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07.現役魔法騎士と挨拶代わりの一撃
しおりを挟む「……」
――この辺のはずだけど……――
フレイオージュは、教師ゼペットが指定した場所の近くへ来ていた。
指定された場所は、エーテルグレッサ王国の中心からだいぶ外側にはずれた位置にある、小さな教会である。
外に出始めて一年、自分の住んでいる街さえよく知らないフレイオージュだが、街の区画番号や通りの名前は憶えている。
朝が早いだけに道を聞く相手こそいないものの、住所ではこの辺りのはずだ。
しばらく道なりに歩いていると、妖精のおっさんが急に目の前に出てきて、「あれを見ろ」とばかりに腕を向ける。
そっちを見ると――
「……チッ」
フレイオージュは舌打ちした。戸を閉めている小さな商店の張り紙に「精力剤入荷しました」と書いてあった。そんなものを読ませるな。
「……」
フレイオージュの不機嫌に気づいたのか、おっさんががっくりと肩を落とす。そしてもう一度同じ方向を腕で指し示した。
「……!」
さすがにもう無視しようと歩き出したが――ふと視界に白い物が入り、もう一度おっさんの指し示す方を見た。
違った。
フレイオージュが見た、入荷した精力剤を広く流布する張り紙より上の、向こう。
建物と建物の隙間から、白い壁が見えた。
女神ナイトベルを讃える教会の壁は、白と決まっているのだ。
あのちらりと見える白い壁は、まさに探していた教会かもしれない。
「……」
――悪かった。舌打ちしてごめん――
言葉より早く、そう考えるだけで伝わったのか、おっさんは俄然元気になった。
でも目と鼻の先で踊り狂うのは勘弁してほしいと思った。近い。
見かけた白い壁は、やはり探していた教会だった。
フレイオージュが知っている中央に近い教会と比べると、民家のように小さいが。間違いなく教師ゼペットが指定した聖ナイトベル教会である。
しかもご丁寧に、教会の前には人が立っていた。
「あ、君がフレイオージュかな?」
気の良さそうな大柄な男性である。
格好こそただの町人のようだが、間違いなく鍛え抜いた身体をしている。只者じゃないことは一目でわかった。
現に、言いながら見せてきた首飾りには、エーテルグレッサ王国の紋章が掘り込まれていた。
格好こそ武装の欠片もないが、十中八九現役の魔法騎士である。
「……っ」
フレイオージュが魔法騎士の敬礼を返すと、男性は納得したように教会の扉を開いた。
「中へどうぞ」
導かれるまま教会に踏み込む。
――と、中には三人の男女がいた。
一人は軽薄そうな男。
あれが一番曲者そうだとフレイオージュは看破する。
もう一人の男は、真面目そうである。
魔法なしなら、この中で一番強い武闘派だろうとフレイオージュは思う。
そして女性。
あれは三色の「魔龍ランク」だな、とフレイオージュは一目で見抜いた。
まず潰すならあの女性で、彼女を潰したら一旦逃げる。そして追ってくるだろう真面目そうな男を魔法で片づけ、あとは臨機応変に……――と、そこまで考えて思考を打ち切った。
母に、「知らない者たちと密室に入った場合は、まず一番に殺すべき相手を定めなさい」と厳しく言いつけられたせいで、すぐにこんなことを考えてしまう。
「よう、噂の魔帝さん」
何をするかいまいち読めない曲者の、軽薄な男がまず挨拶する。
フレイオージュが敬礼を返すと、「さすが訓練生は真面目だねぇ」と苦笑する。
「お察しの通り、俺たちは現役の騎士だ。今回のおまえの課題は、俺たちの手伝いってことになる」
全員武装のない町人風で、こうなると剣まで穿いて盾まで持っているフレイオージュだけが浮いている。
「つーわけで、とりあえず荷物を全部見せてくれる?」
「……?」
要求の意味がよくわからなかった――が、必要な要求なのだろうと考えてフレイオージュは背嚢を下ろした。
五日分の日用品などを、最小限に抑えて持ってきた。
携帯用の小さな調理器具にほんの少しの調味料。
下着数点とタオル数枚。
保存食。
ロープ等の必須道具類と、薬草類。
灯りや飲み水などは魔法で賄えるので、ランプなどの照明器具と水筒はない。
「――あのさぁ」
言われるまま床に並べた道具類を見て、軽薄な男の気配が低く、そして暗く変わった。
つかつかと歩み寄ってくると――フレイオージュの私物を横に蹴り捨てた。
「士官学校二年目だぜ? いつまで学生気分なんだ?」
蹴り散らかされた荷物を見る。
三日掛けて厳選し、用意したものたち。
妹と初めて一緒に出掛けて買い物をしたものだ。
ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「その装備も新調したんだよなぁ? おいおい、そういう甘ったるい学生気分は一年目の終わりで捨てて――ごぶぅ!!!」
ドゴッ、と。
調子よくさえずる軽薄な男の顔面に、フレイオージュの拳が見事に入った。
かなり鋭く強烈なのが入っただけに、男は避けることもできず倒れた。
「……な、なんだてめぇ! 現役魔法騎士にやりやがったな!」
「……」
吠える男に、フレイオージュはびしっと、右手の人差し指と中指を立てて見せた。
余談だが、有名な芝居に「俺がこうしたら葉巻だろうが!」という一幕があるポーズとまったく一緒だが、今は関係ない。
たとえ葉巻の代わりに、フレイオージュの指の間に妖精のおっさんが止まったとしてもだ。こっち見るな。遊んでいるわけじゃない。
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