蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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180.私の皮算用でもある

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 神事シラの間には、先にヨーゼとミフィが控えていて、私たちを待っていた。

「――おまえがオーカか」

 予定通り、私は昼頃にアーレを案内してきた。

「ああ、俺が錆鷹サク・トコン族の族長オーカだ」

 オーカはすでに起きていた。

 まだまだ身体は弱っているし、顔色も悪い。
 やられてから十日弱だが、それでも筋肉に衰えが来ているそうで、「一回り小さくなった」とミフィが言っていた。

 だが、明るい鳶色の瞳だけは、強い光を宿していた。
 たとえ肉体は弱り衰えても、心はまるで弱っていないのだろう。
 
 普段から命懸けの狩りに臨むだけあり、戦士と言われる者たちは皆精神が強靭だと思う。

「跪きてぇが、まだ起き上がることもできなくてな。諸々含めてこれも勘弁してくれ」

「そのままでいい。怪我人に気遣わせるほど残酷ではない」

 ――何はともあれ、アーレが落ち着いたのは僥倖だったと思う。

 合流した昨日の段階では、目に見えて危険な雰囲気をまとっていた。
 だが、今はかなり落ち着いてきている。
 
 私の無事の確認と、一日二日だが私と普通に生活できたことで、白蛇エ・ラジャ族の集落で過ごしていたフラットな気持ちに近づいたのかもしれない。

 何にせよ、今のアーレなら、話し合いができるだろう。
 いきなり「誰それの首を差し出せ」とは言い出さないはずだ。

「だが責任は取れ。このまま許す気はないからな」

「ああ、聞いた。攫ってきたというおまえの旦那本人に事情を聞いた。俺の首一つで勘弁してくれねぇか?」

「軽い。死に掛けのおまえの首にどれだけの価値がある」

 個人的にはそんなこと言うものじゃないと思うが、族長同士の話に口を出してはいけない。
 でも、もしハクとレアがアーレに似たらどうしよう、という不安が少し湧いてくる。

 ……後でちょっと言っておこうかな。それともこちら・・・ではこれくらい当たりが強いのが当たり前なんだろうか。

「レインから条件は聞いているだろう?」

「ああ。――人質をよこせ、と。間違ってないか?」

 オーカの確認に、アーレは頷いた。

 そう、私が錆鷹サク・トコン族の首の代案として提示したのは、錆鷹サク・トコン族から人を預かって白蛇エ・ラジャ族の集落に住ませること。
 要は人質を取ることだった。

 霊海の森の向こうでは、特に珍しい処置ではない。

 昔は露骨かつ頻繁にあったようだが、今ではかなり少なくなっていると思う。
 少なくとも近代的には「両国の友好関係の証」だの「今後の親睦を約束して」だのとちゃんと飾り立てている。

 だが、要は人質である。

 パターンとしては、武力抗争や対立に対する後始末に使われ、立場が弱い国が強い国に、王族を差し出す形が多い。
 これは敗国から勝国へ対する、制裁であり牽制であり首輪であり、そしてかすかな親交の種でもある。

 何かあれば当然殺すし、もっと何かあれば敗国の王族を全員殺して、預かっていた人質に自分の王族や側近を付けて返し属国にする、という国民にできるだけ被害を出さない国の乗っ取りもあったとか。

 ――まあ難しいことはさておき。

 互いの集落の規模が小さいこちら・・・で言うなら、労働力の提供となる。もちろん人質でもあるが。

「わかった。俺とミフィ、それと子供がいる一家を一つ。これで既定の五人以上だ。それで移住する」

 お、族長自ら志願するのか。

 昨夜意識を取り戻したオーカには、ここまでのこととこれからのことを、私からちゃんと話してある。
 この交換条件についても話しておいた。

 話した後、オーカは私に感謝の言葉を述べて、「誰かが死ぬよりよっぽどマシだ」と答えた。奇しくも弟ヨーゼと同じ返事だった。

「俺は片腕だけになったが、飛ぶのには支障はない。戦士としては働けないが却って都合がいいだろう」

 謀反の芽を集落に招く可能性がある、という意味だ。
 そもそも戦えないならその心配もないだろう、とオーカは言っている。

「それでいい。選んだ一家はすぐに連れて行くが、おまえは治ったらくればいい。族長の引き継ぎもあるだろうしな」

「……すまない。助かる」

「気にするな。しばらくは人質と呼ぶが、行く行くは友好関係を築きたいと思っている」

 そう、殺してしまえばそれまでだ。
 だが友好関係を結べば、互いにこれまで以上に助け合うことができる。

 しかも、今回の有責で白蛇エ・ラジャ族の立場が上になって、だ。

 錆鷹サク・トコン族は飛べる。
 高い機動力があり、人一人くらいの荷物なら余裕で運べる。

 これほど優秀な通信・連絡係は、そう簡単には見つからない。
 白蛇エ・ラジャ族にも、有事の際に走る役割を持つ風馬フ・バ族の男性がいるが、もう老いで足腰が弱っているから……代わりの者も必要なのだ。

「――ありがとうな、レイン」

 この提案を推し進めた私に、オーカは笑いかける。

「気にしなくていい。私があなたたちを欲しいと望んだだけだ」

 これからは、ちょっとした物流が始められる。
 干物になるだろうが、海産物が手に入るようになる。

 もちろん、知識も情報も広く入ってくるだろう。
 南の地は、白蛇エ・ラジャ族からは遠い馴染みのない地だ。きっと貴重な物もあるだろうしな。

 特に医療品が……あ、そうだ。

「話は変わるが、オーカ。あなたの右腕を回収したんだが」

「右腕? ……ああ、斬られたやつか」

 吸老樹ア・オン・カに不意打ちを食らったあの時、オーカは咄嗟に右腕を挟むことで、刃の魔法を致命傷で押さえたそうだ。

 もし腕を挟まずまともに食らっていたら、心臓に当たって死んでいただろう、と。

 きっとそれだけ取っても、オーカは強い戦士だという証なのだと思う。

 で、そんなオーカの腕だが。

「あなたに戻せるかどうか、試していいか?」

「え」

「え?」

「あ?」

 当人であるオーカ、そのオーカの傍に控えているミフィ、それからヨーゼ。

「あ、そのためか。……なんだと? そんなことができるのか?」

 あと、食材に使用する疑惑を持っていた嫁アーレ。

 彼らは私の言葉に、なんと返していいかわからないという顔をしていた。



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