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212.繋がった話
しおりを挟む「――あ、ニアさん!」
おお、いたいた。
商業組合に顔を出すと、受付嬢のリプレが、対応していた客を放り出してカウンターから出てきた。
「あの、侍女さんと子供たちが、国の方のお迎えで……!」
「わかってる。それでよかったの」
――私が逮捕された後、リプレの家に匿われていたリノキスと子供たちを、アカシが引き取った話である。
例の夜襲騒動やらなんやらで、リプレ自身もマーベリアに思うことがあったようで、その迎えが本当に正当なものだったのかどうか、不安だったようだ。
また私に不都合な何かが起こるんじゃないか。
陰謀に利用するために連れて行かれるのではないか、と。
外国人を相手に心配してくれて、ありがたいやら嬉しいやら。まだ付き合いも浅いのに、なかなか世話になっている気がする。
「そ、そうですか……私が不在の時に迎えに来て、家族が引き渡したと聞いていまして……ちゃんとした身分証を見せてもらったとは言っていたんですが、でも、その……」
「わかってる。わかってるから。それ以上言わなくていいから」
――でも、マーベリアは信用できないから。
……などと、人の多い、それも噂話さえ情報として扱う商人がたくさんいる場所で言うものではない。
「あなたにはお世話になったわね。今度ちゃんとお礼をさせて。――それで、組合長はいる?」
リプレの顔を見に来たのもあるが、今日は金を受け取りにきた。
そして、次に住む屋敷を探しに来たのだ。
機士たちの凱旋から、翌日。
学校の帰りである。
まだまだ国中が浮かれている状態だが、こんな時こそ商人たちは商魂が騒ぐようで、虫の素材や、大量に入ってきた虫の魔石などを巡って金勘定を始めている。
そんな中、虫退治の功績を機士たちに押し付けただけに、そんなものとは他人事で済ませたい私は、もう日常の中にいる。
早いところ生活を安定させるべく、今日は住む場所を決めにきたのだ。
「――ニア・リストン様! よ、ようこそお越しくださいました!」
お?
前に見た時はそれなりに落ち着きと貫禄があったはずだが……組合長ガッダムは両膝を折って私と同じ目線となり、満面の笑顔を浮かべる。
何この態度。
ちょっと、いや、だいぶ不気味なんだが。
「さあさあ奥へ! 奥へずずいと! 誰かお茶を! それとニッテを! 二番通りのあの店のを買ってきてくれ! ああリプレも来てくれ!」
お、おう。
すごい勢いで奥へと誘われる。
裏があるとか表しかないとかそういうことではなく、なんというか、勢いで腹を出して降伏した犬のような態度にしか見えない。
なんだ。こいつ何かあったのか。
…………
あったんだろうな。
十八億を預けたあの部屋に通され、同じように対面に座る。
今度は周りにリプレ以外の職員はおらず、非常に落ち着いた雰囲気だ。
「……して、今日はどのようなご用件で……?」
「お金を受け取りにきたの。二億くらい」
「はっ、畏まりました! すぐに用意いたします!」
お茶と、マーベリア名物のクリーム菓子ニッテを運んできた職員に、ガッダムは二億クラムを用意するよう告げる。
そんな彼の不自然さを、じっと見つめる。
「……な、なんですかな?」
ニコニコしているが、ビクビクしているようにも見える。
「何があったの?」
「はい!?」
いや。うん。反応が一々誤魔化しきれてないから。
「絶対何かあったでしょ。私絡みで」
そう指摘すると、リプレも頷く。
一応組合側の人間である彼女でさえ、ガッダムのこの態度には不審なものを感じているらしい。
よっぽど普段と違いすぎるのだろう。
「…………いやあ、そのう」
ガッダムは、額にじんわり滲み出てくる汗をハンカチで拭き拭き、恐る恐る言葉を発する。
「……ニア・リストン様は、不忍の家系と、お知り合いなのでしょう?」
しのばず?
「アカシ? なら昨日は同じ屋敷で過ごしたけど」
さすがにシィルレーンは王城に帰したが、アカシは泊まっていったぞ。元々彼女の関係者の屋敷だからな、あそこは。
「……つまり、大変に仲がおよろしい?」
「悪くはないわね」
どちらかと言うと、コネとしてはシィルレーンの方が強い気がするが。
「ええ、あの、……ここだけの話にしてもらえますか?」
頷くと、ガッダムは青い顔で話し出した。
「不忍の家系は、密偵の家系だということはご存じで?」
「ええ」
「ああ、ああ、ならば間違いは……!」
ガッダムは沈痛な面持ちで空を仰いだ。
「――今、不忍が総力を挙げて、ニア・リストン様に関わった者全ての調査に入っておりまして。
憲兵の半数以上が解雇ないし減俸、謹慎処分、あるいは投獄されたりと、これまでに類を見ないほどの処分の嵐が吹き荒れておりまして……」
ほう。処分の嵐。
じゃあ、私たちの荷物も返ってくる可能性があるのか。
やるじゃないか、アカシ。
――じゃあつまりなんだ、そういうことか。
「あなた、何かしたの?」
真っ当にやっていれば、ここまで動揺はしないだろう。
「…………怒らない?」
おい。大の大人が上目遣いで子供みたいことを言うな。リプレも引いてるじゃないか。
「聞かないと判断できないわ。でもその様子だと、なんかやったんでしょ? 話そうが話すまいが確実に処分があるんじゃない?」
「そ、そうですね……では、その……」
ガッダムは、ポケットに折り曲げて入れて持っていた書類を、私の目の前に広げた。
見覚えのある書類である。
何せ私の血判が押してあるから。
ははあ、なるほどね。
「不当要求?」
あの日の夜襲で半壊した屋敷や、その周辺の修繕費として、一億クラムを要求されたあれだ。
「――申し訳ありません!」
椅子から飛び降りると、ガッダムは床に額を着けて謝罪した。
「いえっ、違うのです! 私はお金が欲しかったわけではないのです! これはダージョル・サフィーに頼まれたのです!」
ほう?
