいいんだよな?」
あー、もう。こんな風に言われたら、頷く以外になにもできないじゃない。
こうして、なんとなく上手く流されて私は頷かされた。それで、気持ちは伝わったと思うのだけど、次は、どうしたらいいの?
ドラマとかだったら、こういうとき、キス、するよね。
けれど、颯太は、そんな様子も見せずに、じっと私を観察している。
待ってるんだろうか?
いや、無理。私、恋愛、初心者だから。
今まで幼馴染でじゃれ合っていたのに、いきなり、キスするような関係になれるわけ、ない。
その時、スッと颯太が腕をこちらに伸ばしてきた。
私はびくりとして、体が硬くなる。
キ……キスとか、するのかな?
颯太が、したいなら、別に、いいけど、でも――すごく、ドキドキする。
私は、胸の奥のところに力を入れて、覚悟を決めた。
だけど、目だけは、どうしても閉じられなくって、視線は、車内の――ハンドルだとか、シートベルトの金具だとか、サイドブレーキとか、そんなものの間を意味もなく漂う。
視線はそらしていたけれど、一方で、意識は彼の手の動きの気配を窺っていた。
だけど、どこからでも来い――って思っていたのに、途中からそれた颯太の手は、カーラジオのスイッチを再び入れた。
ラジオの向こう側では、ゲストが新年の抱負などを話している。
薄いヴェールの向こうの異次元が再び車内に戻ってきて、私の緊張が解けた。
もう、颯太が何を考えているのかわからない。
……けど、助かった。
「そういや、まだ言ってなかったな。……あけましておめでとう。今年も、いや、これからもよろしくな」
「あ、うん。私も、宜しく、お願いします。颯太……サン」
多分、告白されて、どんなふうに颯太と話していいのか分からなくなって、必要以上に敬語になってしまった。
だって、良く考えたら、颯太のほうが二つも上だもん。
そしたら、颯太が、ブッって噴き出した。
「そんな、かしこまるなよ。別に、付き合うからって、これまでと何が変わるってことないんだし」
そうか、付き合うんだ、私たち。
颯太の言葉に、妙に他人事のように納得している自分がおかしい。
「いや、変わるか」
「?」
「たとえば、だな――」と颯太は、何の前触れもなしに、軽く私の唇を奪った。
「――っ!」
心の準備もなく、初めて体験するその刺激に驚いて身を引いた私は、あわてて両手で口元を押さえる。
「こういうことが、いつでもできるようになる」
「い……いつでも、しないで、いいから」
「したく、ない?」
「そりゃ、したくないわけじゃないけど――」
颯太が私の手首を取って再び、唇で唇に触れた。
さっきよりも、少し、強く。
両手首を握る颯太の力は強くて、私は振り払えない。
私を見つめる颯太の目はいつになく真剣で、この後に起こるであろうことを考えると、少し怖かった。
そうしたら、颯太の目元がふっと緩んだんだ。手は緩まなかったけど。
「千尋の、今年の、抱負は?」
「抱負? そんな大したもの、ない、けど」
「別に大したことじゃなくてもいいよ。千尋が今年はこうしたいって思うこと、言ってみろよ」
いつものクセで、反抗的になりそうになった。
でも、狭いこの車内の中で、両手首を掴まれていて、なんとなく私のほうが立場が弱い。それに、一緒にいる時間が限られている今だけでも、素直でいたかった。
「……今年は……、颯太と、素敵な思い出を、沢山、つくりたい……とは、思うけど」
そう口に出すと、本当に颯太が行ってしまうんだという実感が、いまさらながらに、こみ上げてきて――
あれ?
あれれ?
なんで、私、鼻の奥がつんとしてるの?
