蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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234.新婚旅行  六日目 街の外にて

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「……これは予想外でしたね」

 朝食が終わると、フレートゲルトは一足先に屋敷を出て、馬の準備をした。

 己がレインと同行している間に立てられたという計画は、すぐにフレートゲルトの耳にも入ってきた。
 レインにだけは秘密にするという前提上、いっそフレートゲルトも仲間に引き入れた方がやりやすいという判断である。

 いや、手伝いの宛てとしても求められたのだが。
 まあそれ自体は拒む理由はなかったが――この幸運は、計画という隠れ蓑を借りた義姉の策略である。

 それが、これから街の外へ向かうという計画である。
 まさかこんな形でタタララと二人きりで過ごせるなんて、思ってもみなかった。フレートゲルトにとっては渡りに船の計画だった。

 ――だが、出掛ける直前に問題が生じていた。

「動物は怖がりだからな。魔獣と違う」

 昨日はレインを乗せていた馬は、タタララが近づくと怯えて逃げようとするのだ。

 わからなくもない。

 タタララもアーレも、常人のまとう気配ではないのだ。
 鍛えているフレートゲルトは、戦士である彼女たちの雰囲気は、常在戦場に備えた騎士に似ていると思っている。

 一般人なら却って何も感じないかもしれないが、勘が良い者やそれなりに修羅場をくぐった者なら、すぐに肌に感じるだろう。

 戦場を駆ける馬は、殺気や血の匂い、そして火を恐れないよう訓練するものだ。
 だが生憎ここにいる馬は普通の馬である。訓練した軍馬ではない。

 タタララが言った通り、動物は臆病だ。
 彼女が帯びる強者の気配に耐性がないので、馬の本能が近づくことを拒否しているのだろう。

「まいったな……」

 嫌がっている馬に乗せるのは不可能だろう。タタララも馬も危険だ。

「馬はいい。私は走る」

「目立つな、って言われているじゃないか。リカリオ殿のこともありますし」

「……そうだな。馬と同じ速度で走る奴なんて目立つだろうしな」

 そんなに足が速いのか。

 まあ、実際戦ってみて、彼女たちの異様な身体能力はしかと見せてもらったが。
 見せてもらったばかりか、痣や打ち身という形で身体に刻まれもしたが。

 口先だけならよかったのに、と少しだけ思ってしまう。

 いや――そんな強いタタララだから一目惚れしたのだ。口先だけの女に興味はない。

「……そうだ。おまえの後ろはどうだ?」

「えっ? ……えっ!?」

「私が視界に入るから怯えるのではないか? だったらおまえの後ろに乗る分には大丈夫なんじゃないか?」

「俺が大丈夫じゃなくなりそうだけど!?」――と思わず言ってしまいそうになった口を、慌てて塞ぐ。

「タッタッタッ」

「あ?」

 まずい。
 動揺が隠し切れない。

「タッタタララさんんがそれでいいなら! 俺は全然異存はないですけどぉ!」

「お、おう……じゃあそうするか。乗れなければまた手を考えよう」

「大丈夫ですよ! 大丈夫だよな!? ――た、頼むぞ?」

 フレートゲルトは、己が乗る馬に、心の底から頼み込んだ。




 至福。
 そう、この状態を一言で言うなら、至福だ。

 怯える馬を厩舎に戻し、今度はフレートゲルトの馬に乗ってみる。
 自分が乗った後に、タタララが背後に跨る。

 頼むぞ頼むぞほんと頼む今日は豪勢な飯を用意するからほんと頼む頼む頼む――と、心の底から願い馬の首を必死で撫でていた甲斐があった。

 馬はちょっと嫌そうにちらりとフレートゲルトを見たが……あるいはフレートゲルトに隠れて見えないタタララを見たが、拒否はしなかった。

「――ありがとう。ありがとうな。おまえは最高の相棒だ」

 小さく呟くフレートゲルト。

「……」

 完全にそれが聞こえているタタララは、変わった男だな、と思っていた。




 目的は花である。
 結婚式で振りまくフラワーシャワーのためだ。

 ウィークの街を出て、近くの森に近づくだけで、そこかしこに生えている。
 地面が見える程度の草原に降り立ち、群生している花を摘むことにした。

「……はあ。ふう」

 短い旅であった。

 だが、女性と、それも想い人と共に馬に乗るという大変な経験をしてしまったフレートゲルトは、すでに疲労困憊だった。

 緊張でガチガチだった。
 汗もすごい。
 こんなに緊張したのは、初めて馬に乗る直前以来だろうか。

 馬の場合は、乗ってしまえば楽しくなっただけだが。
 今回は、まだ残っている。

 タタララが背後から回してきた腕の感触と熱が、腹に、背中に、残っている気がする。
 好きな人の熱とは、どうしてこうも特別に感じるのか。

 一生憶えていたい。

「どうした。腹でも減ったか?」

 余熱とでも言うべきものを無意識に触っていたフレートゲルトに対し、タタララは腹でも減ったのかと勘違いした。

 何せ、大の男が腹を撫でながら溜息を吐いているのだ。
 腹具合がどうかしたと思っても仕方ないだろう。

「い、いや! あの! ……けっ、結婚式っていいですよね!」

 タタララの深い藍色の瞳に見詰められ、言葉に詰まり。
 そして咄嗟に出た話題は、結婚式について。

 急ではあるが、場違いではない。
 二人は結婚式の準備の一環で、ここまで来たのだから。

「そうだな」

 と、タタララは微笑む。フレートゲルトの胸は高鳴る。

「私たちの集落では、番の儀式という。アーレとレインの儀式はよかったぞ、……と言いたいところだが、少々事情があって他の連中とまとめてやったんだ。
 その結果、少し薄味だったな」

 話の内容より、タタララは楽しそうに話した。
 ここまで何日も過ごしてさっぱり手応えがなかったタタララの関心が、今、初めて己に向けられている。

「アーレさんとは長い付き合いなんですか?」

「ああ。あいつが産まれた時からの付き合いだな。まあ同年代はみんな似たようなもんだが。こっち・・・の街のように人が多くないからな」

 そんな話をしながら、手近なところから花を摘んでいく。
 
こっち・・・の儀式は、結構特別なんだな。カリアが着ているドレスというやつを着るんだろう? きっとアーレによく似合う」

 …………

「お、お……俺はっ!!」

「お、なんだ!?」

 急に大声を張り上げたフレートゲルトに、タタララは驚く。
 穏やかに話していたはずなのに。急になんだ。

 タタララが驚いて振り返ると、フレートゲルトの顔は真っ赤だった。

「俺は! タタララさんにも! 似合うと思う!」

「……ドレス?」

「ドレス!」

「私に?」

「私に!」

「はは、冗談はよせ」

「冗談じゃない! 冗談だったら俺はこんなになってない!」

 こんなってどんなだ、とタタララは思った。
 いや、わからなくはないが。

「おい、ちょっと落ち着け」

 顔も赤いし汗もすごい。
 タタララは、言葉の内容より、明らかに取り乱しているフレートゲルトがちょっと心配になってきた。

「好きな女と一緒で落ち着けるわけがない! あなたは美しい! 美人だ! 野生の白馬のように強くしなやかで美しい!」

 フレートゲルトは血迷っていた。
 数日一つの屋根の下で過ごしていてもまるで進展がなかった関係に、ストレスも鬱憤も不安もめいっぱい溜まっていたのだ。

 それが、溜まっていた感情が、今ここで、爆発してしまった。

「――タタララさん! 俺と結婚してください! 俺のためにウェディングドレスを着てください!」

 その大きな声は、空高くまで響き渡った。



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