蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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207.再会

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「レイン!」

「フレ!」

 私の護衛も兼ねていたフレートゲルトは、知り合った頃からずっと一緒にいた友である。
 出会いから数えて、数日会わないことさえ珍しいくらい慣れ親しんだ仲だ。

 一年と半年。
 手紙のやり取りこそしていたが、こんなにも会わなかったのは初めてのことで――

「正直、また会えるとは思っていなかった」

 一年前の春、王都で別れて以来だ。
 私は帰らないつもりで婿に行ったので、あれが今生の別れになるだろうと思っていた。

 本当に、また会えるとは思わなかった。
 懐かしすぎて涙が出そうだ。

「俺も同じ意見だ」

 対するフレートゲルトも気持ちは同じようなものなのか、目を細めて笑っている。やはり懐かしく思っているのかもしれない。

「少し逞しくなったか、レイン?」

「ああ。君は……あまり変わらないな」

 半分の月明かりの下だが、よく見える。

 騎士をやめたと手紙に書いてあったが、別れたあの頃と同じように、よく鍛えられた肉体の大柄な男である。
 剣も吊っているし、見た目に関する変化らしい変化はあまりなさそうな気がするが。

「おまえは随分変わった気がするけどな」

「そうか?」

「以前のおまえなら、縛られたまま呑気に立ち話なんてしなかっただろ?」

 ああ、うん、そうかもな。
 今降ろされたばかりで、足しか動かないぐるぐる巻きの状態だからな。

「細かいことは気にしなくなったかな」

「いや細かくはないと思う。ミノムシみたいに縛られて吊るされて飛んできた時は何事かと思ったぞ。囚人の輸送みたいだった」

「ははっ、面白いことを言うじゃないか」

「……おまえ本当に逞しくなったな。おまけに少し明るくなったか?」

 なるほど、一年以上隔てて会った友人には、私はそのように見えるのか。
 自分では自分の変化なんてよくわからないからな。

 …………

 やっぱり細かいことを気にしなくなっただけだと思う。
 気にし始めたら何もできなくなるから。

 子供が短期間で卵で産まれたり、有翼人がいたり、実際に神様がいたりと、森の向こう・・・・・は私の常識が通用しない世界だから。
 相違点なんて、上げ始めたら切りがない。

「――レイン。俺たちはもう行くぞ」

 お、そうだ。
 懐かしい友に会えたせいでこっちだけ盛り上がってしまったが、私は一人じゃなかった。

「ありがとう、オーカ。ミフィ。ナェト、サリィ。帰りもまた頼む」

 オーカは私を縛っていた縄を手早く解くと、すぐさま飛んで行ってしまった。

 彼も、あまり長居できない場所だと認識しているのだろう。

 諸説あるらしいが、向こう・・・の部族はあまりこちら・・・の地には来たがらない。
 遠い昔に戦争じみたいさかいがあったらしく、それが理由だとは聞いているが、詳細は誰に聞いてもわからなかった。

 時間があれば、この旅行でこちら・・・で調べられたらな、と思っている。

 ――が、それはさておき。

「フレ、紹介する。私の嫁アーレだ」

 すぐ傍にいたアーレを手招きで呼び、フレートゲルトの前に立たせる。

「レインから、おまえのことは旧友だと聞いている。我は白蛇エ・ラジャ族の族長アーレだ。しばらく世話になるぞ」

「ああ、よろしくアーレさん。俺はフレートゲルトだ。……嫁さんか。おまえ本当に結婚したんだなぁ」

 物珍しそうにアーレと私を交互に見るフレートゲルトは、しみじみ語る。

「本当に意外な形で意外な嫁さんを迎えたもんだ。想像さえしていなかった相手だもんな」

 迎えたっていうか、婿入りだけどな。
 それも前人未踏と言われている、霊海の森を越えた先への。

 王位継承権は遠いまでも、私も一応王子だったから。
 順当に行けば、結婚相手はどこぞの貴族のご令嬢だったはずだ。……冷静考えるととんでもない急展開だな。

「ナナカナ――この子はナナカナ。アーレが養子にしていた子だ」

 今度はナナカナを呼び、紹介する。

「って、もう会っているんだよな?」

「会うのは二度目だな」

 ケイラを迎えに来た時、ナナカナも交渉役で同行していた。

「よろしく」

「ああ、よろしく」

 で――

「タタララも知っているよな?」

「もちろんだ」

 フレートゲルトは、少し離れたところでこちらを見ているタタララに顔を向ける。

「婿探しに来たとか?」

 彼が問うと、タタララは「ああ」と頷いた。

「レインのような婿が欲しくなってな。まあおまえには迷惑を掛けないよう気を付け――」

「タタララさん、俺じゃダメか?」

「……あ?」

 …………

 …………

 …………

 えっ!? え、何!? なんだ急に!?

「ど、どうしたフレ!? 何がいてっ!」

 思わずフレートゲルトの腕を掴もうとした私の足を、ナナカナが蹴った。蹴った上に私とアーレも捕まえて引っ張っていく。

「――いい大人なんだから邪魔しない」

 その一言で、悟った。

「そ、そうなのか? フレはそうなのか?」

「言わなかったっけ?」

 聞いてない。
 絶対聞いていない。

 ……いや、そういえば、ナマズの養殖池の前でタタララにそれっぽいことを言われた気がする。

 すっかり忘れていたが、確かそれっぽいことを言っていたはずだ。
 フレートゲルトに「顔を覚えておけ」と言われたとかなんとか。

 つまり、アレか。
 アレがアレで、コレか! コレに繋がるのか!

「我は邪魔していないが」

「いるだけで邪魔なの。こういう時は二人きりにさせるものだよ」

 まったくその通りだ。
 ナナカナはしっかりしているなぁ。




 ナナカナに腕を引かれるまま移動しつつ、振り返る。

 もう二度と踏むことはないと思っていたこの地に戻ってきたことも。
 一生会えないだろうと思っていた友との再会も。

 まだどこかこの現実を実感できないまま、私は見ていた。

 半月の昇る秋の夜。
 見事な紅葉を広げている大きなササラの木の下で。

 フレートゲルトとタタララが向かい合っていて。

 全てが夢の中の出来事なんじゃないかと思うくらい、現実味がなくて。




 なんとなく思った。
 この旅行に、フレートゲルトもまた違う意味を見出していたのだろう、と。

 婿探しは手伝わない、か。
 それはそうだろう。自分が候補にと名乗り出るなら、確かに手伝えるわけがないよな。

 ――新婚旅行という名の再会、か。



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