79 / 252
78.掃除の時間
「こういうの横暴って言うんだよ! 横暴だよ!」
はいはい。
「寒いならアーレのところに行きなさい」
ナナカナは、私に文句を言うよりは一刻も早く暖を取る方を優先したらしく、裸足のまま本家へ走っていった。
フッ。
勝った!
十歳の女の子に勝って何を喜んでいるのかという疑問もあるが、割と本気で私では勝てない子なので、喜んでいいことにしておく。
……なんて感慨深く考えている場合じゃないか。
やるか!
――梃子でも動かないナナカナを、寝具から抱えて表に放り出したところである。
寒さで身体能力が落ちている今なら、私でも勝てる。
というか、能力が落ちているのではなく、ナナカナが十歳相応の子供の能力しか発揮できなくなっているのではないか、という気もするが。
まあとにかく、今の内だ。
最近ずっとこもり切りのようになっていたので、まったく家の掃除ができていない。
ナナカナを追い出したのは掃除のためである。
もちろん空気の入れ替えという意味もある。ずっと締め切って熱を逃がさないようにしていたようだから。
まずドアを開け放ち、ナナカナがついさっきまで包まっていた温かさをキープしている寝具……毛皮の掛け毛布と敷き毛布を回収して表に干し、手早く家の中を掃除する。
女の子らしくキラキラした小物類や丸い石などが並べてあるが、その辺は触らないように気を付ける。
一人用の狭い家なので、すぐに終わった。
あとは、しばらく換気のためにドアを開けておこう。風を通すのだ。
掛け毛布と敷き毛布は、この時期に洗うと数日は乾かないだろう。
予備の寝具もあるが、もしもの時のためにいつでも使えるようにしておきたい。病気の子供を預かる可能性があるから。というかいっそ預かりたい子が何人かいるから。
洗うのは避けて、埃を叩いて出して陽に当てるだけに留めよう。
――さあ、次は婆様の家だ。
「けしからん! おまえは本当にけしからん奴だ!」
「本当だよ! けしからん奴だよ!」
二人の家の掃除と寝具の虫干しをして戻ると、案の定というか当然というか、激しく老婆と子供に文句を言われた。
囲炉裏の傍でごろごろしながら。
怒る時くらい起きて私を見るなり睨むなりしたらどうかね。
「まあまあ、そんなに怒るな」
一人被害を受けていないアーレがのんびり言う。戦士らしさも族長らしさもない。だらーっとしている。当然ごろごろもしている。
「アーレ」
「なんだ婿殿」
「昼食が終わったらここも掃除するから」
「……あ? ふざけるなよ?」
「いや、本気だ。――睨んでも怒鳴っても殺気を出しても譲らないからな」
そんな殺気を出しても怖くないからな。……いや怖い。夫に殺気を向けるのはよくないよ。
春から秋の終わりまでは、二日に一回は拭き掃除と掃き掃除をしていたのだ。彼女の特等席である灰色狼の毛皮の敷物だって、洗うとなると大仕事でなかなかできなかったが、埃を叩いたり干したりはちょくちょくしていたのだ。
それが、冬になってからは全然、まったく掃除ができていない。
その、ただでさえ、その敷物の上で私と彼女で色々あるわけだから、できる限りは清潔さを保ちたいと思っている。
ずっと気になっていて、さすがにもう見過ごせないと思ってしまった。
この件に関しては、アーレの意見を聞く気はない。そう決めている。
だから殺気を引っ込めてほしい。
「今日はいい天気だし、風も穏やかだ。さっさと掃除を済ませて空気を入れ替える。その間アーレはタタララのところにでも行くといい」
「嫌だ!」
アーレがごろごろしながら叫んだ。
「我はここを動かない! ずっとここにいる! 掃除もさせない! 温かい空気も逃がさない!」
なんかうだうだ言い出したな。
「タタララなんて知らない! 知らない人だ!」
そんな言い方したらタタララがかわいそうだろう。
彼女はあなたの相棒だろうが。
「わしはどこに行ったらいいんじゃ! 行き場のない老い先短い年寄りを追い出す気か!」
婆様も言い出した。
あなたは自分の家がちゃんと近所にあるじゃないか。骨でいっぱいの家が。
「おとうさんがいじめる……」
なぜナナカナは今このタイミングで初めておとうさんと? いつも呼び捨てだろう?
