蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風

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235.新婚旅行  六日目 デート

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「それじゃアーレ、行こうか」

「うん。……ん? その手はなんだ?」

「今日はデートだから」

 と、私は差し出した手でアーレの手を取った。

「……え? な、なんだ」

「行こうか」

「え? このまま?」

「まずどこに行こうか」

「いやちょっと待てレイン! こ、こんなの……族長としての示しが!」

「構わないだろう。ここには知らない人しかいないし、今日は二人きりだ」

「ササンが見てる!」

「――見てませんよ。いってらっしゃいませ」

 裏口からの出発に見送りに来ていたササンは、とても清々しい顔で笑いながらドアを閉めた。
 いちゃいちゃしてないで早く行け、とばかりに。

「さあ行こう」と手を引けば、頬を染めたアーレは顔を伏せ、おずおずと歩き出した。

 手を繋いで歩く。

 思えば、屋内で二人きりの時ならともかく、人目のあるところで手を繋いで歩くという文化は、向こう・・・では見たことがない。

 恐らく、ないのだろう。
 少なくとも白蛇エ・ラジャ族の文化には。

 なんだかよくわからないが、皆私に秘密の何かをするために忙しそうなのだ。
 朝からフレートゲルトとタタララはどこかへ出かけたし、カリア嬢はナナカナをどこかへ連れて行ったし。

 そして率直に言われたわけではないが、ジャクロン殿に遠回しに「ちょっと家を空けてほしいなぁ」と言われたので、その意向に沿う形となった。
 言われなければ、私は午前中と同じように、午後も屋敷の図書室で過ごしていたと思う。

 まあ、何をするかはわからないが、皆が私をちゃんと騙したいと言うなら、私もちゃんと騙されたいわけで。
 何より嫁が関わっているなら、悪い企みではないだろうから。

 丁度いいので、この機会に婆様の手紙をどうにかしようかと思っていれば、一人で部屋に籠って何かをしているアーレも午後は空くという。
 ならば午後は二人でどこかに行こうということになった。

 名ばかりではあるが新婚旅行でもあるので、こんな日があってもいいだろう。

「どこから行こうか?」

「わ、わからん! 任せる!」

 こうして、私たちはデートに繰り出した。

 向こう・・・でのデートと言えば、確か釣りに行ったなぁ、と思いながら。




「――レイン様、お出掛けの前ですが少しよろしいかしら」

 ん?

 昼食はアーレと外で食べると決まっているので、昼食時に出発する予定となっていた。

 応接室で紅茶を飲みながら嫁を待っていると、カリア嬢がやってきた。

「何かあったか?」

「ええ、リカリオ・ウィーク様に関する報告が上がってきました」

 お、そうか。
 今や脅威と化しているリカリオ殿の情報は、ぜひ耳に入れておきたい。

 遭遇しないのが一番安全なのだ。
 ある程度であっても行動パターンがわかれば、避けられる可能性は大いに上がる。

 そもそもウィークの街は広く栄えているのだから、むしろ偶然遭遇することの方が珍しいのだ。
 ほんの少しの情報でも、きっと重宝するだろう。

「どうもあの方は、辺境伯が組織した領兵の一員のようです。表向きはそう見せていないようですが」

「領兵? ……というと、憲兵や自警団のような?」

「概ねは。それらに秘匿性を持たせた……要するに辺境伯の密偵のようなものです」

 なるほど。
 タタララとリカリオ殿の出会いは、女性が悪漢にかどわかされそうになった現場で、だったらしい。

 タタララは己の良心に従って動き、リカリオ殿は己の職務だったわけか。

「……ということは、怪しい白髪の女性たちに探りを入れるために接触してきている、ということになるのか? ああそうだ、リカリオ殿に奥方はいるのかな?」

「独身だそうです。少々恋多き方のようですが、女性を弄ぶようなことはしていませんね。付き合うなら誠実に接しているようです」

 そうか。
 浮気になるぞー奥さん怒るぞー、みたいな牽制は使えないか。

「わたくしは現場を見ていないので確かなことは言えませんが、彼の方はタタララさんを女性として気に入っている可能性より、仕事で接している可能性の方が高いかもしれませんね」

「同感だ。ナナカナの指摘もあったしな」

 曰く、リカリオ殿の視線は女性たちの身体的特徴を探しているようだった、と。

 今や私も含まれるそれは、まさに白鱗を探していた可能性がある。
 気のせいならいいが、気のせいじゃなかった時のリスクが高すぎる――だからナナカナは不確かな情報でも話したのだと思う。

 警戒するに越したことはないだろう。

 ただ――

「領兵、密偵、か……なかなか厄介だな」

 彼の行動範囲を避けるのが一番の対処法だと思っていたが、役職を考えると、リカリオ殿は広範囲に動き回るのが仕事になっているのではなかろうか。
 ならば、行動を読んで避ける、というのが逆に一番難しくなりそうだ。

「どうします? お出掛け、やめます?」

「いや、行くよ。今日はタタララがいないし、アーレはリカリオ殿があまり好きではないようだし。私たちだけならどうとでもあしらえる」

 最悪、アーレがこれ以上ないほどの恫喝を行うだろう。
 白蛇エ・ラジャ族最強の戦士の脅しだ、それでも引かなければ大したものだ。

「それはよかったわ。せっかくのデートですもの、楽しんできてくださいませ」




 リカリオ殿とは、どこであろうと遭遇する可能性がある。
 だが、気にしすぎてもダメだ。

 どうせあと数日で消える身だし、わざわざこんな遠くまで旅行に来ている今、我慢ばかりしていてもしょうがない。

 そもそも私たちは特に法を犯しているわけではない。
 任意だろうが容疑だろうが、彼が私たちを拘束するための理由は断じてない。これほど隣国との……余所者との付き合いが頻繁であるなら、そんな理不尽がまかり通ることはないだろう。

 接触があっても、それ以上はないはずだ。
 
 ――そもそも今はタタララがいないので、彼が接触してくるかどうかもわからないしな。

「アーレ、まずなにか食べようか。何がいい?」

 大通りまで出てきた。
 先日の雨のせいか、今日はいつもより人の往来が多い気がする。

「う、うん……任せる」

「そうか。では……どうしようかな。店を見ながら一緒に探そうか」

「うん……」

 まだ人前で手を繋いで歩くのに慣れないようで、アーレは俯きがちである。

 …………

 今更ながら再確認したが、嫁かわいいな。
 ぜひとも、記憶に残るくらい楽しい時間になればいいな。



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