なんだか意外な名前が飛び出したな?
「一から話しなさい。何がどうなってるの?」
ダージョル・サフィーと言えば、私が潰した裏社会のボスじゃないか。今頃どこで何を……普通にアカシの仲間が捕まえてるかもな。
「…………許してくれる?」
床すれすれの下から見上げるその顔が非常に腹が立つのだが。さっさと話せ馬鹿者め。
ガッダムの話を聞いて、ちょっと納得が行ってしまった。
そうか、そうか。
だからダージョルは……そうか。そういうことか。
「繋がったわ。そう、ちょっと不思議だったのよね」
どうしてダージョルは、私にちょっかいを出してきたのか。
出し続けてきたのか。
その挙句が、あの夜襲である。
「ダージョルはあの屋敷を狙っていたのね」
話は、私たちがマーベリアにやってきた時に遡る……が、まあ長々語るほどの話じゃないか。
私があの屋敷を借りる前から居座っていた無宿者たちは、ダージョルの指示であそこに住んでいたそうだ。
屋敷や土地の価値を下げようとしていたのだ。
厄介者が巣食い、なかなか借り手のいない屋敷だから、もういっそ賃貸ではなく安くで譲れと。屋敷の持ち主にそういう交渉をしていたそうだ。
そして相場よりはるかに安くダージョルが買い取り、まあ住むなり高く売るなりしようと画策していたと。
「地上げの逆ね」
そう言うと、リプレが補足した。
「地下げの一種ですね」
地下げ。そういうのが本当にあるのか。
「そんな交渉中に、私が借りて住んでしまった。居座っていた連中を追い出して、綺麗にして、普通に住みだした。
そうなると屋敷の持ち主の気持ちは変わる。交渉は難航する。
だからダージョルは、私たちを追い出そうとしていたわけね」
しかし、追い出そうとチンピラやゴロツキを差し向けても、誰も帰って来ない。それらはあの屋敷の地下に私が監禁していたから。
ダージョルからしたら、もう引くに引けなかったのだろう。
裏社会ではナメられたら終わりだから。
最初は、ちょっと脅して追い出すだけのつもりだったのかもしれない。
だがそれができないまま、手勢がどんどん減って、最終的には子飼いにしている憲兵に相談したのだろう。
百人もの人が一ヵ月掛けていなくなるのだ、普通ならもっと早く憲兵は動いていたはずだ。
しかしそれをダージョルが抑えていたわけだ。
いよいよ手勢が減り過ぎて不便が増えてきたのだろうダージョルは憲兵を動かし、そして憲兵が私に会いに来た。
屋敷の周辺で人が消えているが知らないか、と。
――そしてあの夜襲に繋がるわけだ。
百人ものダージョルの部下を監禁していた私を、そのままにしてはおけなかったのだろう。
向こうからちょっかいを出して来ていたことだが、私がやっていることはサフィー・ファミリーにケンカを売るような行為だったから。
だからあの日の夜、本気で殺しにきたのだ。
まあ、あれだ。
知ったこっちゃない話だな。
「それで、どうしてあなたがその不当要求を?」
ダージョルの動きはわかった。
なぜ夜襲があったのかも理解した。
で、ガッダムはどうしたのだ。
「ダージョルに頼まれました。できる範囲でいいから追い込んでほしいと」
…………
で、その直後、私はダージョルを締め上げに行ったと。
「自分の首を絞めたわね」
私はむしろ、この請求書を見て、ダージョルと話を付けることを決めたのだが。
指示を出したのは、夜襲失敗を知った後のことだろうから、暴力ではもう無理だから今度は法に訴えようとしたのだろう。
……なるほどね。物事には理由があるものだな。
「…………あの、許してくれる?」
許すか馬鹿者!!
……と言いたいところだが、こいつは使えるかもしれん。
「リプレ、この人ってどんな人? 悪い人?」
聞いてみると、即座に「悪い人ではないと思う」と返ってきた。
「普段の仕事ぶりも真面目ですし、正直こんな姿初めて見ましたし……」
「この不当要求を見ても同じ意見?」
「……サフィー・ファミリーと揉めたら、どうしても商業全体に影響が出ますから。憲兵の一部もサフィー・ファミリーの味方でしたし、それに関しては断れない要求だったの、かも……と」
ふうん……
「本当に?」
「だってこれ、さすがに無茶苦茶な要求だってニアさんも思ったでしょう? 額も額だし。おかしいじゃないですか」
……あ、そういうことか。
本当に金を要求するつもりだったのなら、もっとリアリティーのある書面と額を要求する、か。
確かにこれはわざとらしいものな。
「やらざるを得なかった、か」
――まあいいだろう。
まだ留学は始まったばかりである。
この先まだまだ商業組合とは付き合うことになるし、他に頼みたいこともある。この分なら、ガッダムはもう「外国人だから」と私を軽視することはないだろうしな。
アカシに言って処分させるのは簡単だが、こいつは生かしておいた方が、私の得になるだろう。
商業組合を味方に付けられるなら。
それに、私たちの恩人でもあるリプレが庇うなら、今回はそれでいい。
「――組合長」
まだ床にいるガッダムの前で血判付きの証文を破り捨て、私は要求した。
「新しい屋敷を借りたいの。用意してくれる?」
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