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306.空賊列島潜入作戦 合流後 6
しおりを挟む空賊列島制圧作戦決行は、三日後。
それまでにやることはかなり多いが――手札は全部揃っているとガウィンは考える。
三日後。
準備に掛ける時間はかなり短い。
事ここに至って最大の不安と懸念は、雪毒鈴蘭の目的を空賊たちに悟られることである。
もう白猫王バンディットを下したことも、青剣王レイソンと対面したことも知られているだろう。
レイソンのことはまだ不透明だが、バンディットが負けたのは事実。
空賊列島を支配する四空王の二つが落ちた今、ここから先の動向に空賊たちは注目している。
そんな状況だけに、あまり時間を掛けてしまうと、不穏な動きを察知されてしまう。
ゆえに、早めの作戦決行を決めた。
空賊を逃がすのもアレだが、それより何より空賊が予想外の動きを見せて奴隷たちに被害が出てしまうかもしれない。これだけは避けたい。
表向きは通常通りだが、裏では着実かつ急ピッチで準備が進められている。
「――ふうん。なるほどな」
昨日に続いて今日もやってきた白猫王バンディットこと本名アニアニに、ガウィンは三日後の作戦のことを説明する。
二人は今、港にいる。
バンディットが船を着けて降りてきて、すぐその場で話をしている。
そんな二人の視線の彼方には、空賊列島最大の大きさを誇る「玄関の島」がある。
あの島は本当に玄関だ。
ほぼ全方位の島の淵に桟橋があり、どの方向からやってきた空賊船でも受けれられるようできている。
島を囲む大小様々な空賊船の数は、ざっと見ただけでも千隻はあるかもしれない。
「空賊列島制圧が目的、か……新入りにしては強すぎるはずである。むしろ空賊じゃないと言われた方が合点がいくというものだ」
昨日、もうこれ以上ないというくらい圧倒的に負けたバンディットである。仲間の船員さえ負けを認め、負けたキャプテンに慰めの言葉もなかったくらいだ。
「やっぱり空賊列島を失うのは嫌かい?」
「いや。少なくとも吾輩は実力で負けた。言い訳できないほど完膚なきまでにな。相手が空賊であろうがどこぞの軍属であろうが、負けた事実は変わらない。
吾輩らの目的に反しない限りは従うぞ。もし反したら命を賭してでも反抗するがな」
「目的というと、獣人の奴隷の解放?」
「ああ。制圧でもなんでも好きにすればいい。ここは強者の楽園である、文句がある奴は実力で対抗すればいいのだ。だから強者たる貴様らが好きにすればいい。――吾輩らの目的は獣人奴隷の保護と解放だ、それさえ聞き入れてくれれば問題ない」
バンディットが周囲を見る。
周りでは、荷運びに忙しい奴隷たちが慌ただしく動き回っている。
「奴隷の扱いも悪くないようだしな。吾輩は貴様らを信じる。……で、制圧後はどうなる?」
「ここは周辺国の制圧地になるね。つまり奴隷は解放される。この辺では奴隷は認められていないから。もちろん帰る場所がある者は国のメンツに賭けて帰すつもりだよ。獣人もね」
「事が終わったら獣人奴隷を連れて行って構わんか?」
「希望する者だけならね。このままここに住みたいって者もいるかもしれないし」
「うむ。わかった。……して、最後に確認するが……吾輩らは三日後、合図に合わせて逃げればよいのだな?」
「ああ」
制圧後、この群島は国の物になる。だから当然、空賊の居場所はなくなる。
逃げるタイミングはそこだけだ。
軍人としては、バンディットも含めて空賊を見逃す手はないのだが――それより任務を優先しなければならない。
列島の制圧を優先する。
要するに、この際相手にしなくていい相手はさっさと放流する、ということだ。
――怖いのは空中戦だ。肉弾戦ならどうとでもなりそうだが、島でも船でも、多くの空賊船から集中砲火を浴びたらさすがにまずい。
その危険を減らすためにも、ぜひ砲弾の届かないところまで逃げてほしい、というのが本音である。
「こほん。あー。ところでだな」
「ん?」
「『狂乱』は、いないのか?」
「あ、リリー? あの子なら今は別の場所にいるよ」
「そうか。……そうか。……なあ、あの子吾輩にくれないか? 絶対に幸せにするから」
「んん? どういう意味で言っているのかわかんないけど、本人的にも周囲的にも無理だと思うよ。というか俺以外に言わない方がいいよ。君たぶん殺されるよ」
「……そうか。あれほどの逸材なら当然か……ぜひ白猫族に迎えたかったが……」
重い溜息を吐くバンディット。
「迎えたらどうするつもり?」とガウィンが軽い気持ちで問うと、彼女はかつての四空王の威厳と威光を放つように、ニタリと凄味を感じさせる笑みを浮かべた。
