4 / 21
03.貴椿千歳、危うく学園長に殺されかける
しおりを挟む「風紀委員だ! 全員そこを動くな!」
通る女性の声が、この場に緊張感を走らせた。
きっと揉め事に巻き込まれるのが嫌なのだろう、「そこを動くな」の声を無視して蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う女子たち。
それに混じって、俺もとっとと逃げることにした。
相変わらずなんだかよくわからないが、転入初日にトラブルなんてごめんだ。
女子たちと一緒に校舎へと逃げ込み、靴を持って廊下を行く――木造の校舎しか知らない俺にとって、靴下越しに感じる真っ白なリノリウムの床は多分に硬く冷たく感じられた。
逃げ切れただろうか? ここまで来れば大丈夫か?
……よし、追手もなさそうだし、とにかく早く職員室に行かないとな。
近くにいた女生徒に聞き、職員室を発見。早速中へ踏み込んだ。
「すみません、貴椿ですが……」
顔を覗かせると、主に女性教師の視線が向けられた。やはりここも女性比率が高いようだ。
「貴椿くん?」
席を立ってやってきた白いスーツの女性は、俺を確認すると「学園長がお待ちだから」とそっちの方に案内した。
学園長室は職員室の隣の部屋である。
職員室から直で行けるようだが、今回は内側ではなく外側である廊下から行くらしい。白スーツの女性教師は俺を押すようにして廊下に出る。
「昨日、到着遅れたみたいだけど。迷ったの?」
「あ……はい、まあ、そんなところです」
正確には、電車に乗り遅れたり乗り間違えたり乗り過ごしたり寝過ごしたりで時間を食ったのだが。まあ似てる似てる。大差ないさ。
俺が昨日から入っているのは、九王院学園専用のアパートだ。
なので、きっと管理人さんと教師陣は定期的に連絡を取り合っているのだろう。俺の到着が遅れたことも連絡が入っているらしい。
「よかった。魔女に絡まれて遅れたのかと心配したわ」
……いや、絡まれましたけどね。早速。危うくカツアゲされそうになったし、ヘンタ……いや、変な女の子に変なことされかねないところだったし。
きっとあれは、都会の洗礼だったのだろう。
都会は恐ろしいところだと。それを忘れるなと。油断するなと。
隣の学園長室のドアをノックし、返答を聞いた上で白スーツの女性教師は「失礼します」とドアを開けた。
まず気になったのは、匂いだ。
かすかに漂う覚えのあるこの匂い……いや、それはいいだろう。
いかにも高そうな執務デスク越しに、これまた女性……きっと学園長だろう女性がいた。
「九王院学園へようこそ、貴椿千歳くん。学園長の九王院カリナです」
「は、はじめまして」
燃えるような赤い髪が印象的な、大人の女性だ。
しかし。
目を見張るほど綺麗な人ではあるが、それ以上に、肌に感じられるほどの魔力の質の高さに驚いた。
高位魔女――それも高位魔女の中でもトップクラスかもしれない。
魔力の量が多い者は、その身に許容できない分は自然と体外に溢れ出すと言われる。俺が今感じているのは、きっとそれだ。
しかも、これほど濃密で力強い魔力は……その気になれば可視化さえさせるかもしれない。
ここまですごい魔女となれば、日本どころか世界にさえ多くないだろう。
――婆ちゃんの匂いと、たぶん同じ。
室内に立ち込めるこの匂いは、魔力の流出を抑えるための、薬草の匂いだ。
「あ、あー……あのー……その……」
この人は、俺をここに送った婆ちゃんの知り合いである。俺はそのコネを伝ってこの九王院学園へやってきた。
婆ちゃんには「嫌われたくなければその辺の挨拶はちゃんとしておけ」と言われていたのだが……
学園長の圧倒的な存在感に押され、驚き、すっかり萎縮してしまって、考えてきた挨拶の言葉がスポーンと抜けてしまった。
いや、そりゃそうだろう。
日本屈指であろう魔女なんて、早々会える存在ではない。緊張しても仕方ないだろう。
あーうーと唸る俺に、学園長は微笑みかけた。
「蒼の試験に合格したのでしょう?」
「あ、はい、ええ」
蒼は、婆ちゃんの名前だ。
あの婆ちゃんの名前を呼び捨てできるってことは、この人は見た目以上に年上なのかもしれない。
案外婆ちゃんと同い年とか……いやいや! いやいやいやいや!
