蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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78.掃除の時間

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「こういうの横暴って言うんだよ! 横暴だよ!」

 はいはい。

「寒いならアーレのところに行きなさい」

 ナナカナは、私に文句を言うよりは一刻も早く暖を取る方を優先したらしく、裸足のまま本家へ走っていった。

 フッ。
 勝った!

 十歳の女の子に勝って何を喜んでいるのかという疑問もあるが、割と本気で私では勝てない子なので、喜んでいいことにしておく。

 ……なんて感慨深く考えている場合じゃないか。

 やるか!

 ――梃子でも動かないナナカナを、寝具から抱えて表に放り出したところである。

 寒さで身体能力が落ちている今なら、私でも勝てる。
 というか、能力が落ちているのではなく、ナナカナが十歳相応の子供の能力しか発揮できなくなっているのではないか、という気もするが。

 まあとにかく、今の内だ。
 最近ずっとこもり切りのようになっていたので、まったく家の掃除ができていない。

 ナナカナを追い出したのは掃除のためである。
 もちろん空気の入れ替えという意味もある。ずっと締め切って熱を逃がさないようにしていたようだから。

 まずドアを開け放ち、ナナカナがついさっきまで包まっていた温かさをキープしている寝具……毛皮の掛け毛布と敷き毛布を回収して表に干し、手早く家の中を掃除する。
 女の子らしくキラキラした小物類や丸い石などが並べてあるが、その辺は触らないように気を付ける。

 一人用の狭い家なので、すぐに終わった。
 あとは、しばらく換気のためにドアを開けておこう。風を通すのだ。

 掛け毛布と敷き毛布は、この時期に洗うと数日は乾かないだろう。
 予備の寝具もあるが、もしもの時のためにいつでも使えるようにしておきたい。病気の子供を預かる可能性があるから。というかいっそ預かりたい子が何人かいるから。

 洗うのは避けて、埃を叩いて出して陽に当てるだけに留めよう。

 ――さあ、次は婆様の家だ。




「けしからん! おまえは本当にけしからん奴だ!」

「本当だよ! けしからん奴だよ!」

 二人の家の掃除と寝具の虫干しをして戻ると、案の定というか当然というか、激しく老婆と子供に文句を言われた。

 囲炉裏の傍でごろごろしながら。
 怒る時くらい起きて私を見るなり睨むなりしたらどうかね。

「まあまあ、そんなに怒るな」

 一人被害を受けていないアーレがのんびり言う。戦士らしさも族長らしさもない。だらーっとしている。当然ごろごろもしている。

「アーレ」

「なんだ婿殿」

「昼食が終わったらここも掃除するから」

「……あ? ふざけるなよ?」

「いや、本気だ。――睨んでも怒鳴っても殺気を出しても譲らないからな」

 そんな殺気を出しても怖くないからな。……いや怖い。夫に殺気を向けるのはよくないよ。

 春から秋の終わりまでは、二日に一回は拭き掃除と掃き掃除をしていたのだ。彼女の特等席である灰色狼の毛皮の敷物だって、洗うとなると大仕事でなかなかできなかったが、埃を叩いたり干したりはちょくちょくしていたのだ。

 それが、冬になってからは全然、まったく掃除ができていない。
 
 その、ただでさえ、その敷物の上で私と彼女で色々あるわけだから、できる限りは清潔さを保ちたいと思っている。

 ずっと気になっていて、さすがにもう見過ごせないと思ってしまった。

 この件に関しては、アーレの意見を聞く気はない。そう決めている。

 だから殺気を引っ込めてほしい。

「今日はいい天気だし、風も穏やかだ。さっさと掃除を済ませて空気を入れ替える。その間アーレはタタララのところにでも行くといい」

「嫌だ!」

 アーレがごろごろしながら叫んだ。

「我はここを動かない! ずっとここにいる! 掃除もさせない! 温かい空気も逃がさない!」

 なんかうだうだ言い出したな。

「タタララなんて知らない! 知らない人だ!」

 そんな言い方したらタタララがかわいそうだろう。
 彼女はあなたの相棒だろうが。

「わしはどこに行ったらいいんじゃ! 行き場のない老い先短い年寄りを追い出す気か!」

 婆様も言い出した。
 あなたは自分の家がちゃんと近所にあるじゃないか。骨でいっぱいの家が。

「おとうさんがいじめる……」

 なぜナナカナは今このタイミングで初めておとうさんと? いつも呼び捨てだろう?

「こんなこと、許されるものか……我が命を張って守ってきたものを全て奪うつもりか……」

 アーレがごろごろしながら泣き出した。

 今は泣くがいい。
 私は絶対に掃除をする。

「――あ、カテナ様」

 決意を新たにしていると、不意にドアが開いて外気が入っていた――と思えば、素早く白くて長いものが滑るようにやってきて囲炉裏のすぐ近くに陣取る。

 かの神の使いも、寒さに弱いようだ。

「フッフッフッ……」

「これは決まりじゃのう? あ?」

「罰が当たったんだよ、おとうさん。いやレイン」

 泣いていたはずのアーレが勝ち誇ったように嗤い、婆様が年季を感じさせる意地悪く憎たらしい笑みを浮かべ、ナナカナは言い直す必要がないところを言い直す。

 なんだろう。
 私がカテナ様の開けたドアを閉めている間に、何かあったのだろうか。

「なんだ? 何かあったか?」

「見ろ」

 と、アーレは必死になって手を伸ばして、カテナ様を掴むと手繰り寄せる。神の使いをロープか何かのように。

「今この家にはカテナ様がいる。おまえは何か? この偉大な神の使いを追い出してまで掃除をすると言うのか?」

 その偉大な神の使いを枕代わりにしている族長が目の前にいるんだが。カテナ様が全然気にしてないからいいようなものを。

「そんな無礼な真似はせんよなぁ? 白蛇エ・ラジャ族の者なら」

「カテナ様は絶対。神の使いは絶対」

 婆様とナナカナの声が続き、なるほどと納得する。

 そうか。この状況で掃除をするということは、彼女たちと一緒にカテナ様も追い出すということになるのか。

 うん、そうか。
 じゃあ、まあ、とりあえずだ。

「今日の昼食は何がいい?」

「昨日食べた肉」

「わしもあれがいい」

「任せるよ」

 昨日の肉か。肉というか、しゃぶしゃぶだな。

 囲炉裏に置いた鍋にスープを炊き、極薄に切り落とした牛肉を通してスパイスを振って食べる料理だ。合いそうなソースはまだできていないので少々残念だ。
 もちろん野菜も同じように食べてもらう。が、やはり肉が人気である。
 
 私としてはスープを作って具材を切るだけなので、非常に楽でいい。




 そして、昼食が終わり。








「正気か!? 正気かおまえは!? カテナ様まで追い出すとは何事だ!」

「かっ神をも恐れぬ愚行……! なんという非道な男じゃ!」

「おとうさんひどい」

 知りません。
 カテナ様はよそのおうちに行ってください。……言うまでもなくしゃーっと行ってしまったが。

「はいはい、しばらく解散。夕方には全部終わっているから」

 寄せ集まって震えながら騒ぐ女性たちを無視して、私は今日の仕事に入る。

 さあ、掃除の時間だ。



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