「白猫族による獣王大国統一! しかる後に世界に名を馳せる空賊団となる! 誰しもに白猫族こそ空の覇者に相応しいと言わせてやろうぞ!」
「ああそう」
そりゃますます渡せないな、とガウィンは思った。――恐らくバンディットは本気で言っているから。
その頃ニア・リストンは、最近はいつも通りの活動を行っていた。
「――何度見ても……」
「――あの人、本当に聖女じゃないんですよね?」
「――大スターではあるけどね……」
部屋の半分をベッドが占めるという、安い娼館のおかしな執務室で。
基本見ていることしかできない聖騎士ライジと侍女二人は、目の前で行われる特異すぎるその治療に、未だ慣れることができない。
本当に、何度見てもすごい。
何度も何度も見ているが、何度見てもすごい。
「――指がなくなったのね。ちょっと痛いけど我慢できる? できない? 大丈夫大丈夫、これが終わったらチーズを乗せたパンと肉入りスープが待ってるから」
「目を瞑って五秒我慢しましょう。あっと言う間に終わるからね」
椅子に座る、六歳くらいの小さな子供に優しく語り掛ける膝立ちのニアと、目隠しの聖女。そして布を掛けた桶を持って構えている手伝いのアシール。
一昨日から、奴隷の治療は主にこの三人が担当している。
薬指と小指のない子供の右手首を取っているニアは、――子供が意を決して目を瞑った瞬間、左手で半ばで失っている指の根元を掴んで切り落とした。
掴んで、切れる。
おかしな現象だが、間違っていない。
掴んでいるだけに見えるのに、綺麗に切れるのだ。
よく見ると、鋭利な刃物で裁断したかのように指の断面が見えるくらいで、それから血が滲んでくる。
出血の少ない傷口としても、「掴んで切り落とす」という不可解な原理もよくわからない。
何度も繰り返してきたその行動に合わせて、アシールが桶に掛けていた布を取り……今日ここまでに切り落としたそれらの中に、びしゃっ、と素早く投げ捨てる。血だまりと肉の山にはすぐに布が掛けられた。
その間に、聖女の神聖魔法が始まり――外と中から失われた指が再生していく。
「はい、おしまい」
「ちゃんと我慢できましたね。偉いわよ」
五秒も掛からず治療は終わった。
陽に焼けた元の肌と再生した指では皮膚の色が若干違うが、一週間もすれば馴染む。
理不尽なことで失った物を取り戻せたことに驚いている子供の頭を撫でる聖女は、「彼女に付いていくといいわ」と、通路近くで待っているルイザに子供を預ける。
子供は何度も振り返ってお礼を言いながら、食堂へ連れて行かれた。
「次は誰?」
――聖女の使用する神聖魔法は、外部からの治療である。
外傷は基本的に「外から塞ぐ」ことになる。病気や骨折などはまたちょっと治療法が違うのだが、裂傷などはそうだ。
だからこそ、欠損部位を「繋ぐ」ことはできるが、失った部分を再生はできない。
――そして、ニア・リストンが扱う謎の治療法。
ニア曰く「本人の治癒力を異常に高めているだけ」だそうで、だから内部から治っていくんだそうだ。
本人の再生力・生命力に作用しているらしく、だから失われた部分の再生も可能らしい。
ただ、非常に時間が掛かるらしいが。
この一長一短ある治療法を同時に使うことで、どちらの長所も兼ねた、まさに奇跡と呼ぶべき現象を起こし続けている。
これが、何度見てもすごいのだ。
「――顔の傷跡ね」
次の奴隷は、顔に大きな傷跡がある女性だ。品のある顔立ちや仕草から、訳ありの奴隷かもしれない。
神聖魔法では、完全に傷が塞がったものも治せない。
一度その形で成立してしまうと、たとえ皮膚を剥がして魔法を掛けても、元の形には戻らないのだ。
だが、これもニアの治療法では違う結果となる。
「目を瞑って――はい終わり」
やることは一緒である。
女性が目を瞑ると同時に、傷跡の皮膚にニアが触れる。
それだけで問題の部位を切り落とされる。
一瞬だけ傷口に添って皮膚が剥がされ――びしゃっと投げ捨て、二人掛かりで治療する。
「何日かすれば馴染むからね」
女性は鏡を見て、ひどい傷跡の代わりに色が違う新しい皮膚が張り付いているのを見て、悲鳴に似た声を上げた。
「ここであったことなど早々に忘れて、新しい人生を楽しむといいわ。さ、あちらへ。温かい食事が用意してありますよ」
奴隷の治療は、今日も終わることなく続く。
空賊列島制圧作戦決行は、三日後。
各々決行日に向けて準備は進められているが、ニアと聖女は、ギリギリまでここで治療を続ける予定である。
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