207 / 252
206.いざ出発
しおりを挟むもうすっかり秋である。
日中はまだしも、深夜から明け方となると、しっかり寒い。
出発は、まだ陽が昇らないほどの早朝。
空は寒さとの戦いになるので、夜間の飛行は控える方向で考えた。
白蛇族は寒さに弱い。
ただし――
「さあ行こう! 飛べ!」
ナナカナ、タタララは寒そうだが、アーレはその限りではない。
むしろ普段より勇ましい。
楽しみというのは、部族的体質をも克服するのかもしれない。
旅行企画が立ち上がってから嫁がずっと子供みたいなんだが、これはこれでいい。
ぜひとも思い出に残る旅行になるといいな。
……と、手離しで考えられればいいんだが。
この新婚旅行は、新婚旅行という名でありがなら、各人が持つ意味が違う。
まず話の大元であるタタララは、新婚旅行という名の婿探しである。
今回の旅行は、日程を二週間程度と定めている。
無理をして婿を探し連れて行くのではなく、まず婿候補を探し、何度か逢瀬を重ねてから決めればどうか、と話してある。
私とケイラという前例はあるが、私たちはこちらで死ぬ覚悟をしてやってきた。
その前提がない者たちから婿を探す形となる以上、やはりいきなり婿入りどうこうは無理だろうと。
タタララも納得し、腰を据えて一年ほどを掛けて探すつもりになったようだ。
まず向こうへ行き、私のサポートもありつつ普通に過ごせるようになったら、もう一人で行き来しても大丈夫だと思う。
今回は、あくまでも自分の活動拠点の確保と向こうの常識を知るためだと、私は思っている。
タタララは……自分と相手二人分の一生の問題になるのだから、答えを焦らないでほしい。
ナナカナは、新婚旅行という名の社会見学である。
いや、社会というよりは異文化見学とか異国見学とか、そういう言葉の方が相応しいのだろうか。
まあ本人に自覚があるかどうかはわからないが。
彼女は頭がいいので、やる気さえあれば得るものは多いだろう。
そうじゃないにしても、策士策に溺れる失敗談はたくさん聞かせてやろうと思う。
この世には、頭がいいからこそ失敗するケースもたくさんあるのだ。
彼女はきっとそれをまだ知らないのだ――大きな失敗をする前にちゃんと教えておきたい。
二度と帰ることはないだろうと覚悟していた私は、新婚旅行という名の忘れ物探しだ。
考えれば考えるほどあれもこれと思いつくが、全てを得るのは不可能だろう。
何しろ物品じゃなくて知識と技術が多いから……
なるべく重要なものを最優先にしようとは思っているが、不慣れなウィーク辺境地で探すことになるので、どうなるか不安も多い。
タタララのサポートもあるが、これに関してはフレートゲルトと相談してから決めたいと思う。
彼は手伝わないと言っていたが、彼に構わず動けるかどうかもわからないから。
あと、本当に観光地は巡ることになると思う。
そしてアーレは、新婚旅行という名の新婚旅行へ行く。
そう、彼女だけはその名の通りである。
アーレが絶対にしなければならないのは、タタララがどこかに行かないか見張るくらいのものだ。
それ以外は基本自由で、きっと私を連れ回していろんな所へ行きたがり、いろんなことをしたがるだろう。
私も、サポートと忘れ物さえなければ、なんの憂いもなくアーレと楽しめるんだけどな……
そんな人それぞれ意味合いが違う新婚旅行は、これから出発となる。
見送りに来たケイラとカラカロに、双子とサジライトを任せる。
白トカゲがなかなか私から離れようとしなかったが、カラカロが仕留めた獲物のように肩に担ぐと大人しくなった。
同じく見送りに来た婆様に挨拶をする。
婆様が綴った過去への手紙は、すでに預かっている。
あとはウィーク辺境伯に渡すだけだ。
「最後に簡単に確認をするけど、いいか?」
運んでくれるオーカとミフィ、ナェトとサリィ。
運ばれるアーレ、ナナカナ、タタララ。
見送りのケイラとカラカロ、婆様。
皆の注目を集めて、私は最後にこれからの流れを確認することにした。
「私たちはこれから、オーカたちに吊られて森を越える。
夜には向こうに到着する予定だ。
オーカたちは、明日の午前中にはここに帰ってくると思う。私たちを無事送ったことを婆様かカラカロに伝えてほしい。
で、十二から十五日くらいしたら降ろした場所で待っているから、迎えに来てくれ」
錆鷹族の四人は頷く。
まあ、ついこの前まで族長をやっていたオーカはかなりしっかりしているので、彼らの心配はいらないだろう。
「日程は今話した通りだ。もし何かあれば、これに合わせて調整を頼む」
たぶん大丈夫だとは思うが、客が来たり族長の判断が必要な案件に関してである。
今朝もウキウキしていたアーレが、ふと真顔に戻った。ふと己の役割を思い出したのだろう。
「カラカロ、しばらくジータを頼む」
「ああ」
私たちが不在の間は、ジータが族長代理を勤める。
カラカロはジータを支えるよう言われている。まあいつも通りに近いのだが。
あとは、旅行組への注意だが……これは現地で言うべきだろうな。
「私からは以上だ。何もないなら出発しようか」
私はいつかのようにしっかり縛られ、アーレたちは右腕に縄を巻く。
そうして、ついに暗い空へと飛び立ったのだった。
道中は、特に問題はなかった。
二回ほど休憩を挟んだ以外は、強風に煽られて寒い想いをしつつ――すぐに森の終わりが見えてきた。
私が決死の覚悟で森を越えた時は、何日も掛かった行程だったのにな……部族が違えばこんなにも楽であり安全なのかと感慨深く思う。
陽が昇り、空が赤く焼け、また暗くなり。
森の終わりにやってきて、ゆっくりと高度が下がっていく中――
アーレたちと初めて会った、思い出深いササラの木が見えてきた。
そしてその木のすぐ傍らに、大柄の男の影が見えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる