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181.とりあえず水に浸ける
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オーカは即座に答えた。
本当に腕を戻せるのか、治せるのか、という疑問も疑惑も当然あるはずだが、そんなものを飛び越えて答えた。
「俺はもうじき三十歳になる。最低でもあと十年くらいは戦士として戦えたはずだ。腕を失い戦士は引退するしかないと思っていたが……もし取り戻せるものなら取り戻したい。
十年は、諦めるには長い。俺はまだ戦いたい」
もう失ってしまった後だからな。
たとえ治らなくても、現状維持でしかないのだ。……結局治らなくて、期待を裏切られることくらいしか、リスクはないと思う。
「上手くいく保証はないし、私も初めての試みだ。むしろ治らない確率の方がはるかに高い。それでもいいか?」
「わずかであろうと治る可能性があるなら」
……よかった。オーカに断られたら断念するしかなかったから。
「では早速準備を始めよう。アーレ、私は治療の準備をするから」
「我は錆鷹族全体に通達する。ヨーゼ、昨日のように集落の者を集めろ」
色々と疑問もあるはずであるヨーゼは、それを呑み込んで何も言わずに走っていく。
「ミフィ、キシンからオーカの右腕を預かってきてくれないか? ついでにエオゾ様も連れてきてほしい」
「本当に治るのか?」
「最善を尽くすとしか言えないが……」
本当はオーカだけに提案しようと思っていた。
だが、アーレが変な心配をして、事情を話さないと腕を渡さない気がしたから……
変に黙っていてアーレの変な心配が周囲に伝播して、変な疑惑やら変な警戒をされるのも嫌だったので、あえてオーカに近しい人にも聞いてもらった。
一番嫌なのは、治療中に邪魔をされることだしな。
初めてのことだし、きっと治る確率は低いのだから、せめて横槍だけは入れないでほしい。私も必死でがんばるから。
「治らなくてもいいが、治せ。治らなくても私がオーカを養うから」
え、結局どっち?
……できることなら治せ、でいいのかな。
アーレとミフィが神事の間を出て行くのを見届け、いつものようにオーカと二人きりになった。
まあ、いつもと言うなら、いつもはオーカの意識はなかった状態だが。
「奥さん可愛いな」
「バカだけどな。戦士じゃなくなった俺でもいいと言い切った馬鹿者だ」
「いいじゃないか。想われていて」
「結果おまえを攫って来たけどな」
――そう、どうも「白蛇族に腕のいい治癒師がいるから攫ってこよう」と提案したのは、ミフィらしい。
決断を下したのはヨーゼだが……まあ何にしろ、錆鷹族の多くの者が、オーカを助けたいと思ったのは事実で、だから私は誘拐されたのだ。
多くの者に慕われている族長オーカは、きっと一角の人物なのだろう。
よそから来たキシンも、彼を慕う者の一人らしいしな。
「想いが強いのも考え物だろう。――おまえの嫁も強そうだな?」
「わかる?」
いや、わかるか。
聞くまでもなく。
そうじゃなければ、己の危険を顧みずに単身乗り込んでなんて来ないもんな。
――まあ、そんな嫁も好きだが。
危ないことはあまりしてほしくない。
でも止めても聞かないだろうからな。立場上も、ただの一戦士としても。
だから、せめて私は彼女を支えられる夫でいたい。
医者の真似事の腕を磨きたいのも、突き詰めればアーレを支えたいからだしな。
静かにそんな話をしていると、ばたばたと足音が聞こえてきた。
ミフィが戻ってきたようだ。
大振りの葉っぱで包まれたオーカの腕を受け取り、ミフィには外してもらった。
「エオゾ様」
そして、サイドテーブル代わりに用意されていた木台の上を片付けて、神鷹エオゾ様の前に跪いて向き合う。
オーカには寝てもらった。
これからエオゾ様と話すことは、聞かれたくないから。
「ここにオーカの腕があります」
丁寧に葉を開き、……お、本当にカラカラに乾いている。痩せ細った老婆のような、でもやはり骨格が大きい男の腕を見せる。
初めて見たが、これはすごいな。血液も水分も一切残っていない。
「これをどうにかオーカに戻せないでしょうか?」
腐っていないならもしかしたら、と思ったのだが……現物を見てやはり無理な気がしてきた。
だが、結論を出すのはエオゾ様のお言葉を賜ってからでもいいだろう。
もしわずかな望みでもあるなら、私はやるつもりだ。
エオゾ様はじっとオーカの腕を見て――意思を伝えてきた。
――我にも解らぬ。
――鷹の目を授ける。
――思うがままにせよ。
…………
つまり、できる限りの協力はするけど治るかどうかは自分にもわからない、と。
任せるからやってみろ、と。
――カテナが。
――とりあえず水に浸けてみたら?と。
カテナ様? 白蛇族の? ……とりあえず?
そういえば、神の使い同士で繋がりがあるとかなんとか聞いたが……これもそれなのだおるか。
だが、とりあえずで適当なことを言われても困るのだが。
しかしエオゾ様は私の苦情を聞く気はないようで、ばっさばっさと飛び去ってしまった。
……行ってしまった。
…………
確かにここまで干からびていると、どうにもならないからな。
とりあえず水に浸けてみるか。
水に浸けて、水分が戻ったところで傷口を酒で洗い、……切断面が瑞々しくなるかどうかを視認して、それから戻せそうかどうか判断しよう。
沸かして冷やした水、というよりはぬるま湯に腕を浸けると、ぐんぐん水を吸っていく。
まるで干物のようだ。
人が干物になるなんて滅多にないので、今後この経験が生きるかどうかはわからないが、得難い体験ではあるのだろう。
水を吸って体積が増していく中、煙のように切断面から赤いものが広がり出す。わずかに残り凝固していた血液だろう。
まだしわしわで細いが、枯れ木のようだったそれがちゃんと人の腕に見えるようになってきた。
…………
この状態で癒しの力を与えたらどうなるんだろう。
黒糸を繋いだらどうなるんだろう。
この状態からでも、回復するのだろうか。
……色々試してみたいが、取り返しのつかないミスに繋がるかもしれないので、今回は余計だと思えるようなことは慎もう。
エオゾ様から借りている「鷹の目」のおかげか、よく見える。
自然とちょうどいい時を見分けて、腕を引き上げて水気を拭う。
切断面は酒で洗い、一応これで準備はできた。
「……うん」
よく見える。
どこを縫えばいいのか、どことどこを繋げばいいのか、正確にわかる。
今回は傷口を繋ぐのではなく、腕の中の骨や神経、筋繊維を繋ぐのだ。
中も縫わなければならない。
それがわかる。
縫う場所が多く、かなり時間が掛かりそうだが。
しかし、今のこの目の状態なら、なんとかなるかもしれない。
「オーカ、始めるぞ」
寝ているオーカに一声掛けて。
私は、もう塞いでいたオーカの右腕の切断面を露出させるべく、ナイフをあてがった。
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