Witch World

南野海風

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11.貴椿千歳、おせっかいして怒られる

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「乱刃さん!」

 目の前で起こったことが信じられず、呆然としていた俺を動かしたのは、怖くないクラスメイトの悲痛な叫びだった。

「致命傷ですね」

 こんな時でも委員長は冷静だった。

 そうか、致命傷か……そうだよな。腹に槍が刺さってるし、血を吐いてるもんな。

 それでもなお、乱刃の戦意は衰えず構えている。痛いなんて生温いほどの痛みを感じているはずなのに。
 しかし、先程までの力強さは、もうない。
 いつ倒れてもおかしくないほど弱々しいし、痛々しい。

 ……もういいだろう。
 もう止めてもいいだろう。

 最初からそのつもりで来たんだ。誰に文句を言われたって知ったことか。

 俺は結界に歩み寄ると、『魔除けの印』を結ぶ。

「……貴椿くん?」

 委員長の声が聞こえたが、止めろと言われて睨まれたら困るので、無視。

 このくらいの魔法障壁なら、たぶん四文字くらいで事足りる。

「――『浄、夕、円、解』」

 身体の芯から『文字』の力を練り込み、両手に結ぶ印でそれを掌に流し、生み出した浄化の力を合掌に込める。
 子供の頃から学び、研鑽してきた『魔除けの印』。それも基本。

 魔法のような派手さは皆無だが、魔を払う力は清貧なくらいでちょうどいい。

 見えはしないが確かに存在する魔を退ける力を、両手を開いて魔法障壁に押し込む。

  バキン!

 進入禁止の結界が割れ、音を立てて崩れた。
 はらはらと一帯に降り注ぐ魔法壁の残骸は、粉々になったガラスのように儚く、形を成していた時と比べ物にならないほど脆く見えた。

 まるで魔法という奇跡そのもののように。




「結界を壊した!? マジで!?」

「かなりの練度ですね」

 クラスメイトたちを置いて、俺はふらふらの乱刃に駆け寄る。

「おい、もういいだろ」

 まだ立っていられるのが不思議なくらいなのに、乱刃はなお戦おうとしていた。

 すぐ近く、すぐ真後ろで言うと、口の端に血の跡を残した乱刃が振り返り――かすれた声で言った。

「……おまえは誰だ?」

 いい加減覚えろよ。

「同じクラスで隣の部屋の貴椿だ」

 だが、俺の名前は今はいい。よくはないか今はいい。

「ちょっとー。そこにいると巻き込んじゃうんだけどー」

 未だ魔法を解除せず数十本の槍を浮かべている二年生の魔女は、俺の乱入を見て不満げだ。

「先輩ももういいでしょう。あなたの勝ちです。こいつはこれ以上戦えない」

 明らかに無理なのに、今にも倒れそうなのに、しかし乱刃の瞳は強いままである。
 強い目で俺を見上げ、一切の躊躇もなかった。

「勝手に決めるな」

 こんな状態になりながらも、乱刃はまだ、ケンカを続けようとしていた。

「だそうよ」

 そして、乱刃の答えを聞いてケンカを続けようとする魔女。

 ……あーもう、ムカつくなぁ!

「おい!」

 強く呼びかけ、鬱陶しそうな顔で振り返る乱刃の頭に、俺は拳骨を落とした。

「いっ……た……! なんだおまえは!? そもそも誰だ!?」

「同じクラスで隣の部屋の貴椿だよ!」

 憶えるまで何度でも言ってやるからな! 諦めないからな!

「これ以上続けたらおまえ死ぬぞ! わかってんのか!? 腹になんか刺さってんだぞ!」

 本人も痛いだろうが、見ている方も痛々しい。なんだよこれ。痛いだろ。痛いなんてレベルじゃ済まないくらい痛いだろ。

「死なない。私は勝つ」

 この状態で続行を希望するばかりか、しかも勝つ気でいるとか。どういうことだ。

「このくらい、どうということはない」

 顔はとても痛そうだけどな!
 説得は無理そうだ。こいつはきっと折れない。

「ちょっと待ってろ――『咎見つめし梟の祈言を森を祝す』」

 再び印を結び『魔除けの印』を完成させると、俺を中心にして、淡く青い光が放射状に広がる。

「っ……中和領域!?」

 青い光に触れると、魔女が構えていた槍が光の粒子となって掻き消えた――そう、俺の張った中和領域の『魔除け』のせいだだ。
 自分の周囲の魔を払う基本中の基本の抗魔法アンチマジックである。子供の頃からずっとやらされていたので、今や呼吸するより簡単にできる。

 よし、これで多少は落ち着いて話を――

「ちょ、バカ! 何やってんの!」

 駆けてきた怖くないクラスメイトが、俺にぶつかってすれ違う。

「本当にあなたは馬鹿ですね」

 一足遅れでやってきた委員長も、「あれ? なんでまだ生きてるの? いつまで私の視界を汚すの?」と言いたげな顔で俺の目の前を通り過ぎ……

 俺は、自分のしたことに、気づいた。

「ご、ごめん! すまん!」

 中和領域は、魔を払う空間を作り出す『魔除け』の基本だ。
 つまり。

 ――乱刃の腹に突き刺さっていた槍も、俺が消してしまった。

 傷口を塞いでいたそれがなくなり、乱刃は派手に出血しながらそこに倒れていた。ただでさえ黒い制服に、更にどす黒い染みが広がっていく。

「委員長、回復!」

「ここでは無意味です。誰かさんが余計なことをしたので魔法が効きづらい」

 ギリリと委員長は俺を睨みながら「このフナムシなんなの? バカなの? クズはゴミ箱に入ってればいいのに」と言いたげに目で非難すると、「場所を移しましょう」と建設的な意見を出した。俺を睨みながら。……ごめんよ。こんなつもりじゃなかったんだよ……あっちの魔女を止めたかっただけなんだよ……

「――待て。下手に動かすと危ない」

 そして、そいつもやってきた。




「北乃宮!?」

 誇らしげなヘルメット頭のそいつは、さっき教室で別れた北乃宮匠だった。
 たぶん今まで、俺たちの近くで事の成り行きを見ていたのだろう。そうとしか思えないタイミングでやってきた。

「任せろ。魔法による怪我なら対処できる」

 委員長と怖くないクラスメイトに手を引かせると、北乃宮は躊躇なく乱刃の傷口に掌を押し付けた。
 掌から淡く青い光が生まれる。

 これも一種の抗魔法アンチマジックだろう。俺は基礎しか知らないのでよくわからないが。

「……これでいい。止血だけはしておいたから、もう動かしていいぞ。あとは保健の先生がなんとかしてくれるだろう」

 怖くないクラスメイトと委員長は頷き合うと、『瞬間移動テレポート』で乱刃を連れて行った。

「北乃宮……」

 なんというか……こういう時、なんと言えばいいのだろう。来てくれたことを喜べばいいのか、それともなんで来たのかとか野暮な聞くべきなのだろうか。
 迷う俺に、垢抜けた都会の男子は、血にまみれた手をハンカチで覆いながらサラリと言った。

「――トイレに行くなら誘えよ。一人残されると寂しいだろ」

 そういえば、トイレに行くっつってここに来たんだっけ。

「意外と寂しがり屋なんだな」

「君は違うのか? ならば今後は俺が君を置いていく」

「やめろよ! 謝るから誘えよ!」

 女子もう怖いんだから! 一人で廊下歩いてたら絡まれそうなんだから!







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