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297.空賊列島潜入作戦 本体 9
しおりを挟む「――すいませんね。こんな扱いしてしまって」
「――ガウィン殿。事前のお話通りでしたので、お気になさらず。フィリアリオ様も特に気にしておりませんので」
傍でそんな会話をする陸軍総大将ガウィンと聖騎士ライジ二人の視線に気づき、フィリアリオは目隠しの下で朗らかに笑った。
「――正直ちょっとドキドキします。よもや拘束され目隠しされ鎖で引き回されるだなんて、初めてなので。しかもその姿をたくさんの人に見られるのでしょう?」
傅かれる。
跪かれる。
好意を持って接せられる。
若手時代の苦労は染みついているものの、下積みの甲斐あって聖女となってから十数年ほどは、そんな扱いしか受けて来なかったのでかなり新鮮だった。
すでにその形はできている。
服こそ聖女の正装にして修行服とも言われる飾り気のない純白のワンピースだが、後ろ手に縛られ、目隠しをされ、今フレッサに首輪をはめられそうになっている聖女は、見た目だけは完全に奴隷扱いである。
「でも見えないと怖いでしょう?」
目隠しは、奴隷扱いを強調する意味もあるが、フィリアリオの素顔を見せないための処置でもある。
話が巡り巡って「奴隷扱いされていた聖女」などと言われないように、人物を特定させる要素を減らすためである。
フィリアリオはもうすぐ聖女を引退するそうではあるが、彼女個人だけではなく、聖王国アスターニャへの外聞も悪くなる可能性があるので、そのための処置である。
「いいえ? 聖女修行には心眼修得もありますので。狭い範囲に限られるけれど、ある程度は把握できますから」
心眼。
意外と武闘派である事実といい――これまでアスターニャの聖女と接する機会がなかった者が多いだけに、しばらく一緒に過ごした「本物の聖女の言動」には、いささか戸惑うものが多かった。
なんというか、字面が持つ印象をかなぐり捨てるかのような……聖女とは割と肉体派なのかもしれない。あるいは体力勝負の肉体労働者なのかもしれない。
「首輪、大丈夫ですか? ちょっと強めに引っ張ることもあるかもしれませんけど……」
「すべてフレッサにお任せするわ。聖女修行で耐えることには慣れているから」
若干聖女育成の闇を感じつつ――そんなこんなで、いよいよ空賊列島に上陸する時が迫っていた。
「ではお歴々、最終的な確認をします」
聖女の拘束が完成したのを見て、全船員が甲板上に集まる中。
キャプテン・リーノが最後の、あるいはこれからが本番なので最初の確認作業をする。
「まずは『玄関の島』と言われる、新興空賊団が唯一船を停められる島に上陸します。上陸するのは、私、アンゼル、ガンドルフ、フレッサ、そして聖女様の五名です。残りの方は船に待機し、警備に勤めてください」
この時点で真っ先に警戒すべきことは、飛行船を失うことだ。
たとえば、先行しているリリーが、打ち合わせに反して赤島以外で暴れていた場合。
リリーの暴れ方次第では周囲に敵を作りまくっている可能性がある。そんな状況であれば、有無を言わさず一斉に船を攻撃されるかもしれない。
これは避けたい。
というのも、船には軍人ではあるが整備兵も乗っているからだ。彼らは戦えない。あと非公式ではあるが、アルトワールの王女まで乗っているのだ。何かあったら国際問題だ。
なので、いざという時は、リーノたちを見捨てて逃げる手筈となっている――ここで降りる者たちは戦闘員だけだ、最悪島に残されても返り討ちできる。
彼らなら、聖女を守りながら島に残っても平気だ。
聖女は空賊団雪毒鈴蘭の実績として、一応お披露目をしておかねばならないので連れて行かねばならない。
まだ四国の使い、四国による空賊列島制圧作戦が行われていることを、知られるわけにはいかない。
だから嘘偽りなく空賊であることを強調する必要があるのだ。
船の守りに関しては、聖騎士ライジとウーハイトンのウェイバァ・シェンが残ることになっている。この二人も戦力としては充分強い。
「軽く空賊列島の情報を得た後、それからすぐに赤島に移動しますので、いつでも船を出せるよう準備だけはしておいてください」
予定では、リリーはすでに赤島――暴走王フラジャイルという四空王が一角を落とし、赤島を制圧しているはずだ。
その辺の事実確認をして、雪毒鈴蘭本体も赤島に移動し、リリーと合流する。
というか、赤島が制圧されているなら、そこは便宜上はすでに雪毒鈴蘭の支配地となっているので、そう不自然な移動ではないだろう。
空賊社会は実力社会。
予定通りなら、すでに暴走王フラジャイルを蹴落とし、その椅子に座っていることになるのだ。