「こんなこと、許されるものか……我が命を張って守ってきたものを全て奪うつもりか……」
アーレがごろごろしながら泣き出した。
今は泣くがいい。
私は絶対に掃除をする。
「――あ、カテナ様」
決意を新たにしていると、不意にドアが開いて外気が入っていた――と思えば、素早く白くて長いものが滑るようにやってきて囲炉裏のすぐ近くに陣取る。
かの神の使いも、寒さに弱いようだ。
「フッフッフッ……」
「これは決まりじゃのう? あ?」
「罰が当たったんだよ、おとうさん。いやレイン」
泣いていたはずのアーレが勝ち誇ったように嗤い、婆様が年季を感じさせる意地悪く憎たらしい笑みを浮かべ、ナナカナは言い直す必要がないところを言い直す。
なんだろう。
私がカテナ様の開けたドアを閉めている間に、何かあったのだろうか。
「なんだ? 何かあったか?」
「見ろ」
と、アーレは必死になって手を伸ばして、カテナ様を掴むと手繰り寄せる。神の使いをロープか何かのように。
「今この家にはカテナ様がいる。おまえは何か? この偉大な神の使いを追い出してまで掃除をすると言うのか?」
その偉大な神の使いを枕代わりにしている族長が目の前にいるんだが。カテナ様が全然気にしてないからいいようなものを。
「そんな無礼な真似はせんよなぁ? 白蛇族の者なら」
「カテナ様は絶対。神の使いは絶対」
婆様とナナカナの声が続き、なるほどと納得する。
そうか。この状況で掃除をするということは、彼女たちと一緒にカテナ様も追い出すということになるのか。
うん、そうか。
じゃあ、まあ、とりあえずだ。
「今日の昼食は何がいい?」
「昨日食べた肉」
「わしもあれがいい」
「任せるよ」
昨日の肉か。肉というか、しゃぶしゃぶだな。
囲炉裏に置いた鍋にスープを炊き、極薄に切り落とした牛肉を通してスパイスを振って食べる料理だ。合いそうなソースはまだできていないので少々残念だ。
もちろん野菜も同じように食べてもらう。が、やはり肉が人気である。
私としてはスープを作って具材を切るだけなので、非常に楽でいい。
そして、昼食が終わり。
「正気か!? 正気かおまえは!? カテナ様まで追い出すとは何事だ!」
「かっ神をも恐れぬ愚行……! なんという非道な男じゃ!」
「おとうさんひどい」
知りません。
カテナ様はよそのおうちに行ってください。……言うまでもなくしゃーっと行ってしまったが。
「はいはい、しばらく解散。夕方には全部終わっているから」
寄せ集まって震えながら騒ぐ女性たちを無視して、私は今日の仕事に入る。
さあ、掃除の時間だ。
あなたにおすすめの小説
桃太郎ですが、俺をガチ推ししていた鬼姫と付き合うことになりました ~鬼ヶ島に行ったら巨乳で天然すぎる彼女ができた件~
月城琴晴
恋愛
おとぎの国で流行っているSNS
――「美女革命ランキング」。
そこには絶世の美女たちがランキング形式で掲載されている。
団子屋の青年・桃太郎は、ランキング三位の鬼姫が気になり、
友人たち(犬・猿・雉)と一緒に鬼ヶ島へ行くことにした。
「どうせ写真は盛ってるだろ?」
そう思っていたのだが――
実際に会った鬼姫は
想像以上の美人で、しかも巨乳。
さらに。
「桃太郎様、ずっとファンでした。」
まさかのガチ推しだった。
そのまま流れで――
付き合うことに。
しかも鬼姫の部屋には桃太郎のポスターが貼られ、
恋愛シミュレーションまで済んでいるらしい。
天然で可愛すぎる鬼姫と、
初彼女に戸惑う桃太郎。
これは――
俺を推していた鬼姫が彼女になったラブコメである。
合鍵を断った夜、彼は転勤を決めた
ちょこまろ
恋愛
合鍵を差し出された夜、私は笑って断った。
「重くない?」
本当は嬉しかった。
彼の生活に入れることが、泣きたいほど嬉しかった。
けれど、愛されるほど怖くなる。
大事にされるほど、失う日のことを考えてしまう。
だから私は、平気なふりをした。
重くない女のふりをした。
寂しいとも、会いたいとも言えなかった。
その三日後。
私は彼の転勤を、本人ではなく職場の人から聞く。
大阪へ行く彼。
受け取れなかった合鍵。
言えなかった本音。
このまま物分かりのいい顔で見送れば、きっと彼は本当に遠くなる。
「行かないで」とは言えない。
でも、「別れたくない」は、言わなきゃいけない。
愛されるのが怖かった大人の女性が、
差し出された鍵と想いを、もう一度受け取るまでの
切なくて温かい、すれ違い再生ラブストーリー。
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです
あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。
社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。
辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。
冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。
けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。
そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
【追記】無事完結できました。ありがとうございました。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定