歳の詮索はやめておこう。昔それで婆ちゃんに殺されかけたしな。明らかに三十歳を超えるだろう魔女に歳を聞くのは自殺行為だ。
「それが本当ならば、貴椿くんは充分、この学校へ通う権利があります」
権利、か。
そうだな。あの賭けは結局、権利を勝ち取るための試験だったわけだ。
「ちなみに、貴椿くん?」
「はい?」
――学園長の瞳に、魔力の流動を見た。
先程外で見た『変化』の魔法とは桁違いの、大きく、純度も高く、そして限りなく赤い魔力の流れ。
溢れる魔力に赤髪が踊り、あまりの魔力の強さに空間が軋む音さえ聞こえそうだ。
反射的に『魔除けの印』を心の中で結びシールドを展開――すると同時に、学園長の双眸から二筋の赤いレーザービームが走り、俺の『魔除けの盾』を直撃した。
ほんの少しでもシールドが遅れていたら、レーザーは容赦なく俺の身体を貫いただろう。
10分にも20分にも感じるほどの高純度にして高温、かつてない密度の濃い熱線レーザーが、ジリジリとシールドを焦がす。
実際は1秒ほどの放射だった。
だが、当たった瞬間に感じられた学園長と俺の実力差は、わずか数秒であろうと、俺に生命の危機を伝えるには充分すぎる時間だった。
文字通り、他を圧倒する高位魔女の魔力から発生したそれは、その気になれば、俺のシールドくらい紙きれのように容易く貫いただろう。
学園長と俺には、それほどの実力差がある、ということだ。
「――結構よ。咄嗟にそれだけの『魔除け』ができるなら、この学園でもやっていけるでしょう」
やっていけるでしょう、じゃないだろ! 今あんた俺のこと殺しかけたんだぞ! 死んだらどうしてくれるんだ!
……とでも言ってやりたかったが、なんか婆ちゃんの知り合いってところからして、この人にだけは反抗しちゃいけない気がする。高位魔女ってのは魔力も規格外なら常識のなさも規格外だから……
……ふう。やっぱり都会は怖いところだな……
「あなたの担任になる、白鳥未波です」
学園長への挨拶(殺されかけたけど! 挨拶で殺されかけるとかどうかしてるだろ!)も済んで、白スーツの女性教師と廊下に出て。
ようやくその人は自己紹介してくれた。
高等部1年4組担任、白鳥未波先生。
そしてその1年4組が、俺の教室でもあるわけだ。
「新任だから頼りないかもしれないけれど、よろしくね」
そうか。白鳥先生は新任なのか。
「それで貴椿くん、さっきの学園長とのアレは何なの? 先生とても驚いたんだけど」
「俺も驚きましたけど」
思い出すだけで身体が震え上がりそうだ。
ほんの一瞬、瞬き一回分遅れていたら……俺、やっぱ、死んでた気がする……
「試験がどうとか言っていたけど?」
「あ、はい。俺の経歴は知ってますよね?」
「ええ、大まかには資料で。ただ、あまりにも急な転入手続きだったから、詳しくは知らないの。経歴くらいしかわかっていないし」
そりゃそうだろう。本当に急な転入だったのだから。
しかも、四月の転入である。新学期が始まって一週間とか二週間しか経っていないこの時期の転入である。
どこの世界に新学期始まったばかりで学校を移る高校生がいるんだ。
……まあここにいるんだけど。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる