蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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178.白蛇に取りつかれる

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  カーン
  カーン
  カーン

 無数の太い根が蠢き、頭上から何百もの枝が殴り掛かってくる。
 それらを巧みに避けながら、アーレは縦横無尽に動き続ける。

 白い軌跡は複雑怪奇を描く。
 素早く動いたと思えば足を止めて上体を逸らす、時には腰に吊った石棒を振って襲い掛かる枝を殴る。
 何一つ決まった動きのないアーレの動きは、まるで踊っているかのようにさえ見えた。

 そして、隙あらば最初に幹に打ちつけた傷を狙って斧の刃をぶつける。
 攻撃を避ける動きを利用し、また取りつくようにして接触し、斧を振るう。

 あっという間に幹を抉り、削っていく。
 黒々とした硬い樹皮は痛々しいほどに剥がれていき、白く柔らかそうな木肌が剥き出しになり、更にそこを抉っていく。

  カーン
  カーン

  ガッ

 気持ちよく響いていた斧の音が、不愉快な音を立てた。
 斧の柄が折れたのだ。

 丈夫な木で作ったもので、早々折れるようなことはないのだが。
 それでも、もう六本目である。

 アーレがどれだけ強い力で振るっているのか伺えるし、納得の巨木の抉れ具合と暴れ具合である。
 
 動きながらアーレが手を上げる――と、後方に控えているキシンが戦場に斧を投げ込む。

 次のアーレの動きを読んでいるかのように完璧なタイミングで飛んでくるそれを、アーレは動きを止めることなくキャッチする。

 わずかなロスさえなく、また幹に斧を振るう。
 即席とは思えない連携だった。

 そうして、ほんの少しずつ削り、積み重ねてきた行為が、目に見えて広がってきた。

 斧の刃が通過した部分が綺麗になくなり、吸老樹ア・オン・カの太い幹の三割くらいが支えを失った。
 まるでそこだけ宙に浮いているかのように、何もなくなった。

 この調子で六割から七割も削れば、自重を支えられなくなり、吸老樹ア・オン・カは倒れるだろう。

 対するアーレは、一度たりとも攻撃を食らっていない。
 己の身体ほどもある根や枝を、華麗にやり過ごしている。

 勝利が見えてきた――その時だった。

「――アーレ!」

 思わずキシンは叫んだ。

 一瞬だった。
 得も言われぬ不快な強い魔力の奔流を感じた、直後に周囲の木々がザクリと何かで斬れた。

 あれだ。
 あれが錆鷹サク・トコン族の族長オーカを襲った、吸老樹ア・オン・カの魔法の刃だ。

「――静かにしろキシン! そっちに攻撃が行くぞ!」

 刃の魔法は、間違いなくアーレを狙っていた。
 だがアーレはそれも避けていた。斬れたのはアーレの後ろの樹木である。

「――おまえたちの存在が知られたかもしれん! もう少し離れろ!」

 確かに今のはキシンのミスだ。
 アーレが戦いやすいよう、キシンと錆鷹サク・トコン族はもう少しだけ距離を置いた。

 恐らくさっきの場所でも安全だったとは思うが、念のためである。




 思ったより効果範囲が大きいようだ。
 射程はそうでもないし、威力も木を斬り倒すほどはない。せいぜい切断できるのは人体や、それなりの大きさの魔獣くらいまでだろう。

 ただ、発生してから飛んでいく速度はかなり速い。
 あれだけ速いと、発動してからでは避けきれないだろう。

「なんで今までアレ使わなかったんだ?」

 なぜ追い込まれ始めたこのタイミングで、魔法を使い出したのか。

 疑問を呈したヨーゼに、キシンは「角度だ」と答えた。

「アーレがいる場所に放ったら自分の根まで巻き込むからだよ。
 あいつ、ほぼ張り付いているからな。刃の魔法の発生場所はもう少し上みたいだし、どこからでも出せるわけじゃなさそうだ。
 でも、もうなりふり構わなくなったな」

 キシンの看破通りである。
 このままでは倒されると悟った吸老樹ア・オン・カは、自分の身を切る覚悟で、魔法に寄る攻撃を開始した。

「終わりは近いな。冷静さを掻いた魔獣なんて相手にならない。ましてや自分で自分を傷つけてるんだから救えねぇわ」

 ――そんなキシンの読み通り、間もなく吸老樹ア・オン・カの抉れた幹は自身を支えることができなくなり、地響きで森を揺らしながら倒れた。




「ふう」

 吸老樹ア・オン・カが完全に倒れ、もう動かないことを確認して、アーレは息を吐いて持っていた斧を投げた。

 最後の一撃で、研磨して刃にした石と柄にヒビが入ったからだ。
 あれはもう使い物にならない。

 合計二十二本の斧がダメになった。
 まあ、代わりに勝利したので、必要な犠牲だったのだろう。

「――相変わらず執念深さを感じるしつこい戦い方だな。おまえに取りつかれたら相手の方が気の毒になる」

「――フン。戦などいかに弱点を攻め立てるかが全てだろうが」

 毒づきながらやってきたキシンにアーレはそう返す。

 執念深いかどうかはともかく、自分に有利な距離をしつこく保っていたのは確かだ。
 距離を取れば己の攻撃が届かなくなるし、しかし吸老樹ア・オン・カの攻撃は充分届くのだ。
 ならば離れるだけ無駄ではないか。

「それよりおまえたち、吸老樹ア・オン・カ解体バラせ。オーカの右腕を回収したい」

「あ? 右腕を?」

「婿殿の注文だ。なぜかは我にもわからん。キシン、どの辺にあるかわからんか?」

「そりゃわかるけど。わかるけどおまえ、腕を回収っておまえ……何すんの?」

「だから我にもわからんと言っているだろう。いいからどの辺にあるか教えろ」

 倒した吸老樹ア・オン・カの上部に再び斧を入れ、今度は材木として削っていく。

「うわ」

 シカの首と胴体が出てきた。
 いつ捕食されたのかはわからないが、カラカラに干からびていた。

 どうも獲物を取り込んだ後は、木の中に小さな空洞を作り、そこでゆっくり養分を吸い上げる仕組みのようだ。
 そこそこの大きさのある動物や魔獣の骨や皮は、完全に乾いた状態で出てくる。

 だが、虫系や小さな動物のものは出てこない。
 恐らく全部養分にしているのだろう。

 いったいいつ取り込んだ獲物なのか。
 こんなにも大きな吸老樹ア・オン・カである。きっと何百年も生きてきたはず。

 しかし木の中から出てくる動物などは、乾いているが腐ってはいない。
 干物などと同じ理屈で言うなら、水分を奪うことで腐敗はせず、しかも木の中なので何かに食われることもなく、また大地に還ることもなかったのだろう。

「――これか?」

 そして、目当てのものが見つかった。

 カラカラに乾いて皮と骨だけになった、誰のものとも知れない人間の右腕。
 キシンが「これだ」と言ったので、これで間違いはないだろう。

「なんかさすがに気持ち悪いんだけど……それ何に使うんだ?」

「だから我も知らないと言っているではないか。……我も少し不安になってきたから、あんまり言うな……」

 いったいレインはこれをどうしようと言うのか。

 まさか食べるつもりだろうか? 汁物の具材にでもするつもりか?
 骨に残った肉さえおいしくしてしまうレインの料理の腕が、今はとにかく怖かった。



 

 







※「犬狼族」は、犬系統部族と狼系統部族をまとめた総称です。

同じ括りで「龍族」「蛇族」「蜘蛛族」「鳥族」などという言い方もします。


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