179 / 252
178.白蛇に取りつかれる
しおりを挟むカーン
カーン
カーン
無数の太い根が蠢き、頭上から何百もの枝が殴り掛かってくる。
それらを巧みに避けながら、アーレは縦横無尽に動き続ける。
白い軌跡は複雑怪奇を描く。
素早く動いたと思えば足を止めて上体を逸らす、時には腰に吊った石棒を振って襲い掛かる枝を殴る。
何一つ決まった動きのないアーレの動きは、まるで踊っているかのようにさえ見えた。
そして、隙あらば最初に幹に打ちつけた傷を狙って斧の刃をぶつける。
攻撃を避ける動きを利用し、また取りつくようにして接触し、斧を振るう。
あっという間に幹を抉り、削っていく。
黒々とした硬い樹皮は痛々しいほどに剥がれていき、白く柔らかそうな木肌が剥き出しになり、更にそこを抉っていく。
カーン
カーン
ガッ
気持ちよく響いていた斧の音が、不愉快な音を立てた。
斧の柄が折れたのだ。
丈夫な木で作ったもので、早々折れるようなことはないのだが。
それでも、もう六本目である。
アーレがどれだけ強い力で振るっているのか伺えるし、納得の巨木の抉れ具合と暴れ具合である。
動きながらアーレが手を上げる――と、後方に控えているキシンが戦場に斧を投げ込む。
次のアーレの動きを読んでいるかのように完璧なタイミングで飛んでくるそれを、アーレは動きを止めることなくキャッチする。
わずかなロスさえなく、また幹に斧を振るう。
即席とは思えない連携だった。
そうして、ほんの少しずつ削り、積み重ねてきた行為が、目に見えて広がってきた。
斧の刃が通過した部分が綺麗になくなり、吸老樹の太い幹の三割くらいが支えを失った。
まるでそこだけ宙に浮いているかのように、何もなくなった。
この調子で六割から七割も削れば、自重を支えられなくなり、吸老樹は倒れるだろう。
対するアーレは、一度たりとも攻撃を食らっていない。
己の身体ほどもある根や枝を、華麗にやり過ごしている。
勝利が見えてきた――その時だった。
「――アーレ!」
思わずキシンは叫んだ。
一瞬だった。
得も言われぬ不快な強い魔力の奔流を感じた、直後に周囲の木々がザクリと何かで斬れた。
あれだ。
あれが錆鷹族の族長オーカを襲った、吸老樹の魔法の刃だ。
「――静かにしろキシン! そっちに攻撃が行くぞ!」
刃の魔法は、間違いなくアーレを狙っていた。
だがアーレはそれも避けていた。斬れたのはアーレの後ろの樹木である。
「――おまえたちの存在が知られたかもしれん! もう少し離れろ!」
確かに今のはキシンのミスだ。
アーレが戦いやすいよう、キシンと錆鷹族はもう少しだけ距離を置いた。
恐らくさっきの場所でも安全だったとは思うが、念のためである。
思ったより効果範囲が大きいようだ。
射程はそうでもないし、威力も木を斬り倒すほどはない。せいぜい切断できるのは人体や、それなりの大きさの魔獣くらいまでだろう。
ただ、発生してから飛んでいく速度はかなり速い。
あれだけ速いと、発動してからでは避けきれないだろう。
「なんで今までアレ使わなかったんだ?」
なぜ追い込まれ始めたこのタイミングで、魔法を使い出したのか。
疑問を呈したヨーゼに、キシンは「角度だ」と答えた。
「アーレがいる場所に放ったら自分の根まで巻き込むからだよ。
あいつ、ほぼ張り付いているからな。刃の魔法の発生場所はもう少し上みたいだし、どこからでも出せるわけじゃなさそうだ。
でも、もうなりふり構わなくなったな」
キシンの看破通りである。
このままでは倒されると悟った吸老樹は、自分の身を切る覚悟で、魔法に寄る攻撃を開始した。
「終わりは近いな。冷静さを掻いた魔獣なんて相手にならない。ましてや自分で自分を傷つけてるんだから救えねぇわ」
――そんなキシンの読み通り、間もなく吸老樹の抉れた幹は自身を支えることができなくなり、地響きで森を揺らしながら倒れた。
「ふう」
吸老樹が完全に倒れ、もう動かないことを確認して、アーレは息を吐いて持っていた斧を投げた。
最後の一撃で、研磨して刃にした石と柄にヒビが入ったからだ。
あれはもう使い物にならない。
合計二十二本の斧がダメになった。
まあ、代わりに勝利したので、必要な犠牲だったのだろう。
「――相変わらず執念深さを感じるしつこい戦い方だな。おまえに取りつかれたら相手の方が気の毒になる」
「――フン。戦などいかに弱点を攻め立てるかが全てだろうが」
毒づきながらやってきたキシンにアーレはそう返す。
執念深いかどうかはともかく、自分に有利な距離をしつこく保っていたのは確かだ。
距離を取れば己の攻撃が届かなくなるし、しかし吸老樹の攻撃は充分届くのだ。
ならば離れるだけ無駄ではないか。
「それよりおまえたち、吸老樹を解体せ。オーカの右腕を回収したい」
「あ? 右腕を?」
「婿殿の注文だ。なぜかは我にもわからん。キシン、どの辺にあるかわからんか?」
「そりゃわかるけど。わかるけどおまえ、腕を回収っておまえ……何すんの?」
「だから我にもわからんと言っているだろう。いいからどの辺にあるか教えろ」
倒した吸老樹の上部に再び斧を入れ、今度は材木として削っていく。
「うわ」
シカの首と胴体が出てきた。
いつ捕食されたのかはわからないが、カラカラに干からびていた。
どうも獲物を取り込んだ後は、木の中に小さな空洞を作り、そこでゆっくり養分を吸い上げる仕組みのようだ。
そこそこの大きさのある動物や魔獣の骨や皮は、完全に乾いた状態で出てくる。
だが、虫系や小さな動物のものは出てこない。
恐らく全部養分にしているのだろう。
いったいいつ取り込んだ獲物なのか。
こんなにも大きな吸老樹である。きっと何百年も生きてきたはず。
しかし木の中から出てくる動物などは、乾いているが腐ってはいない。
干物などと同じ理屈で言うなら、水分を奪うことで腐敗はせず、しかも木の中なので何かに食われることもなく、また大地に還ることもなかったのだろう。
「――これか?」
そして、目当てのものが見つかった。
カラカラに乾いて皮と骨だけになった、誰のものとも知れない人間の右腕。
キシンが「これだ」と言ったので、これで間違いはないだろう。
「なんかさすがに気持ち悪いんだけど……それ何に使うんだ?」
「だから我も知らないと言っているではないか。……我も少し不安になってきたから、あんまり言うな……」
いったいレインはこれをどうしようと言うのか。
まさか食べるつもりだろうか? 汁物の具材にでもするつもりか?
骨に残った肉さえおいしくしてしまうレインの料理の腕が、今はとにかく怖かった。
※「犬狼族」は、犬系統部族と狼系統部族をまとめた総称です。
同じ括りで「龍族」「蛇族」「蜘蛛族」「鳥族」などという言い方もします。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる