173 / 405
172.夏から秋の終わりにかけて
しおりを挟む――ウィングロードと出会ったのはいつですか?
「小学部二年生の時だ。家族旅行でヴァンドルージュに行った時に見た。その時はただすごく速い単船レースだとしか思わなかったけどな」
――では、その単船は探して買い求めたものではないと?
「ああ。がらくた屋の片隅でひっくり返ってるこいつを見つけたのはたまたまだ。
どういう経緯であそこにあったのかは知らないが、本来なら絶対にアルトワールにはない物だ。そう思ったら居ても経っても居られず、すぐに金策に走ったぜ。それ以来掛かりっきりだ」
――数年を掛けて競技用単船をここまで直したシャールだが、最後の壁にぶつかる。
「くそっ! なんで動かねえんだ……!」
――部品は揃った。修理は完了した。しかし動かない。
――独学で単船のことを学んできた彼には、何が悪いのか、どこに不具合があるのか、原因がわからなかった。
――そんな時も、思いも寄らない人物が、彼の助けとなったのだった。 続く――
「続いたわね」
「そうね」
一学期をつつがなく過ごし、夏休みを直前に迎えた今日。
「ウィングロードを夢見て」なる番組が放送された。
例のシャールの単船の話である。
私の案は採用されたようで、日を追って撮影したものをまとめて編集した、日記のような番組が無事放送された。
日付を入れたり、語り部を入れたりと、なかなか試作っぽい仕上がりだったが、悪くない。
一から十まで作られた番組ではなく、特別なことはしないただの人に寄り沿った番組という感じだろうか。うまく表現できないが。
「面白い構成を考えたわね、準放送局」
今夜も遊びに来ているレリアレッドは感心している。宿題をしている私の目の前で。
「準放送局は撮影用の魔石は短時間用しか使えないものね」
そう。だから撮影できる番組はやや限られてしまう。
予算の都合である。長時間用の魔石は高価なのだ。もちろん短時間用の魔石だって安くはないが。
「でも数日数回に分けて撮影したものを編集して一つの番組にするなんて、欠点を逆手に取ったやり方だわ。なんていうか、物語ともインタビューとも言えない、不思議な作り方だった。興味深いわ」
そうだな。私もそう思う。
元は私が出したネタだが、うまいこと形にしたのは準放送局である。こうして放送にこぎつけたられたことからも、王都放送局も評価していることだろう。
……それにしても、「続く」か。
私はこの後の展開を普通にこの目で見ているので、引っ張られても期待はそんなにない。
そもそも、試行を行う際にセドーニ商会の敷地を使ったから、マルジュ・セドーニに紹介がてら、私も初めてシャールが競技用単船で飛ぶ撮影に同行したのである。
「どうなるのかしらね。シャールの単船」
しかし、知らない人には、充分「続く」先が気になる内容であったようだ。――放送まで秘密にするよう言われているので、私は言えないが。
――この後、どこかで見たような陽気な元空賊のキャプテンが飛行船技師として現れ、最後の仕上げをして無事飛ぶのである。
恐らく、夏休みに入る前には、続きが観られることだろう。そしてセドーニ商会もそのタイミングでウィングロード用品を扱い出す。
きっとこれから少しずつ、このアルトワールにウィングロードが浸透していくに違いない。
あとは、王国武闘大会までにどれだけ広められるか、だ。
今年……というか異様に繁盛しているこの時期に軌道に乗らなかったら、魔法映像のように、数年の停滞期が訪れたりするかもしれない。
それとなく、そっちも盛り上げていきたいものだ。兄もちょくちょく単船に乗りに行っているらしいし。楽しそうで何よりである。
「ねえニア、夏休みの予定はどうなってる?」
「今年は余裕があるわね」
去年は出稼ぎの旅に出たので、色々と慌ただしかったが。
今年は、普通にリストン領の撮影スケジュールが忙しいくらいで、特に変わった仕事は入っていない。
今年もヒルデトーラが大漁祭りに乗り込むという企画はあるらしいが、どうも私じゃなくて兄を呼びたいようなので、そっちの出番もなさそうだ。
私はこの企画はずっと気になっているのだが、時々兄が番組に出るのはリストン領のためになると思うので、ここは譲るしかないだろう。いやー残念。よくよく考えたらあんな最初から最後まで放送事故スレスレの撮影なんて参加したくなかったしな。いやあ残念だなぁ。