そのままにしていると、鼻水が垂れてきそうになって、私は啜りあげた。
そうしたら
「莫迦」
って自然と頭を引き寄せられた。
その衝撃で、瞼のとことでせき止められていた涙が、零れおちた。
バカは、どっちよ。そんなことしたら、自分の服が濡れちゃうでしょ。
そう言おうとしたら、もう一度――今度はさっきよりももっと優しく
「ばかだな」
って言われた。
大きな彼の手が、ゆっくりと私の髪を撫でる。
きっと、彼の手には、魔法か超能力があるに違いない。そうでなければ、ただ頭を撫でられただけで、こんな風に胸の奥底の方からじわりと温かい気持ちがわき上がってくるはずがない。
「じゃあ、颯太の、抱負は?」
そのまま黙っていたら、ぽろぽろと泣いてしまいそうで、私は鼻の奥に力を入れて颯太に反撃を繰り出した。
でもね。
そんなの、もう颯太には効かないの。
さっきは、照れてたはずなのに、一旦、自分の気持ちを吐き出したら、もう、怖いものなしって感じの――いつもの彼。で、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、にやって笑った。
「……思い出もいいけどさ、俺は、もっと形に残るものも作りたい」
髪を撫でていた大きな手が、耳をかすり、頬に触れた。
指先が、耳朶を弄ぶ。
耳の後ろを颯太の指が撫でるたびに、背筋がぴくんとなった。
「そ……」
それは、ひょっとして――
一瞬で、頭に血が上った。
いやいやいやいや、私、まだ大学生だし、そんなの、無理だから!
くらくらする頭でも、頬だけでなく耳の先まで真っ赤になっているのがわかる。
彼の手が私の顎を少し上に向け、唇が優しく重なった。
今度は、さっきのとは違って、もっと長く。
わわわわわわわわわわわっ!!
少しかさついた、けれども弾力のある温かいものが唇の上で動く。
何が起こっているのか、理解できた時には、颯太の唇は離れていた。
「今すぐには、無理だけど、な」
颯太の唇が、再び私の耳元に寄った。
触れるか、触れないかというぎりぎりのところで、
「千尋を――俺のものに、してしまいたい。その身体の隅々に、俺の物だって印を刻みたい」
その一言で、もう、頭にカーって血が上って、何も考えられなくなった。
しがみつくように握っていた颯太のシャツを、さらに強く握る。
「もし、お前がよければ、だけどさ……そういうとこに、移動していい?」
そそっそそおそおういうとこぉ?
ああ、だめ。わたし、もう、こわれてる。
「その……お前、初めて、だろ? だから、こんなとこでヤるより、もうちょっとこう、雰囲気のあるところのほうが、良いだろ?」
ややややっやややま、やめ、てええええ。
「返事がないなら、同意したとみなすぞ」
そう言って、颯太は私を優しくひきはがし、ハンドルを握って、サイドブレーキを下した。
もう、もう、もう……私は、どうしていいかわからなくて。
――気が付いた時には、ホテルの一室に連れ込まれていた。
そう、聞こえたような気がした。
けど、そんなはずないという気持ちが先に立って、私は何も答えられなかった。
「俺じゃ、ダメかな?」
颯太は念を押すように、その言葉を発した。
ダメって――意味がわからない。
向こう側の世界で盛り上がっているラジオを、颯太が止める。
もう年を越したって分かったから、そうしたのだろう。
今までうるさいくらいだった反動か、耳の奥でキーンとかすかに高い金属音がなっている。
「だって……」
「ダメじゃ、ないだろ?」
私の言葉を奪うように颯太が言った。
いつもならこんな風に上から目線で言われたら、反発するところだけど、今は何も言えない。
だって――
ギュッと目をつぶって、私はそれを胸の奥底から何とか絞り出した。
「颯太は……綾菜と――」
彼が次に口を開くまでのほんの数秒が、何十分にも感じた。
「あやな?」
まるで何かの呪文のように、颯太が繰り返した。誤魔化しているのではなさそうだ。
「付き合って、るんでしょ?」
その言葉に、さらに颯太は不思議そうな表情を見せる。
「誰が?」
それを、私に、言わせるのか――と思ったけど、ここで黙り込んでしまうと、話が進まない。
それに、何より颯太のこの反応に、私のほうも拍子抜けしてしまっていて、それまであった、重さとか、ほんのり浮かんだ甘さとかは全て吹き飛んでしまっていた。颯太と二人きりってこととか、颯太と綾菜がどうとか、私の気持ちがどうとか、そういうのではなくて――ただ、何か噛み合っていない話を噛み合わそうとするために、私はもう一度その名を口にした。
「颯太と……綾菜」
なのにっ!
