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241.新婚旅行 七日目
しおりを挟む「――で、昨日はどうだったの?」
朝食の席、カリア嬢は瞳を輝かせてタタララに問う。
それは、フレートゲルト以外の全員が気になっている話題だった。
全員の目が、凛々しくパンを食べているタタララに向けられる。
昨夜、タタララの帰りは相当遅かった、とフレートゲルトから聞いた。
何せ彼も一緒に帰ってきたから。
だが、さっき説明を求めたところ、二日酔いの上に朝食の準備もあるし何より自分は見ていただけだから本人に聞け、と言われてしまった。
こうなれば、彼の言う通り、本人に聞くしかない。
そんなフレートゲルトの二日酔いは、私が針を打っておいたので、多少回復はしたようだ。傍目には問題なく朝食の給仕をしている。
「リカリオとマーグと三人で飯を食って呑んできたぞ」
マーグというのは、リカリオ殿の護衛の大男だそうだ。
「結論から先に言うが、あの男はダメだな」
あ、そう。……最終的に本当に攫うのかどうなのか、という心配がどうしても拭えなかったので、ほっとしたような、でも残念なような。
「ダメ、というのは?」
「あの男はこの街を離れられないと言っていた。今まで好き放題生きてきた代わりに、家を継ぐ兄の右腕として役に立ちたい。入り婿自体はまだいいが、街からは離れることはできない、と言っていた」
なるほど。
確かリカリオ殿は、辺境伯の領兵、密偵のようなことをしていると言っていたな。あれはもはや生涯続く生業と定めているのか。
「あとマーグが、俺ならいいぞと言っていた」
あの護衛が。へえ。大胆だな。
「顔が好みじゃないと断った。向こうがよくてもこっちが困る」
……顔かぁ。
個人の趣味嗜好だからどうこうは言えないが、……顔かぁ。
「おまえ、顔はどうでもいいって言っていたじゃないか。自分を好きになってくれる男ならなんでもいいって」
アーレがそんなツッコミを入れると、彼女は凛々しい顔で言った。
「何を選ぶにしろ、好みか好みじゃないかを選べるなら、好みの方を選ぶだろう。
番ともなれば、一生見る顔になるんだぞ。選べないなら仕方ないが、選べるなら選ぶだろう。あたりまえじゃないか」
そう言われると反論の余地がないが。
「アーレだって運が良かっただけだろう。たまたまレインの顔がよかっただけで、選んだわけでもないだろう?」
「ん……まあな」
曖昧に頷きながら、アーレが私を見る。
「想像以上にいい男が来て少し驚いたくらいだしな」
「それを言うなら私もだ」
一応、姉サンティオから、アーレ……「番となる最高の男が欲しいと言っていた白蛇族の女族長」の情報は聞いていた。
だがそれも、背格好や体格くらいの情報しかなかった。
「こんなに美人で可愛い人だとは、私も会うまで知らなかった」
「……え? 朝からする?」
「しません。子供の前だぞ、やめなさい」
何をするかは聞かないが、朝からは何もしません。ナナカナ、興味津々でこっち見ない。
「話が逸れたが、私は選べるなら選ぶぞ。そのための婿探しだ」
うん、まあ、気持ちはわかるが。
決してアーレとの縁を否定するわけではないが、選べるものなら選びたい。
選ぶ対象が嫁や恋人じゃなくても、それはあらゆる選択を前にして望む、普遍の要望だと思う。
たとえ選択肢が多くないにしても、それでも選べる自由は欲しいな。少なくとも私は。
自分の選んだ選択で失敗するなら、まだ納得もできるしな。
「カリア、いい男はいないか? 会わせろ」
「うーん。紹介できる男性自体はいるけれど、タタララさん……というか、向こうに婿入りすること前提が条件になっているから、難しいわね」
「そうか。難しいのか。――アーレ、もしもの時は」
「攫うか。いいぞ。なんでも手伝ってやる」
ダメダメ! なんだ、やはりアレは本気だったのか! というか食卓で話すことでもないぞ! カリア嬢はなぜ「あらあら」って笑ってるんだ!? ちょっとしたイタズラ程度じゃ済まないやつだぞ!?
「待ってくれ。攫うのはさすがに」
さすが現役騎士、ジャクロン殿は諫めてくれた。
「というか、そういう話なら尚更フレではダメなのか? 俺が言うのもなんだが、俺の弟は真面目で根性があるぞ。何よりあなたに惚れ込んでいる。それでもダメなのか?」
兄はストレートに弟を売り込んだ。
「フレートゲルトは嫌いじゃない。決してな」
だが、とタタララは首を振った。
「顔がな……」
顔……
「もう少しだけいいから、可愛げがあればな……」
可愛げ……
「コホン――」
色々と気になるであろう話をしているテーブルに、気にしていない風を装うフレートゲルトが咳ばらいをして、タタララの空いた皿を下げてパンの乗った皿を置く。
「おっ、お……お待たせしましたっ(裏声)」
…………
可愛げってそういうことじゃないと思う。
だが、それを実行した友人の男心は、ちょっと可愛いと思った。
しかも自分でやって照れて赤面するくらい純朴だ。本当に根が真面目な者だから……これで精一杯なのだろう。
「どう? わたくしの義弟、可愛いでしょう?」
「なんて言っていいかわからん。急にどうしたおまえ」
さすがに素で返すのは可哀想だろう。……まあ、タタララも真面目だからな。
タタララの意識が変わった、というのがよくわかった。
もう旅行の残り日数は少ないが、あの様子なら、本当に婿候補が見つかるかもしれない。
見つけたらどうしよう。
攫うのは絶対にダメだから……まあ、正直に話して、向こうに移住する意志でも確認するしかないか。
来てくれる可能性は低いだろうが、でも無理やり連れて行っても上手くとも思えないし。
…………
上手くいかない、か?
あの環境だ、周囲に頼り支え合わないと生きていけないのだから、嫌でも心を開いてやっていくしか生きる道は――
ダメだダメだ。
私まで「連れて行けばなんとかなるかも」なんて考えちゃダメだ。
本当に、フレートゲルトではダメなのかな。
彼はもう、全てを捨てて行く覚悟まで決めているのに。
……でも、顔が理由って言われるとなぁ。
親友の顔は決して悪くないと思うが、でも、好みじゃないと言われたらなぁ……
…………
あ、時間だ。
窓から外を見れば、赤い陽光が差し込んでいる。
もう夕方で、もうすぐ夜がやって来る。
皆隠し事で忙しそうだし、あまり私に動き回ってほしくなさそうだったので、今日一日私は図書室に詰めていた。
だが、夜は違う。
今日の夜は、用事がある。
今夜、リーナル・ウィーク辺境伯と会う予定だ。
まあ本当に会えるかどうかは、まだわからないが。
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