「私のところは、王都に出てきて、武闘大会の参加者のインタビューばかりするみたい」
ああ、そう。
「大変そうね。すでに参加希望者が二百人超えたって聞いたわ」
王国武闘大会フィーバーは終わっていない。
今も続々と諸外国から腕自慢と観光客がやってきていて、とんでもない経済効果が出ている。
盛り上がりは落ち着いてくるかと思っていたが、あまり衰えた気がしない。むしろあと半年を切った辺りからは、更に少しずつ加熱している気がする。
ただでさえすごいのに、まだ熱が上昇しようというのか。大会へ向けた皆の期待値は高い。
特に、気が逸ってやってきた腕自慢たちは、基本的に大会当日までやることがないので、裏の連中が誘導する闘技場のような場所で密かに戦って腕を磨きつつ、金を稼いでいるらしい。
今頃は、闇闘技場も賑わっているかもしれない。
――まあ、私が見たところ、弟子たちの相手になりそうな者は皆無だが。
「うちの侍女の見立てでは、やっぱり参加者の誰よりもリーノが強そうって言ってたよ」
ほう。レリアレッドの侍女と言えば、あの背の高い女か。それなりにできるとは思ったが、見る目もあるか。
「今頃どこで何やってるんだろう。またうちの番組に出てくれないかなぁ」
――冒険家リーノなら、今ここでしれっと私の後ろに控えているけど。
密かに危惧していたリノキスの個人的な感情によるレリアレッド嫌いだが、うまいこと覆い隠して、優秀かつ優等生の冒険家として接したそうだ。
その結果、レリアレッドにも、シルヴァー領の撮影班にも、気に入られたようだ。
「あ、そういえば」
と、レリアレッドは「これは噂なんだけど」と前置きして、こんなことを言った。
「赤剣のベッカーって知ってる?」
「ええ、名前だけは」
有名な冒険家だ。優秀で腕が立つと聞いている。まあどうせ程度は知れているだろうが。
「そのベッカーがね、参加登録した次の日には、逃げるようにアルトワールから出ていったんだって」
ほう。
「急用でも入ったの? それとも当日まで時間があるから出直すって感じ?」
「いや、それがね。噂によると、どこかの酒場のマスターにボッコボコにされて、その直後にこの国から出ていったんだって。だから逃げたんじゃないかって」
へえ。酒場のマスターにね。
「酒場の揉め事なんて珍しくないでしょ。でもなんか、最近この手の噂はよく聞くのよね。腕が立つって評判の冒険家や武闘家が、酒場のマスターや従業員にケンカで負けた、って噂。
知っている限りで八件もあるの。件数が多いからあながち嘘じゃなさそうなのよね」
……へえ。八件もね。
「本当ならぜひ取材してみたいんだけど、どこの酒場かまではわからないのよ」
そう。
「面白い噂話ね」
たぶん路地裏にある鼠の名前が入った安酒場だと思うけど、育ちのいいレリアレッドは行かなくていい店である。
加熱していく王国武闘大会への期待度。
人が増えればいざこざも増え、揉め事も起こるものである。
だが、非常に大きな経済的恩恵と、アルトワール独自の文化を他国へ知らしめる高い普及効果は、それらを補って余りあるほどのものであった。
そして、それらに便乗してウィングロードの知名度も上がり、週に一回くらいはどこのチャンネルでも取り上げるほど、無視できない人気が出てきていた。無事軌道に乗ったと言えるだろう。
そんなこんなで日々は飛ぶように過ぎてゆき、いよいよ王国武闘大会の予選会が始まろうとしていた。
21
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。
とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。
…‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。
「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」
これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め)
小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
けろ
ファンタジー
【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる