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05.貴椿千歳、唯一無二の味方ができる
しおりを挟む「落ち着いて行動しろよ」
真面目な顔で、奴は言った。
「これから魔女たちに様々なアプローチを受けるだろうが、どんな状況になろうと落ち着いて行動しろ。――と、手遅れになる前に言っておく。俺の言葉を忘れるなよ。絶対忘れるなよ」
こいつは北乃宮匠。
昨日まではこの1年4組でただ一人の男子だった者だ。
つい先ほど、俺は座っていた席を奪われた……というか、返した。
「そこは私の席だ」と言われても。そして「誰だ?」と言われても、転入生だとしか言いようがないのだが。
「あ、ごめん」
謝るのもなんだか違う気がするが、とりあえず謝って席を立った。別に勝手に座っていたわけではない、白鳥先生に言われて座っていただけだ。
何らかの事情で今まで席を外していたのだろう、持ち主である小さな彼女と入れ替わって立ちあがり……どうしたらいいのだろう。俺の席ってまだないんだよな。
「ねー乱刃さん。今朝どうしたの? 遅かったけど」
と、本来の主に声をかけたのは、窓際の席の女子だ。
「風紀委員に捕まった」
「また? これで七回目じゃない?」
「六回目だ。一方的に絡まれているだけだというのに……」
ん? もしかして今朝の騒ぎって……
「貴椿、こっち」
女子の中にあって、非常に違和感のある低い声に振り返ると――おお! 男がいた!
自己紹介の段階では、冷静に皆の顔を見る余裕がなかったものの。
しかしこの1年4組には、男子生徒がいたのだ!
「よくぞ転校してきた。さすがにクラスに男一人じゃキツいからな」
例の小さい女子がやってきたところで、なぜだか俺を囲んでいた女子たちが引いてくれた。その隙にこいつが俺を呼んでくれたのだ。
教室の後方から俺を呼んだ男子は、北乃宮匠と名乗った。
そうか、これが俺と同い年の、都会の男か。
正直、生で見るのは初めてだ。
これが同年代の男かー……
なんというか……垢抜けている、とでも言えばいいのだろうか。
なんかこう、全体的にスタイリッシュでスマートだ。背も俺より高いし、細い割にヒョロヒョロした感じはない。なんか前髪をビチッと横に流したヘルメットみたいな髪型してるけど、きっと都会ではこれがオシャレなんだろう。俺にはヘルメットにしか見えないが。
魔女が多いこの九王院学園に通うだけに、北乃宮は将来、騎士関係の進路に進みたいらしい。
ああ、なんか、いいな。
安心感が違う。
女子は怖い。
目が本気すぎてもう怖い。
「貴椿くん、この机を使って」
教室に仲間を見つけてほっとしていると、ようやく白鳥先生が机を持ってきた。……持ってきたっていうか、『浮遊』の魔法で机と椅子が浮いているが。
空いたスペース――一番後ろ窓際の席である北乃宮の隣が、俺の居場所となった。
こうして、九王院学園での生活が始まった。
時々女子に話しかけられたり囲まれたりもしつつ、午前中を過ごした。
やはり味方……というか、気持ちを察してくれる奴がいるというのは、とても大きかった。
俺が困ると隣の北乃宮が一言二言会話に割り込んでくれて、それだけで随分楽になる。獲物を品定めする猛獣どもの気が逸れるかのようで、吸ったまま吐けないでいる息がちょっと出せるのだ。
……とにかく、女子の視線が怖い。
休み時間のたびによそのクラスからわざわざ見に来る女子もたくさんいて……今日だけで100人以上の女子に見られたのではないだろうか。じろじろと。しげしげと。
考えればすぐわかる。
この魔女だらけのクラスに男子一人という状況は、俺の想像を絶するほどつらくてキツかっただろう、と。
この環境に男一人とかとんでもない話である、と。
今日の数時間だけですでに疲れて憔悴している俺には、果たして一人でこの環境にることに、1日だって耐えられるかどうか……
それだけ見ても、北乃宮がものすごい奴だということがわかる。
「そう言えば貴椿、転校なんだよな? ということは前の高校には数日くらいしかいなかったのか?」
書類上はそうなるが、特に問題はない。
「通信制だったから。基本宿題みたいな課題だけやって、月に一回本土の高校に顔を出すとか、そんな高校だった」
「なるほど。登校してなかったのか」
そういうことである。島には小学校と中学校しかなかったし、島から本土の高校に通うには面倒が多かったので、通信制の高校に入学した。
だから4月半ばという新学期始まったばかりというこんな時でも、躊躇なく転校を決めることができたのだ。
特に新しい学校生活が始まっていたってわけでもないし、新しい対人関係が出来上がっていたわけでもないし。
――ところで。
「昼飯は? 俺はどうすればいいんだ?」
まともな学校生活というものをよく知らない俺は、とかくすべてのことに驚き、戸惑い、何が何だかわからない内に昼休みになっていた。
ちなみに北乃宮は、なんか、重箱みたいなものをドンと机の上に出しているが。正月のおせち料理の時にしか見たことがない、個人用とも一人用とも思えない重箱みたいな弁当箱を広げようとしているが。
「それ弁当箱? 北乃宮は細いくせにたくさん食うんだな」
「冷静に考えろ。一人でこんなに食えるか」
だよな。弁当箱のサイズからして内容物は1キロ以上ありそうだし。
それに、量的にもえらいことになっているが、その高級感あふれる重箱に納めるに相応しい中身も、えらいことになっていそうで、こう、ワクワクする。
さぞや豪華な弁当に違いないと、期待せずにはいられない外観だ。
中身が気になってワクワクが止まらない。
「いいか、これは――」
パカリと開かれた蓋。
食い入るように見守る俺。
果たして中身は――高級感ある重箱に恥じない、見たことがないほど豪華な弁当だった。
彩りもおかずの種類も申し分ない。
何より、弁当に入っているなんて予想外すぎる、魅惑的な赤き殻付き伊勢海老のグラタンみたいなのが、こう、ドーンと鎮座ましましたインパクトといったら……!
そう、それはそれは豪華だった。
豪華な豪華な弁当だったんだ。
一目見ただけで、網膜に焼き付くほどに。
「伊勢海老いただき!」
「あわびは私のだから! あわびは私のだから!」
「貴様! 私の豚の角煮に! 汚い箸で! 触れるな!」
……見たことがないほど豪華だった弁当は、ほぼ一瞬で、三割ほどになっていた。
な、なんという理不尽……!
クラスメイトの魔女が……いや、ケダモノが……ケダモノたちが今、北乃宮の豪華な弁当を蹂躙してっ……!!
「な?」
何が「な?」だ!
「これくらいのこと、もうすっかり慣れてますけど?」みたいな、特に何もなかったような顔をするなよ! ……いつものことだと言いたげな、そんな悲しい顔しないでくれよ……!
北乃宮は、魔女に強奪されて寂しくなった弁当を見ても特に気にせず、隅っこに残されている具を奪われた炊き込みご飯と、死んだように横たわるアルミホイルとバラン、肉だけ抜かれた野菜の煮物の前で両手を合わせ、箸を取った。
「俺もこれじゃ足りないから食堂へ行く。案内するから食べ終わるまで待っていてくれ」
……瞬く間に食べ残しのようになってしまった豪華弁当を、不満も愚痴も漏らさず大人しく腹に収める北乃宮が、俺には大した人物に思えて仕方なかった。俺だったら冷静ではいられなかっただろう。きっと伊勢海老を追いかけたに違いない。
これが都会の男子か。
考えていた以上に大物で、そして考えていた以上に悲しい生き物だ……
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