そして実力だけに限れば、リリーが失敗する可能性はない。
フラジャイルが不在だとか、なぜかほかの島で暴れているとかじゃない限りは。
「赤島に移動したら、ようやく一息つけます。長い船上生活でお疲れの方もいらっしゃるでしょう。あとひと踏ん張りです。
それでは皆さん、これからが本番ですが――よろしくお願いします!」
「「はっ!」」
こうして、空賊団雪毒鈴蘭は空賊列島に上陸するのだった。
「――私がキャプテン・リーノだ! 命が惜しくない奴はいつでもケンカを売ってこい! 火海蛇のエサにしてやる!」
と、勇ましくリーノを先頭とした戦闘員と聖女が上陸していくのを、甲板に残る者たちは周囲を警戒しつつ見守っていた。
いや、正確には――
「ガウィン殿、アレに関しては話さないのですか?」
並んで見ているライジが、ガウィンに問う。――ちなみに二人の装いは軍服でも鎧でもなく、薄汚れた空賊仕様である。
「あれ?」
「とぼけることはないでしょう。一年……いえ、二年前ですか? アルトワールの魔法映像をヴァンドルージュが導入したことは有名な話ですよ」
「ああ、そうか……知ってるのか。まあそのなんだ、記録用としてね」
空軍から借りてきた数名の整備兵には、飛行船の整備に加えて撮影も任せている。
今回の作戦に当たり、魔法映像のカメラの使用方法も学んでもらったのだ。
その証拠に、今現在、用もないのに木箱を抱えている整備兵や、不自然に木材を担いでいる整備兵がいる。
「玄関の島」を撮影しているのだ。擬態を施してカメラを向けているのである。
もちろん放送用ではなく、記録用だ。
空賊列島で起こることを撮影し、後々の役に立たせるためだ。もちろん役に立たない可能性もあるが。それでも貴重な記録映像となるだろう。
「――今魔法映像の話を? あの不自然な感じってやっぱり撮影中?」
と、ひっそり背後から寄ってきて話しかけてきたのは、聖女の侍女として乗り込んできたアルトワール第二王女アーシアセムである。
「アルトワールも撮影班を同行させることを検討したんだけど、人手も機材も足りなくてね。間に合わなかったの」
今アルトワールは、空前の魔法映像ブームが来ている。
かつては王都放送局、リストン放送局、シルヴァー放送局の三つの団体で番組を作り放送していたが、今では更に二局増えた。
その結果、多種多様な新しい番組が日々作られ放送されているが――特に伸びているのが文化方面だろう。
絵画や演奏、演劇といった、庶民が親しむには少しだけ贅沢なものが人気を博し、少なからずスターが誕生しつつある。
そして、恐らく今後一年の内に、アルトワールとヴァンドルージュを繋ぐ中継塔が建てられる。
異国の放送ではあるが、それでまた放送局が増えることになるのだ。
この「繋がり」は周辺国にも影響を及ぼすだろう。
いずれは魔法映像が導入されていない国がなくなるほどに、世界に伝播し、繋がっていくに違いない。
ついでに言うと、営業担当の第二王子ヒエロの話では、機兵王国マーベリアの手応えが異常にいいらしい。あの国も近く導入を決定することだろう。
今現在でも発展著しいが――
いずれ大波が来る、と。
アルトワールの上層部では、現状を大きく上回る魔法映像業界の爆発的な大ブームが来ると睨んでいる。
だが今は、今の大きな変化にさえついて行けず、てんやわんやである。
だから今回の君賊列島行きの撮影班を確保できなかった。できたところで機材を扱える者は非戦闘員なので、安全面からも無理に推し進めることはできなかった。
ゆえに、丁度いい。
「ヴァンドルージュの映像、四国で共有しましょうよ?」
「……え?」
この王女、何を言い出した――ガウィンは返答に迷った。
相手が王族でなければ笑って誤魔化していくらでも切り抜けられたと思うが、仮にも王族にこうも率直に要求されては……
「ああ、それはいい考えですね。共有しましょうよ?」
「…………」
迷ったのが運の尽きだったのだろう。
わずかでも隙を見せたばかりに、アスターニャにまで追い打ちを掛けられてしまった。
チラリと見れば、ウーハイトン台国のリントン・オーロンと目が合い、にっこり微笑まれた。聞いていたようだ。
計らずとも成立した四国合同作戦。
どこの国の立場が上、ということもないが……カメラを持ち込んでいることを話さないことで思わぬ利を得ようとしていたヴァンドルージュの謀は見抜かれ、足並みを揃えろと言われれば。
「……俺の一存で返事はできないから、一応上に聞いてからってことで」
ガウィンはやれやれと首を振るのだった。
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