「俺と、綾菜が、どうだって?」
もうっ。何度も、言わせるなっつの。
「だから、颯太は綾菜と付き合ってるんでしょ!?」
声が大きくなった私の顔を、颯太は、唖然とした顔でマジマジと、少なくとも一分は見ていたと思う。
「……なんで?」
「なんでって――、綾菜はかわいいし、素直だし、良い子だし――」
あ、ダメだ。なんか、自分で言っててみじめな気持になってきた。
「うん。確かに、綾菜はお前より、かわいいし、素直だし、良い子だな」
ほら。
誰が見たって、そうなのよ。
でも、そんな綾菜が、私も好きなんだもん。
だから、私の好きな颯太と、私の親友の綾菜がくっつくなら、それは、むしろ喜ぶべきで――
あ、ほんとに、も、ダメ――
そう思った時には、もう胸の奥から何かがこみ上げて来て、鼻の一番奥の部分を刺激し始めていた。
それが不用意に零れ落ちないように、私は、目を閉じ、鼻の奥へ押し戻すように、ゆっくりと深呼吸する。
隣に座っている颯太が、「あのさ」とシートに身体を預けて、ため息をついたような気がした。
「そんなに自分を卑下するなよ。――じゃないと、それを好きって思ってる俺自身が、なんか情けなくなってくるだろ」
「それって、どういう――」
「だーめ。もうちょっと、目、つぶってろ」
言葉の意味がよくわからなくて、少し身を乗り出して目を開いた私の瞼の前で大きな手がそっと上から下向きに動いて閉じさせた。
「そのまま、聞け。――何を誤解してるのか知らないが、綾菜は――まあ、確かに、かわいいとは思う。……けど、俺が好きなのは、お前、なんだけどな」
驚いて、右隣を見ると、ほんの少しだけ照れて、窓の外に視線を向けた颯太がいた。
私をからかっている様子は、ない。
そのいつもと違う彼の態度に、ぐわぁっと、お腹の底の方からなにかが一気にこみ上げて来た。内臓を持ち上げられたような感じ。それが、喉のちょうど下のところでせき止められて、胸のあたりがグワングワンする。
「だって――」
「だって、はもういいよ。……お前は?」
かろうじて聞き取れるほどの掠れた声で囁き、颯太が私を見つめる。
「私、は……」
どう言っていいかわからなくて、語尾が消えると、小さく息を吐いた颯太がいつもの不敵な笑顔を見せた。
「俺が、いいって言えよ?」
なんで、この男はこんなに自信満々に言えるんだろう。
間違いではないのが、ちょっと悔しい。
そんな私の心を読んだかのように、颯太がもう一度にやりと笑った。
「――分かるよ、千尋のことは。小せぇ頃からずっと見てきたんだから。――で、お前も、俺がいいんだよな?」
あー、もう。こんな風に言われたら、頷く以外になにもできないじゃない。
こうして、なんとなく上手く流されて私は頷かされた。それで、気持ちは伝わったと思うのだけど、次は、どうしたらいいの?
ドラマとかだったら、こういうとき、キス、するよね。
けれど、颯太は、そんな様子も見せずに、じっと私を観察している。
待ってるんだろうか?
いや、無理。私、恋愛、初心者だから。
今まで幼馴染でじゃれ合っていたのに、いきなり、キスするような関係になれるわけ、ない。
その時、スッと颯太が腕をこちらに伸ばしてきた。
私はびくりとして、体が硬くなる。
キ……キスとか、するのかな?
颯太が、したいなら、別に、いいけど、でも――すごく、ドキドキする。
私は、胸の奥のところに力を入れて、覚悟を決めた。
だけど、目だけは、どうしても閉じられなくって、視線は、車内の――ハンドルだとか、シートベルトの金具だとか、サイドブレーキとか、そんなものの間を意味もなく漂う。
視線はそらしていたけれど、一方で、意識は彼の手の動きの気配を窺っていた。
だけど、どこからでも来い――って思っていたのに、途中からそれた颯太の手は、カーラジオのスイッチを再び入れた。
ラジオの向こう側では、ゲストが新年の抱負などを話している。
薄いヴェールの向こうの異次元が再び車内に戻ってきて、私の緊張が解けた。
もう、颯太が何を考えているのかわからない。
……けど、助かった。
「そういや、まだ言ってなかったな。……あけましておめでとう。今年も、いや、これからもよろしくな」
「あ、うん。私も、宜しく、お願いします。颯太……サン」
多分、告白されて、どんなふうに颯太と話していいのか分からなくなって、必要以上に敬語になってしまった。
だって、良く考えたら、颯太のほうが二つも上だもん。
そしたら、颯太が、ブッって噴き出した。
「そんな、かしこまるなよ。別に、付き合うからって、これまでと何が変わるってことないんだし」
そうか、付き合うんだ、私たち。
颯太の言葉に、妙に他人事のように納得している自分がおかしい。
「いや、変わるか」
「?」
「たとえば、だな――」と颯太は、何の前触れもなしに、軽く私の唇を奪った。
「――っ!」
心の準備もなく、初めて体験するその刺激に驚いて身を引いた私は、あわてて両手で口元を押さえる。
「こういうことが、いつでもできるようになる」
「い……いつでも、しないで、いいから」
「したく、ない?」
「そりゃ、したくないわけじゃないけど――」
颯太が私の手首を取って再び、唇で唇に触れた。
さっきよりも、少し、強く。
両手首を握る颯太の力は強くて、私は振り払えない。
私を見つめる颯太の目はいつになく真剣で、この後に起こるであろうことを考えると、少し怖かった。
そうしたら、颯太の目元がふっと緩んだんだ。手は緩まなかったけど。
「千尋の、今年の、抱負は?」
「抱負? そんな大したもの、ない、けど」
「別に大したことじゃなくてもいいよ。千尋が今年はこうしたいって思うこと、言ってみろよ」
いつものクセで、反抗的になりそうになった。
でも、狭いこの車内の中で、両手首を掴まれていて、なんとなく私のほうが立場が弱い。それに、一緒にいる時間が限られている今だけでも、素直でいたかった。
「……今年は……、颯太と、素敵な思い出を、沢山、つくりたい……とは、思うけど」
そう口に出すと、本当に颯太が行ってしまうんだという実感が、いまさらながらに、こみ上げてきて――
あれ?
あれれ?
なんで、私、鼻の奥がつんとしてるの?
そのままにしていると、鼻水が垂れてきそうになって、私は啜りあげた。
そうしたら
「莫迦」
って自然と頭を引き寄せられた。
その衝撃で、瞼のとことでせき止められていた涙が、零れおちた。
バカは、どっちよ。そんなことしたら、自分の服が濡れちゃうでしょ。
そう言おうとしたら、もう一度――今度はさっきよりももっと優しく
「ばかだな」
って言われた。
大きな彼の手が、ゆっくりと私の髪を撫でる。
きっと、彼の手には、魔法か超能力があるに違いない。そうでなければ、ただ頭を撫でられただけで、こんな風に胸の奥底の方からじわりと温かい気持ちがわき上がってくるはずがない。
「じゃあ、颯太の、抱負は?」
そのまま黙っていたら、ぽろぽろと泣いてしまいそうで、私は鼻の奥に力を入れて颯太に反撃を繰り出した。
でもね。
そんなの、もう颯太には効かないの。
さっきは、照れてたはずなのに、一旦、自分の気持ちを吐き出したら、もう、怖いものなしって感じの――いつもの彼。で、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、にやって笑った。
「……思い出もいいけどさ、俺は、もっと形に残るものも作りたい」
髪を撫でていた大きな手が、耳をかすり、頬に触れた。
指先が、耳朶を弄ぶ。
耳の後ろを颯太の指が撫でるたびに、背筋がぴくんとなった。
「そ……」
それは、ひょっとして――
一瞬で、頭に血が上った。
いやいやいやいや、私、まだ大学生だし、そんなの、無理だから!
くらくらする頭でも、頬だけでなく耳の先まで真っ赤になっているのがわかる。
彼の手が私の顎を少し上に向け、唇が優しく重なった。
今度は、さっきのとは違って、もっと長く。
わわわわわわわわわわわっ!!
少しかさついた、けれども弾力のある温かいものが唇の上で動く。
何が起こっているのか、理解できた時には、颯太の唇は離れていた。
「今すぐには、無理だけど、な」
颯太の唇が、再び私の耳元に寄った。
触れるか、触れないかというぎりぎりのところで、
「千尋を――俺のものに、してしまいたい。その身体の隅々に、俺の物だって印を刻みたい」
その一言で、もう、頭にカーって血が上って、何も考えられなくなった。
しがみつくように握っていた颯太のシャツを、さらに強く握る。
「もし、お前がよければ、だけどさ……そういうとこに、移動していい?」
そそっそそおそおういうとこぉ?
ああ、だめ。わたし、もう、こわれてる。
「その……お前、初めて、だろ? だから、こんなとこでヤるより、もうちょっとこう、雰囲気のあるところのほうが、良いだろ?」
ややややっやややま、やめ、てええええ。
「返事がないなら、同意したとみなすぞ」
そう言って、颯太は私を優しくひきはがし、ハンドルを握って、サイドブレーキを下した。
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――気が付いた時には、ホテルの一室に連れ込まれていた。
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